ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
「あなた! 嫌がる相手を無理やり言うこと聞かせようなんて酷い行い! プリファイに代わって私がぶっ飛ばして差し上げますわっ!」
(い、いったい何…⁉︎何が起きたの…⁉︎)
トレーナーさんにドリンクを貰って休憩していたら、いきなり誰かがトレーナーさんに飛びかかってきて、とんでもない音を立ててラチを壊していった。
全く状況が理解できない…!
「待ってくれ! どういうことだ! 俺は何も悪いことなんかしてない!」
「言い訳なんて見苦しいですわ! そこのウマ娘に、ってあら? ブレンさんじゃありませんの」
「あっ、カワカミさん……」
「知り合いなのか?」
トレーナーさんに襲いかかっていたウマ娘はカワカミプリンセスさん、クラスメートのウマ娘だった。
プリファイ?っていうアニメが好きでそれに憧れてるって言ってたな。
「ブレンさんのピンチとあれば姫たるもの、尚更見逃すわけにはいきませんわ!」
(って、ぼーっとしてる場合じゃない!なにか誤解してるみたいだから、止めないと!)
「ちょっと待って!ちょっと待ってカワカミさん!この人は!」
「あ、あら?どういうことですの?」
ひとまず拳を納めてくれたカワカミさんに事の次第を説明する。
この人はしばらくの間トレーニングを見てくれることになったトレーナーさんで、別にいじめられてたとかじゃなくて、提案された内容にただ僕が尻込みしていただけということ。
そして説明を聞くにつれてカワカミさんの表情はサーッと青くなっていく。
「ということは………」
少し緊張した様子のトレーナーさんと、今さっき破壊したばかりのラチを見て、顔を更に青くして頭を抱える。
「やややや、やっちまいました!? ご、ごめんなさい! 早とちりでこんなことを!」
「あ、ああ、まあ誤解が解けたのなら俺は全然……」
「カーワーカーミー!」
「ひいぃ!」
騒ぎを聞きつけたのか、生徒会のエアグルーヴ先輩がこちらへやって来る。
その様子はどこからどう見ても怒り心頭といった様子で……
「またお前かカワカミ! お前は入学してから何度トラブルを起こすつもりだ!」
「こ、これはその! 色々と事情があるんですの!」
「言い訳は後で聞く! 生徒会室までついて来るんだ!」
「すまない、ちょっと待ってくれないか?」
カワカミさんを連行しようとするエアグルーヴ先輩をトレーナーさんが引き止める。
よく止められるなぁ……GⅠウマ娘ってだけでもオーラが違うのに、女帝とまで呼ばれる先輩だ。
とてもじゃないけど待ったなんて怖くてできないや……
「む、見慣れない顔だな、新人のトレーナーか。私はカワカミの指導がある、要件は手短にしろ」
「少し彼女と話したいことがあるんだ、この騒ぎも悪気があってという訳ではないんだ、多めにみてやることはできないか?」
そうしてさっきカワカミさんにしたようや説明を先輩にもする。
少し複雑そうな表情だったけれど、ある程度の納得はしたみたいだ。
「はぁ、わかった。被害者が気にしないというのならその件についてはこれ以上追求せん。だが物損に関しては別だ、幸い破損したのはラチの着脱部分だからな。新しいものに交換して、1週間の奉仕活動への参加で今回の件は終わりにしてやる」
「あ、ありがとうこざいますですわーっ!」
そうしてエアグルーヴ先輩はその場を後にして、カワカミさんは壊したラチを片付けて新しいものを物置から持ってきた。
「迷惑をかけたのに庇っていただいて、本当に助かりましたわ。またみっちり怒られてしまったら姫として立つ瀬が無くなってしまうところでしたわ」
「勘違いは誰にだってあることだからね、それで、君に頼みたいことがあるんだ」
「はい!なんです!? 私にできることならなんだってぶちかましてさしあげますわ!」
「ドラゴンブレンドと併走してくれないか?」
「あら、そんなことですの?もちろん構いませんわ!さぁブレンさん!ぶっ飛ばしていきますわよ!」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
カワカミさん、いい人ではある。けれどあのパワーにグイグイ来る感じ、正直地元の子たちに多いタイプで苦手意識が無いと言えば嘘になる。
カワカミさんと並走なんて僕が吹き飛ばされるのが目に見えてる。
「2人はクラスメートなんだろう? なら全く知らないウマ娘よりも気心やタイプも分かるだろうし、慣らしの並走相手にはピッタリだと思うんだが」
「ぅう……わかりました……頑張って、みます……」
そうだ、僕だってわかってる。いつまでも逃げたままじゃいられない。
弱い僕を変えるために日本までやってきたんだ。トレーナーさんがどうしてここまで僕に期待してくれるのかはわからないけれど、その期待には答えたいとも思う。
「カワカミさん、その、よろしくね……!」
「えぇ! こちらこそですわ! 普段授業の時もブレンさんは後ろに居てちゃんと一緒に走ることもありませんでしたし! 全力でやらせてもらいますわっ!」
「お、お手柔らかに……」
やる気満々のカワカミさんと一緒にコースへと入っていく。
遠くで走っているだけならまだそこまで気にならないのに、すぐ近くで、これから一緒に走るんだと思うと途端に体が硬くなってくる。
やらなきゃいけない、これぐらいは乗り越えなきゃいけないんだ…!
「ドラゴンブレンド、緊張するな、怖がるなとは言わない。けれど、できる限り楽しんでおいで、君の走りはその時に輝くと思う」
「楽しむ……ですか?」
「ああ、1人で走っている時の君はとても自由で、だからこそいい走りができる。1人の時に出来たんだから、周りにウマ娘がいたらその走りが絶対出来ないなんてことは無いはずだ」
少し買い被りすぎな気もするけど、悪い気はしない。
誰かと走っても楽しむ、か……
「わかりました、出来ることは頑張ります」
今は目の前の事を、頑張ってみよう。
◆
「すぅ〜……はぁ〜……」
まずは深呼吸をして、少しでも体の緊張を解す。
心臓のバクバクは相変わらずだけれど、ほんの少し体が軽くなったような気もする。
「さぁブレンさん、準備はできまして? 私はいつだって準備万端バッチこいですわ!」
「うん、大丈夫だよ」
息を整えてカワカミさんのいるスタート地点へと向かう。
「よし、2人とも大丈夫そうだな。それじゃ行くぞ、位置について、よーい……ドン!」
「「ふっ!!」」
トレーナーさんの合図で僕とカワカミさんが飛び出す。
スタートは僕の方が先に出る、カワカミさんが僕のすぐ後ろで控える気配がする。
僕が前に出れば決して離されないように後ろにつけて、僕の足が鈍った時か、仕掛けどころで完全に差し切れるように、とんでもないプレッシャーが常に襲いかかってくる。
そうだ、この感覚が、この戦意が、誰も自分より前には行かせないっていう気配が怖いんだ。
改めてそれを認識した途端に前へ前へと進んでいた脚がもつれ出す。
心地よい脚のリズムが崩れだし、ドクドクと鳴る心臓の音がまばらに聞こえてくる。
視界が何故か広くなって、色んなものが見えてくる。色んなことが聞こえてくる。
真後ろにつけていたカワカミさんがするりと横へと並んでくる。
その脚の回転は僕よりも速くて力強い。僕はもう走るだけで精一杯だっていうのに、カワカミさんの表情は笑顔で自信に溢れている。
「ブレン! 横を見るな! 今君の前を遮るものは何もない! 前だけ見てストライドを伸ばすんだ!」
飛び込んできた声に意識が向いた。前を見て、ストライドを。
耳を立てて、カワカミさんに向き始めていた視線を前に戻す。
何もかもが飛び込んできていた視界が、一つにまとまり始める感覚がした。
ゴールまでの道が、まっすぐな視界の中で描かれていくのが見える。
その一瞬、いつぶりかも分からない、誰かと走っているのに、走るのが楽しいって思えた。
「いい脚ですわ! それでも姫たるもの! 負けるわけにはいきませんわーっ!」
直後視界の端に飛び込んできたカワカミさんが更に加速し、僕のずっと先へと先行していった。
僕も追いかけようとしたけれど、追いつくことはできなくて、トレーナーさんのいるゴールを先に越えたのはカワカミさんだった。
「ふぅ〜、やっったりましたわ!」
「はあっ、はあっ……やっぱり速いね……カワカミさん……」
「2人ともお疲れ様、カワカミプリンセスもありがとう」
「いえいえ! これくらいお茶の子さいさいですわ! それにブレンさんと一緒に走るのもとっっても楽しかったですわ! 途中追い抜けると思ったのに中々抜けなくて、ちょっとばかり焦っちまいましたわ」
「予想はしていたけど凄いパワーだな、ドラゴンブレンドも良かった。途中崩れたのをよく立て直した」
「その、トレーナーさんの声が聞こえて、言われたことだけやるんだって思ったら少し落ち着きました……」
僕の返事を聞いてトレーナーさんは満足そうに頷いている。
少し前進、できたのかな……
「あっ! いけませんわ! キングさんのお茶会に行く予定がありましたの! まだ走っていたいですけど、今日は先にお暇させていただぎますわ! ブレンさん、また一緒に走りましょう!」
「あっ、うん、またね……」
そう言ってカワカミさんは嵐のように去って行った。また走る、か。
「どうだった? カワカミプリンセスと走ってみて」
「やっぱり後ろでマークされたりすると怖いなって、でも……少し落ち着けたら、負けたくないって……そう思いました……」
「そうか、なら一歩前進だな。少しずつ改善していって、選抜レースに備えよう。目立つ課題が解決した君の走りを見ればきっと色んなトレーナーがスカウトに来て引くて数多になるはずだとも!」
「そ、そんな、今日も結局負けちゃいましたし」
「レースに絶対はないさ、何はともあれお疲れ様。クールダウンをして今日はもう休もうか、またよろしく頼む」
「は、はいっ!」
トレーナーさんはそう言って今日の記録をまとめ始める。
本当に、とても期待してくれているんだと思う。選抜レースは来週の日曜日、そこでなんとしてもスカウトを受けて、担当契約を結んでデビューするんだ。
そう決意して、心臓の鼓動がドクンと跳ねた。