ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
「先頭は3番のドラゴンブレンド! 今、ゴールイン!!!!」
冬日差しに照る阪神レース場、スタンド席は興奮の渦に包まれていた。
その渦中に居たのはターフの上で茫然としている鹿毛のウマ娘。
ターフビジョンに映し出された彼女は大きく肩を上下させては、一つの細胞にも残さず燃焼しきった酸素を取り込む。
くるりと振り返り歓声に沸くスタンド席を認め、その手を頭上に掲げ斜めに振り下ろし美しい敬礼を見せた。
どうっと再び観客たちが沸き、より一層の拍手が鳴り響く。
「やった、よくやった……!」
検量室前の関係者用スタンド席でレースを見守っていたトレーナーが、震える声で手すりを握りしめていた。
「阪神6Rメイクデビュー、ドラゴンブレンドが3番人気の期待に見事応え、パドックでの勝利宣言を現実のものとしました!」
スピーカーから響く実況の祝福がこの勝利を噛み締めさせる。
2着以下のウマ娘と担当トレーナーたちは検量前へと戻り始める中、勝利した2人だけが未だその場から動きだせないままでいた。
「君、1位の子のトレーナーだろう。迎えに行ってやりなよ」
「ああ、そうですね……ありがとうございます……」
「メイクデビュー戦でとんだ喜び様だな、いやぁやられたよ」
「彼女にとっても、自分にとっても初勝利なもので……」
「へえ、そりゃめでたいね。まあこれからも頑張んなよ」
その場で固まっていたトレーナーに、壮年のトレーナーが声を掛けて担当ウマ娘を迎えに行く。
この新人トレーナーと比べれば遥かに長い間ウマ娘を見てきたのであろう、負けてしまったというのにケロリとしていた。
続々と帰ってくるウマ娘たちの気配で歓喜に震える心と体が我に帰る。
まだターフに残る担当ウマ娘を出迎えるため、検量前に繋がる階段を降った。
何秒、何十秒か、横斜めに降ろした敬礼の姿勢を続けゆっくりと顔を上げた。
既に他のウマ娘たちはターフを立ち去っていた。ターフの出入り口にはトレーナーが待っている。
スタンド席からの数百数千の拍手に比べれば密やかな物だが、彼もまた笑みを浮かべて拍手を送った。
「おめでとう、ブレン」
「トレーナーさん、僕……勝てました……」
「そうだ、君が勝ったんだ。このレースを走ったウマ娘の中で、君が誰よりも強かったんだ」
トレーナーの言葉で張り詰めていた緊張の糸が切れ、堰を切ったように涙を溢す。
2人が契約を結んだ選抜レースの時のように、トレーナーへと縋って泣き続けた。
かつてと異なるのは、今の彼女には注目と祝福が向けられているということだ。
「あ、あの、ウィナーズサークルの方へ移動していただいてもよろしいでしょうか……?」
「ご、ごめんなさい、すぐ行きます……!」
「これからファンになってくれる人たちへの挨拶だ、もうひと頑張りしようか」
担当同士2人だけの世界で喜びを分かち合っているところへ、とても申し訳なさそうにURAスタッフが声を掛けてきた。
レースの勝利者は観客の目の前に設置されたウィナーズサークルで表彰を受ける。
メイクデビュー戦であればいくらかこぢんまりとした物だが、レースの位が上がるにつれて表彰はより厳かに、そして盛大に執り行われる。
「阪神6Rジュニア級メイクデビュー、優勝はドラゴンブレンドさんです!」
司会の紹介と共に、報道のカメラが瞬く。
ブレンは胸元のウマ番ゼッケンを掲げてはにかむ。トレーナーはその傍で佇んでいた。
明日のスポーツ紙やネットニュースには、大々的にとはならないだろうがこのレースの記事が書かれることだろう。
ひとしきり記念撮影が終われば、司会がマイクを持ち2人のそばへ歩み寄って来た。
「このメイクデビュー戦はドラゴンブレンドさんにとっても担当トレーナーにとっても初めてのレース、初めての勝利とのことですが、終えてみていかがでしょうか?」
「えっと、まずはトレーニングに付き合ってくれた人たちみんなにお礼が言いたいです……特にチーム《アスケラ》の皆さんとデアリングハートさん、トレーナーさんには……」
検量前で陣取っていた観客はブレンが落涙するほどに喜んでいたのも見ていたが、真っ先に感謝を述べる彼女へぱらぱらと拍手が鳴った。
「担当トレーナーの方はいかがでしょうか?」
「私も、初めてのレースを無事に、そして勝利まで掴んで帰ってきてくれたことを思いっきり褒めてあげたいですね。まだ走りに若さは残りますが、バネの効いた走りで長い良い脚を使ってくれるので、今後とも応援していただければと思います」
まだ青い2人のルーキーに温かな拍手が贈られる。
既に次のレースのパドック入りや、他場開催のレースも始まろうとしている。
その中でウィナーズサークルに集まり見守る観客たちは、少なからずこのレースに何かの想いを抱いた者だ。
「あらためまして、メイクデビュー優勝おめでとうございます!」
ささやかだが、トウィンクル・シリーズの門出として上出来の結末を迎えることができた。
小さな勝利者を集まった者たちが皆祝福し、その姿が見えなくなるまで拍手は鳴り止まなかった。
ウィナーズサークルを降り、出走前に待機していた控室へ2人が戻ってくる。
カチャリとゼッケンの金具がテーブルの上で音を立てた。
「ブレン、本当におめでとう。君と俺の初勝利だ」
「へへ、ありがとうございます。トレーナーさんのおかげです」
先ほど泣いたせいかまだ少し赤い目元でくしゃりと笑った。
「君が一番頑張ったから掴めた勝利だ、いい走りだったよ」
「本当に、勝てて良かったです……」
「残り400の位置取りは完璧だった。真後ろに着けてギリギリまで脚を溜めて、パワーを要求される阪神の直線であの加速はなかなかだ」
「4コーナーで一瞬頭が真っ白になりそうだったんですけど……トレーナーさんが褒めてくれた走りなら負けないんだって思ったら、ゴールまでの道が見えたんです」
「そう言われると照れくさいな。でもたしかに、そこからの走りは本当に良かった」
にこやかに、メイクデビューの健闘を称えあう。
この場面の走りは見事だった、それはあの練習のお陰だと、言葉の限りを尽くした。
結局、互いに相手のことを褒めてばかりでいることが恥ずかしいやらおかしいやらで、笑みが零れて仕方がなかった。
「このままじゃ終わらないな、帰ったら皆を呼んでお祝いでもしようか」
「はい、楽しみにしてますね!」
「あとそうだ、レースを終えたばっかりだけど、メイクデビューでブレンの実力は証明された。ここからのローテーションについて相談したいんだが、大丈夫か?」
「もちろんです、まだトウィンクル・シリーズのスタートを切っただけですから。ここからも気は抜いてられません」
言われずとも、勝って兜の緒を締めよと言わんばかりにやる気を見せるブレン。
その様子を頼もしく思いながら、トレーナーが鞄から今年と来年のレースカレンダーを取り出す。
「ひとまず、今の君が重賞をすぐ狙うっていうならホープフルステークスぐらいになるかな。流石に朝日杯と阪神JFは間が短すぎる」
「明日と来週じゃ流石にですしね……」
「ああ、ローテーションに希望はあるか?」
「そうですね……やっぱりトウィンクル・シリーズ最高の舞台に挑んでみたい、GⅠに出たいです」
「GⅠか……」
ここから目標に挙がるGⅠとなれば、ジュニア級GⅠホープフルステークス、クラシック級で三冠路線ないしはティアラ路線へ進むことが多い。
「なら……クラシック級、NHKマイルCはどうだ?」
「クラフトさんとハートさんの出たレース、ですよね」
今年ラインクラフトとデアリングハートが桜花賞からの変則ローテで世間を騒がしたGⅠレース。
三冠路線とティアラ路線が交わる、クラシック最速のマイル女王を決めるというレースだ。
「そうだな、やっぱり君の適性は短距離とマイルにあると思う。調整期間があまりないホープフルステークスや、2000m以上の中距離レースの混ざる三冠路線とティアラ路線は芯の通った目標としては難しいだろうな」
「なるほど……」
「桜花賞からNHKマイルCという変則ローテも悪くはないけど、やっぱりティアラのレースに挑むならティアラ三冠の流れを汲むべきだ。それなら、NHKマイルCから秋のスプリンターズSの短距離路線で輝く道を探すのが良いんじゃないかな」
「短距離路線……なら、まずはNHKマイルC、次にスプリンターズS、シニア級で高松宮記念というのはどうでしょうか」
「ああ、悪くないと思う。大目標としてはそのGⅠレースを設置しよう」
カレンダーのレース日程に〇をつけ、メモを記していく。
「あと……できればもう何回かレースにも出ておきたいです。今日は勝てました、けど……4コーナーで冷静さを失いそうになりました。もっと本番に慣れないと、GⅠには勝てないと思います」
「分かった、なら今の波に乗ったままもう一戦行きたいところだな。それにNHKマイルCの出走条件も余裕を持たせておきたい」
トウィンクル・シリーズのレースは何段階かのクラス分けがされている。
メイクデビュー・未勝利クラス、条件クラス、オープンクラスと上がっていき重賞レースはオープンに含まれる。
そして重賞レースはどんなウマ娘にも出走できる代わりに、出走に優先順位がある。
皐月賞における弥生賞などのトライアルレースに勝利したウマ娘、海外から出走を表明したウマ娘といった順番に優先出走権を持つ。
そしてその次に、レース順位によって与えられるレースポイントによる優先順位だ。
メイクデビュー・未勝利の次のクラスである条件戦クラスも、1勝クラス、2勝クラスといった風に呼ばれるが、実態としてはこの獲得レースポイントによる制限だ。
「条件戦を1戦か2戦挟んでトライアルレースのニュージーランドトロフィー、それからNHKマイルCに乗り込もう」
「わかりました、じゃあ次のレースはここぐらいでどうでしょうか」
ブレンが指さしたのはクリスマスの日曜日、有馬記念が行われる日だった。
「半月と少し……今日の疲労も見てからだけど、調整はできるレベルだ。その流れでいこう、来週中に出走の可否は見極める」
「またよろしくお願いしますね、トレーナーさん!」
話がまとまり、また次のレースへの志を確かめ合う。
今日のレースはメイクデビュー戦、2人のトウィンクル・シリーズへの挑戦は始まったばかりなのだ。
相談も終わり2人が腰を落ち着かせてリラックスモードに入った。
気づけば携帯に知人友人から祝福のメッセージが何通も届いていた。
「わっ、色んな人から連絡来てる……嬉しいなぁ……」
「俺の方も通知でいっぱいだよ」
「あっ、ハートさんからも……観ててくれたんだ、よかった……」
『Congratulation, 素晴らしいレースだった。私の走りがあなたの力になれたのなら嬉しいわ。次のレースこそは、あなたに続いてみせるわね』
負けが続き追い詰められていたデアリングハートに自らのレースで発破をかけたブレン。
レースの勝利でもって想いを託すことができたことに安堵する。
『ウィニングライブも楽しみにしてるわね♪』
そして、何気ないメッセージに固まった。
「あの、そういえばトレーナーさん……」
「ん?どうした?」
同じように溜まった連絡にお礼を返していた手を止め、ブレンに向き直る。
「僕、ウィニングライブの練習……あんまりしてなかったなって……」
「……あっ」
間の抜けた声。重い沈黙が控室を埋め尽くした。
そしてトレーナーの額に、真冬だというのダラダラと冷や汗が流れてくる。
「レースのことしか考えてなくてウィニングライブの練習完全に忘れてたッ!」
「ど、ど、どうしましょうトレーナーさぁん!」
「ま、まだ12Rまでのレースとその後のステージ設営、出番まで時間はある! 楽曲とポジションは決まってるんだ、今からでも遅くない!」
「む、無~理~!!」
そして、ドラゴンブレンド控室と書かれた部屋からはその後しばらく同じ曲が流れ続けていた。
タイムリミットまではおよそ3時間と少しといったところ、必死の練習もとい最後の悪あがきをしたのだった。
⏱
「ウマ娘がファンに感謝を伝え、レースとは違った輝きを見せる舞台ウィニングライブ! 次のセンターはメイクデビューの勝者ドラゴンブレンドです!」
全てのレースが終わった後に設営されたとは思えない程に立派なライブステージ。
計算され尽くした照明効果と音響効果に彩られ、ブレンがゆっくりとセンターに姿を現した。
Make debut、新たな一歩を踏み出したウマ娘を表したメイクデビュー戦の定番曲だ。
少々緊張した面持ちだが、ある種の愛嬌として受け取れる笑みを浮かべながらパフォーマンスが始まった。
その動きはまだたどたどしいところもあるが、初めてのライブだと考えれば十分なレベルだろう。
レースの時とは違う狂騒の客席で、ペンライトを持ちながらトレーナーは安心したような息を吐いていた。
「ブレンがダンス得意で助かった……っ!」
急ごしらえのパフォーマンスだったが、思っていた以上の才覚を見せたブレンはなんとか最低限の内容はモノにし、ステージに立てるレベルには持っていくことができていた。
かつてメイクデビュー戦で同じようにウィニングライブの練習を疎かにし、棒立ちのウィニングライブになったウマ娘とトレーナーが居たという話もある。
その時の2人はシンボリルドルフから「ウィニングライブを疎かにする者にレースを走る資格は無い」とまで厳しく叱責されたという噂だ。
何はともあれ、ブレンとトレーナーはメイクデビュー戦を無事に終え、次のレースへの一歩を踏み出し始めた。
そんな2人を、今この場に居るレースファンも応援していた。
ウィニングライブでやらかすのは様式美。
いやでも実際あると思います。スイーピーとかバチバチ拒否しそう。
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