ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
諸事情あり今年度中にある程度まで書き進めたいので頑張ります。
吹き付ける木枯らしが痛みにも感じられる師走の中頃。
まだ放課後すぐだというのに日は随分と傾いており、時計の針が指す位置にしては薄暗かった。
陽光は快適さから程遠い暖かさしか与えてくれず、指定ジャージだけの薄手なウマ娘達に対して厚く着込んだトレーナー達は対照的だ。
それはブレンとトレーナーも同じく。準備運動を終え上気したブレンはけろりとしているが、分厚いジャンパーに身を包んだトレーナーはガチガチと歯を鳴らしている。
耐えかねたように鞄から保温ボトルを取り出すと、湯気が立ち上る中身を腹の中へと流し込んだ。
「寒すぎる……あと数ヶ月はこの寒さは堪えるなぁ」
「ならトレーナーさんも一緒に走りますか? 陰に居るから寒いんですよ、コースなら陽も当たって暖かいですよ」
「俺は君の走りを見るのが仕事だから……人もウマ娘と並走できるくらい早く走れればよかったんだけど」
ポケットに入れていたカイロを揉み解し、冷え切った指先を温め直すと、脇に抱えていたタブレットに指を滑らせる。
映っているのはつい先日のメイクデビュー戦、スピーカー再生をしているため目の前のブレンも画面は見えないながら、何を見ているのかは分かったらしい。
少し落ち着かない様子でトレーナーの言葉を待っている。
「前のレースはタイムは良好、上がりなら最速だった。レース運びに抜け出すタイミング、メイクデビュー戦としてはよくできたと思う」
「練習の成果、ちゃんと出てるってことですよね……」
「ああ、間違いない。少なくとも条件戦、昇級戦でも勝ちを狙っていける能力は身についてきてる筈だ」
飾ることのない真っ直ぐな賞賛と実力を認める言葉を受け、無意識のうちにブレンの拳に力が入る。
ほんの数か月前まではレースに出る事すらままならないという状態だったのが、トゥインクル・シリーズでも上位数%の世界に手が届くかもしれないと言われているのだ。喜ばずにいろというのも難しい話だろう。
「それも踏まえて、次走に目星をつけてるレースがある。実戦を終えたブレンがどれほどか、一度見てみたい」
「もう次のレースが……でもちょっと、楽しみです」
レースに対して以前に比べ、前向きで積極的な反応を示すブレンにトレーナーの頬が僅かに緩む。
「芝の千六、軽く返して準備ができたら頼む。これも実戦だと思って、本気でね」
だが、条件を示すと同時に緩んだ表情を締め直し、真剣な口振りでコースへと送る。
「わかりました! それじゃあ行ってきます!」
語気に当てられブレンの耳がピンと立ち、速歩でラチを離れて芝コースの中央へと向かって行く。
日本一のトレーニング施設を有する中央トレセン学園、練習コースの広さは本物のレース場と遜色が無い。
広大なターフに立てば、その空間を思うがままに走りたがるウマ娘の本能と、周囲を走る他のウマ娘を気にするブレンの気質がぶつかり彼女に妙な興奮を生んでいた。
(落ち着け僕、このまま行ったら途中で息が持たなくなる。 冷静に、深呼吸して……)
息が上気するにつれて鋭敏になっていく感覚を宥めるため、ぶんぶんと首を振っては気持ちを切り替えにかかる。
更に本番のつもりでとの言葉通りに、大きく息を吸っては、吐き出すルーティンを繰り返す。
深呼吸を繰り返し副交感神経が優位になるにつれて気持ちが落ち着き、大量の酸素を取りんだことで全身の筋肉から凝りが解れる感覚がしていた。
「よし、大丈夫です!」
呼気と共に過度な興奮を吐き出しきる。
芝の感覚を確かめながらスタート位置につき、トレーナーに声をかけた。
トレーナーは既にゴール地点へと移動しており、片手には赤いフラッグを手にしている。
「条件は芝の千六右回り! 俺がいるところがゴールだ!」
トレーナーが準備完了の合図を受け取ると、大きく赤い旗を振り下ろす。それと同時に、録音されたゲートの開く音が広い練習コースに響き渡った。
軽く重心の乗った右足が、一瞬で人間離れした推進力を生み出す。
ウマ娘競争ではどんなに短いレースであっても、クラウチングスタートの姿勢を取ることは無い。
それはスターティングゲートという閉所空間からのスタートもあるが、何よりもウマ娘の脚には超人的な力がある。
瞬間的に爆発させれば、自身の体すら破壊しかねない程の力が。
トレーナーはタイマーを片手に走り出したブレンの姿を見守っていた。
堰を切ったように流れ出した脚の回転は安定したペースを刻み、人間の陸上競技では見ないウマ娘特有の前傾姿勢は空気抵抗を抑え、加速と体のバランスを保つ。
コースの端からでは点にしか見えない姿を双眼鏡で捉えながらトレーナーがラップタイムを取り続ける。
芝コースをほぼ一周し、トレーナーの目の前を走り去ると同時にタイマーのカウントが停止した。
歩度を落とし、荒れる息を整えながらとことことブレンがゴール地点へと折り返してくる。
一マイルを一杯に走り、真冬だというのに背にはうっすらと汗が浮き出ていた。
「冷やしすぎたらお腹壊すから、程々にね」
「はい、気をつけますね……それで、どうでしたか?」
火照りを収めようとジャージのファスナーを全開にし始めたブレンに忠告をすると、互いに苦笑しながらもタイムを確認する。
ずば抜けて速い、ということは無いが平均より僅かに速い、程々に良好といった具合だ。
「うーん、あんまり伸びてないですね……」
「そう簡単に急成長するものでもないさ、ペース管理と加速のタイミングは前より良くなってる。 メイクデビューで揉まれた成果かもね」
伸び悩みとまでは行かずとも、目に見えた変化が無いことに少々落胆しているブレンを励ます。
目についた幾つかの改善点を伝え小休止を取らせると、鞄からノートを取り出しタイムと脳内の思考を文章に書き起こし始める。
これまでに綴られてきた結果と比較すれば、波はあれど上昇傾向にあり順調に成長していると感じられた。
感じ取った全てをノートに記し句点を打つと、顔を上げ休憩中のブレンへと視線を移す。
スポーツ飲料水を口に含み、一息入れたブレンはスマホの画面と向き合っている。
トレーナーがぐるりとその後ろへ回り、なんとなしに上から画面を覗き込むと、差し込んできた影でそれに気付いたのかブレンは耳をぺたんと寝かせながら抗議する。
「勝手に人のスマホの画面覗き込むなんてよくないですよトレーナーさん……!」
「ご、ごめん……!」
「もう、せめて一声かけてくださいね。 だいたい、覗いたところでもう何回も観てる筈ですよ?」
むっと眉を寄せながらも、大しては気にしてはいなかったらしい。女子中学生のスマホを覗き込むという、落ち着いて考えれば大概な行為だったと自戒に沈むトレーナーを尻目に画面を見せていた。
映っているのはまだ記憶に新しい、ほんの1週間ばかり前のメイクデビュー戦のレース映像だ。
振り返りとフィードバックの為に既に何百回と見返し、一人の時でも何度も見返したそれ。
だというのに、ゴールの瞬間には二人ともつい口角が上がってしまっていた。
「僕だってトゥインクル・シリーズで戦えるんだ、って元気が出るのでつい見返しちゃうんですよね」
「あれだけ苦労しての初戦快勝だ、どれだけやったって喜び足りないし褒め足りないさ」
「前ので全部出し切らないで、ちゃんと次の分も残しておいてくださいね?」
「当然、次だって勝ってみせてやろう」
⏱
「とは言ったものの、さて……あとはブレン次第、か」
芝一六〇〇mを試走した翌日、既に夜の帳は降りた時間。
向かい合ったデスクには大量の資料が散乱しており、トレーナーはそれらを何度も見比べては時に喉を唸らせ、ため息も混じる。
誰から見ても分かりやすく苦悩していた。
「失礼します……わっ、すごい散らかってる……」
「お疲れ様、ちょっといろいろと調べ物がね」
ずずいと、テーブルの上で視界を阻む資料の束とノートパソコンを端に寄せ、ひとまずのスペースを確保する。
「えっと、次のレースについてですよね?」
「ああ。 ただ、決める前にブレンの意向を聞きたくてね」
「わかりました……それで、どんなレースなんですか?」
「選択肢としては二種類、どちらも条件戦ではある。 片方は正しく条件戦、まだ特に目立った戦績を持つウマ娘は居ないはずだ。 そしてもう片方、はっきり実績を残している強敵が相手に居る」
示されたレースは単純だった。堅実な相手で経験を積むか、格上に挑戦するかだ。
選択肢を示したトレーナーは静かに返事を待っているが、表情は硬い。
(まだレースに対しての成功経験を積むべきか……? 折角メイクデビューに勝って自信が出てきたところだ、堅実に行くべきかもしれない……それに、これは俺にとっても……)
デスク上の両手が錯綜する思考の逃げ場を探し、近場の書類へと手を伸ばそうとした。
いくばくかの時間の後、ブレンが口を開く。
「僕自身まだ足りないことが沢山あると思いますけど……あと5ヶ月もすれば目標のNHKマイルCも控えてる。 なら、ここで挑める勇気と実力を、持っていたいです」
「なら答えは……」
「二つ目、強敵の居るレースに出たいです」
不安と決意、両方が混じり合う目線がトレーナーに向いた。
大きく息を吸い込み、一瞬でそれを吐き出し迷いを断ち切ると、視線を合わせ返す。
「よし、わかった。 なら俺も全力で作戦を練ろう。 G1前哨戦の、そのまた前哨戦ってところかな」
「僕も頑張ります……! えっと、それで、その、啖呵切っちゃってから言うのもあれなんですが、勝て……ますか?」
「実績としては確かに格上だけれど、まだジュニア級。 君も含めて全員が発展途上、振れ幅も大きい時期だ、勝ちは狙えると思ってる」
「ここから本番までに相手よりも伸ばせれば……ですね」
「そうだね。 とはいえ相手は他にも居る、出走メンバー全員をしっかり分析してブレンの走りに持ち込んでいこう」
「はい、頑張ります! それで、結局相手ってどんなウマ娘なんですか?」
そう聞かれると、トレーナーが一枚の記事切り抜きを取り出す。
日付はちょうど1ヶ月前、11月のメイクデビュー戦についての記事だった。
その記事を受け取り、真っ先に目に入る見出しにブレンが目を見開く。
「これって……つまり、今回の相手は……」
「ああ、そうだ。 比較して格上だっていうのはブレンのことだけじゃない」
トレーナーが小さく悔しさを滲ませる声で補足を続ける。
握られた記事の見出しには堂々とその名前が躍っていた。
『フサイチパンドラ、初戦を圧勝で飾る』
「ライバルになるのはGⅠ阪神JF3着フサイチパンドラ、そして彼女の所属するチーム《アスケラ》だ」
更新停滞中もお目通し頂いたり、評価頂いたりとありがたい限りです。
今年のクラシックダート戦線、とても応援している子が波乱のレースばかりして気が気でありません。
ご意見、評価、感想お待ちしております。