ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON-   作:狐火(宇迦之御魂)

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ジュニア級メイクデビュー阪神

 師走の阪神レース場、この時期は西高東低の気圧配置によりすぐ側の六甲山系から吹き下ろす強い突風、某球団の応援歌にもなっている六甲颪(ろっこうおろし)が吹く。

 時折吹き付ける六甲颪は容赦無く人々の体温を奪っていくが、レース場に集まる人々はそれを意に介さないか、寒さに耐えながらも熱狂的な視線でターフを見つめる。

 今日という日からトゥインクル・シリーズへ挑み始める若駒、更なる舞台を目指すオープンウマ娘、世間のスポットライトは当たっていないが懸命に走る彼女たちを応援するために。

 

「調子はどうだ?」

 

「緊張はしてますけど、走りの調子は問題ありません」

 

「なら大丈夫だ。君が一緒にトレーニングしてきたのは歴戦のウマ娘で、今日のために一年費やした。積み上げた練習の質も量も負けない筈だ、安心して勝ってこい!」

 

 コースから壁をひとつ隔てた向こうに設置された出走ウマ娘の控室。

 今日出走するウマ娘の為にある場所に、ドラゴンブレンドは居た。

 阪神第6Rジュニア級メイクデビュー芝1400m、ドラゴンブレンドの初陣だ。

 発走時刻は12時55分、時計の短針はもう間も無く正午を示そうかといった具合だった。

 

「任せてください、トレーナーさんの初めての勝ちレースも取ってきます」

 

「あっ、そういえばそうか……ははっ、俺が忘れてたよ。ありがとう、期待してるよ」

 

 新人トレーナーとメイクデビューウマ娘、互いに初めてのレース。

 積み重ねてきた研鑽は十二分、だがそれが本当に通用するかはレースが終わるまでは分からない。

 それでも、2人には確かな自信があった。その自信が慢心であるかどうか、証明されるまであと一時間を残すところだ。

 

「ゼッケンの金具弛んでるな、少しじっとしてて」

 

「わ、危ない。ありがとうございます」

 

「ところでブレンは勝負服のデザインは決めてるのか?」

 

「実はまだで……でも、こういうのが欲しいなあっていうのはありますよ」

 

「そうか、ならここで勝ってクラシック級で着れるようにしないとな」

 

 抽選の結果ブレンは3枠3番での出走。

 枠番によって分けられた赤色の短パンを履き、3番のゼッケンを身につけいつでも出れる体制だ。

 GⅡ以下のレースではウマ娘は枠番によって定められた色の短パンないしはブルマと、ウマ番のゼッケンを身に付けることが義務付けられている。

 観客からの視認性を向上させるための制度であるが、この制度はGⅠレースにおいては適用されない。

 なぜならGⅠレースでウマ娘が着用するのは各々が想いを込めて作製する、この世に同じデザインは二つとしてない勝負服だ。

 夢を形にした勝負服に袖を通すこと自体が、ウマ娘にとって実力の証明にもなる。

 

「ドラゴンブレンドさん、パドックへの移動をお願いします」

 

「……行こうか、ファンの人たちに初顔合わせだ」

 

「き、緊張しますね……! 怖くなんてない……! 怖くなんてないぞ……!」

 

 トレーナーに背を押され、控室を後にする。

 パドックへと繋がる地下バ道へ入ると、同じレースに出走するウマ娘たちの姿も見えた。

 同じように緊張した子も居れば、堂々としている子も居る。

 レース前に観客が応援するウマ娘を見定めるパドック、自分が勝つんだとウマ娘がアピールする場へと歩みを進めていく。

 

「1番ロデリックダンスさんパドック入りです」

 

「私の初お披露目! ファンの皆さんに魅せてあげようか!」

 

 名を呼ばれた1番のウマ娘が芝居がかった様子で、堂々と地下バ道からパドックへ飛び出す。

 現時点で6番人気ではあるが、その自信満々の様子に観客席がにわかに騒がしくなる。

 やれこれは案外来るんじゃないか、やれいや自信過剰なだけだろうなど、それぞれの抱く印象で評価を受ける。

 彼女が一通りのアピールを終えると、入れ替わりで2番のウマ娘が出て行った。

 3番のブレンのパドック入りはこの次だ。

 

「パドックアピールは……やりたいようにするといい、レースの心配はしてない。ファンの皆に挨拶でもしておいで」

 

「わ、わかりまひた!」

 

「ほら落ち着いて、深呼吸深呼吸」

 

 今までに無い緊張の仕方を見てトレーナーが耐えきれず失笑する。

 その笑みにつられて、少し落ち着きを取り戻したようだった。大きく深呼吸を行い、レースの前のルーティンを繰り返す。

 

「3番ドラゴンブレンドさんパドック入りです」

 

「そ、それじゃ、行ってきます……!」

 

「行ってらっしゃいブレン、俺はここで待ってる。本バ場入場までは一緒だ」

 

 担当ウマ娘を信頼した笑みを浮かべ、どっしりと構えてブレンを送り出す。

 ドラゴンブレンドというウマ娘が、その姿をファンの下に現す時が来た。

 

 

「3番人気、3番ドラゴンブレンド」

 

「少し緊張気味でしょうか、しかしトレーニングの公開タイムは中々の物です。期待はできますよ」

 

 パドックに実況の声が響いている。

 円形パドックの中心に立つのは僕、ドラゴンブレンドだ。

 3番人気、9人いるウマ娘たちの中で3番目に期待されているということ。それに驚いたが、嬉しくもある。

 

「坂路のタイムすごいぞこの子、こりゃあるな」

 

「おどおどしててちょっと心配だけど……メイショウドトウみたいな子の例もあるしな」

 

 観客の人たちもまだ僕を見定めている。

 この人たちはレースを観に来たんだ、まだ僕たち個人を観にきてるんじゃない。

 なら、観てもらわないといけない。ハートさんの走りが残したものを、トレーナーさんやみんなの期待が正しい事の証言人になってもらうために。

 何をすれば少しでも注目してくれるだろう、なにか一言ぐらいは言っておきたい……

 客席で僕というウマ娘がどれほど強いのか、品定めする視線が突き刺さる。

 

 そうだ、皆強いウマ娘が見たいんだ。

 僕がなりたいような、強いウマ娘に。

 こういうのは得意じゃないから、正直に、きっとそれが1番だ。

 大きく息を吸って、ドンと胸を叩く。

 

「っ! 僕は! 強いウマ娘になります! まずはこのレースに勝ってそれを証明します! だから僕を見ていてください!」

 

 力一杯に思ったことを叫んだ。

 一瞬静かになった客席が、先ほどよりもざわざわと騒がしくなった。

 その喧騒に背中を翻し、そそくさと地下バ道で待つトレーナーさんの下に戻る。

 

「トレーナーさん……緊張しました……」

 

「帰ってきて早々にそれかぁ〜、しかし言ったことは飲み込めないからな。もう勝つしか道はないぞ」

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 面白いものを見たとばかりに笑うトレーナーさん。

 何をそんなに笑っているのか分からず戸惑ってしまう。

 おろおろしている僕の隣を次のウマ娘が通り過ぎた。

 

「勝つのは私なので……!」

 

 宣戦布告を残して。

 

「大胆に勝利宣言したもんなぁ」

 

「勝利宣言……あっ、そういうつもりじゃ……いやそうなるか……!」

 

 レース前の勝利宣言、周りの気を引くのは当然だ。

 他の子達を焚き付けるようなつもりは無かったけれど、意味としてそう捉えざるを得なかった。

 その後も残りの出走者が続々とパドックへ出ていき、それぞれにアピールをする。

 僕に宣戦布告をしていった子は1番人気で、パドックに出ると明らかに他より大きい歓声が上がっていた。

 

「本バ場入場を開始しますので、皆さん私達に着いてきてくださいね!」

 

 赤いジャケットに身を包む芦毛の誘導ウマ娘が僕たち出走ウマ娘の先頭に立ち、その後ろをウマ番順に僕たちは着いていく。

 隣にはトレーナーさんが一緒に歩いてくれている。

 

「ターフに入ったらあとは君の走りで全て決まる。けど安心して、君は勝てる。今までの練習を信じて思う存分やってくるんだ」

 

「はい、今までの練習は無駄にはさせません」

 

「よし、それじゃああとは任せた!」

 

 そっとトレーナーさんが僕の背中を押して、地上へ上がる地下バ道の出口前で立ち止まる。

 ここからトレーナーさんは隣には立てない、けれど今までの積み重ねはずっと僕の中にある。

 怖くたって走れるんだ。

 

「阪神6R、メイクデビュー芝1400mの本バ場入場です! 皆様温かい拍手でお出迎えください!」

 

 誘導ウマ娘に率られターフの上へ上がる僕たちに、パチパチとスタンドから拍手が贈られる。

 スタンド前のゴール板、あそこを最初に走り抜けたウマ娘はこの拍手と歓声を独り占めにするんだ。

 そこに立つのは僕だ、その為にできることは全部やってきた。

 

「ふぅ〜……よし、行くぞ」

 

 大きく息を吸って、吐く。

 心が落ち着いたらゆっくりと走り始め、心臓のエンジンを温め始める。

 スタート地点までの返しウマで、ゲートが開いた瞬間最高のパフォーマンスを出せるように。

 

「阪神6R出走は9人、これから始まるトゥインクル・シリーズの第一戦、いち早く勝利を戴くのはどのウマ娘になるでしょうか。間も無くゲートインです」

 

 GⅠとは異なり、場内スピーカーによるファンファーレがレース場いっぱいに響き渡る。

 そして奇数番のウマ娘からゲートインを促され、僕もゲートに入った。

 レースが始まるまでもう1分も無い、胸が痛いくらいにドキドキしてる。

 だけど、いつもの嫌なドキドキじゃない。上手く走れそうな感じがする時の、自分のことがよくわかる時のドキドキも混ざってる。

 

「さあ全バゲートイン完了、体制整いました」

 

 行こう。僕が強くなるための第一歩を踏み出しに。

 

ガコン!!

 

「スタートしました、まずはノースハンサム良いスタートを切りましたがドラゴンブレンドがダッシュを効かせます」

 

 位置取りで体力を使う訳にはいかない、スタートで前に出ればその後のポジション確保は有利になる。

 数十メートル先頭争いに加わってから、隊列の動きを確認したら位置を下げて2番手に。

 ここなら先頭を捉えられる状態で脚を残せる。作戦通りに、練習の走りを信じるんだ。

 

「内からはパミストップオー、パミストップオーがハナを奪いました。2番手にはドラゴンブレンド、そしてその後1番人気シンドウテッペン外半バ身差」

 

 位置は完璧、このままだ。途中の先頭なんてくれてやる。最後に先頭に立てばそれでいい。

 僕のすぐ外、1番人気のウマ娘が並びかけて前に出ようとしていた。

 これも譲っていい、下手に競り合って今体力を使うべきじゃ無い。

 キープするのは2、3番手の位置、脚を溜めながら先頭を捉えられる前の位置だ。

 

「先頭は間も無く3コーナーをカーブしていきます、2番のパミストップオーペースを握っています。リードは1バ身! 単独2番手にシンドウテッペンが上がりました! 残り800通過、内半バ身差ドラゴンブレンドが3番手!」

 

 ペースは大丈夫、問題なく追いかけられてる。

 こんなにも周りにウマ娘が居るのに、誰もが必死に走っているのに、僕は冷静だった。

 怖い、怖いはずだけれど、トレーナーさんの言葉が恐怖に靡こうとする心を抑えてくれる。

 トレーナーさんだけじゃない、ハートさんやクラフトさん、僕の走りを作ってくれた皆の積み重ねが弱い僕を支えている。

 もうすぐ4コーナー、足を溜めるのもあと少しで終わり。

 最後の直線、最後に先頭に立つのは僕だ……!

 

「勝つのは! 私なんだ!!!!!」

 

「メイクデビューの終着点が見えてくる、各バがこれから4コーナーをカーブしていきます! パミストップオー、パミストップオーわずかに先頭ですが外からシンドウテッペンが4コーナーカーブに入ったところで並んできました! 今度はシンドウテッペンが先頭か!」

 

 1番人気、シンドウテッペンが声を張り上げてコーナーを加速してトップに躍り出る。

 そして位置をずらし、僕の前を走り蓋をする。

 闘争本能で満ちた叫びが、前を塞がれた閉塞感が、僕の鼓動を乱す。

 

 違う、違う、違う!

 僕の脚は残ってる、まだ走れる!

 残り300m、道なら見える。トレーナーさんが認めてくれた僕の走りなら!

 

 溜めた脚を少しずつ吐き出していく。

 僕の前にできた蓋を外に持ち出して大きくズラす、これでもう僕の前を塞ぐものはない。

 下り坂に乗ったから位置取りで速度は落としてない。

 勝負所は……最後の急坂だ!

 

「中団では外に持ち出して行ったロデリックダンスあるいはターキスシチーが外をついて伸びてくる!」

 

 後ろに追いつかせなんてしない、勝つ為の道はできた。あとは全力で!

 残り200m、長い下り坂が終わって今まで降ってきた分を一気に駆け上る。

 溜めに溜めた脚、残りを全てここで出す!

 

 一歩一歩を全力で踏み込み、坂を登っていく。

 失速なんてしない、ここで加速して、全員突き離すんだ!

 

「さあ前の争いですが僅かにシンドウテッペン先頭だ! シンドウテッペン先頭だ!」

 

「勝つのは! 僕だ!!!」

 

 全てがスローモーションに思えた。

 どう走れば良いのかが分かる。

 坂を登りきった、残り100m。ストライドを限界まで伸ばして、一回の回転でより遠くまで。

 他の子が踏み出す一歩よりも遠く、そして速く。

 

「ドラゴンブレンドが! ドラゴンブレンドが、さあ盛り返すように先頭に立ちました! 3番のドラゴンブレンド先頭だ! 一バ身とリードを取った! 2番手にはシンドウテッペン、3番手ロデリックダンス!」

 

 伸ばせ!伸ばせ!限界まで!

 トレーナーさんに支えてもらった走りを!ハートさんにもらった勇気を!証明するのは僕だ!僕しかいないんだ!

 

「先頭は3番のドラゴンブレンド! 今、ゴールイン!!!!」

 

 全力で駆け抜けた1400m、全力で回した脚の回転を徐々に落としていく。

 振り返って目に飛び込んだのは拍手と大歓声、そして掲示板に映る3-4-1という順位表。

 それら全てが意味するのは、ドラゴンブレンドというウマ娘の勝利。

 僕が勝ったという事実を、レース場の全てが認めていた。

 

 どこか現実味が無くて空っぽのようになった僕はどうすればいいのか分からなくて、たった一つ出来たこと。

 ありがとうと伝えたくて、右腕を頭から斜めに振り下ろして敬礼をした。

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