ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
9月を迎えて、夏休みと夏合宿によりもぬけの殻となっていたトレセン学園は、再び普段の喧騒と熱気を取り戻していた。
クラシック級やシニア級のウマ娘にとっては飛躍の、あるいはこれから始まる秋のGⅠ戦線に向けた英気を養う期間。
ブレンにとっても、秋から始まるデビュー前総仕上げのトレーニングに耐えうる体を作ることができた。
キングヘイローにラインクラフト、シーザリオらチーム《アスケラ》のGⅠウマ娘の面々に加え、同期のウマ娘たちと積極的に競い合うことで鉄火場で戦う為の心を養う。
心技体、そのうちの心と技を磨き上げ、メイクデビューに送り出す。その予定だった。
「今日はドラゴンブレンドとの合同トレーニングになる。クラフトは指示通りに、ドラゴンブレンドと1バ身は最低でもキープし続けるんだ」
「ブレンはラインクラフトに全力で喰らい付け。夏は体のコントロールと基礎に集中させた、その段階をもう何段階か上げていこう」
「「はいっ!」」
ウッドチップコースにラインクラフトとブレンが並ぶ、既にアップは済ませてある。
ブレンは少し緊張した様子だが、やる気には満ちていた。
ラインクラフトもやる気十分、GⅠ二勝の実績に相応しい貫禄だ。
そんな彼女らを見守るトレーナー2人と、キングヘイローらチーム《アスケラ》のチームメンバーたち。
その中に、シーザリオの姿は無かった。
8月の末、夏合宿が終わる間際にそのニュースは日本レース界を震撼させた。
『シーザリオ、右繋靭帯炎を発症』
日本中が歓喜の渦に包まれたシーザリオによるアメリカンオークス制覇。
日米オークス制覇からの秋華賞ローテ、更なる快進撃とライバルたちとの激闘に世間が期待していた矢先だった。
誰もが分かっている、
どんな名ウマ娘でも、故障とは常に隣り合わせだ。姿が見えなかったとしても、気付けばすぐ背後に居るなんていうのは珍しいことではない。
まだはっきりと引退は宣言していないが、トウィンクル・シリーズからは距離を置き、育成に携わりたいとの意思を示しているとのことだ。
これによりチーム《アスケラ》は春のティアラ路線を賑わせたエースたちの片翼を失い、ラインクラフトの単独エースで秋のGⅠ戦線を迎えることとなった。
大事なチームメイトであり、ライバルを欠いたまま変則ティアラ三冠の懸かった秋華賞へと挑むラインクラフト。
ブレンはクラシック最速の座に居るクラフトを追い、更なる限界を目指す。
追われるクラフトは秋の前哨戦となる秋華賞トライアル、ローズステークスに向けて調整に入った。
「やぁぁぁぁああああ!!」
「これ以上っ離されてたまるもんか……っ!」
チームのエースとして、変則三冠という新たな偉業を見据えたクラフトの気の入り方はかなりの物だ。
マイル1600のGⅠを2戦制した彼女は、後ろから追うブレンを決して前に抜かせはしなかった。
指示通り1バ身のリードは常に守り続けていたが、追う側も奮戦していた。
既に何度か併走を繰り返したことでブレンの緊張は概ね解消されてきていた。
GⅠウマ娘との併走、そのプレッシャーは消えないものの持前の集中力を上手く走りに取り入れることができている。
マイル1600において無類の強さを誇るラインクラフト相手に、スパートでトップスピードの争いを仕掛けても勝ち目はない。
ブレンの強みはゾーンに入った時の環境把握能力と、全身のバネを使った長い脚だ。
ラインクラフトの踏み込みやペースに意識を向け、スパートに入られる前にじっくりとロングスパートをかけていく。
最後には千切られてしまうが、1バ身ギリギリの位置まで追い上げ、その後の粘り方も随分と強くなった。
「いい調子ではあるけど、やっぱり2000は長いか……」
「距離適性はクラフトに近いだろうね、特段大きな理由が無いなら秋華賞明けまでは別の方がいいんじゃないか?」
ラインクラフトが目指す秋華賞は芝2000m、そのトライアルレースであるローズステークスもまた芝2000の中距離レースだ。
ウマ娘にとって距離適性とは絶対に等しい。たったの200m、100mであれど、人間を遥かに上回る速度で駆け抜ける彼女たちにとって、その距離を走るのに消費するエネルギーは遥かに大きい。
スプリント戦において最強とも名高いサクラバクシンオーは、1400mまでの短距離であれば無敗だが、1600以上となれば途端に勝ちが無くなる。
この距離の壁を越えるには、身体そのものを作り変えるような厳しい鍛錬が必要だ。
実際に走ってみるまで距離適性はわからないが、おおよその推測であれば可能だ。
足の形、トモの筋肉の付き方、全体的な骨格など、身体情報を基に考えることはできる。
それらを基に考えればブレンはスプリンター寄りのマイル適性、2000m以上も今の走りを見ている限りこなせそうではあるが、短距離マイルの方が向いているように見受けられた。
マイルと中距離であればペースの取り方、仕掛けどころも異なる。
得られるものはもちろんあるが、今は広く手を伸ばすよりも狙いを絞る方が賢明に思える。
メイクデビュー戦を勝利で抜ける事ができれば、デビューが遅いとしてもオープン戦やクラシック級頭の重賞レースも視野に入れられる。
デビュー後の展望を踏まえても、まずはマイル以下で想定しているメイクデビュー戦に集中すべきだ。
「追いつけると、思ったのに……!」
「前哨戦も秋華賞も控えてますから、誰にだって負けるつもりはありませんよ! シーザリオの分まで私が勝たないと!」
強気な台詞に、息の荒いブレンが悔しそうな表情を浮かべた。
誰かと走っても、緊張や恐怖よりも負けん気が勝ち始めている証拠だ。
この調子で行けば、安心してメイクデビューに送り出せることだろう。
「メイクデビューの距離を確定するためにも、ラインクラフトの2000m練習で併走したけど。やっぱりブレンは短距離・マイルの方が向いてる、今後は別としてもメイクデビューはやっぱり1600以下でいこう」
「わかりました、なら速いペースをもっとキープできないとですね」
「そうだな、瞬発力よりもトップスピードを長く出せるように練習を続けよう」
軽く相談をして息を整えれば、もう一度コースへと戻る。
ここからは併走から、それぞれの目標に合わせたメニューへと移る。
全身のバネで跳ぶように蹴る踏み込みを更に強め、その回転をキープさせることに注力する。
キレる脚ではないが、力強さのある堅実な走りだった。
◆
「ラインクラフト逃げる、エアメサイア追う! ラインクラフト逃げる、エアメサイア追う!」
阪神レース場、芝2000m、良バ場、晴。
秋華賞トライアルローズSに挑むラインクラフトだったが、この距離においてはライバルのエアメサイアが上だった。
吐き出した叫びと共に、エアメサイアが加速し、脚の尽き始めたラインクラフトをかわす。
「エアメサイアかわしたかわしたー! 今日はエアメサイアです!」
オークス2着のエアメサイアがトライアル戦を制することとなった。
桜花賞を彷彿とさせるような早めのスパートでラインクラフトが4コーナーを飛び出し、大きくリードを広げたが、ゴール直前で後方から上がってきたエアメサイアに差し切られた。
1/2バ身、中距離戦におけるレース運びの技術がこの着差に現れていた。
「かなりリードも保ってたし、粘り切ると思ったけどな……ペース管理が一枚上手だな」
「クラフトさん、負けちゃいましたね……」
「まあまだ前哨戦だ、ラインクラフト自体もゴールギリギリまで先頭をキープしてたし、流石は変則二冠バだな」
小休止に、ラインクラフトの挑んだローズSの中継を見るブレンとトレーナー。
共にトレーニングに励んだラインクラフトは、惜しくも2着だった。
「抜け出す場所としては悪くない印象だったけどね、もう少し貯める……いやでも末脚勝負なら差されるか……」
「やっぱり本番はそう簡単じゃないですね。一緒に走ってて、あのトップスピードに入ったクラフトさんを差し切るのは難しいなぁって思ってましたけど」
「レースは何があるかわからないからね……それにしても、あのクラシック最速のラインクラフトを差し切るのを無理だとは言わないなんて、ブレンも自信家になったな」
「別にそういう意味じゃ……! もう! 茶化さないでくださいトレーナーさん!」
「ごめんごめん、でも自信が出てきた証拠じゃないか? フィジカルとテクニックが同じ水準の相手なら、最後に勝つのは負けん気のある方だ。ラインクラフト相手に差し切れるなら、次のマイル王者は君かもしれないぞ」
「むぅ……頑張ります……」
少しぶすくれるブレンにトレーナーが素直に謝る。
走り方としてはラインクラフトの方がピッチ走法寄りだが、脚質としてはブレンとクラフトは近しい。
クラフトは先行集団から4コーナーあたりで早仕掛けで抜け出し、そのまま逃げ切るレースが多い。
ブレンも仕掛けどころとしてはその辺りで、4コーナーを抜けたあたりからぐーんと伸びてくるようなレース運びをする。
そのトップスピードや走法に差異はあれど、参考にはしやすい相手だった。
「Hi! 休憩中だったかしら?」
「あっ、ハートさん。ローズSを見てたところで、もう練習に戻るところだよ」
「あらそうなの、なら折角だし一緒に走りましょう? トレーナーさんよね、混ざっても大丈夫かしら?」
「もちろんだよ、ブレンから時々話は聞いてたよ。こちらこそよろしく頼む」
「Wow, どんな話をしてくれてたのか、後で教えてちょうだいね♪」
本人の居ないところでしていた話を掘り出されるのは恥ずかしいのか、ブレンが足早にハートを連れてバ場へと出る。
その様子は随分と親し気で、普段同室の子やカワカミプリンセスぐらいとしか関わっているのを見ないブレンにしてはかなり珍しかった。
(真逆の性格っぽいけど、案外気が合うんだな)
ハートの後を追うブレンは、今までの併走相手たちと走っている時よりも走る事に集中できているように見えた。
走る際のプレッシャーはGⅠウマ娘と引けを取らない力強さだが、彼女相手に限っては程よい緊張で収まっているらしい。
速度を上げていくハートに合わせて、ブレンもペースを上げていく。
リラックスして大きく脚を伸ばせており、かなりいいフォームだった。
「いい感じだぞブレン! そのストライドのままピッチを上げてみろ!」
「はいっ! はぁぁぁあああああ!!!」
「Excellent! 私だって!」
回転数の上昇により加速していくブレンがハートの隣にまで付ければ、負けじとハートもウッドチップを大きく蹴り上げトップスピードへと至る。
しかし、ハートがブレンを引き剝がすペースは非常に遅く、最後まで粘ったブレンとの距離は3/4バ身程度に収まった。
ハートの走りはラインクラフトに負けず劣らずの強さで、まだ軽い併走から追い上げたというのはあるだろうが、以前にも増してブレンの走りは成長していた。
「はぁ、並びかけられるなんて、驚かされたわ!」
「差し切れは、しなかったですけど……!」
「私にもPrideがあるわ、併走だって前を行かれる訳にはいかないもの」
「2人とも初っ端から良い調子だな、ブレンも惜しかった」
最初の仕掛け勝負で2人の闘争本能に火が付いた。
ボトルを手に取り軽く水を流し込めば、すぐさまコースへと戻る。
ハートはトウィンクル・シリーズの先輩として、今度は全力でブレンを置いていくつもりだ。
レース本番と変わらない威圧感でスタート位置に立つ。
ブレンもまた、安心して全力をハートにぶつけようとしていた。
ぐっと脚に力を籠めてコースを駆け出す2人を見て、トレーナーは頼もしい練習パートナーが増えたと、秋の算段を立てていた。
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