ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
個人的にはこの作品で出せるととても有難い子がいるので、その子であって欲しいですね……
大本命ジェニュイン、本命コントレイルとアーモンドアイ、大穴ディープぐらいで予想しておきましょう。
涼しさが増す秋の夜風に吹かれるグラウンドのダートコース、闇に吸い込まれそうな黒鹿毛が靡いていた。
広い敷地を白く染めるLED投光器に照らされるウマ娘は、光の角度によってその艶めきを変えながら脚を止める事なく走り続ける。
思慮深さを含む瞳には、どこか焦りを含ませながら。
「ホークさん、そろそろ利用時間だよ」
「あ? なんだブレンか、利用申請は出してるし門限までには戻る」
日が短くなり、夜が長くなっていく中でルームメイトの不在を心配して探しにきたようだった。
ブラストホークはその姿を一瞥すると、問題ない事を簡潔に伝えて再び走り出す。
人気のない静かなコースに、断続的な蹄鉄と呼吸音だけが響く。
四拍子のリズムが地面を叩き、合間合間に息を吸う。
その独演会にまた新たな演者が加わった。
「おい、お前昼間も叩きまくってたろ、オーバーワークじゃねえのか」
「トレーナーさんは少しなら大丈夫だって」
コース脇のベンチにスマホを置いて、ストレッチをしながらブレンがその列に並ぶ。
LANEの通知にはトレーナーからの指示と注意が浮かび、暗転していた。
「……まァ、トレーナーが良いってんなら俺が止める義理はねえな」
「ホークさんこそ、ずっと走ってるんじゃないの?」
「負荷の程度は調整してる、この程度なら翌日に響くレベルじゃねえ」
普段は冷静で、少し斜に構えた雰囲気もあるホークだが、今の彼女にその様子は無かった。
常にフォームを微調整し、自身の肉体が最も効率よく地面を蹴り、エネルギーを推進力に変えられる形を確認する。
数箇所に設置されていたビデオカメラがその様子を多方面から捉えていた。
その様子を心配するブレンに対しても、普段の余裕ある返答ではなく固い返事だった。
「付き合ってくれるってんなら丁度いい、そっちのペースで良いから併せてェ」
「あんまり多くはできないけど、大丈夫だよ」
「同室がうるせえからな、こいつで今日の仕上げと確認して仕舞いにする」
冗談を混ぜながらも、その言葉を受けて2人が並走から併走へと移っていく。
先行したのはブラストホーク、速めのペースでブレンの前方を位置取った。
その少し後ろ、ホークが蹴り上げるたび散弾の様に飛び散る砂礫を避ける為、若干外目にブレンがつく。
向正面を超え、3コーナーに入っても位置は変わらない。
砂を被るのを避け、ブレンは外目を走らされているにも関わらずだ。
一瞬後ろを確認し、そのリードが広く無いことを認めるとホークが耳を絞る。
「オラァァァアッ!!!!!」
3コーナーから4コーナーへ、固まった2人はそのままにホームストレッチへと戻ってくる。
直線へと入りゆっくりとした加速でホークがラストスパートに入るが、それよりも一段階上のギアをブレンが入れた。
ゴール板を見つめるホークの視界を、暗い茶褐色の鹿毛が遮っていく。
残り1ハロンでゴールといった場所で完全に順番は入れ替わり、ブレンがホークの前へと入ると、その進路に蓋をした。
そこから再加速する体力、進路を取り直す距離の猶予は無く、蓋を閉めたブレンが最後はウマなりにゴールを決めた。
「っハァ! 話にもならねェ……!」
「だ、大丈夫? やっぱり疲れが溜まってたんじゃ……」
ゴールを切り、ずるずると歩度を落としていったホークがごろんとダートコースの上へ体を投げ出す。
それを見て、前に居たブレンが慌てて引き返しホークを抱き起そうとした。
「併せは予定外だったかんな、パフォーマンスが最高とは言わねえが……地力の差だな、ありゃ逃げ切れねェ……クソッ……!」
悔しそうな表情と口ぶりとは裏腹に、ホークが差し出された手を取り立ち上がると、そのままコース外へと出て行き設置していたビデオカメラを回収し始めた。
ぐるりとコース外を一周して戻ってきたホークは、回収したビデオカメラからSDカードを引き抜きノートパソコンに記録を取り込む。
「ブレン、今さっきの分はお前にも送っとくぞ」
「ありがとう。それにしても、この量で今日の分だけ……?」
「何台も同時稼働させてるからな、純粋な運動時間だけならそんなでもねェさ」
覗き込んだ画面を埋める動画データの多さにブレンが驚愕する。
全てのデータを取り込んだパソコンには、今日だけで数時間分に及ぶ記録動画が表示されていた。
本人はそう長くないとは言うものの、一見しただけでも密度の高い練習を大量に行っていたと察することができた。
「……次の選抜で無様晒す訳にはいかねえからな。走りの最適化に必要なのは適切な理論と反復だ。がむしゃらにやりゃ良いって訳じゃねえが、頭と違って体は数をこなさない事には覚えてくれねえんだわ」
投げ出すように地面に座り込んだことでズレた眼鏡をかちゃりと直し、煌々と撮り溜めた動画を映す液晶を見つめる。
その目が見つめるのは今の走りだけではなく、約半年前のブレンがトレーナーにスカウトを受けた選抜レースも含まれていた。
あの日の選抜レースにホークもまた出走し、着外の惨敗を喫していた。
出遅れや前を塞がれたという訳でもなく、ついさっきの併走と同じように前目でレースを牽引し、そして差し切られた。
ただただ実力が及ばなかった、そう評する他無い結果だった。
そしてその事実を、ホーク本人が誰よりも理解していた。
「さて、これ以上外で確認して体冷やすのも良くねえ、そろそろ戻るか」
「それに門限破りで罰当番貰いたくないもんね」
「違いねえ」
道化めかして笑ってホークが立ち上がると、互いに荷物を手に取り栗東寮への帰路に着く。
本来のコース利用時間はとうに過ぎており、門限も迫っていたためブレンとホーク以外に学内を歩く者は居なかった。
和らぐ暑さと共に鳴りを潜めだした蝉の代わりに、鈴虫の虫の音だけが辺りに響く。
その虫の音に割って入り、ホークが口を開いた。
「なあブレン、お前はなんでトレセン学園に来たんだ?」
「珍しいね、ホークさんがそんな話するなんて」
「俺だって健全なトレセン学園生だぜ? ルームメイトとの歓談に花を咲かせたっておかしかねえだろ」
わざとらしい笑みを浮かべて自己弁護をするルームメイトの姿に、ブレンが苦笑いした。
「そうだなぁ、僕は……新しい場所でなら臆病な自分を変えられるかもしれないって思ったから、かな。自分で自分を認められるようになりたいんだ。そういうホークさんは?」
「俺か? そんなの決まってる、一番速いウマ娘が一番偉いからだよ」
「え、えぇ……?」
理知的なルームメイトから出てきたとは、俄には信じがたい好戦的かつ直情的な理由に困惑を隠せない。
愉快そうに笑みを浮かべるホークはまるで、演説家の様に大仰な仕草で語り続ける。
「社会の中で個人の位を位置付ける要素ってのは幾らでもある、ルックス、学歴、家柄、暴力だって例外じゃねえ。だけどな、俺たちウマ娘にとっちゃそんなもん、脚が速いって絶対の事実の前じゃ塵芥に等しいだろ?」
ウマ娘にとって走る事は本能に等しい、そしてその本能に根差した闘争本能もまた人間のそれとは異なる。
レースに限らずウマ娘は競う事が好きだ、日常的な決め事で行うじゃんけん、仲間内で遊ぶゲーム、勝者と敗者が決まる競い合いにウマ娘は執着しがちになる。
その中でも最たるものがレースということだ。
URAが統括しない、場所を選ばず行われるフリースタイル・レースと呼ばれる世界においても、レースの強さはヒエラルキーに直結する。
暴力的でガラの悪いウマ娘も少なくないフリースタイルの世界でも、力が強くともレースで弱いウマ娘には誰も着いてこない。
それ程までに、ウマ娘にとって
「俺は頭の出来で負けたことはねえ、だがことレースに置いちゃ話は別だ。 俺より頭の回転の悪い奴、物を考えらんねェ奴が俺より速い。そいつらは俺より上のウマ娘として認識されるんだ、そいつが気に食わねェ」
今彼女に触れようものなら、手を食い千切られるのではないかと思う程の凶悪な笑みで、実に大胆な思いを吐露する。
安心できるルームメイトだと思っていた相手の、今まで知らなかった一面を目の当たりにしてしまい、ブレンは蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまっていた。
「そうビビんなよ、まあ要はありふれた理由だ。誰よりも速いウマ娘だって証明してやりたいって事だよ」
「言い方が怖いよホークさん……」
「お生憎様、そんな綺麗なお育ちしてねェんでな」
ホークはブレンのささやかな抗議を一蹴し、相変わらず愉快そうに笑う。
しかし、一瞬黙り込むとその表情が陰る。
「つったってまあ、今んとこスカウトすら受けれず仕舞いだけどな」
先程までの強気な言葉とは打って変わって自嘲の滲んだその言葉に、返事は帰ってこなかった。
「走りの感覚が今年に入ってアガってる実感はある、本格化が始まるってのはこの感覚なんだろうな。ってことは、あとは2年か3年もすりゃ完全なピークアウトを迎えてお仕舞いってこった。」
「それでこんな時間まで練習してたんだ……」
「トレーナーが付かないことにはデビューすらできねえ。次の選抜でトレーナーを捕まえるか、目に留まるかしねえと、貴重な本格化の時期をドブに捨てる事になる」
鞄の持ち手を握り締めるその手が意味するのは自身への不甲斐なさか、はたまた苛立ちか。
不愉快そうに歪んだ瞳を覗いてみても、その心中の底は伺い知れなかった。
「ホークさん……」
「辛気臭ェ話しちまったな、さっさと戻ろうぜ、汗がベタついて気持ち悪いったらありゃしねえ」
「ううん、そんなことないよ。気持ちは分かるとは……言えないけど、僕だってちゃんと走れない悔しさぐらいは知ってるつもりだから」
「そうかよ、まァお前はとりあえずメイクデビュー戦だな。府中か中山なら観に行ってやるよ」
「うーん、どこになるかなぁ。でも来てくれるなら嬉しいかな」
同室同士、抱えた不安や未来への展望を語りながらの帰り道。
首都圏であれば文句なしに最も広い敷地面積を有するトレセン学園、寮までの帰路でも歩きであればウマ娘といえど、そこそこの時間がかかってしまう。
心の陰りが幾らかは晴れて栗東寮へ戻ったブレンとホークを出迎えたのは、人たらしな笑みを浮かべて立っている栗東寮長のフジキセキと、確かな圧を感じる笑みを浮かべた美浦寮長のヒシアマゾンだった。
「やあポニーちゃんたち、門限は既に過ぎてしまっているけど。なにかあったのかな?」
「アンタ前の集まりに居たヤツじゃないかい、門限破りなんてどういう了見だい?」
歓談に水をやり肥料をやり、花を咲かせている間に気付けば門限の時刻を過ぎていたらしい。
スマホの時間を確認してブレンは顔を青く、ホークは黙ってこの場の打開策を考え始めていた。
「あっ、えっと、トレーニングをしてて、帰ろうとしてたんですけど、帰り道でお喋りしてたら時間過ぎちゃって……!」
「俺も走った動画確認してたら思ったより時間過ぎちゃって、すいません」
「……なるほどね。2人とも初犯みたいだし今回は大目に見るけど、次からは気をつけるようにね」
「はい、ごめんなさい……」
「うす、次はやらないんで」
「おいちょっとフジ?」
あっさりと門限破りを見逃そうとするフジキセキにヒシアマゾンが苦言を呈そうとするが、まあまあと言って2人を寮へと返してしまう。
足早に中へと戻っていくブレンを、マイペースにホークが追いかけていった。
「ちょっと叱り方がユルいんじゃないかいフジ? ドラゴンブレンドの方はともかく、黒鹿毛の方は反省してない感じがするよ」
「2人ともトレーニングってことだし、2人とも普段問題を起こすような子ではないからね。それに……ホークだって、いざとなればコースに出ればいいさ。ポッケに似てるかな、あの子は」
「……ホント、あんたの手札は尽きないね」
「ははっ、それが私の長所だよ。おや、また次のポニーちゃんが帰って来たみたいだ」
「やれやれ、食えない奴だよアンタは……こらアンタたち! もう門限は過ぎてるよ!」
各寮の寮生たちの慌てた声が響きながら、トレセン学園の夜は更けていく。
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