ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
「ハートさん、応援してるから、頑張ってきてね……!」
「Thanks! 最後のティアラ、ずっと待ち望んていたクラフトとの再戦、絶対に勝ってみせるわ」
ティアラ路線最後の戦い、秋華賞を控えた前日。
京都レース場へ向かうデアリングハートをブレンが見送りに来ていた。
ティアラ路線で幾度も鉾を交えた面々の中で、デアリングハートは未だに重賞勝利を挙げられていなかった。
強い闘志を湛えながら、手を差し出し激励への感謝を示す。
「クラフトさんの気合いも凄かったけど、ハートさんの走りも凄かったよ……いい結果になるといいね」
「期待してくれてるブレンの為にも、情けない走りだけはできないわね!」
不敵に笑みを浮かべると、ハートが遠征に向かうバンに乗り込む。
明日には終わりを迎えるティアラ路線、その総決算となる2分あまりの時の為に彼女たちは研鑽を積み重ねてきた。
やがてバンの姿が見えなくなるまで見送れば、ブレンもまた自らのトレーニングへと向かう。
「デアリングハートの見送りはもう大丈夫?」
「はい、最後に応援はできたので、僕もビシバシトレーニングお願いします……!」
「やる気は十分だな。今日は芝コースで短距離の想定でいくから、前にラインクラフトと走った時より早いペースで続けてみてくれ」
「あれ、今日は芝なんですね?」
トレセン学園の練習コースは芝、ダートはもちろんだが、ウッドチップにニューポリトラックのコースなど、複数種類のバ場がある。
そしてトレーニングにおいて芝とダートは脚への負担が比較的大きいことから、ウッドチップとニューポリトラックに比べて少々倦厭される傾向にあった。
特に芝コースは他のバ場よりも固く、踏み込みの反動をもろに受ける事から特に使用率は下がりがちだ。
「理由はあとでちゃんと話すから、ケガに気を付けて本番だと思って走ってみて」
普段はことさらにケガの危険や体調のことを気にするトレーナーが珍しく芝コースを選んだことに、ブレンが不思議な表情を浮かべる。
だが今はひとまず指示通りに、理由は後で話してくれるのだからと気持ちを切り替えて走る態勢を作り始める。
大きく深呼吸を繰り返し、程よく緊張と脱力のバランスを整えれば、ゲートに入り飛び出すイメージで構える。
「はぁぁあああ!!!」
トレーナーが旗を掲げ、振り下ろすのをスタートの合図にブレンが駆け出す。
秋晴れの空模様が続きバ場状態は良、地面を蹴る力が沈み込むことなくそのまま推進力へと変わっていく。
夏の間、人気の無くなったトレセン学園の施設を活用し徹底的に作り上げた基礎体力。
1ヶ月強格上のGⅠ級ウマ娘と競い追い続けたブレンの走りは、春と比べれば明らかに洗練されてきていた。
コーナリングの技術、直線に入ってからの立ち上がり、節々でその成長を実感できる。
「よし……良い走りだった、次は1400で一本いく。息が整ったらもう一回、本番のつもりでな」
「はい!」
からりとした秋風で乾き始めた喉を潤し、返事と共に気合いを入れ直せば、再びターフの上に立つ。
深呼吸、息を整え、姿勢を落とす。
ゾーンへ入る集中の型が出来つつあった。
「流石に、全力何本もは疲れました……!」
「よく頑張ったブレン、足の負担も大きいし今日はこれぐらいにしておこう」
「分かりましたトレーナーさん。それにしても、今日のメニューは今までと違う感じでしたけど……」
「実戦環境の走りが見たくてね。それで確信できた、早くて来週か、遅くとも再来週には君のメイクデビュー戦の出走登録を出すよ」
今後の競走生活を占う大事な一戦、遂にその輪郭がはっきりと浮かんでくる。
ブレンはきゅっと口を絞り、唾を飲み込む。
「ようやく、ですね……」
「時計の出方や走る技術は十分メイクデビューで勝ちを狙える筈だ。だから残りの課題はここだけだ」
トントンと自分の胸元を叩くトレーナー。
その課題は、ブレンとトレーナーが出会った頃から向き合い続けてきた事だ。
未だ自らに根を張る課題に、ブレンが唇を噛む。
「……レースを怖がってる場合じゃないって、ことですよね……」
「うーん、まあ間違ってはないんだけど」
「あ、あれ……?」
不甲斐なさに悔しさを滲ませたブレンが、思っていたのとは違う反応に困惑に塗り替わる。
トレーナーがどっしりと腰を据えて、ブレンと向き合った。
「レースへの不安や恐怖っていうのは、大なり小なり皆抱えてるんだよ。負けたらどうしよう、バ群が怖い、とかさ。ウマ娘それぞれで形も違うけど」
不安がる子どもを落ち着かせるように、ゆっくりとトレーナーが語り始める。
「君のそれは確かに根が深い、小さな頃からじっくりと根を張っている以上引き抜くのは容易じゃない。けどその頃の君と違って、今の君はその時よりよっぽど強い」
「強い……僕が……」
「これは俺の贔屓目じゃなくてもだ。間違いなくメイクデビューに臨める時計を出せるようになった。遥か格上のGⅠ級ウマ娘に果敢に併走で喰らい付く根性と能力も身につき始めてる。事実として、今の君は出会った時よりもずっと強いウマ娘になってる」
選抜レースでスカウトした時のような激情を叩きつける様な叫びではなく、ただ淡々と言葉を続けるトレーナー。
ブレンを見つめる静かな瞳と、落ち着いた語りが、それが純然たる事実を述べているのだと伝えていた。
「君にはクラシック級のGⅠウマ娘と競り合える実力が身についてきてる、それははっきり自信を持っていい。練習量も、戦った相手も、全部が君の自信の根拠だ」
「……クラフトさんもハートさんも本当に強かった。そんな2人に少しは並びかけられたって、確かに凄いこと……ですもんね……」
「ああ、練習だとしても能力が無ければできないことだよ」
「ありがとうございます。出るレースが決まるなら、ちゃんと準備しないとですね。頑張って自信をつけて、メイクデビュー勝ってみせます」
練習の模擬レースや併走とは異なる一発勝負、一勝と一敗のどちらかがはっきりと衆目の前、ライバルたちとの間に刻まれる場所。
及び腰の自分を追い払うように、自らを鼓舞する。
「日時が決まったらまたすぐ伝える。来月末か12月の初週ぐらいになると思うけれど、その時までは走る技術もだけど、メンタルトレーニングを仕上げよう」
どんなウマ娘もこのレースを走り、それぞれの道を進むことになる。
湧き上がる混濁した気持ちを抑えて、その日は解散した。
心の中に未だ残るレースを妨げる障害をいかにして越えるか、今は地道に自信の根拠を積み上げる他無かった。
◆
「秋空の京都レース場、ティアラ路線の終着点、最後のティアラを手にするのはどのウマ娘になるのか。第11
淀の2000mで争われるティアラの三冠目、秋華賞。
日が短くなり、11Rの時にはターフが紅葉にも似た茜色に染まり始めていた。
夕陽に照らされたレッドカーペットの上で、競い合うのはフルゲート18人のウマ娘たち。
最後のティアラを譲るつもりは誰一人としてない。
「クラフトか、エアメサイアか、デアリングハートか……」
「クラフトさんにも頑張って欲しいですけど、ハートさんにも最後のティアラ、取って欲しいです……」
「勝つのは1人、こればっかりは辛いところだな」
ブレンとトレーナーにとっては、ラインクラフトとデアリングハートの2名が縁深いウマ娘だ。
どちらも頻繁にトレーニングを共にし、ティアラやレースに懸ける思いも知らぬ仲ではない。
ラインクラフトはシーザリオが抜けたチーム《アスケラ》を支えるエースとして、シーザリオの分まで活躍せんと鬼気迫るトレーニングを繰り返していた。
クラシック路線での三冠と、ティアラ路線の変則三冠の同年達成という世間からの期待。
押し潰されそうになりながらも、彼女は走りを研ぎ澄まし続けた。
デアリングハートもまた、未だ成し得ていない重賞制覇、桜花賞とNHKマイルCで鎬を削り合ったラインクラフトへのリベンジに燃えていた。
学年としてはブレンの一つ下だが、トゥインクル・シリーズの先輩として惜しむこと無くノウハウも教えてくれた。
それは一重に彼女の人の良さ、同郷のブレンを応援してくれてのものだった。
確かな実力はあれど、刻んだ戦績は善戦止まり。
レース前には山籠りをして、心配になるほどその身と心を追い込んでいたのもよく知っている。
そんな彼女を応援したくなるのは自然な事だろう。
「さあ、夏を越した乙女たちが、秋色に咲く秋華賞。最も鮮やかに花開くのは誰か」
ラインクラフトは3枠5番、デアリングハートは4枠8番に入り、全ウマ娘がゲートインを終える。
バタンと閉じたスターティングゲートの影が、後背から照らす夕陽で大きくなっていた。
京都レース場芝2000m、右回り、晴れ、バ場は良。
「全バゲートイン……今スタートです!」
ゲートインから10秒と経たぬうちに、ゲートが開き伸びた影が上書きされる。
好スタートで飛び出したのはラインクラフト、しかし普段よりは控えて5番手につける。
2番人気、チーム《アスケラ》が最も警戒していたエアメサイアは中段グループに布陣した。
デアリングハートもまたその少し前方に控えている。
「頑張れ……! 頑張って……!」
誰もが必死だ。
勝ちたい。勝ちたい。勝ちたいと、レースを走る全員が勝利を渇望している。
同じ隊列を維持してレースは澱みなく進む、美しきティアラの冠を求める、煮えたぎる思いを必死に抑えながら。
「
ラインクラフトが得意とする素早い仕掛け、内2番手付近の位置から確実にバ群から抜け始める。
4コーナーカーブを周り残り400m、先頭のウマ娘をかわしてトップに躍り出た。
先頭集団にフォーカスする中継カメラ、ラインクラフトの左後方に居たデアリングハートも強く踏み込みスパートの体勢。
「ハートさん……っ!」
「おおっと、3番人気デアリングハート、ここで後退! やはりこの秋は体調ひと息か!」
最終直線に入り周囲の速度も上がっていく中、ハートのスパートは届かない。
踏み込んでいる、懸命に位置を上げようとピッチを回し、腕を振る。
だが、その位置は無常にも後方へと引き摺られていく。
カメラの注目は後退するデアリングハートから外れ、先頭でずば抜けた加速を見せるラインクラフトに移る。
画角からフェードアウトしていくデアリングハート、その顔はいつもの自信と明るさに満ちた笑みとはかけ離れていた。
遠ざかる勝利に蒼い瞳を歪ませて、待ってと縋るように走る。
「ラインクラフト出た! 早めの仕掛け! エアメサイアも合わせて___いや動かない動かない!」
ぐんぐんとリードを伸ばしていくラインクラフトを周囲が追う中、彼女だけが惑わされない。
エアメサイアだけが彼女のレースに徹していた。
彼女は溜めていたのだ、重力を味方につけ、スピードそのものを。
「エアメサイア動いたー! そして並んだ並んだ追いついた! 逃げるラインクラフト、追うエアメサイア!」
ローズSと全く同じ展開、いち早く飛び出すラインクラフトを、爆発的な末脚でエアメサイアが追い詰める。
残り200m、ラインクラフトは垂れない、だがエアメサイアはそれすら上回る速度だ。
ラインクラフトのティアラへの想い、ティアラに憧れた夢が叫びとなって淀の舞台に轟いた。
そしてクビ差_____
「かわしたかわした! 勝負あったー!! 秋の女王はエアメサイアー!! 変則三冠の夢、破れるー!!」
エアメサイアが差し切った。
「母から続く悲願! エアメサイアが遂に救済を果たしたー!!」
勝者は泣いていた、彼女一人ではない、彼女に関わる全てが望んで届かなかった夢に届いたことで。
そして夢を叶えた者の代わりに、夢破れた17人のウマ娘たちも。
「クラフトさんも、ハートさんも……負けちゃった……」
「……京都の4コーナー、下り坂のスピードに乗って平坦な直線をフルスピードで走り切ったんだ。エアメサイアが強かった、完璧なレース運びだった」
共に高め合ったパートナーたちは、淀に咲いた救済の花の元に敗れた。
ラインクラフトはクビ差2着、デアリングハートは12着という結果で。
強い者が勝つ、どれだけの想いで挑んだとしても、その大原則は覆らない。
重たい沈黙がその場を包んでいた。
◆
秋華賞から明けた翌週。
世間は沸いていた。クラシック路線で堂々たる偉業、シンボリルドルフ以来2人目の無敗クラシック三冠を達成した英雄に。
鮮烈な走りでもってティアラを彩った彼女たちは、生まれ落ちた新たなレースの象徴に掻き消されていた。
「あっ、ハートさん……」
「ブレン、戻ってきてから会えなくてごめんなさいね」
「ううん……GⅠの後だもんね、色々忙しいだろうし……」
互いに、触れようとしている事はわかっている。
「せっかく応援してくれたのに、不甲斐ないわ」
「そんなこと……っ! 僕は……ハートさんが、最後まで勝とうとしてたの、見てたから……」
「もちろん、負けをただ受け入れるなんて、未来のクイーンがしていいことじゃないもの!」
悔しくない訳がない、それでも彼女は笑ってみせた。
「やっぱり、ハートさんは凄いね……僕もハートさんみたいになりたいよ」
「
「うん……でも、きっと僕がなりたいウマ娘は、ハートさんに近いと思う。秋華賞を見て、ちょっと思ったんだ」
「……ありがとう、素直に受け取っておくわ。なら今度こそは勝たないとね!」
「次走はスワンS、だよね?」
中2週のハードなローテーション、来週に行われる京都1400mGⅡスワンS。
このレースにデアリングハートは出走を表明していた。
「ええ、厳しいローテーションだとは自覚してる。それでも、ここで追い込まないと私はライバルたちに勝てないわ」
秋華賞の最終直線、あの時歪んでいた瞳は真っ直ぐに、敗北を認め次の勝利を見据えていた。
「応援してるよハートさん、僕もハートさんに倣って頑張る……!」
「ええ、お互いに勝ってやろうじゃない!」
それぞれが挑むべきレースが迫っていた。
レースの熱に当てられた者と、敗北を熱に変える者。
冷たい秋風は熱を冷ますにはまだまだ足りない。
公式からとある子の供給来ないともうちょいして行き詰まる。すっごい困ります。
公式供給無いまま書いて後で解釈違い起こしたくないです……
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