ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
スズカさんもそうですけど、ウマ娘でゲート潜ったり放馬ってどんな感じになるんですかね。
「これは、凄いな…」
シーザリオが樫の女王へと戴冠したその翌週の日曜日、クラシック三冠の二冠目、トゥインクル・シリーズに関わる者全てにとっての夢である日本ダービーが開催されていた。
こちらに関しては処理したい事務作業もあり、中継で観ていたのだが。
その結果は多くのファンたちが予想していた通り、1番人気に推されていた英雄ウマ娘の勝利。無敗のまま皐月賞を達成していた彼女が、続けてダービーで世代の頂点に立ち、無敗三冠に王手を掛けるという結果に終わった。
その走りは圧倒的と評する他なく、その強さは年間無敗かつG1を5勝という記録を打ち立てた、最盛期のテイエムオペラオーをも彷彿とさせる。全てを撫で斬りにする鋭い末脚は、見るもの全てに深い衝撃を残していった。
(トゥインクル・シリーズの歴史を変えるぞ、このウマ娘は…)
近代レースが目指してきた結晶とでも言おうか、あまりに完成された走りに驚きを抱くしかできなかった。
レースの余韻が落ち着けば、画面を切り替えて残った仕事を片付ける。やがて日も暮れ始めた頃、ようやく作業もひと段落し、少し早いが夕食を食べに行くことにした。
(メイクデビューに向けて、夏合宿期間中は基礎トレーニングに当て、秋からは併走や模擬レースを組んでいくか)
夏合宿にブレンは参加しない。しかしその分人が減るトレセン学園の施設を活用し、基礎能力の底上げに集中する。
そして秋に入れば併走と模擬レースを増やし、競り合いの中で抜け出す戦略眼とパワーを身につけてもらうつもりだ。
併走や模擬レースに付き合ってくれる相手を探す必要があるという、担当をブレン1人に絞っている弊害はあるが。
通常、トレーナーは複数人のウマ娘をスカウトしチームを結成する。しかし自分にはまだ、何人ものウマ娘の未来を同時に預かることのできる実力はない。ブレン1人を勝たせるための努力で精一杯だ。
そのためブレンと歩む最初の3年間、ウマ娘にとってもトレーナーにとっても重要なこの期間、自分はブレン1人に全てを注ぐつもりでいる。
(チーム《アスケラ》に協力してもらえれば、大きな成長になるとは思うけど…)
今までキングヘイローがトレーニングに協力してくれていたのは、チームとしての協力ではなく、ブレンが彼女を慕う後輩であるカワカミプリンセスの友人であったこと。何よりも彼女自身の厚意による個人的なものだ。もちろん可能な限りのフィードバックで、彼女にとっても無駄にならないよう務めはしたが。
やはり相手はデビュー前のウマ娘、彼女らにとって大きな意味は成さない。
とはいえ同期のウマ娘も、将来ぶつかるかもしれない相手との模擬レースは避けることが多い。相手探しには些か苦労することになりそうだ。
少し先の未来に控えた課題に頭を悩ませながら、カフェテリアへとやってくる。まだ少し早いこともあり、席はまばらだ。一人でわざわざテーブル席を占領する理由もない、空いたカウンター席へと足を伸ばす。
「浮かない顔してるけど、悩み事か?」
「お疲れ様です先輩、ええまあ…」
「トレーナー業で悩み事のない時の方が珍しいか、同席しても?」
一人で食事を取っていると先輩のアスケラトレーナーが声をかけてくれる。もちろん快諾し、先輩がお盆をカウンターの上に置く。丼もののようだ、炭火鳥マヨ丼だったか……今度頼んでみようか。そんなくだらない事を一瞬考える。
「ところで、先輩も何か悩みが?春G1を3勝、快進撃真っただ中で尊敬する限りですけど」
「ありがとう。まあ少しな……そういえば君の担当のドラゴンブレンドはアメリカ出身なんだったっけ?」
「そうですね、まあ本人自体はアメリカウマ娘らしくない、かなり引っ込み思案な子ですが。時々向こうの話もしてくれますよ」
彼女自身の話はあまりしてくれないが、彼女の母親の現役時代の話や見ていたレースなどについては時々話してくれる。以前挨拶をした際に、彼女の母親が重賞ウマ娘だったというのは聞いていたが、その後ブレンから話を聞くと思っていたよりも活躍していた。
アイルランド出身で、アイルランド、イギリス、アメリカの三カ国を走り7勝。そのうち二勝はアメリカG3、その他の重賞でも3着以内には常連で、アイルランドのジュニア級G1では3着という紛れもない名ウマ娘だったらしい。
「へえ、それは興味深いな。俺も聞いてみたいよ」
「なら自分からもまた聞いておきますよ、世界中のレースを走っていたというだけあって知らないことも多かったですし」
「ぜひ教えてくれると嬉しいな。そっちは何に悩んでるんだ?担当の子はまだデビュー前だったろう?」
「ええ、まあ情けない話ですが、まだ新人なもので併走相手や模擬レースの相手に困ってまして…」
「同じチームの子は……そういえば担当は一人だけなのか、縁故無しのトレーナー就職でそのままスカウトなんて、随分担当の子に入れ込んだんだな」
「はい、必ず活躍してくれると信じてます」
「うーん、うちも協力はしてあげたいけど、デビュー前の子と走るのはな・・・」
「キングヘイローにたまに付き合ってもらえているだけありがたいですよ」
残念ながら合同トレーニングを行えたとしても、こちらからチーム《アスケラ》に返す事ができるものはほぼ無い。ジュニア級とクラシック級の間にはそれだけの差がある。例えるなら、高校球児がメジャーリーガーに立ち向かうようなものだ。よほど早熟か、優れた才能でもなければ相手になるのも難しい。逆に言えばジュニア級の成長曲線の伸びはそれだけ激しいとも言える。
一方だけが利を得るのでは関係を続けることはできない。どのウマ娘もチームも、勝つためにこの学園に居る。目的や意味のない時間を過ごし、他のライバルたちに後れを取るわけにはいかないのだ。
「ところで、ラインクラフトとシーザリオはこのまま秋華賞ですか?同じチームの子で目標レースが被ると大変そうですよね……」
「そうだな、恐らくはそうなるかな」
少し歯切れが悪いが、何かあるのだろうか。とはいえあまり根掘り葉掘り聞き出すのも失礼だろう。
かの天才トレーナーのチームでも、チームメイトのライスシャワーとメジロマックイーンが天皇賞(春)で衝突したり、この春も桜花賞でラインクラフトとシーザリオが激突していた。G1に担当を送り出すだけでもプレッシャーや悩みは絶えないだろうに、どちらも大事な担当ウマ娘が片方は必ず負ける戦いとなればトレーナーの心労は想像もできないだろう。
「さて、それではお先に失礼します。それと、改めましてシーザリオのオークス制覇おめでとうございます。ブレンにも自分にもいい経験になるレースでした、秋も応援しています」
「ありがとう、君たちもまずはメイクデビュー頑張って」
先輩からの檄を頂き、その場を後にする。秋華賞でもチーム《アスケラ》は成績を残すだろう。ラインクラフトが変則三冠を達成するか、シーザリオがティアラ二冠を達成するか。はたまたエアメサイアが宿願を果たすか……またそれ以外のウマ娘が名乗りをあげるかもしれない。なんにせよ、クラシック三冠路線と共にトウィンクル・シリーズを盛り上げることだろう。
「オークス……か……」
ぼそりと吐き出されたアスケラトレーナーの言葉は、誰の耳に入ることもなく、喧騒に満ち始めた食堂の中でかき消されて消えた。
◆
「よし、いい調子だ!軽く休憩にしよう!」
今日はダートコースでのトレーニング、ペースコントロールの精度向上の為規定ラップでの周回を行っている。
「ふぅ、やっぱりダートは足を取られますね……」
「君の走り方だとダートは力が逃げやすいからな。パワーを付けるにはダートはいい環境だよ」
ダートは足が沈む分パワーを要求される。また、足が沈むということは柔らかいバ場であるということでもあり、故障も起こしにくい。一般にダートを主戦場とするウマ娘の出走回数が多いのはこうした理由もある。芝コースは固く、スピードが出やすい分故障も多くなる。
「いつも言ってるが、違和感があったらすぐ言うようにな」
「もう、わかってますよ。全然大丈夫です」
ブレンは芝で使っていくつもりだ、だからという訳ではないが、やはりケガに泣くウマ娘は多い。体の不調については常に最新の注意を払っている。ブレンのしっかりとした体付きはケガのしにくさにも繋がる、とはいえレースに絶対が無いように、どれだけ完成して優秀なウマ娘でも故障を起こすことはある。かの皇帝シンボリルドルフですらアメリカ遠征の際、大きな故障に見舞われ、メディアや関係者を大きく騒がせたものだ。
彼女がアメリカへ帰るときは笑顔で、そう誓った以上そのための努力を怠ることはできない。休憩に入り、体を伸ばした彼女の様子を注意深く観察する。
「……トレーナーさん……」
「どうした?」
「あ、あの、休んでるときにそこまでじっと見られると恥ずかしいというか……」
「ああ、ごめん。職業病ってやつなのかもね、大事な担当の脚に何かあっちゃいけないから」
「それはわかってますけど……」
少し耳をぐるぐるとさせるブレンが目線を投げてくる。実際問題はなさそうだ。本人からも諫められたことだ、あまり気にしてしっかり休めないのもいけない。
こちらも腰を下ろし、ラップタイムの結果を確認してトレーニングの調整内容を考える。少し前に出すぎのようだ、焦ることなく控えることに慣れるべきだろう。そう考え、再開後の目標ラップタイムを修正する。
練習内容に手を加えるため、今までのデータを確認しようとスマートフォンを取り出す。そして画面に飛び込んでくる通知に、思わず手が伸びる。
「チーム《アスケラ》、シーザリオが米遠征へ。アメリカンオークスへと向かう……!?」
そのニュースに驚愕する。アメリカンオークス、昨年あの天才トレーナー率いる《シリウス》が挑戦し、惜しくも二着に敗れたアメリカのG1レース。そのレースへと挑戦するというのだ。
アメリカンオークスに限らずとも、日本のレース界は長年アメリカのG1へと挑戦しているが、未だかつてその挑戦を成し遂げた者は居ない。かの皇帝シンボリルドルフでさえ、6着で敗れたのだ。その高き壁に日本の樫の女王が挑むというのだ。オークス二冠、かつて見たことのない前人未到の記録に。
「シーザリオさんが、アメリカに……」
自分の声に驚いたブレンがこちらへやってきて画面をのぞき込む。彼女にとっては故郷のレース、異国の地で戦うことに何かしらの共感があるのかもしれない。海外のレースは環境の変化によってウマ娘自身が実力を発揮しきれないこともある。バ場やコース形状など、特筆すべき違いは幾らでも挙げられる。
「そうだ……!ブレン、向こうに居た時のことについてなんだが、後で少し聞いてもいいか?」
「えっ、な、内容次第で……」
「シーザリオのアメリカンオークス挑戦、君の力を上げるチャンスになるかもしれない」
今までは目立つ物でもなかったし、それが今直接彼女の力になるわけではない。だが、間違いなく強いカードになる物を彼女は持っていた。これを活かさない訳にはいかない。無名の新人コンビの俺たちだが、このカードを持ったトレーナー、ウマ娘はそう多くない。
思ったことを皮算用に変えない為に、急ぎ動き出す。休憩を終えブレンはトレーニングに、そして俺はノートPCを取り出し、カードの用意を始める。俺たちは未熟だが、偉大な先人がブレンには付いている。その力を借りよう。