市議会議員 戌亥とこの戦争 : Page of Lambda C   作:芝三十郎

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3BK_IF、Page of Lambdaの二次創作。原作11話相当。 王都ヘルエスタに接近する戌亥たちの軍は、遂に迎撃を受ける。立ちはだかる騎士たちの先頭にあったのは、リゼの姿だった。


皇女リゼの突撃

 魔物たちの軍勢がヘルエスタ軍と初めて接触したのは、王都まであと五日ほどの場所であった。二百余の軍が待ち構えているようだと、斥候のケンドル達が告げた。

 

「いよいよだ……!」

「ようやくか……!

 

 果てしない行軍で心身とも疲弊していた魔物たちは、戦いという目標を与えられ、ようやく顔を明るくした。筋骨をじわじわと痛めつけていた荷車や背負子をまとめて置き、意気揚々と行軍を再開する。

 

 数時間ほど進んだ先の丘陵地帯に、果たして人族の軍隊はいた。散在する灌木の茂みの間に、陽光を反射して白く光る一軍がある。魔物たちが勇んで近づくにつれ、敵の姿は明瞭になってきた。敵は全員が騎乗し、全身鎧に身を固めている。

 

「騎士か。厄介な。」

 

 小さく呟いたのはビアデスである。馬を扱えない魔物たちの足では、馬の駆け足には追いつけない。敵軍は魔物たちの半数ほど、二百騎ほどでしかない。逃げ出されては――と案じたが、敵はしずしずと近寄ってきた。横一列の隊形を作りながら、である。

 

「隊列を組め! 横隊を!」

 

 ビアデスの指示で魔物達も隊形を組む。毎日の訓練の成果があらわれ、縦五列、密集体形の横隊ができあがる。分厚い陣形で騎兵突撃を受け止めて、あとは乱戦に持ち込む腹だった。個々の魔物の戦闘力を活かそうとしている。にわか仕込みの市民兵が人間の軍隊に勝つために、兵士集会で議論して決めた戦法である。

 

 将軍たるビアデスは、その長四角の陣形の右端にいる。左端には戌亥がいる手はずだった。最も戦いに慣れている戌亥に、左翼側の指揮を託しているのだった。

 

「来るぞ!」

 

 顔まで鎧で覆った騎兵たちは、鋼鉄の怪物のようだった。めいめいに馬上槍を構えたその隊列は、鋼鉄の針鼠を思わせる。徐々に馬の足並みを速めながら、それが迫ってくる。馬蹄の音は地鳴りのようだ。馬上槍が前を向く。魔物達の方を。

 

「ひっ…」

「来る…!」

 

 隊列中に沸く怯えの声を打ち消すように、ビアデスは大音声を発した。彼とて戦いの経験はないが、義務感で心を支えている。

 

「武器を前に構えろ!」

 

 新世界の金属で作られ、黄色がかって見える剣が、槍が、斧が突き出される。針鼠のように陣形を固めれば、騎士の突撃も止められるだろうと、魔物たちは一心に信じようとした。多くの者がつばを飲み込む。思わず目を閉じた者もある。

 

 しかし、覚悟した衝突は起こらなかった。丘陵に嘶きが響く。急に手綱を引かれて、馬たちは前足を高々とあげた。魔物たちの刃にぶつかる寸前である。

 

 幾人かの騎士が振るった剣が魔物達の刃を打ち、逸らせようとする。しかし、一振り、二振りを払ったところで、針山のような守りの陣は崩れない。

 

「やむをえん。退け、退けッ!」

 

 指揮官らしい男がそう叫ぶと、騎士たちはめいめいに馬首を返した。背を向け、逃げ始めたように見える。

 

「や、やったぞ」

 

「勝った、勝った」

 

 気の早い歓声が魔物達からあがる。ビアデスや、他の隊長達は、思わず止めていた息をふっと吐いた。

 

 ただ一名、戌亥だけが、ますます緊張を高めていた。

 

「なんや。何しにきた」

 

 新世界への襲撃で、その前にオヴィクスでも、人間の兵と戦った経験をもつ彼女である。統制の取れた軍隊が、ただの戦士の群れではないと知っている。まして、高価な全身鎧の騎士とあれば、選り抜きの精鋭。それが――という彼女の思考は、周囲の声に掻き消された。

 

「追え、追えっ」

「それ、逃がすな」

 

 幾名かの兵があげた声、それだけで統制が崩壊した。

 

 戦闘に入った魔物に特有の興奮状態が、戦意をいたずらに掻き立てている。彼女以外の戦慣れせぬ魔物たちは、それを制御することを知らなかった。待つんや、勝手に動くな――と、その戌亥の叫びは届かない。

 

にわか仕立ての市民軍はたちまち列を崩し、雄叫びをあげて追撃を始めた。

 

 

 背を向けて逃げる騎士たちの中ごろで、旗持ちの小柄な騎士が、豪奢な鎧の隊長と叫び声を交わしている。

 

「このままいけ。距離をとって時間を」

 

「殿下は」

 

「一人でいい」

 

「そんな無茶な!」

 

「もとから無茶な作戦だ。私を信じて!」

 

 騎士たちは左右に分かれて二群となり、さらに逃げた。追いつかれそうで追いつかれない、微妙な速度を保っている。追いすがる魔物達は引きずられ、騒ぎ声をあげながら左右に割れる。

 

その時、騎士たちの中でただ一騎が馬首を返し、その裂け目へ突っ込んだ。馬上の小柄な騎士は、槍も持たず、剣も抜かず、一旒の旗だけを小脇に抱えている。

 

「やぁ!」

 

 気合とともに馬腹を蹴って速度を上げる。馬のたてがみに身を伏せるような姿勢で、魔物達の合間を縫ってくる。

 

 罵声をあげて迎え撃とうとする魔物たちを、右に避け、左にかわし、ますます速度をあげて迫る。命知らずの勢いのまま、騎士は馬を跳躍させて、小柄な魔物を跳び越える。着地しざまに槍をつけようとする魔物に向けて、兜を脱いで投げつけた。

 

 その一瞬のうち、戌亥は優れた視力でそれを捉えた。さらに疾駆する馬上で、騎士の長髪が風を孕んで翻る様を。陽光を反射し、水色がかって見える髪を。

 

 予期しないではなかった。これほどに無謀な単騎駆けを仕掛ける者が、並みの騎士であるはずがない。他に懸絶する技量と、比類なき勇気の持ち主でなければ。そして、それ以上の、自信というより確信というべき何かを抱く、ごく稀な資質の持ち主でなければ、できることではない。

 

 そんな人間を、戌亥は一人しか知らない。

 

 揺らぐ心を抑えるように奥歯を噛む。彼女の耳を懐かしい声が打った。

 

「とこちゃーーん!」

 

 疾駆する馬上で顔を上げ、戦場の太陽に照らされて、その少女は神々しいほど輝いて見えた。美しさのゆえだけではない。皇女だからという、それだけでは決してない。

 

 彼女が、彼女であるからだ。

 

 その紫の双眼は、もう戌亥を捕えて離さない。周囲の魔物を目もくれずに避け、戦場に大混乱を引き起こしつつ、ほとんど一直線に突っ込んでくる。まだ距離はある。しかし、自分を目指しているという、そのためだけに命を懸けて来たという、その衝撃はもう戌亥を貫いている。

 

「なんて馬鹿な……!」

 

 リゼを相手に戦う。友を相手に戦う。想像しないではなかったが、敢えて考えずにきたことだった。リゼは、王族の定めに盲従することを嫌い、王国を抜け出してきた。ならば別れた後、願いのままに広い世界に旅立ったのだろう――私のことなど忘れて。戌亥は、そう思い込もうとしてきた。

 

 しかし、去ったと思った友は、戦場を切り裂き、彼女だけを目指して駆けてくる。やはり、リゼは逃げない女だった。ともに旅した間、常にそうであったように。ならば、戌亥も向かい合わねばならない。彼女を打ち据えるような紫の視線に抗うように、叫び声を返す。

 

「いまさら、無駄や! あたしは、魔物のみんなのために。あたしの義務を――」

 

 しかし、リゼは聞いていなかった。ぶつかるように寄せ来た馬の背で立ち、鞍を蹴り、騎走の勢いのままに跳躍する。

 

 リゼは宙を飛んで躍りかかった。あまりのことに、避けることも忘れた戌亥に向けて。他の皇女なら口にもしないだろうことを叫びつつ。

 

「とこちゃん、歯ぁ、食いしばれぇ!」

 

 飛来しつつ突き出された拳が、戌亥の頬を直撃する。さしもの獣人も、あまりの衝撃に吹き飛ばされた。

 

 無茶苦茶な突撃をしたリゼの方も、無事に着地できるはずがない。勢いのまま地面に落下し、何度も転がる。

 

 転倒した二人に砂埃をかけながら、乗り手を失った乗馬は彼方へと走り去っていった。

 

 二人は全身の痛みを堪えながら、ほぼ同時に立ち上がった。先に口を開いたのは戌亥だった。

 

「なんのつもりや。こんな無茶をして」

 

 リゼは答えず、跳躍の前に投げ捨てた旗を拾い、掲げる。青い布地が戦場の風を孕み、描かれた一対の白い翼が翻る。国旗にして、王家の紋章。それを掲げて、皇女は水晶の声を響かせた。

 

「ヘルエスタ王国の第二皇女、リゼ・ヘルエスタだ!」

 

 そして四方から迫る魔物たちを睥睨する。その眼差しの強さと、注目を集めずにはいられない存在感に、殺到しようとしていた魔物たちが思わず足を止めた。思わず、言葉の続きに耳をそばだてる。

 

「新世界の魔物たちよ。私はヘルエスタ王国を代表して――」

 

 旗を持たぬ方の右手で、真っすぐに指してくる。

 

「皆さんの代表に。戌亥とこ議員に、一騎打ちを申し込みに来た。誰も邪魔をするな!」

 

 

 

(次話「君の手を掴もう」に続く)

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