ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
アスケラトレーナー、チームメイトのキングヘイローやラインクラフトたち、シーザリオの走りを完成させたシンボリクリスエス。
そして彼女の走りに何かヒントを得ようとするブレン。
スタンドを埋め尽くす観客に見守られながら、ゲートが開いた。
ガコン!!
スタートと共にゲートから飛び出した18人のウマ娘。
横一線のスタート、誰もが好スタートを切る中で、エアメサイアが一歩抜け出しシーザリオの進路を塞ぐコースを取る。
「エアメサイア、抜群のスタートでシーザリオの前に出ます!外枠のウマ娘もポジション取りに加わっていく!」
「シーザリオさんの前が…!」
「ああぁ!閉じ込められちゃってる…!」
「スタートの上手い彼女が横に入った時点で考えうる展開だわ…1番人気がマークされるのは当然、そして、その試練を乗り越えたものこそが真の実力者よ」
先行策を打つと宣言していたアスケラ陣営、だがエアメサイアの一手によりシーザリオの進出は叶わない。
本来想定していた位置からはずるずると下がり、代わりに11番ピンクのメンコのウマ娘が緩やかな逃げを打つ。
1、2コーナー中間点を通る今の時点でシーザリオは最後方から4番手。
シーザリオを後方バ群へと沈めたエアメサイアは中団に単独で位置、前後左右どこへでも展開できる状態だ。
「スタートは塞がれているけど、道はある…!抜け出すことは出来るはずだ…!」
2コーナーを抜けて、後方集団に控え続けるシーザリオ。
だが、他のウマ娘たちが完全に包囲しているわけではない、バ群の隙間から抜け出し先行集団で本来の走りに戻れるだろう。
「スローペースのまま、一団が第3コーナーへと入っていきます」
3コーナーに入り、減速や位置取りによって隊列の変化が必然的に起きる。
シーザリオさら見て右前方、抜け出すことができるであろう道が生まれる。
冷静に走る彼女のこと、それに気がつかないことはないだろう。
後ろに控えたことで溜め込んだ脚を使い、ロングスパートでここから進出していくかに思われた。
「なぜ動かないんだ…!?」
「先頭までまだ10バ身はあるよ…!」
だが、シーザリオは動かない。
エアメサイアは外に出して、位置をぐんぐんと上げていく。
桜花賞では同じようにして、先行したラインクラフトにシーザリオは届かず2着に敗れた。
ならばなおのこと早い段階、遅くとも3コーナーでは進出するはずだと。
それでも彼女は控えている、第4コーナーの半ば、位置は未だに中団後ろ。
(周りもまた塞がってきた、間に合わないぞ…!)
気付けば拳を握り締め、息をするのも忘れそうになっていた。
まだ遠いゴール、ブレンも選抜レースを思い出しているのか、苦々しげな表情だ。
(アスケラトレーナーは、どう見てるんだ…?)
シーザリオが必ず勝てると確信していたアスケラトレーナー、4コーナー半ばで周囲を囲まれた不利な状況。
支え続けた者にとっても、ウマ娘にとっても、必ず避けたい結末、敗北の二文字が嫌でも浮かぶ状況だ。
だというのにチーム《アスケラ》の面々の目に、絶望の色は混じっていなかった。
(こんな状況で、なぜそこまで冷静に見れる…!?)
「さあ、コーナーをまわって最後の直線!各ウマ娘が一斉にスパート!ここで抜け出してくるのはエアメサイア!満を持して怒涛の追い込み!伸びる伸びるエアメサイア!3番手から2番手!」
「…っ来た!行けシーザリオ!」
その声に慌てて直線へ目線を戻す。
着実に先頭へと距離を詰めていくエアメサイア、あと1人も時間の問題、残り300を切った時。
「エアメサイア、追い込んできた!エアメサイア追い込んでくる!しかし来た来たシーザリオ!シーザリオが上がってきた!」
大外からからシーザリオが飛び込んでくる。
4コーナーの終わり、密かに外へと位置取ったシーザリオ、目の前のウマ娘が外へと膨らんだその瞬間を逃さなかった。
後方集団に控え続けていたその脚が、枷から解き放たれる。
200m、先頭を逃げるウマ娘が懸命にエアメサイアとの距離を保とうとするが、その差は僅か。
シーザリオは大外から、阻むものが何も無い進路でエアメサイアの右後方から猛追する。
「エアメサイア!エアメサイア粘る!」
100m、ついにエアメサイアが先頭を捉えアタマ一つ抜きん出る。
だがそのすぐ後ろには、今なお加速し続けるシーザリオ。
エアメサイア、彼女の母から続くティアラの宿願、その結実まであと50mも切った。
「しかしシーザリオ!外から一気にシーザリオ!まとめてかわす!シーザリオーーーー!!」
樫の女王の末脚は、彼女の宿願を打ち破った。
「堂々たる姿が弾んでシーザリオ!チームアスケラ、トレーナーに導かれて見事に、見事に、オークスを制しましたー!」
あの状況で、最後の最後まで控え続け、斬り込んできた抜群の末脚。
18人のウマ娘の中で最後に先頭に立ち、樫の栄冠を掴んだシーザリオが、堂々と拳を掲げて、その戴冠を宣言する。
「よく実力を出し切ったな、シーザリオ…みんなも応援ありがとう」
共に応援に来ていたシンボリクリスエス、そして自分たちにアスケラトレーナーが礼を述べ、チームアスケラはレースを終えたシーザリオを迎えに行く。
驚愕の中で、大歓声で沸くスタンドに残される。
「すごい…末脚でした…絶対に間に合わないと思ったのに…」
「展開は間違いなく不利だった、例えあの豪脚があったとしても簡単には抜け出せなかった筈…」
「____シーザリオは、信じた。彼女の走りを……彼女の、培った力を……それが……シーザリオをawakeさせた_____new stage へと、届く程に……」
シンボリクリスエスのその言葉が、すっと飲み込めた。
ありふれた、陳腐な言葉かもしれない、だがレースという鉄火場においてそれが簡単でないことは、競技者ならば誰もが知っている。
4コーナーに入る前、チーム《アスケラ》の面々のあの目にも納得がいった。
あのトレーナーは、彼女たちは信じていた、シーザリオの走りを。
彼女が積み上げてきた走りを、あの絶望的状況でも。
シーザリオならば、必ず最後まで彼女の走りを貫き、力を出し切れると。
仮に同じ状況だったとして、あれ程までに信じられるだろうか。
いや、俺はブレンの選抜レースの時、周りのトレーナーの言葉に激昂しそうになった。
本当に彼女の走りを信じているならば、そんな言葉は聞き流せばいいだけの話だ。
あの出遅れ、崩れたペースでは間に合わないと…あの時の俺はそう思っていたのだ。
そう自覚すると同時に、自分への怒りが間欠泉のように湧き上がる。
あのレースでブレンは自分の走りを諦めなかった。今このレースを制した樫の女王と同じように。
どれだけ追い詰められても、恐怖に沈んでも、トレーナーの指示が自分の走りを引き出してくれると信じて。
たった1週間と少し、練習を見ていただけの自分を、あの苦境の中で信じてくれていたというのに。
強く、自分の頬を叩き、臆病な自分を殴り飛ばす。
「トレーナーさん!?ど、どうしたんですかいきなり…!?」
「思ったことがあってね…喝を入れただけだよ」
「だ、だとしても強く叩き過ぎですよ、頬っぺた真っ赤になってます…」
思っていたよりも力が篭っていたらしい。
ジンジンと痛む頬を持っていた飲料水のペットボトルで冷やそうとしてくれる。
「シンボリクリスエスの言う通りだ、俺たちは最後まで自分たちの走りを信じなきゃいけない。それがレースに挑む時、最後は1人で走らなきゃ行けない君の心が、恐怖と戦うための武器なんだ」
「トレーナーさんと積みあげていった走りなら、僕も信じられると思います…シーザリオさんの走りも、きっと僕が目指す場所にある物の一つだと思いますから」
不利を被った時、最後の競り合いの時、自身の走りに自信を持って迷わず走ることができるウマ娘、そんなウマ娘が最後の1m、1cmを左右する。
このオークスは、間違いなく目指すべき姿を明確にし、ブレンの闘志を奮い立たせてくれた。
そして自分にとっては、自分の中に居た担当への信頼に巣食う弱さを殺す機会になった。
⏱
シーザリオと先輩はあの後、勝利者インタビューなどに出席する必要もあり、オークス制覇を祝うメッセージを連絡に残してから、東京レース場を後にした。
これでチーム《アスケラ》はこの春G1のシーズン、桜花賞、NHKマイルカップ、オークスの3つ、G1を制覇したことになる。
凄腕のトレーナー、強豪チームとしての名声はかの天才トレーナー率いるチーム《シリウス》にだって引けを取らないだろう。
「凄かったですねシーザリオさん…あんなに囲まれた状態であの切れ味…びっくりしました…」
「ああ、本当にな。抜け出して差し切るとは思わなかった。いい勉強になったよ」
「選抜の時も、当たり前ですけど、いつも行きたいポジションの近くに付けるとは限らないですもんね…囲まれちゃった時の抜け方とか、勉強しないと。まあ先にバ群に慣れることから…ですけど…」
少々恥ずかしそうにブレンが呟く。
メイクデビュー戦の始まる時期はもう目の前、おそらく彼女の同期でも、メイクデビューの最終調整に入り始めている子たちは多いだろう。
今はまだ、彼女の心が出来上がっていない。今日のオークスや日々のトレーニングを糧に、少しずつ育ってはいるが、無理をするのだけは避けたい。
万全の体制を整えてメイクデビューに挑もう。
差し当たっては7月から始まる夏合宿のシーズンは大きな山場になるだろう。
クラシック級、シニア級のウマ娘が飛躍的な成長を遂げることも多い行事だが、ジュニア級のウマ娘は基礎が固まり切っていないこともあり、不参加のウマ娘も少なくない。
ブレンも今回は学園に残り、使用者の減るトレーニングコースを思う存分に使いたいと思っている。
「もう少し基礎を固めたら模擬レースも組んでいこうか、今よりも実戦を想定した条件でね」
「が、頑張ります!」
頼もしいブレンの返事を聞きながら、東京レース場を後にする。
いつかこの場所でもブレンが喝采を浴びる日が来るかもしれない。
長い直線の東京レース場、真に強いウマ娘でなければ勝ち切ることは難しいコースだが、ブレンであればそれも夢では無いだろう。
いつの日か、必ず見たいと思うその光景に夢を馳せながら2人で学園への帰路についた。