市議会議員 戌亥とこの戦争 : Page of Lambda C   作:芝三十郎

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3BK_IF、Page of Lambdaの二次創作。 地獄の魔物たちは、人間世界への報復を巡り、市民集会を開く。流れを支配したのは有力議員ではなく、無名の一市民だった。


扇動者

 市議会に次いで大きな建物、執政府から役人たちの一団が現れた。今では滅多に見られない伝統衣装、白ウールの巻き外衣(ヒマティオン)を纏っている。先頭を歩むのは二名の執政官。知性に満ちた豚顔のオークと、精悍な狼顔の獣人だ。その後に続く吸血鬼の財務官は一頭の羊を曳き、その後ろに法務官や書記たちが付き従う。あわせて十名あまりの一団は、終始無言である。

 

 彼らを前にして、市街を埋める群衆は自然と通り道を開けた。旧世界脱出時の伝説にある、賢者が海を割ってできた道のようであった。喧噪は止み、曳かれていく羊の鳴き声だけがあった。一団は市街を抜け、広場(アゴラ)を横切り、誓約の丘を登る。

 

 一団が目指すのは、丘の頂上付近。大急ぎで組み上げられた二つの木の壇。議長壇と演説壇だ。それらの周りには階段上の席が数百もあり、正装したブレイズ市議会議員と植民村議員たちの指定席になっている。

 

 石階段の手前で執政官たちは足を止めと、地面に額づいて四方を礼拝。そして執政官たちが羊の喉に短剣を突き立てる。万を数える群衆は静謐を保ち、久方ぶりの犠牲祭を見守った。羊の喉から溢れた血を丘の土に捧げて終わると、書記たちが犠牲獣の骸を片付けて下がり、執政官たちは指定の席に腰を下ろした。

 

 すかさず議長壇に姿を見せたのは、風間ニコラオスである。陽光を阻むサングラスはいつも通りだが、身に纏うのは執政官たちと同じ白の巻き外衣(ヒマティオン)だ。丘に満ちた静けさが去らないうちに、開会を告げる。

 

「新たなる天地は我ら魔物を嘉したもう。これより市民集会を開催いたします。本日の議長を務めまするは、ブレイズ市議会議長代理、風間ニコラオスであります」

 

 しばらく間を置く間、風間はサングラスごしにあたりを睥睨した。議長の人選に異議があれば、この間に名乗りでよという、古式通りの作法である。

 

 この重大事に一言なかるべからずと、あるいは事の成り行きを直に聞きたいと、万に達する市民たちが丘をすっかり埋めている。全市民の参加を建前とする集会では、成年の魔物ならば誰でも平等の発言権(イセゴリア)があるのだ。市民たちの姿は丘の下まで続き、ブレイズ市街まであふれて、路上や広場を埋めている。丘での演説を直には聞けないまでも、群衆の口伝てを頼りに、一早く議論の様子を知りたがっているのだ。

 

「ご異議なきを認めます。市民諸君には周知のとおり、ここ誓約の丘は、三千年前に不戦の盟約が結ばれた地であります。

 

 しかし本日、召集されれたる集会の議題は、人間世界への出兵に関する外交委員会提案であります。全市民の衆知を集めましょう。和戦いずれの道を選ぶべきや、最後に決するのは市民代表諸君の投票によります」

 

 一人一票の投票権を与えられるのは、約五百の市議会議員だけではない。市内各所の部族区から推薦された代表投票者たちの票が加わる。区内の全市民の意見によって投票するという建前だ。合わせた票の総数は六千を超える。投票に使う手頃な小石を揃えるのに、執政府の役人は汗をあちこち駆け回らねばならなかった。

 

「まず、議案の概要をあらためて申し述べます。本議案の可決せられたるとき、外交委員会は戦争委員会に改組。市民軍を編成します。軍は、旧世界はヘルエスタ王国へ遠征して、先般の事件への報復を行います」

 

 初めてヤジが飛んだ。

 

「議長、事件とはなんだ」

「襲撃だ」

「虐殺だ」

「野蛮な人間どもを殺せ」

 

 ヤジは相次ぎ、たちまち聞き取れない怒号と化した。

 

 しかし風間は身じろぎもせず、平然とその様を眺めた。議長は揺らいではならないと、彼の経験が教えている。怒号はすぐに尻すぼみとなった。その折を掴んで、風間はよく通る低音を発した。

 

「怒る気持ち、悲しむ気持ちは、大いに結構。それは我ら全員が同じでありましょう。しかし、ここは市民集会。気持ちではなく、道理によって意見を交わす場所です。正規の発言なき市民は座られたい。短い意見はその場で立って、長い意見は演説台に登ってなされたい。発言のある市民には挙手を求めます」

 

 議長の落ち着いた態度と声の調子に諭されて、荒ぶっていた市民たちは恥いるように座った。丘の芝の上に、片膝立てになる。

 

 幾名かが手を挙げている。風間は用意の棒を使い、発言者を指し示していく。

 

「に、人間たちの狼藉は、許せたものじゃない。と、思う、思います」

「ほんまに酷い火事やった。あの、黒い玉っころのせいや。あんなん、すっかりやっつけてしまわな、いかんと思うわ」

 

 市民たちの発言はたどたどしく、要領を得なかった。起立するや、何を言うつもりだったか忘れた者が幾らもいた。

 

「あいつら、隣近所をみんな殺し尽くしていったんや。ああ、私は広場の西側に住んどって、隣というのはみんな親戚で..」

 

 何が言いたいのか分かりにくい長口上に対して風間が頷いているとき、縮れた緑髪の男が議長席にやってきた。中性的な顔立ちの左右で、耳は長く尖っている。外交委員会の初期を務める森人族(ノックス)である。当然、風間に近しい共存派だ。空になった風間の盃に水差しを傾けながら、書記は小声で言った。

 

「この調子でいいのでしょうか…」

 

 風間は内心では舌打ちしたかったが、破顔して大きく頷いてみせた。そして小さな声で言う。

 

「ええ。これで、ええんじゃ。この調子やったら、日暮れまでには話はまとまるわ」

 

「はあ…ならば、よいのですが。これが、まとまりますか?」

 

「これは議会やない。意見をきちんと言うんは、難しいことや。儂らはつい、忘れそうになるがな。それでも、疲れるまで色んな意見を言い合って、耳を傾け合わないかん」

 

「仰ることは分かりますが…」

 

 風間は前に向き直り、取り留めもない長口上がまだ続くことを確認する。風間はそれを熱心に聞くそぶりのまま、横に立つ書記にささやいた。

 

「知恵を持ち寄るだけなら市議会でええ。議論が前に進んどらんと、皆が気づきだすまでは、まず、このまま…」

 

 長口上が終わった。

 

「次なる発言を求めます。はい、では、そちらの――」

 

 風間は議長席に用意させた椅子に座ったまま、棒で指名する。ここまで、彼の棒が指すのは一般の市民だけだ。

 

 緑髪の書記は、いくらか理解した声で彼に言った。

 

「それで、私たち議員は発言を控えるようにと」

 

「そうや。疲れが見え出すまでは、このまま議を尽くす。結論はその後で出したという、納得感が要るんや」

 

 それが風間の策だった。誰に教わったわけでもない。彼が政治経験から見出した唯一の戦略である。数千の素人を集めた市民集会で一つの結論に導くためだ。それまでは、市民たちの取り留めもない、しかし正直な声をひたすら言い交わしてもらうつもりである。

 

「しかし、今のところ主戦の声ばかりです。これでは――」

 

「わしは議長や」

 

 遮って、風間は続けた。

 

「ああ、君。議長は年寄りやから、もうちいと気を使うようにと、執政府の役人に言うといてくれるか?」

 

 若い書記は雷に打たれたような表情になった。お前はもう来るなと叱責されて、どうやら気づいたらしかった。風間はやっと心からの笑顔をみせた。

 

「お水、ありがとな」

 

 恐縮して下がる背に、風間は一瞥も与えない。この期に及んで党派性を疑われては堪らないからだ。相手をしただけでも危険だったが、それでも面倒を見ずにいられないのは癖のようなものだ。

 

――あれで、わしの失脚を狙っとるくらいなら頼もしいんやがな。まあ、無理もない。誰にも初めての舞台や。上手く振舞うんは並のことやない。

 

 彼は議員席に目をやった。服を着られる魔物ならば全員が正装に固めた議員団。誰に指示されるでもなく、議長席から見て左方は主戦派、右方は穏健派がまとまっているようだった。それぞれのおよそ中央に党派の象徴的な議員が座っている。

 

 風間の気がかりは、その両方が精彩を欠いていることだ。

 

 青白い顔の鬼は、襲撃事件で翌日からはもう奇行を収めていたが、特段の活動はしていない。議案のとりまとめは外交委員たちに任せきりで、主戦派議員たちの不満は風間にまで漏れ聞こえてくるほどだった。

 

 狼耳をした半獣人の女は、もっと酷かった。警備以外は家に引き籠っていた彼女を、風間は戦力として諦めかけたほどだ。妹たちの容態も、彼女の心持もようやく持ち直したらしく、この場で顔を見られただけでも嬉しかった。だが、ろくな打ち合わせはできていない。

 

――せやかて、並みの議員じゃ、無理や。相手が多ければ多いだけ力を増す、あの二人しか。この丘を最後に支配するんは、さて、どっちか…。

 

 どちらにしろ、邪魔するつもりは風間にはない。彼は共存派、いまは穏健派の首魁としての立場を、もう忘れている。議長の仕事は結論を出すこと。その中身に関与してはならない。彼は公人だった。風間は次なる発言者を指名し―――そして、自分の思惑の間違いを悟った。

 

 

 

「お、俺は口の上手いほうじゃない。それでも、長い意見だから」

 

 狐顔の獣人は、そう断って、発言者は登壇する勇気をみせた。今日、初めての登壇者に風間は感心した。男の姿が壇上にあらわれると、その目の周りと頬に青黒い痣が残っているのが分かった。

 

「さ、先に言わせて貰いたい。俺はこの前の襲撃で、妻を殺された。妻の腹には子どもがいた。初めて授かった子だ」

 

 男がそこで言葉を切ると、丘にはかすかな風音だけがあった。奥歯をかみしめ、唾を飲んでから、壇上の獣人はうつむきがちに続けた。

 

「こんなことになるなんて、思ったこともなかった。みんな、教えてくれ。親を亡くした子なら孤児だ。妻を亡くした男は、寡やもめとか言うらしい。でも、子どもを無くした親のことは何て呼べばいいんだ? 妻と子を一緒に亡くした男のことは。俺には分からない。何でそんな、言葉も見つからないような事が、起こらなければいけなかったのか」

 

「よく聞こえないぞ!」

 

 男の声が小さかったのは確かだ。しかし、それに発されたのがただのヤジか、男の声に感じ入っての善意の叫びか、風間には分からなかった。男はきっぱりと顔をあげた。

 

「すまない、友よ。でも、俺には君の声が聞こえるぞ」

 

 そして獣人は群衆全体を見回し、群衆の視線を惹きつけた。

 

「みんなの声もだ! 分かるぞ。俺と家族は酷い目にあった。でも、みんな同じだ。だから、いま壇の上にいる俺の気持ちと、下にいるみんなの気持ちは、全く同じなんだ。俺には、みんなの声が聞こえる。何で俺たちが、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。こんなことは、もうまっぴらだ!」

 

 丘の空気が熱を帯び、風間の背筋を冷たい汗が流れた。風間がみるところ、男は熾り火に風を送り込んでいくようだった。

 

「奴らが、ヘルエスタの軍隊がまた新世界に攻めてこない限り、戦うべきじゃないと、そういう考えもあるかもしれない。でも、それは間違ってる。転移門を越えて攻めてきたのは奴らの方だ。あいつらが我らの仇敵であることには疑いもない。

 

 それでも、こちらからは戦わない方が安全だと判断した思う者がいるなら、考え直してもらいたい。ヘルエスタの人間たちは、海を渡って、門を越えて俺たちを殺しにきた。静かに守っていたら、俺たちは侮られるばっかりだ。そうしたら、奴らはまた攻めてくる。今日ではなく、明日ではなくても、きっとまただ。でも、もし門の外で敵を迎え撃とうと、先に攻めて出るようなら、俺たちは自分を守ることができる」

 

 風間は目論みの破綻を悟った。市民たちの視線は壇上に集中している。片膝に座った腰を浮かしかけている者も少なくない。

 

――何や、これは。これでええんか。いや、こういうものか。市民集会とは。

 

 ここが議会なら、もっと巧みに語らなければ聞かれない。比喩や言い換えを交え、議論に緩急をつけ、最後に劇的に畳みかけるのが効果的だ。

 

 しかし市民集会では、男の境遇と主張の分かりやすさが、強力に聴衆を惹きつけている。

 

 男は情熱のままに、居酒屋で熱弁するような率直さで語った。内容とかみ合わない身振り手振りに異様な迫力があった。

 

「俺たちが人間の領内で、そんな危険を冒すのは不都合だなんて思うべきじゃない。この戦いは、場所が彼らの領内であるにしても、新世界を守るためのものなんだ。ヘルエスタの軍隊を倒すんだ。もう俺たちの街に侵入できないようにしてやろう。思い知らせてやるんだ。そうすれば、俺たちはもう一度、安全になる。魔物の自由を守るために、今度は俺たちが向こうへ攻め込む番だ。俺たちの声を、怒りを、人間たちに思い知らせる番だ!」

 

 叫びとともに演台に打ち付けた拳が、爆発の合図だった。市民たちは立ち上がり、手を叩き、不揃いな叫びで答えた。

 

「そうだ! 言う通りだ!」

「攻め込め、旧世界へ」

「倒せ、奴らを倒せ!」

 

 壇上の男は荒い息をつき、肩を上下させていた。降壇の様子はない。

 

――熱に浮かされとる。それが、かえって効くんか。同じ市民やからこそ。

 

 議員ではない。政治家ではない。意図して世論を制御するのではなく、一緒になって燃えている。同じ市民の目線で焚きつける、風間は知らぬ型の雄弁だった。

 

「発言は終えたら降壇を願います。ええ、息が落ち着いてからで結構ですが――ああ、そうや」

 

 尋ねる風間は微笑を浮かべようとしていた。失敗した。

 

「ただ今の発言者は、名を名乗るのをお忘れになっとる。後でその議論を引く者のために、最後に名前を伺いたい」

 

 獣人は呆然としたような顔を風間に向け、言った。

 

「クレオン」

 

 それが第三の男の名前だった。最後に丘を支配するのは、この無名の市民かもしれない。風間は集会の流れが早々に彼の手を離れ、飛び去ったのを感じた。取り戻せる者がいるとすれば、自分のような老人ではあり得ない。

 

 彼は頼みの娘を見た。彼女ならば、あるいは。そう願うまでもなく、戌亥はもう立ち上がっていた。

 

 

 

(次話「戦争投票」に続く)

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