ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
カレーの具材は小さく切る派
時刻は午後1時に差し掛かろうかという具合、4月も終わり暖かさの増した日差しが実に心地よい。
そろそろ昼食を取ろうかと思い、デスクに向き合ったことで凝り切った体をほぐす為に立ち上がる。
ブレンのデビューとデビュー後を見据え、彼女自身のデータの整理はもちろん、その他同期で目立つウマ娘などをここ数日は整理していた。
その中で2人、気になるウマ娘が居た。
一人はフサイチパンドラ、天才と名高いウマ娘で、実際にその走りは非常にレベルが高い。
天才という評価に相応しく、努力によるものというより天性の素質に恵まれた走りだと感じた。
本人はティアラ路線を志望しているとのことで、ブレンと大きくぶつかることはないかもしれない。
だがつい先日行われたNHKマイルカップ。チーム《アスケラ》のラインクラフトが桜花賞からのNHKマイルカップ制覇という、変則二冠を達成した。
新たに切り開かれたこの道に続くウマ娘は今後出てくるだろう、短距離マイル路線を進む中で手ごわい相手だ。
二人目はラショナル、古式めかしい性格で、レース運びの素質に秀でたウマ娘だ。
とびきり目立つような走りではないが、その合理的なレース運びは安定しており、絡め手や紛れによって揺らがない強さを持っている。
こちらもまたクラシック戦線へと進むと予想されてはいるが、体付きなどを見るにマイル適性も高いように感じる。
変則ローテを組んでくるという可能性は否めない。
どちらもマイル路線への進出を警戒している。
彼女には短距離マイルを軸に進めると伝えたが、実際としてはマイル寄りで考えている。
こればかりは実際にレースを走ってみないことには決めきれない。練習と実戦は天と地ほどの差があるのだ。
とはいえまだ先、なんなら同じレースを走るかもわからない。ただ自分が何かをしないと落ち着かないというだけだ。
いつか役に立つかもしれない、その可能性があるのならやらない理由はない。
それはそれとして、目の前の空腹という課題にも対処しなくてはならないだろう。
腹が減っては戦はできぬ、食事は全ての根幹を成すものだ。トレーナーの中にはウマ娘に入れ込みすぎて不摂生に陥る者も居るというが、トレーナーこそがウマ娘の手本にならなくてはその指導の説得性にも欠けるだろう。
医者の不養生ではウマ娘は付いてきてはくれないのだ。
そんなわけでトレセン学園が誇る学生食堂へと向かう。
ウマ娘は基本的にはよく食べる、それはもうよく食べる。
一部食の細い子などは普通の人間と変わらないが、普通のウマ娘でも体育会系の中高生ぐらいは食べるし、健啖家のウマ娘ともなればその細い体のどこに入るのかというぐらい食べる。
なんなら時々物理法則を無視しているとしか思えないウマ娘も居る。
オグリキャップの食べ歩き番組などは、あれがCGではないと知って腰を抜かしたものだ。
そんなわけで健啖家揃いのウマ娘の腹を満たすため、トレセン学園の食堂は量も質も提供の速さも日本トップレベルを誇る。
(あれは…ブレンか、友達と一緒とは珍しいな)
普段一人になりがちなブレンは珍しく他のウマ娘と一緒に居た。
眼鏡をかけた黒鹿毛の、いかにもデキる女といった雰囲気を纏ったウマ娘だ。
(邪魔をするのも悪いな、適当な席で手早く食べてしまおう)
食堂のおばちゃんに大盛りのカレーを注文し、そのまま空いている席に座る。
そういえばブレンは何を食べているのだろうか、現段階では特に食事メニューの報告などは求めていない。
栄養バランスを考えた献立表の例をいくつか渡し、それと同じぐらいの栄養は取るよう言っているだけだ。
少し近くを通ったときにちらりと食事内容に目を通す。
(にんじんステーキ定食、量は普通、なんなら少ないくらいか。栄養量は十分だけど…)
同席している友達も同じメニューらしい。
ブレンは箸が苦手なのかフォークとナイフだ。なんというか、彼女と接してきて一番アメリカ出身だと感じる。
ステレオタイプなのだろうが、アメリカ出身のウマ娘というとタイキシャトルやヒシアマゾンのようなアクティブな子が多く、ブレンからそういった要素を感じるのは滅多にない。
「それでね、トレーナーさんを紹介したときに昔のことを掘り出してきて…トレーナーさんが聞こえてなくて本当によかったよ」
「ガキの頃の話だろ?んなもん気にするだけ無駄だろ」
「そんな訳ないよ、これからトレーナーさんとデビューしていつかはG1をって話してるのに、肝心のウマ娘が子犬や楽器に怯えてたなんて恥ずかしいじゃないか」
「レースにビビってんのも大して変わんねえ気もするけどな」
「それとこれとは別だよ!」
つい気になって近くに座ってしまったが…これは、知られると大分怒られそうだ…仕切り板の向こうから二人の会話が聞こえる。
ブレンとの付き合いも1か月を過ぎ、互いの性格なども少しわかってきたのだが、ブレンはパーソナルスペースを人に荒らされるのをかなり嫌がる。
普段は物静かで争いごとなんてすぐ逃げ出すような子だが、トレーナールームでブレン用にと自由に使わせているスペースに、物品整理の為に少し物を置いていると何も言っては来なかったがずっと耳を絞っていた。
実は連絡先を交換していたのでご両親に聞いてみると、実家ではよりはっきりしていたらしい。
『部屋に勝手に入ろうものなら、その日一日は口をきいてくれなかったよ』とはお父さんの談である。
盗み聞きをしていると知られれば、かつてのブレンの父親と同じ道を通りかねない。
こんなことで信頼関係を損ねて関係解消になんてなったら一生の恥だ。それ抜きにしても年頃の女の子の会話を盗み聞きするのは倫理的にもだいぶよろしくない。
「それにママお喋りだから…昔の話なんて言われる本人は恥ずかしいだけだっていうのにさ」
「聞いてる分には面白えな、俺のガキんときにそんな平和エピソード残ってるか怪しいもんだ」
「その時の僕には死活問題だったんだよ、よく吠える犬だったし、バンドは激しめの曲だったから」
大きい音はやはりできる限り避けるべきだろう。
本番ではゲートインまでメンコを付けるのもありかもしれない。
いや違う、今は早く完食してこの場を立ち去るのが優先だ。ついさっき大盛りを頼んでしまった自分が恨めしい。
「まあでも、あれだけはっきり勝たせるって言ってくれたのは嬉しかったなぁ…」
「わり、そのトレーナー惚気どんぐらい続く?」
「の、の、惚気って…別にこれぐらいは…」
「レースを二人三脚で走る相方だ、相方がどうだこうだってのはそりゃ大抵の連中は多かれ少なかれ話してるだろうよ。ただ毎度毎度話を聞かされる身にもなれってこったよ」
「そ、そんなに話してるかな僕…」
「聞き飽きた」
うっすらと見える仕切りの向こう、一緒に居る黒鹿毛のウマ娘はまるっきり興味が無いとばかりにスマホに目線を移しながら食事を続けている。
一方のブレンはその言葉に懐疑的なようだ、うんうん唸っては記憶を漁っている。
それだけ自分のことについて好意的に受け止めてくれている、信頼してくれているのだと喜ぶべきなのだろう。
現在進行形でその信頼を裏切るような話の聞き方さえしていなければ。
「うーん…そういうなら気を付けるね…」
「ああそうしてくれ、そういう話は適切な摂取量ってモンがある」
随分と当たりが強いというかアウトローな感じのウマ娘だ。
理知的な雰囲気が強い分、それと組み合わさってインテリヤクザとでも言うような印象に変わってきた。
あの臆病なブレンが仲良くしているというのが意外な子だ…
「あっ、それとホークさん、もしよかったら一緒に練習しない?まだトレーナーさん、居なかったよね…?」
「…まぁな、そろそろ妥協も考える頃合いだ。適当なのが見つかるまで意識の外部リソースとして頼るのもアリか…」
「僕も、併走相手は多い方がいいけど、知ってる人の方がありがたいから…」
「俺が相手になるかはわからねえけどな、まあそれでもいいってんならその話乗った」
ホークさんと呼ばれるウマ娘、不遜な態度からすると、妙に自信が無いように感じる。
とはいえ、併走相手として協力してくれるというならありがたい。
彼女がどのような走りをするにせよ、カワカミプリンセスや時々協力してくれるキングヘイローなど、併走相手の内容が固まっているのは好ましくない。
今必要なのは色んなウマ娘と走り、十人十色の走りの癖に慣れることだ。
誰一人同じ走りはないが、似通う部分は必ずある、それらを知り慣れていく必要がある。
キングヘイローもカワカミプリンセスもどちらかといえば後方脚質のウマ娘だ、前を塞がれる感覚を覚えていきたいところなので、彼女が先行脚質であれば嬉しい。
「僕のほうこそちゃんとしたら練習相手になれるかわからないけど…同室同士まずはデビュー頑張ろうよ」
「そりゃそうだ、なにデビューまではトレーナーが付いてればできる。勝つかどうかはわかんねえけどな」
「僕は勝つよ、デビューは笑って勝ってやるって約束したからね」
「はぁ、よくもまあそこまで信じれるもんだな」
なんというか擦れた子だ。何かあったのだろうか…とはいえ、初対面のトレーナーに話してくれるようなものではなさそうだ。
いつか付く彼女のトレーナーの問題になるだろう。
自分もようやくカレーを完食しこの場を立ち去る準備ができた。
気付かれる前に速やかにこの場を去るとしよう。
そう思い、食器類を持ち片付けにいこうとしたとき、ふと黒鹿毛眼鏡のウマ娘に見られていることに気付いた。
(な、なんだ…?)
じっくりと品定めをするような目線を向けられ、つい立ち止まってしまう。
「ちょっと水取ってくるわ、ブレン要るか?」
「あ、ありがとう、じゃあお願いしようかな…」
そういうと彼女は立ち上がり、そのままこちらへやってきて、小声で声をかけてくる。
「お前・・・ブレンのトレーナーだろ…」
「そうだけど…なんでわかったんだ…?」
「如何にも新人ですってツラ、デビューすらしてねえ俺らを妙に気にした様子、ってなりゃ何かしらの知り合い、ブレンのトレーナーしか居ねえだろ」
随分雑な推理だが、実際当たっているので何も言えない。
「お前、俺らの会話に聞き耳立ててたろ…私に気付かれた時随分と焦った様子だったが」
「それは申し訳ない…近くに居たものだからついな…」
「あいつに知られたら面倒くせえだろ、黙っててやるからなんか奢っていけよ」
彼女そう不敵に笑う。初対面でタカりにくるとは…想像以上に食えないウマ娘だ。
本当に盗み聞きをしていた負い目もある、ここは謝罪も兼ねて要求に応えよう…
「ははっ、あいつの言う通り良いトレーナーじゃねえか、そういう奴は好きだぜ」
「悪かったよ、あまりブレンに悪いことを教えないでくれよ…?」
「安心しろ、わざわざ干渉する気はねえよ。ま、あいつがトレーニングに付き合ってくれってんだ、俺もちょいと世話になる、ブラストホークだ」
いまいち掴めない、知恵の回るウマ娘。ブレンの同室ブラストホークとの出会いは実に刺激的だった。
なお、その後食堂のデザートで一番値の張る物をタカられた。大分性格が悪い。
ウマ娘もトレーナーもすぐ盗み聞きする…