ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
やっぱり商業作品は参考になりますね。
『アメリカ出身ドラゴンブレンド、初戦快勝』
トウィンクル・シリーズ専門のポータルサイト最大手のニュース記事、1日に何戦か行われるメイクデビュー戦をまとめて紹介する記事のトップタイトルには、大きくドラゴンブレンドの名が乗っていた。
自身の担当バがあの日にあったメイクデビュー戦の中で最も記憶に残ったという証左であるそれを、トレーナーは表情をだらしなく崩しては心底嬉しそうに眺めている。
「トレーナーさん、嬉しいのはわかりますけど……顔緩みすぎですよ……」
「デビューした担当が記事のタイトルに切り抜かれてるんだぞ、嬉しくないわけないじゃないか!」
既に耳にタコができるほどに聞かされた記事の内容、興奮冷めやらぬといった風にトレーナーがノートパソコンを手にトレーナーがそちらへとやってくる。
呆れた様子だが、嬉しく思っているのはこちらも同じらしい。トレーナールームに設けた自らのスペースを少し空けて、クッションにトレーナーの座るスペースを作って迎える。
『阪神レース場で行われた6R・ジュニア級メイクデビュー(芝1400m)は、新人トレーナーの担当する1番人気ドラゴンブレンドが、好位追走から直線伸びて、先に抜け出した圧倒的1番人気シンドウテッペンに1.3/4バ身差つけて優勝した。勝ちタイムは1分23秒0(良)。さらに1.1/4バ身差の3着には6番人気ロロデリックダンスが入った。勝ったドラゴンブレンドは、父が元トレーナー、母はアフェクショニトリーH(米G3)を制しているという血筋のアメリカ出身ウマ娘。』
その後は他のメイクデビュー戦の詳細が書かれており、ブレンについて取り扱っているのもこれぐらいではある。
しかし、苦難の末に掴んだ勝利をこうして取り上げられたということが嬉しくてたまらない。
彼女の頑張りが世間に認められた証拠を何度でも口にし、読み返したくなるのだ。
「もう、トレーナーさんがはしゃぎすぎて逆に冷静になっちゃいますよ」
「ごめんごめん、どうしてもね」
メイクデビューから1日が過ぎたが未だに勝利の余韻が残っている。
疲れを取るために向こう2日程は完全な休養にあてることになったブレンは心地よい余韻の中、次走までの束の間の休息を満喫していた。
暖房の効いたトレーナールームでぬくぬくとしているとドアのノックが響いた。
「誰だろう? 空いてるのでどうぞ」
「Good job, ブレン! お祝いに来たわ!」
「ブレンさんおめでとうございますー!」
一気に部屋を賑やかすのはデアリングハートにラインクラフト、どちらもこのメイクデビュー戦の勝利には欠かせなかった2人だ。
デアリングハートは小さな小箱を携え嬉々として歩み寄ってくる。
「あなたの同室に聞いたらトレーナールームに居るって聞いたから、お祝いにね♪」
「私も丁度一緒になったので来ちゃいました。メイクデビュー優勝おめでとうございます!」
「あ、ありがとう2人とも」
「こっちはフラッシュの作ってくれたプレゼント、『予定がありこのような形になりましたが、また改めてお祝いさせていただきます』だって」
「そんな、お祝いされるだけで嬉しいのに……!」
箱の中にはシナモンの香りが漂うリンゴのケーキが入っており、勝利を祝うメッセージカードも添えられていた。
甘党のブレンはプロ同然の出来栄えをしたそれに喜びを隠しきれないようだ。受け取った箱を密かに叩く指が、彼女の期待を表している。
「2人にもちゃんとお礼言いに行きたかったし、よかったら一緒にどうかな……?」
「えっ、いいんですか!? じゃあお言葉に甘えて~……」
「あなたならそう言ってくれると思って、合いそうなお茶も用意しておいたわ♪」
「あ、じゃあ僕お湯とか用意してくるね……!」
ぱたぱたと忙しなく、降ってわいた茶会の準備を始めるブレン。
その間にトレーナーが全員の座る席を用意し、ラインクラフトとデアリングハートを席に促す。
「どうぞ座って。俺からも改めてお礼を言わせてくれ、今回の勝ちは2人が協力してくれたおかげだ」
「いえいえ、私はアスケラのメンバーとしてお返しをしたまでですから!」
「そうね、私もあくまで協力しただけ。最後に勝ちを決めたのはブレンの頑張りよ」
「それでもだよ。まあ、2人にはまたお世話にはなるかもしれないけど……クラシック最初の大目標は君たちの走ったNHKマイルCの予定でね」
クラシック級では数少ないマイルGⅠ、中長距離に注目されがちな日本レース界においては重要な短距離ウマ娘の活躍の舞台NHKマイルC。
目の前にいるラインクラフトとデアリングハートが激戦を繰り広げたのはまだ記憶に新しい。
GⅠという頂点の舞台を知るにも、同じレースを走ったウマ娘がすぐ近くに居てくれるのは非常に有難いことだった。
「短距離路線に行くだろうっていうのは聞いてたけど、なら応援しなくちゃね」
「走ったレースなら伝えられることもいっぱいあると思いますし、いつでも頼ってください!」
「本当に心強いよ、ぜひその時はよろしく頼む」
暫くの間会話を交わしていれば、ブレンの上機嫌な「できたよー!」という声と共に切り分けられたケーキと紅茶が卓上に並ぶ。
クラフトとブレンは待ちきれないようにフォークを伸ばし、ケーキを口へと運んだ。そんな2人に笑いをこらえつつ、ハートとトレーナーも皿の上にフォークを伸ばす。
口に入れればふわりとシナモンの甘い香りが広がり、しっとりとしたリンゴの甘味がゆっくりと舌に馴染んだ。
「美味しい~! シーザリオのケーキも美味しかったけど、また違う美味しさ……!」
「流石フラッシュ、完璧な出来ね!」
口々に感想が零れ、その計算され尽くした味に舌鼓を打つ面々。切り分けられたケーキはあっという間に胃の中へと収まっていく。
ささやかな祝勝会、甘い物を食べて暖房の効いた室内、寒空の下ながら差し込む日差しは心地よい微睡みを誘った。
「うぅ~居心地が良くてお昼寝しちゃいそう……ダメダメ! パンドラさんと練習もあるし、名残惜しいですけどお先に失礼します! また次も頑張ってくださいね!」
「うん、ありがとうクラフトさん! クラフトさんも阪神ウマ娘S頑張ってね」
「もちろんです! シーザリオの分まで私が頑張らないとですから!」
秋華賞に
デアリングハートは部屋を後にするクラフトの後ろ姿をじっと見送っていた。
その表情は先ほどまでの明るい空気とはうってかわって硬い。
「今日は完全に休みになる予定なんだけど、ハートさんは……ど、どうしたの?」
「sorry, ちょっと心配なの。負ける辛さはよく知ってるから、クラフトが気負いすぎなければいいんだけど」
「ハートさん……」
「そんな顔しないでブレン、もうスワンS明けのような私にはならないわ。あなたがあれだけ頑張って背中を推してくれたんだもの、へこたれて自棄になるなんてクイーンらしくないでしょ?」
スワンS明け、レースの疲労も抜け切らないままに自らを追い込もうとしたデアリングハート。
そんな彼女の言葉に不安気な素振りを見せたブレンへ、ハートが頬を緩める。
言葉に嘘偽りは無かった。
トリプルティアラのクイーンを目指していたデアリングハート、その夢は桜花賞で早くも破られた。
ラインクラフトは強く根を張り、満開の桜でもって最初のティアラを戴いた。
幾度と無くハートの進む先に立ちはだかったクラフトに、彼女はオークスへの挑戦すら捨てて挑んだ。
負けたままでは先へ進めないと、イバラの生い茂る道へ。
かつてのトリプルティアラの夢を失いつつも、自らの走りを未来に繋ぐ新たな夢を得たが、11戦1勝という厳しい現実に打ちのめされる。
だがその走りは、臆病なウマ娘を突き動かす最後の発破となり、繋がった走りは再びデアリングハートへと回帰した。
「クラフトやシーザリオ、メサイアたちと比べて結果を残せてないのは事実。だからといって何も残せないなんて、もう二度と言わない。今私が私を否定したら、ブレンが証明してくれた走りまで否定することになるもの」
いつも周囲をよく見て、会話を投げ合うハートにしては珍しく言葉を投げかけ続ける。
それは賛辞であり、感謝でもあった。
寒風に消えかかったハートの炎は小さな篝火を大火へと変える火種になり、大火は火種をも燃え上がらせた。
どちらかが欠ければ、その火は喪われていたかもしれなかった。
ウマ娘の走りには力がある。走りで伝えられる物があり、走りでしか伝えられない物が。
どんなレースであれ全力で走るウマ娘が居れば、人々はそこに何かを見出す。
「だからちゃんと言いたくて、ありがとうブレン。あなたは私の走りが未来に残す物を証明してくれた。なら私は今度こそ、勝利でもって走りを未来に繋ぐわ。もっと多くを、誰もがクイーンたる私に続こうと思えるようにね」
「じゃあ、僕も続かないとだね。まずは条件戦だけど……獲るよ、GⅠ」
「wow, 会った頃とはもう別人みたい。お互い頑張りましょう、私もあんまり長居する前にお暇するわ。改めてメイクデビュー優勝おめでとうブレン、来年のNHKマイルCも楽しみにしてるわね♪」
ハートらしい余裕と自信に満ちた笑みで、そっと手を差し出してくる。
出会った時以来、彼女がしばしば行うその意味を察してブレンが手を握る。
「それじゃあ、私もトレーニング行ってくるわ。またねブレン」
「うん、ハートさんも頑張って」
小さく手を振りながらハートがトレーナールームを後にする。
先程まで賑やかだった室内も、人が半分になり随分と静かになっていた。
それだけに、狭い室内で鼻を啜る音はよく響いた。
「ちょっ、トレーナーさん何泣いてるんですか!?」
事務机の前、置かれたノートパソコンで隠すようにトレーナーが目元を赤くしては拭っていた。
いい大人の急な落涙にブレンは驚きを隠しきれなかった。
「いや、2人の話を聞いてたら半年でブレンも成長したなっていうとの、初勝利を迎えたんだなって実感が強くなって耐えられなくて……」
「え、えっと、ティッシュ使います?」
ボックスティッシュを差し出し、鼻をかむ音が鳴る。
「レース直後は嬉しいのが強かったのと、ブレンが泣いてたからなんともなかったんだけど……落ち着くとダメだな……」
「あの時は僕もふわふわしてたので……ふふ、今までのレースとは逆ですね。泣いてるトレーナーさんを宥めるなんて」
「いい年して耐えられなくなるとはね、君が精神的にも強くなったってことかな」
ブレンは鼻声で泣き笑うトレーナーを恥ずかしいやら嬉しいやら、だが心地よい気分で眺める。
選抜レースでは自らの不甲斐なさに、メイクデビュー戦直後には喜びのあまりに。
自分はこんなによく泣く方だったかと、おかしさで笑いが溢れた。
「本当に強くなったよ君は。クラシック級、頑張ろうな」
「はい、期待を裏切らないように頑張ります!」
「GⅠを獲るってセリフが本当になるように俺も全力を尽くすよ」
「よろしくお願いしますね、トレーナーさん。あとそうだ、今日の夜パパとママに勝ったよって連絡するんですけど、トレーナーさんも一緒にどうですか?」
「それならご一緒させて貰おうか、前に頂いた資料についても改めてお礼したいしね」
「2人とも喜んでくれてましたよ、向こうは夜中だって言うのにいの一番にメッセージが飛んできて……」
相変わらず両親のことを楽しそうに話すブレン。
出会ったばかりの頃には不安や心配でいっぱいの連絡を交わしたが、デビュー後の第一報はこれ以上ない吉報を送れることになった。
あの両親ならば娘の勝利をそれはもう喜んでくれる事だろう。
トレーナーとしても、その一助になれた事に喜びを感じていた。
誤字報告頂けて大変助かっております。
気付くレベルで読んで頂けているんだなと励みにもなりますのでぜひよろしくお願いします。
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