ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
少しずつ歩度伸ばしていけるよう頑張ります。
とっぷりと日が暮れた夜。大半の教職員は帰宅し、練習を続けるウマ娘も数える程度。
校舎も暗闇に包まれていたが、その中でトレーナールームの一室から廊下に明かりが漏れていた。
「じゃあそろそろ繋ぎますよ?」
「ああ、頼むよ」
メイクデビュー戦の勝利、遠く離れたブレンの両親にその吉報を伝える為に2人はトレーナールームに残っていた。
ブレンはトゥインクル・シリーズ挑戦の初戦を胸を張って伝えられることに上機嫌だ。
ノートパソコンから通話アプリのコール音が鳴り、カメラの前で両手をついて前のめりになりながら繋がるのを待つ。
数秒のコール音の後、画面が一瞬暗くなるとカメラが接続され遠く離れたアメリカの生家が映った。
部屋は華やかに飾り付けられ、ブレンの両親の手にはクラッカーが握られている。
『『メイクデビュー優勝おめでとう!!』』
パンッと小気味のよい破裂音と共に、光を乱反射する金銀テープが画面いっぱいに広がった。
クラッカーの紐を引き抜いた両親は、娘の初戦快勝への歓喜と興奮が未だ冷めやらぬといった様子。
勝利を祝うと共に、たった2人の拍手は割れんばかりだ。
『ありがとう2人とも、日本で初めてのレース、僕勝ったよ!』
ブレンが子供らしい、無邪気な笑みでVサインを両親に掲げる。
まだトレーナーと契約して間も無い頃、トレーナーと共に話していた両親への勝利宣言。
不安に満ちた契約直後に交わしていた小さな約束は、満点の形で成就した。
臆病でレースに怯えていた頃の彼女を誰よりも知っている2人は、一人海を渡り堂々と白星を掴んだ娘に感極まっていた。
『ああ、観ていたとも。よく頑張った、本当にいいレースだったとも。こちらを発ってもう随分経つけれど、うんと強くなった』
『4コーナーから直線のコース取りなんて完璧だったものね! 前が詰まったところから上手く抜けた時なんて、パパったら隣の家にまで届くんじゃないかってぐらい叫んでたのよ?』
『それは叫びすぎだよ……でも、まだデビュー戦に勝っただけだからね。ここからもっと頑張るよ!」
『そうだね、活躍はここからだものな。トレーナーさんも、まずはメイクデビュー戦ありがとう』
「いえ、こちらこそ。頂いた資料のお陰でブレンに効果的なトレーニングが施せました。あれ無しには勝負所で競り勝てる強さは身に付けられませんでした」
チーム《アスケラ》の協力を取り付けるにあたり、米国のレース研究をまとめたブレンの両親の資料は不可欠だった。
新人トレーナーにデビュー前ウマ娘のコンビ、到底WIN-WINの関係を結ぶには経験も実力も足りない。
しかしブレンの両親が紡ぎ上げてきた経験の結晶は、遠く日本で大きな価値を持って娘を支える財産となっていた。
『遠くからでもブレンの助けになれるならよかったわ、もう次のレースは考えてるの?』
「体調を見つつではありますが、年内にもう一戦挟めればとは考えています。その後の目標としてはクラシックマイル王決定戦のGⅠレース、NHKマイルCを」
『そうか、そうか……ブレンがGⅠを……私たちに手伝えることがあれば、また気兼ねなく声をかけてくれ』
壮年の男性が浮かべた柔和な笑みには父として、ファンの一人として、ブレンの成長への喜びが満ちていた。
レースへの出走が叶うこと、メイクデビュー戦あるいは未勝利戦からの抜け出し、オープン戦の白星。そして最後に辿り着くGⅠの舞台。
競争ウマ娘が走り続ける中でかけられる
かつてはブレンと同じように母国を離れ、世界を渡り走り続けた彼女の母親。彼女には娘の報告が自らの回顧にも感じられた。
『ブレンが順調そうで本当に良かったわ……日本はどう、楽しい?』
『うん、楽しいよ。仲良くなった子もいっぱい居るし、トレーナーさんのおかげで前よりも走れるようになってきたと思うから』
『デビュー戦、前よりずっと強くなってたものね』
『まだまだ頑張らないとだけどね、もっと強くなってみせるよ』
契約を交わしたばかりの約半年と数か月前に比べれば自信の籠った返事を返す。
続けて練習の調子や、ルームメイトに練習相手の友人たちの話で室内が賑やいだ。
練習中の動画を送ってはこの時は調子が良かっただとか、この日はタイムが伸びなかったが次の日にはうんと伸びただとか。
はたまたデアリングハートやチーム《アスケラ》の面々の走りは凄いんだと、普段よりも身振り手振りを加えて語る。
嬉々として近況を伝えるブレンは実に楽しそうで、日本でレースに励む日々が楽しいというのが嘘ではないと見て取れる。
それに大仰にも思えるリアクションで相槌を返す両親にも、以前の様な不安や憂いは薄れてきていた。
冬至も近づき、日の入りは随分と早い。とうに日は暮れていたが、気付けば随分と時間が経っていた。
「ブレン、そろそろ門限だよ」
「あれっ、もうそんな時間ですか?」
トレーナーに指摘され時刻を確認すれば門限までは数十分といったところ。
『随分と話し込んでしまったな、話のタネがたくさんあるのは良いことだ。また今度続きを聞かせておくれ』
『いつでも連絡してちょうだいね、応援してるわよ!』
『うん、次も勝ってみせるから見てて!』
『トレーナーさんも、以前の宣言通りやってくれてありがとう』
遠方に娘を送り出した両親を安心させる為に打ったハッタリ。
もちろんのこと本心だった、ブレンを活躍させてやりたい、ブレンを支える両親に憂なく応援してもらいたい。
実力と実績という裏付けを持たないが故に、その本心を誠意を持って伝えようとする他無かった。
『頑張ってくれたブレンのお陰です。この子の為にも、これからも全力を尽くさせてもらいます』
『親として、レースの先輩としても協力は惜しまない。トレーナーさん、改めてブレンを頼んだよ』
ブレンの父親がちらりと隣に座る母親を一瞥し、それに気付くと彼女はモニターへとサムズアップをした。
『ブレンならきっとこれからも活躍できる、自分とトレーナーさんを信じて頑張るのよ!』
『ありがとう。それじゃあ、今度また連絡するね』
『楽しみに待っておこうか、愛しているよブレン』
『僕もだよ、またね2人とも』
手を振りながら、接続終了のボタンへとカーソルを動かしモニターがぷつりと切れる。
賑やかだった室内は静まり返り、通話を終了しましたというメッセージだけが画面に残った。
「ご両親、喜んでくれてたな」
「少し恥ずかしいですけど、嬉しいですね……」
トレセン学園の知人友人らからは既に初戦快勝の祝福を受けているが、家族から直接祝われるというのはどうにも照れくさいらしい。
デアリングハートとラインクラフトがトレーナールームに祝いに来た時に比べても浮足立っていた。
「俺もまずは一安心だ、ブレンの勝ち星が伝えられてよかった」
「僕も今までいろいろと心配かけちゃった分、日本でちゃんとやれてるんだって伝えられて安心しました」
「出だしは好調、波に乗って次走も頑張ろうか」
レース直後に満ちていた勝利の高揚が次第に薄れる。
それは消えたわけではなく、水が地面に染み入る様に2人の中に溶けていた。
一度味わった高揚をもう再び、勝利が更なる勝利を求めるのだ。
「はい、一緒に頑張りましょう!」
「いい気合だ。さて、門限に遅れないように早く帰るといい。片付けは俺がやっておくから」
「ありがとうございますトレーナーさん、それじゃあお言葉に甘えて。また明日からよろしくお願いします!」
ぺこりと一礼をして、ブレンがすっかり人気の無くなった真っ暗な廊下へと飛び出していった。
すこし急ぎ足で帰れば門限には問題なく間に合うことだろう。
手を振り返してブレンを見送ったトレーナーが扉を閉じ、再びデスクへと向き直る。
ビデオ通話を行っていたチャットアプリを落とすと、パソコンの隣にばさりといくつかの紙と本を並べる。
それはトウィンクル・シリーズをメインで取り扱ったスポーツ新聞や雑誌の類だ。
同時にレース映像やレースの詳細がまとめられているデータベースサイトを開き、紙資料と合わせて思案に耽り始めた。
「次走……これはまだ早いか……?」
ブレンのメイクデビュー戦映像を流しつつ、手元に引き寄せたスポーツ新聞を一瞥する。その表情には葛藤の色が浮かんでいた。
窓の外からカンカンカンと小気味の良いリズムで蹄鉄が地面を叩く音がする。
椅子のキャスターを転がし窓際に寄れば、帰路につくブレンの姿が見えた。足取りは軽く、実に上機嫌だ。
正しく絶好調、デビュー戦の勝利が自信に繋がっている証拠だろう。
それを見て、トレーナーは嬉しそうな表情を浮かべ、曇らせた。
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