ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
中継に映るのは六甲山の麓、仁川沿いに建つ阪神レース場。
角の取れた三角形の様な形をした独特なコース形状、その芝2200m内回りコース。
GⅠ宝塚記念、ファン投票によって出走ウマ娘が決まるグランプリレースの片翼。
ただ強いだけではない、ファンを惹きつける走りを魅せるウマ娘のみが立つことを許される場だ。
自分が投票したウマ娘の勝利を見届ける為に詰めかけたファンたち、日に日に増す暑さへの対策に白い恰好をした者が多く、スタンドは白一色に染まっている。
「そろそろ始まるよ、ブレン」
「はーい、今行きますー!」
午後のトレーニングの休憩も兼ねて、練習コース横のベンチに腰掛けスマホの小さな画面を二人で共有する。
URA発表によるコースコンディションは良、天気は晴。しかし中継に映る空には薄雲がかかり、ぼんやりとした日光に照らされている。
ほのかに薄暗い空のもと、15人のウマ娘がグランプリの頂点を懸けて争う。
ファン投票1位は前年度秋シニア三冠を達成し、年度代表ウマ娘に輝いたゼンノロブロイ。
だが誰がこのレースを制するかのファン予想において1番人気に躍り出たのは、一昨年のジャパンCを制し、宝塚記念二連覇の偉業に手を伸ばしているタップダンスシチーだった。
その他にもティアラ三冠ウマ娘のスティルインラブや、秋華賞制覇と前走安田記念2着のスイープトウショウ。
GⅠ級に、不朽の偉業を成し遂げたウマ娘、GⅠ勝ち星は無くとも応援せずにはいられない、そんなウマ娘たちが揃い踏みだ。
「今年の春GⅠの総決算、ファン投票によって選ばれたウマ娘15人が集いました。ファンの応援を力に変えて、シニア級の古豪が制覇するか、それとも年度代表ウマ娘の4戦連続GⅠ勝利か。はたまた更に別の誰かか、第46回宝塚記念、スタートが近付いています」
解説がひと段落すると、スターターの旗の合図に合わせてファンファーレの演奏が始まる。
宝塚記念でのみ演奏される、壮大で威厳に満ちた力強い曲調、それでいて一音節毎にこれから始まる激闘への期待が高鳴っていく特別なファンファーレだ。
スタンドいっぱいの観客たちから、大歓声が送られる。
「割れるような歓声です阪神レース場、これでちょっとイレ込むようなウマ娘が居ないかどうか。スイープトウショウ、少しゲート入りを嫌がっているようですが……入りました」
カメラのズームで切り抜かれたスイープトウショウは熱狂に飲み込まれるスタンドを見て、何か不機嫌そうにしているが、係員に背中を押され半ば強制的にゲート入りを終える。
次に奇数番、偶数番と次第に枠入りを完了していく。
そして最後に残ったタップダンスシチーが、ゲート後方から踊る様に、軽快なステップを刻みながらゲートへと入っていく。
その様はさながらバレエの演者とも言わんばかりの優雅さ、力強さを放っていた。
「タップダンスシチーが入りますと全バの態勢整いまして、46回目宝塚記念です! 注目は先行争い!」
ゲートの中で6枠11番のスイープトウショウはレースの開始が待ちきれないのか、はたまた狭いゲート内が嫌なのか、じたばたとしているのが見受けられた。
あと数秒でゲートが開く、その僅かな間すら待ってはいられない何かがそこにはある。
ガコン!!
「スタートしました! タップ出た! タップ綺麗に出ました! 内からキヌノメイセイも好スタートを切っている!」
ゲートが開く一瞬でスイープトウショウも態勢を整え、横一線綺麗なスタートを決める。
カメラはゲートから飛び出たウマ娘たちを追う形で視界を高くしていく。
「阪神の芝2200mは瞬発よりも持久とパワー勝負になりやすい、逃げ先行が比較的有利なコースだ。ブレンの脚質には有った環境だ、タップダンスシチーとゼンノロブロイは恐らく前目先行争いになる。よく見ておいて」
「わかりました」
ブレンが指示された通りに、4番手に付けたタップダンスシチーと、その2、3番手後ろに付けたゼンノロブロイに注視する。
やがて来る自らのデビューに向けて、その選ばれた猛者達の走りを少しでも盗んでやるために。
「大歓声があがりました阪神レース場! ゼンノロブロイは中団から行っています! タップダンスシチーは先頭から4番手!」
スタートしてからすぐに迎えるスタート前方にあるスタンド前ホームストレッチに入ってきたウマ娘達。
目の前で競り合うウマ娘たちに、興奮が最高潮に達したスタンドのファンが更に大きい歓声でもって出迎える。
タップダンスシチーは想定よりも控えたが、上位人気勢の動きとしては多くの者が予想した通りに序盤は動く。
「後方グループにかけましてはスティルインラブが一番後ろから、1コーナーから2コーナーに向かいます」
今回の宝塚記念にティアラ路線のウマ娘は3名が出走している。
そのうちの一人はティアラ三冠を成し遂げたスティルインラブ。ここのところは結果に恵まれてはいないが、その走りは見る者に強烈な印象を刻み込む。
インタビューやメディアではお淑やかな印象も受けたが、カメラと画面を挟んだ向こう、レース中の彼女は全てを喰らい尽くすかの様な重圧を放っていた。
「先頭に立ったのはなんと7番のコスモスサイズ! 3バ身、4バ身とリードを広げました! 向こう正面に入って2番手にはキヌノメイセイ、そして上がっていってタップダンスシチー! 前半の1000mを丁度一分で通過している!」
最前線には付けずやや前目に付けていた前年度覇者が、リードを広げて逃げの態勢に入った7番の真後ろに大きなステップで貼り付く。
開いたリードはほんの数秒も保つことはなかった。先頭は必死にその差を広げようとするが隊列は変わらない。
去年に比べると遅い、真綿で締め付けられるようなじりじりとした展開だ。
「7番の子は、厳しそうですね……」
「ああ、前に出るのに体力を使ったんだろうな、タップダンスシチーから逃げ切るのは無理だと思う」
向こう正面を2コーナーを抜けた隊列のまま通過し、硬直した並びになる。
しかし3、4コーナー中間点でレースが動いた。
「各ウマ娘3、4コーナー中間点! さあ早くも、早くもこの辺りでタップダンスシチーが先頭に変わるかどうか! 去年と同じような恰好になっている!」
2番手でマークしていたタップダンスシチーがそのストライドを更に伸ばし、大きく前へと躍り出た。
7番のウマ娘は必死に逃げるが、明らかに脚が残っていない。その外からタップダンスシチーに先頭を奪われた。
4コーナーの終わり、先頭を踊るタップダンスシチーの一人舞台だが、後ろとの距離はあまりない。
団子状態のままコーナーを抜け、真ん中からエリザベス女王杯を制したティアラウマ娘に、ゼンノロブロイも芝を蹴り上げ土煙と共に位置を上げて来ていた。
そして全てが決まる最終直線、7番のウマ娘に変わりタップダンスシチーが最後の逃走劇に挑む。
「タップダンスシチー先頭!タップダンスシチー先頭ですが真ん中からダイトウリョウ!真ん中からダイトウリョウ、ダイトウリョウ!」
9番のウマ娘が周りから抜け出し、グランプリの栄冠に一歩踏み込む。
その真後ろからゼンノロブロイもより速いペースで着実に距離を詰めて来ていた。
熾烈なデッドヒート、その戦いから早仕掛けをかけたタップダンスシチーが遂に零れ落ち、ダイトウリョウとゼンノロブロイの一騎打ちになるかに思われた。
「外から! 外からなんとスイープトウショウ! 外からなんとスイープトウショウがここから先頭に代わる!」
11番人気、勝つのは厳しいだろうと見られていた秋華賞ウマ娘、スイープトウショウがその天才的な末脚を爆発させた。
クラシック路線のウマ娘たちを次々とごぼう抜きにしていき、先頭に立とうとしていたゼンノロブロイすらも置き去りにしていく。
その小さな体にどれだけの力が潜んでいたのか、天才魔法少女は空を飛ぶ魔法にかかったようにターフの上を飛んでいた。
「ゼンノロブロイ! ゼンノロブロイ! 外からハートランドが突っ込んでくる! 先頭スイープトウショウ、スイープトウショウ! ハートランド! ゼンノロブロイ!」
大外から4番ハートランドがスイープトウショウも上回るようなトップスピードと加速で追い込みをかけてくる。
ゼンノロブロイは届かない、スイープトウショウをハートランドが追いかける。
追い込みをかけるその脚は、あまりにも見事な加速を見せた。
だが、ターフの上で唱えられた魔法の末脚はそれすら上回り、遂に逃げ切った。
「なんと、スイープトウショウだ! スイープトウショウだー!! ハートランドは2番手! ティアラウマ娘のスイープトウショウです! 11番人気からの宝塚記念制覇ー!! ティアラのウマ娘は強い!!!!!!!!」
ティアラのウマ娘はクラシック路線に比べて劣るとも言われる。
そんな風説を、この偉大な勝利を遂げた魔法使いの少女は吹き飛ばした。
「どうよ!? 見てたー!? アタシに不可能なんてないんだから♪」
祝福の大歓声に沸くスタンドに向けて、自信に満ちた言葉を叩きつけるスイープトウショウ。
彼女が起こした魔法は歴史に残る物だろう、39年ぶりのティアラ出身ウマ娘による宝塚記念制覇。
それもジャパンCで世界をも制した前年覇者タップダンスシチー、秋シニア三冠のゼンノロブロイ、トゥインクル・シリーズでも屈指の強豪を下しての勝利だ。
ティアラのウマ娘はクラシックのウマ娘より弱いだなんて、もう誰も言えない。
間違いなく、時代が変わってきていた。
「スイープトウショウさん、すごい……! 最後追いつかれるかと思ったのに、逃げ切るなんて……!」
「ああ、ティアラウマ娘は純粋な走りじゃなくて華を見ているなんてことも言われたりしたけど、全くそんなことはない。強いウマ娘はやっぱり強い……!」
ラインクラフトの桜花賞からNHKマイルCへの挑戦、そしてこのスイープトウショウの宝塚記念制覇。
どちらも、ティアラ路線とクラシック路線が幾度となく交わる、新しいトゥインクル・シリーズの始まりを告げるものだ。
ここから先、彼女たちに続くティアラのウマ娘はクラシックに引けを取らない強さでもって更なる活躍を果たすだろう。
「俺たちも負けてられないな。 ブレンは短距離マイル路線でティアラともクラシックとも違う道だ。 それでも手強くない相手は居ない筈だ」
「もちろんわかってます、僕だって負けたくない……他の子にも、僕自身にも!」
ウマ娘には走りでしか伝わらないことがある。
スイープトウショウの走りが唱えた魔法は、仁川の舞台から遠く離れたブレンにもかかっていた。
ブレンとトレーナー、互いに闘志を高めトレーニングを再開する。
全てはいつか来るレースで栄光を掴むために。
24宝塚は現地でディープボンドに叫んでました。泣きました。
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