「肩の方はまだ傷は浅いが腕の方が深いな……」
ベッドに寝転がる僕のすぐ横で赤い髪が揺れた。黄色い目を細め、心配そうに僕の腕の方をじっと見ていた。
あの後、一悶着あったけど本来の目的である服を少しばかり拝借して直ぐに帰って来たのだ。それから部屋に入るなり彼女にベッドに寝かしつけられて、僕の傷の状態を診てもらっている所だ。しかし、疑問に思ったことが。
「…ねぇ、カーリー。上着も全部脱ぐ必要あるの?」
上着まで全部脱げというのだ。怪我した所と言えば、肩と右腕くらいなはずだけれど。
「他にもどこか怪我をしている所があるかもしれないだろう?」
柔らかい、すべすべとした手が僕の腕を優しく撫でた。くすぐったいと思いながらも、彼女に優しく反論した。できる限りカーリーに迷惑を掛けたくなかったのだ。
「大丈夫だよ」
そう言うと彼女は心配そうな顔から一転、ムッとした表情で、僕を見た。その表情は少し、怒っているように思えた。何で怒っているかは分からなかったけど。
「見せてくれないと、ブラッドに任せる仕事を教えられないな」
「むぅ……」
……そう言われちゃ仕方がない、彼女に言われた通りにするとしよう。
汚れたシャツを丁寧に脱いでいく、服を胸辺りまでめくった時、カーリーの顔色が変わった。心配した顔でも、怒った顔でもない。不可解な物を見るような顔だった。そして僕に問いただした。
「ブ、ブラッド……。その胸の傷は…?」
「よいしょっと………ん?あぁ、これ?」
カーリーが目を向けていた先は僕の胸、心臓辺りの所だった。そういえば彼女に見せるのは初めてだったか。
僕の胸の中心、そこから全身に広がるようにひび割れたような黒い傷が入っていた。
「…これはね、僕が
「外?ブラッドは外郭で暮らしていたのか?」
「うん。僕もこの傷がいつ出来たのかは覚えてないけど…」
朧げな記憶を思い出そうとしながら、傷に触れる。傷、とは言ったものの、実際の所はこれがなんなのかイマイチ分かっていない。感触は傷みたいにザラザラな所もあればブヨブヨした手触りの血管みたいな物まである。
「今まで何とも無かったのか?」
「んーーー……特には無かったような…?」
曖昧な答えを返す。うん、やっぱり思い出せない。思い出そうにもそこの記憶だけ靄がかかったような感覚に陥ってしまう。
「そうか、何も無いんなら良いんだが………」
なんだか腑に落ちない態度でいたカーリーだったけど、すぐに意識を切り替えて僕の腕の治療に移った。
「少し痛むぞ」
カーリーが傷口に軟膏を塗り、そのまま慣れた手つきでガーゼを巻いていく。そして、最後にテーピングをして完了した。
「よし、これで終わりだ」
「慣れてるね」
「仕事柄よく怪我をするからな。…まぁ最近は少なくなったが」
「やっぱりすごい強いんだねカーリーは」
服屋でのあの出来事を思い出す。二人と戦っている時の彼女の動き、まだ子供の僕でも分かる、戦いに慣れている動きだった。一体彼女はどれだけの修羅場を潜り抜け、ここまでに至ったのだろうか。考えれば考えるほど、僕の中で彼女に対する憧れが徐々に大きくなっていくのを感じた。
……僕もフィクサーになれば彼女みたいになれるだろうか。
「ねぇ、カーリー」
「どうした?」
「フィクサーってどうやったらなれるの?」
僕の発言に対して黄色い目を丸くして固まる彼女。そして、微笑んで…………。
「絶対駄目だ」
猛烈に反対された。
ーーーーー
あれからしばらくフィクサーのなり方について、彼女にあの手この手を使って聞こうとしたが全て「お前にはまだ早い」と言われ、突っぱねられてしまった………。
「ほら、そんなしかめっ面をしても駄目なのは駄目だ」
「むぅぅぅ」
「ふふっ、頬を膨らましてもただ可愛いだけだぞ」
「もう!!馬鹿にして!」
本気で反抗する僕に対して揶揄ってくるカーリーに対して怒りを覚えて、プイッと彼女から目を離す。それでも彼女は僕の様子を見てまだ笑っていた。
「はははっ。分かったから、ごめんな?少し意地悪が過ぎたな?」
怒る僕の頭を慰めるかのように撫でて、よし分かった、と言って彼女は僕に一つ提案を持ち掛けた。
「ブラッドがもう少し大きくなったら、教えてやる。その時には、手伝いもしてもらう、それでどうだ?」
……それはとても魅力的な提案だ。しかし、それだけで分かった、と言うほど僕は単純じゃ無い。具体的なところまで教えてもらわなくては。
「……大きくなったらって、どれくらい?」
「ん?あーー、そうだなぁ……ブラッドは今いくつくらいなんだ?」
「多分…10歳くらい……?」
そう僕が答えると、カーリーは一頻り悩んだ末に答えた。
「6、7年後くらいか?」
「長くない?」
「大目に見ても、これくらいが妥協点だ。言っただろう?危険な仕事も舞い込んでくることがあるって。…23区じゃ特に、な」
それにさっきみたいに、ブラッドを危険な目に合わせたくないからな。そう言って彼女は立ち上がって、キッチンの方へ向かった。
…完全には納得はしていないけど、彼女なりの優しさなのだろう。そう考え直して、僕はベッドから降りて彼女の後ろについていく。
「僕も手伝う!」
「……腕がまだ治ったわけじゃないんだぞ?」
「平気平気!それに、無理をするってわけじゃないからね。出来ることをするよ」
「…………仕方がないな」
渋々、といった感じだが、カーリーが折れてくれたので、晴れて彼女の手伝いをすることができた。
「今日は何作るの?」
「今日は寒いから、シチューにしようか。ほら、先ずは鍋をだな………」
彼女に言われた通りに作業を進めていく、鍋の下ごしらえや、野菜の皮むき、皿を出したりなど、昔お母さん達とやったことある作業ばかりだったので苦戦することは無かった。
「中々、手際がいいな」
「えへへー、そう?」
僕の横で鍋をかき混ぜながら、褒めてくる。カーリーに褒められるのは、とても嬉しい。その言葉だけでも心がポカポカして、幸せでいっぱいになる程には。
「あぁ、これなら大丈夫だな」
「……何が?」
「いやな?朝言ってた、ブラッドに手伝ってもらいたいことなんだが、、実はこうゆう家事を手伝ってほしいと思ってたんだ」
……なるほど……。確かにそれなら僕にだってできそうだ。
「料理、洗濯、掃除。何でもやるよ!!」
彼女に褒められたことが嬉しくて、気持ちが高ぶったまま自信満々に宣言した。
…今思えば少し恥ずかしかったかもしれない。しかし、そんな僕を見て彼女は、
「あぁ、期待している」
何よりも綺麗だと思える笑顔で返してくれるのだった。
しばらくは、ほのぼのとした話が続きそうです。