ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
心地よい暖かさが、日に日にうだるような暑さへと変わってきた6月の初週。
世間はクラシック、シニア級に跨るグランプリ宝塚記念への人気投票と、オークスウマ娘シーザリオのアメリカンオークス挑戦という大ニュースに沸いていた。
競争成績ではなくファンによる人気投票で出走ウマ娘が選ばれるグランプリ競争。暮れの中山で行われる有馬記念と、春G1の締めくくりとして阪神レース場で行われる宝塚記念。これらのG1はその出走条件から、クラシック三冠や春秋シニア三冠といった名誉とはまた違う意味を持つ。
『宝塚記念、ゼンノロブロイが最多得票』
ニュース記事の見出しには、昨年秋シニア三冠を達成し年度代表ウマ娘に選ばれたゼンノロブロイの名が躍る。
今最も世間を騒がす無敗二冠の英雄は、惜しくも人気投票2位に落ち着いたようだ。
それと同じく、アメリカ国際招待競走であるアメリカンオークスへの出走も大きな見出しと共に報じられている。
日本レース界は長きに渡って世界へと挑戦を続けてきた。初めての海外遠征はアメリカで、1年にも及ぶ長期滞在、17戦という連戦の果てに掴んだハンデ戦一勝。
この挑戦を皮切りにアメリカのみならずイギリスやフランス、香港など世界中のレースへと日本のウマ娘は乗り込んでいる。だが、世界の壁は高く、世界のG1競争に何度も何度も日本のウマ娘は跳ね返されてきた。
海外挑戦の始まりの地であるアメリカでもそれは例外ではなく、未だに日本のウマ娘にアメリカのG1を勝った者は居ない。日本の樫の女王がアメリカの樫の女王の座をも戴こうというのだ、世論はその挑戦に熱い視線を注いでいた。
(今できる準備は全部やった、あとは俺の努力次第だ)
チーム《アスケラ》が突如発表した、シーザリオのアメリカ遠征。この挑戦にブレンの飛躍へと繋がる光明を見出した。
日本レース界が海外への挑戦を続けてきたとはいえ、実際に海外レースのノウハウや記録をまとめた物はそう多くない。あくまで海外遠征はトウィンクル・シリーズに挑むウマ娘の選択肢の一つであり、その母数と比較して遠征経験のある現役のウマ娘やトレーナーは少ない。
故にこの海外挑戦において生きた経験やデータは、チーム《アスケラ》にとって値千金の価値を持つことにもなる。
アメリカ遠征の速報から少しずつ纏めたのは、まさしくその黄金たち。
ブレンの両親からアメリカにおけるレース理論や育成理論、実際にレースを走った上での経験など、多くの資料を預かり翻訳・整理した物だ。
そしてこれを材料に、チーム《アスケラ》と正式な協力体制の構築を交渉する。断られる可能性は無いわけではないが、今後のブレンのトレーニングやレースプランにとっても無駄な物ではない。
トレセン学園校舎の一室、無機質な教室表記があったであろう表記の上に、ポップな文字で《アスケラ》と書かれた紙が貼られている。
腕時計に目をやり、予定していた時間になったことを確認するとノックをし、引き戸に手をかける。
「失礼します」
「いらっしゃい、どうぞ座ってくれ」
来客の準備をしていたアスケラトレーナーがその手を止め、席を指し示す。
手荷物を隣の席へと置き、自身も席に着く。
「さて、それじゃあ話というのを聞こうか」
強豪チームに対しての求め、その内容と、あちらが何を得られるのかという値踏みの目線が飛ぶ。
「以前も少しお話させて頂いた、合同トレーニングや模擬レースといったことでご助力を頂きたくお願いに来ました」
「なるほど、ただそっちも分かってるとは思うけれど、主力メンバーがクラシック級も佳境に入ろうとしているうちとデビュー前の子となると、些かこちらの意味が無いと思うんだが」
「それに関しては、こちらをお貸ししたいと思っています」
ここしばらくの間まとめ続けてきた資料を手渡す。
アスケラトレーナーがそれを受け取り、ざっと目を通し始める。静かな室内で冊子を捲る音だけが響く。だがその音の間隔が、次第に長くなっていく。
「いかがでしょうか。内容に関しては、今回の海外遠征に必ず役立つと自負していますが」
少し硬くなった声が冊子を捲る手を止めさせる。
ここで協力を得られるかが、今後のトレーニングの展開を左右することになる。
「……よくまとめられているし、知らなかったことも多い」
感触は悪くなさそうだが、果たしてどうか。気づけば、無意識に唾を飲み込んでいた。
「夏合宿明け、叩いた後の軽い負荷でなら付き合っていけると思う。他のチームにも適当な相手が居ないか当たってみるよ」
「っ! ありがとうございます!」
「いや、こちらこそ助かるよ。これだけの資料、よく集めたしまとめた物だ。一つの資料としてかなり有用だと思う」
「そう言っていただけると幸いです。交換条件という形にはなりましたが、自分としても今回のアメリカ挑戦は応援していますから。これに限らずお手伝いできることがあればぜひ仰ってください」
自分の担当の為に尽くすトレーナーとしての責務が一番なのは当然の事。
とはいえ、一人のレースを愛する者として、同郷のウマ娘とトレーナーが遥か遠い地で前人未到の頂へと挑むことを後押ししたいと思うのも当然だ。
互いに競い合い、ターフの上で鎬を削る間柄であると同時に、互いに高め支えあうライバルでもあるのだ。困難な道を歩むというならできる限りの手は貸したい。
「同期の天才からも話は聞こうと思ってはいたけれど、現地のトレーナーとウマ娘の詳しい話は随分貴重だからね。シーザリオが偉業を達成する大きな支えになってくれる筈だ。トレーニングの詳しい話に関してはこちらから折り返させてもらう、改めてありがとう」
「お話受けて頂いてありがとうございました。後輩としても、一人のレースファンとしても応援しています」
持ってきた資料をそのまま全て渡し、席を立つ。
G1に何度も名を残す強豪チームと良い関係を築けることはとても心強い。
その実力も、人脈も、借りれるものは全て借りて同期に差をつけていきたいところだ。
再び礼を述べ、部屋を後にする。
トレーナールームへと戻る道すがら。今回の件を組み込んで、今後のトレーニング内容をどのようにするか思索に耽る。
実力者たちに付き合ってもらえるなら、その際は出来る限り追い込んでいきたい。その叩き上げに耐えうる体を夏の間に作り上げる必要があるだろう。
チーム《アスケラ》においては特にラインクラフト、キングヘイローがブレンと距離適性が近い。
短距離、マイルの頂点を掴んだ彼女たちに並ぶには、身体づくりもだが、十分な加速力も鍛えていかなければならない。
将来のことを見据えながら、午後のトレーニングのためコースへと向かう。
初夏の高くなってきた日差しが燦燦と、トレーニングに励むウマ娘たちを照らす。
ウマ娘の平熱は三十七度五分と、人よりも高い。夏場は暑さによってバテやすいこともあり、水分とミネラル補給のタブレットを多めに持っていく。
「あっ、トレーナーさん、お疲れ様です」
「お疲れ様ブレン、暑くなってきたからこまめに休憩しながらやっていこうか」
「はい、今日もよろしくお願いします!」
元気な声でブレンが返事をする。
相変わらず練習は人の少ないコースを選んでおり、彼女が走りにだけ集中できるよう努めている。
ダートコースに入ったブレンが、地面を蹴り上げ走り込みを始めた。その表情は真剣そのもの、普段の気弱な気配は感じない。
(以前より集中の入りや持続は良くなったか)
担当契約を結んでから2か月ほど、純粋な走りはもちろんだが、走りへの向き合い方が前向きに変化してきた。
目的がはっきりとしたこと、オークスで発破を受けたことなど、理由はいくつかあるだろう。
あとは、その前向きな姿勢を他者との走りの中でどれだけ維持できるかだ。
これに関してはチーム《アスケラ》の面々、親しくなったベテランたちのプレッシャーで慣れていってもらうことになる。
《アスケラ》の面々は面倒見のいい子が多い、一度ブレンの懐に入ればそのまま警戒心も解れていくに違いない。シーザリオとは国は入れ違いだが、互いに母国を離れ遠い地でレースに挑むという点で語り合えることもあるはずだ。
大きな成長を見込む秋に向け、下準備は着々と進んできている。
早くデビューさせてやりたい…しかしメインストーリー後編が来てくれないと色々としんどい…!
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