ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
京都11Rもえっぐい末脚で大興奮です。
UAが妙に伸びているので何かと思えば、まさかまさかの推薦頂いていたようで、大変光栄です。今後とも精進しますので応援いただければ幸いです。
「サンレイユニヴァス! サンレイユニヴァスゴールイン! 復活、サンレイユニヴァス!」
秋華賞から明けて2週目の土曜日、京都レース場で行われた芝1400mスワンS。
大外から堅実な伸びを見せたシニア級ウマ娘のサンレイユニヴァスが勝利を収めた。
ジュニア級では朝日杯を制し、最優秀ジュニア級URA賞も受賞していたが、クラシック級とシニア級では2着を一度が最高という戦績。
2年ぶりの勝利、再び光に照らされた彼女を実況が、観客たちが祝福する。
ジュニア王者の復活へ喝采が送られる今、敗者へと目が向けられることはなかった。
「ハートさん……」
「中2週のローテだ、ここで挑める強さが彼女にはある。帰ってきたらまた応援しよう」
秋華賞で12着に敗れたデアリングハートは、果敢にスワンSへの連戦を表明した。
しかし結果は3番人気15着、夏のクイーンSでの1番人気4着に続き高人気での連敗を繰り返している。
カメラが彼女を映すことはなく、今の彼女を伺い知れるのはその場に居る者だけだった。
「ブレン、大丈夫か?」
「すみません……大丈夫です……」
大丈夫と答えたものの、その表情は酷く落ち込んでいた。ともすれば彼女自身がレースに負けたのではないかと思えるほどに。
トレーナーが小さく頭を掻き、今日のスケジュールを確認する。
「……今日の残りは休みにしようか、その調子で強い運動をしたらケガをする」
「ごめんなさいトレーナーさん……」
「今日だけだよ、帰ったらゆっくり休んで少し落ち着くといい」
どれだけの熱意や想いも、必ず実る訳ではない。
当たり前の事実ではあれど、あまりに残酷な現実でもあった。
暗い表情をするブレンに、トレーナーが取り寄せていた母国のおやつをいくつかデスクから取り出して渡す。
チョコレート菓子やスナックなど、ブレンにとっては懐かしい包装が手に広がる。
「疲れた時には甘い物が良い、今日の分は明日しっかり取り戻させる、心配しなくて大丈夫だ」
穏やかに励ますトレーナーにぺこりと会釈を返し、青みを帯び始めた空の下を歩きだした。
⏱
「何やってるんだろ僕……」
もうもうと湯気が包む寮の浴場、ブレンはぶくぶくと湯に沈み軽い自己嫌悪に浸っていた。
少し早い時間ということもあり利用者はまだ少ない。
(辛いのはハートさんで、僕が落ち込んでる場合じゃないのに)
脳裏にこびりつくのは、秋華賞の最終直線。
逃げ切ろうとするラインクラフトを追うデアリングハート、どれだけ腕を振り、強く踏み込み、息を吐いても届かない。
意志に反して後退していく順位に崩れていった彼女の余裕。
負けじと笑みを作った彼女は、今日のレースの後にも笑みを浮かべられるのだろうか。
そんな心配と疑問がごちゃ混ぜになった感覚がブレンの心を乱す。
(そういえば、ちゃんとレースで負けたのって選抜レースが最後だったな)
アメリカに居た頃は誰かと走るということ自体しなくなっていた。
日本へと渡ってからも、全力で他のウマ娘たちと競り合ったのは選抜レースだけだった。
練習で競り合い、勝った負けたはあれど、衆人環視の中で勝者と敗者を決められたのはそれっきりだ。
(メイクデビュー……勝ちたいな……選抜レースの時みたいな走りだけは、絶対にしたくない……)
大きな出遅れからの無理な追い上げ、当然のように失速し最下位に惨敗した選抜レース。
自らの不甲斐なさに泣いてしまったことは昨日のように思い出せた。同時に、長らく感じる機会が無くなっていたウマ娘の根源的な感情も。
勝ちたい、シンプルな闘争本能から来る感情。
誰かと走る時にはいつも、滲み出る恐怖をその感情で押さえ込んでいた。
整合性を失い、あちこちを彷徨う思考が堂々巡りを繰り返す。
気付けば長い時間湯船に浸かっていたらしい、完全にのぼせ上がる前に湯船から上がる。
相変わらずまとまらないままの頭を抱え、その日は床についた。
そして翌朝、まだ空は白む気配すら見せない朝5時頃。
ブレンがのそりとベッドから這い出す。
「ぁア……? なんだこんな朝早くに……」
「ごめんホークさん、起こしちゃった?」
「元から寝覚めは良いほうだ、気にすんな。つかまだ5時じゃねえか、こんな時間からトレーニングかよ」
ベッドから出たブレンは既にトレセン学園指定の赤と白に、ウマ娘の為の尻尾穴の空いたジャージに着替えていた。
「あんまり眠れなくてさ、ちょっと走ってくるよ」
「んまぁ好きにしろ……俺は寝る……」
眼鏡を外し顰めっ面のホークが再び布団に潜る。
ブレンはジャージのファスナーを上げて、小さくごめんとジェスチャーをしてから部屋を出ていく。
寮を出れば、ぶるりと震えそうな冷たさが一瞬纏わりつく。
間も無く11月を迎え、近く本格的な冬がやってくると感じさせる寒さだった。
(僕には僕のやるべきことがあるんだ。今日のトレーニングの前に気持ち、切り替えないと)
小走りでグラウンドへ走りだせば、巡る血液と共に体の芯から熱が全身を満たし始める。
人気が無く、まだ空も暗い静かな学内、自分の動きにだけ意識を向ければ心の淀みが流されていく感覚がした。
意識が走りに集中するにつれて、身体がふわつくような心地よさに包まれる。
自分がどのように動いているのか、どうすればもっと走りやすくなるか、言葉にはできないがその正解の一端が見えてくる。
この走りが引き出せれば、メイクデビューは勝てるはずだとトレーナーは言っていた。
だが、秋華賞とスワンS、連敗の続くデアリングハートの姿がその集中を遮った。
(あんなに強くて、あんなに頑張ってたハートさんが思うように勝てない世界で……本当に僕は勝てる……?)
今までは考えの及ばなかった、トウィンクル・シリーズの壁の高さが嫌でも目に入る。
ただ走る事に精一杯で、走る事しか見ることができなかったが、成長と共に少しばかり余裕ができると気づいた。
GⅠの眩いばかりのスポットライトの裏で、思うように成果を出せずに苦しむウマ娘はごまんと居る。
同室のブラストホークは選抜レースでスカウトを得られずに低迷しているし、デアリングハートはGⅡ・GⅢと舞台を変えながらも重賞勝利には至っていない。
そのことを理解した途端に、レースという場所がまた新たな性質の恐怖を帯び始めた。
集中が乱され先ほどまでの美しいフォームが崩れ、やがて足を止める。
「はぁっ……! こんな調子じゃ、本当に勝てないんだぞ僕……!」
回転を止めた自らの脚を叩き、吐き捨てるように呟く。
黙り込み、恐怖に自らの世界から追い出されると、先ほどまで聞こえなかった別の誰かの蹄鉄の音がした。
この早朝に練習をしている者が他にも居たのかと、場所が被らないように音の出処を確認する。
「今度こそ……っ! 今度こそ私が……っ!」
「ハートさん!?」
地平線の境界が、ようやく僅かに白を帯びる時間。コースを走っていたのは昨日、京都レース場に居たはずのデアリングハートだった。
コース外から名を呼ばれ、デアリングハートが驚いたようにそちらを振り返る。
声の主を認め、一瞬表情を曇らせるがすぐに普段の笑みに戻った。
「Good morning, ブレン! あなたも朝練? 精が出るわね!」
「それはそう、だけど……ハートさん昨日レースに出て、帰って来たばっかりじゃ……」
「ええ、だけどここで足を止める訳にはいかないわ。次のレースこそは、私が勝つ」
「で、でも、それでケガしちゃったら……せめて、今日ぐらいは休んだ方が……」
「これ以上! 私はあの子たちに先を行かれる訳にはいかない!」
静寂を切り裂いて、悲鳴がグラウンドに響いた。
トレーニングに戻ろうとしていたハートを引き止めるブレンの手がびくりと跳ね、すっと下がる。
「っ……ごめんなさい、でも、勝ちたいの……次こそは……っ! NHKマイルCでクラフトに負けて、クラフトの目指す場所の遠さを知ったわ。私もクラフトのようになりたいって思った。けどこのままじゃ、私は何も残せない……!」
メイクデビュー2着、次走の未勝利戦勝利を最後にデアリングハートは一度の勝利も掴んでいない。
阪神JF5着、桜花賞3着、実力はあるはずだが、勝利の女神はたった一度のキスを残して以来彼女の方を向いてくれなくなった。
同期のティアラウマ娘たちはそれぞれ、歴史的偉業や血が背負った悲願を果たし歴史に名を刻んだ。
同じ舞台で競い、同じ立場に居たはずのライバルに先を行かれ、一人足踏みをする焦りがハートから余裕を奪い始めていた。
「……それでも、だよ。ケガしちゃったら、元も子もないから……今日は休もう、ハートさん」
「これくらい大丈夫よ、GⅠ前の追い込みに比べれば……っ!」
「大丈夫!?」
制止を振り払い、再び走り出そうと脚に力を入れるが、力を入れた脚ががくりとバランスを崩す。
慌てたブレンが片腕を掴んで転ぶことは防いだが、ハートの脚は筋肉が小さく痙攣し、負荷が限界を迎えているのが明白だった。
「これくらい、少し休めばすぐ……!」
「やっぱり、今日は休まないとダメだよ……! 寮まで肩貸すから……ね?」
でもと、拒否しようとするが、疲労が蓄積したハートの脚は思うように動かず、ブレンに体重を預けてしまう。
やがて諦めたように回された腕に体を任せ、その場を離れる。
ゆっくりと歩きだす2人、えも言えぬ沈黙がその場に漂った。
「……ねえハートさん。ハートさんはなんで、そこまで頑張れるの?」
「そう、ね。最初は、誰よりも目立つクイーンに、トリプルティアラのクイーンになりたかった。でもクラフトたちと戦ううちに、憧れるものが変わっていったわ。未来に繋がるレースを、未来に繋がる道を残したいってね」
「未来に繋がる、か」
「ええ、応援してくれる人が居る。私が何かを残せると信じてくれる人たち、その期待に応えたい。未来に残したいの、私の走りを」
静かに語られる言葉をブレンは黙って聞いていた。
脚に負担がかからないようにゆっくりと歩き続け、寮に着く頃には遠くの空で日が昇り始めた。
「ありがとうブレン、部屋まで送ってもらってごめんなさいね」
「ううん全然、僕が勝手にやったことだし……それとさ……」
何かを口にしようと逡巡し、意を決したように言葉を紡ぐ。
「ハートさんが走ってるようなレースとは比べ物にならないけど、僕もメイクデビュー……日程決まるんだ。メイクデビュー、必ず勝つ。僕が勝てるなら、ずっと頑張ってるハートさんだって勝てるはずだから……!」
うまくまとまらない言葉をしどろもどろに繋ぎ合わせる。
それがブレンなりに、ハートを勇気づけようとしているのはすぐに分かった。
「だから、僕のレースを観てて欲しい。レースは怖いけど……ハートさんの走りが今残した物があるって、小さいかもしれないけど、僕が証明する」
「……ふふっ、ありがとう。OK, 必ず観るわね、ブレンの初レース」
「うん、観ておいて。それじゃ、僕はトレーニングに戻るけど……ハートさんも無理しないでね」
「流石にここまで来て無茶はしないわ、あなたこそ無理しないようにね」
少し落ち着いたハートが苦笑して、とんとブレンの背を押す。
外へ出れば、丁度姿を見せ始めた太陽が瞳に差し込んだ。
眩しさに目元を隠しつつスマホを取り出し、トレーナーに連絡を飛ばす。
『今日のトレーニング、早く始められますか?』
ほんの少しの間を置いて、早朝にも関わらず返信はすぐに帰ってきた。
『大丈夫、体育館の方で待っててもらっていいか。すぐ準備する』
いつでも受け取れるようにしているのだろうか、頼もしいパートナーに小さく笑みを浮かべて体育館に向かう。
屋外コースならともかく、体育館を利用する者は居ないらしく、灯りの落ちた体育館の照明を点けてトレーナーを待った。
10分少々、扉の開く音が響く。
「早いなブレン、その様子だと……もう大丈夫そうか」
「はい、昨日はありがとうございました。昨日の分まで、厳しくお願いします」
「こっちもそのつもりだよ。それと、本当は昨日伝えようと思ってたけど……」
トレーナーが取り出したのは一枚の紙。
表題にはこう書かれていた、出走登録届と。
「これ……!?」
「丁度一か月後、阪神芝1400m右回り。君の初陣、メイクデビュー戦の舞台だ」
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