ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON-   作:狐火(宇迦之御魂)

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夢を見たから

ドラゴンブレンドのトレーニングを見るようになって1週間と少し。

今後の彼女の競技者キャリアを左右する最初の関門となる選抜レースの日がやってきた。

 選抜レースは定期的に行われる、とはいえ教官による共通的な指導よりも担当トレーナーが行う個別指導の方が効果的なのはもちろん、担当同士信頼関係を築く必要を考えれば担当契約は早い方がいい。

 あまり考えたくは無いが、担当同士での関係構築が上手くいかなければ契約解除で仕切り直すという可能性も考えれば尚更だ。

 

 選抜レースの会場は出走予定のウマ娘と、スカウト対象を探しに来た多くのトレーナーたちでごった返していた。

 ここまでの人数が居るとなると、群衆を苦手とするドラゴンブレンドにはかなり苦しい環境だろう。

 心配になり、共に会場に来たドラゴンブレンドに目線を向ける。

 

「こ、こんなに、人がいるなんて……」

 

 耳はピンと立ち、周囲の喧騒に合わせてキョロキョロと動き、見るからに警戒状態。

 緊張でいっぱいいっぱいの様子だった。

 

「落ち着いて、深呼吸しよう。集中のスイッチは前よりも安定して押せるようになってる、周りのペースに飲まれないように自分の走りに集中するんだ」

 

「そ、そうですよね、自分の走りに集中して、周りは気にしない……」

 

 あれ以来カワカミプリンセスや他のクラスメートを中心に併走練習は繰り返し、彼女の走りは間違いなく安定してきてはいる。

 まだ完璧とは言い難く、何かの拍子に集中が解けてリズムが崩れてしまうことはままあった。

 とはいえ心の準備や展開の予想など、彼女にとって不意の出来事が減れば減るほど走りは安定した。

 なので前日に、今回の選抜レースに出走予定のウマ娘全員をリストアップし、各ウマ娘が取ると予想される戦略を彼女には伝えてある。

 出走予定のウマ娘は彼女を抜いて10名、逃げ2名、先行3名、差し4名、追込1名、おそらくこのような布陣になる。

 逃げウマ娘はどちらも前進気勢の強い子たちで、先頭争いでペースは速くなるだろう。

 予想されるレースはハイペースな縦長の展開、隊列が大きく動くのは終盤になると見ている。

 逃げウマ娘の2人は競り合いで消耗し垂れてくる可能性の方が高い、警戒すべきは足を貯め続ける後方脚質のウマ娘たちだ。

 

(そして、ドラゴンブレンド自体の位置取りは…)

 

「先行集団の先頭を守り切ろう」

 

 前目の先行策を採用する。

 集中状態に上手く入れる、入れないにせよレース展開を把握しやすく、パニック状態を回避しやすいと考えこの作戦だ。

 レース展開の把握という点では後方から差し切るのも手だろうが、後方脚質は後ろに控える分追い上げる際にバ群に飲み込まれたり、進路をブロックされることもあり運に左右される部分もある。

 故に王道の作戦とも言われる先行策で、不確定要素をできる限り排除しレースを走り切りたいという算段を組んでいた。

 

「逃げる2人を後ろから追って、4コーナーで抜け出すんだ」

 

「はい……わかりました、教えてもらったことを無駄にしないように、が、頑張ります!」

 

「君の集中力は走りを安定させる大きな武器だ。臆病な部分だって、追い上げてくるウマ娘から逃げるための起爆剤にできる。君は、君が思うよりもずっと、素晴らしい走りをするウマ娘なんだ。それを集まったトレーナーたちに見せつけてやろう!」

 

 思うままに彼女を激励する。

 初めてトウィンクル・シリーズを見た時から、色んなレースを、走りを見てきた。

 その幾万もの走りの中で、彼女の走りは自分の中で最も輝いて見えた。

 まだ粗削りな部分はある。それでも、大きく舞うように伸びていった彼女の走りに、夢を見た。

 彼女の走りがいつの日かGⅠの舞台で日本中、いや世界中に注目され喝采を浴びる日が来てほしい。

 そう、心の底から思った。

 

「そんなに褒められても……でも、嬉しいです。そんなに期待してくれて。絶対に結果を残して、僕だってやれるんだって、思わせてみせます」

 

 少し緩んだ表情で恥ずかしがる彼女が、頼もしい返事をして踵を返しコースへと向かっていく。

 きっと彼女はGⅠの舞台にも手が届く逸材だ。

 まだ孵化を待つ卵である彼女を、この選抜レースで名トレーナーが見つけ出し、黄金の卵から歴史に名を残す竜を育ててくれるはずだ。

 

そう思うと、一際強く心臓が鳴った。

 

 

『間もなく選抜第1レースが行われます。出走される方はスタート待機所にお越しください』

 

 アナウンスと共にスタート地点の近くに、出走するウマ娘たちが続々と現れる。

 その中にドラゴンブレンドの姿も見える。コースに来たばかりの時の緊張は多少ほぐれているようだ。

 最後のストレッチを行い、返しウマを始める。

 

「居ましたわ! ブレンさんのトレーナーさん!」

 

「カワカミプリンセスか、応援に来てくれたのか?」

 

「もっちろんですわ! 一緒に練習したライバルのレースでしてよ! 応援しない訳にはいきませんもの!」

 

「ありがとう、きっと彼女の力になるよ」

 

「そういえば気になっていたんですけれども、ブレンさんはなぜ選抜レースに? 実践的なレースなら模擬レースでもいいんじゃありませんの?」

 

 質問の意図がよくわからない。

 

「選抜レースだからね、そりゃもちろんトレーナー探しだよ」

 

「どういうことでして? ブレンさんにはトレーナーさんがいらっしゃるじゃありませんの」

 

「はは、まさか。彼女の才能を輝かせられるのは、俺みたいな新人じゃなくて経験も実績もあるベテラントレーナーだよ。俺はあくまで、そんな名トレーナーが彼女に付くまでの繋ぎだ」

 

 また大きく、ドクンと心臓が鳴る。

 もう間もなくレースが始まる。彼女の雄姿を目に焼き付けなくてはいけない。

 コースに目線を戻した自分を、カワカミプリンセスがどこか不快そうに見ていた。

 

 

「選抜第1レース、トゥインクル・シリーズを目指すウマ娘たちが続々とゲート入りしていき、4番ドラゴンブレンド入りました。残るは4名」

 

(頑張れ僕、教えてもらったものを全部活かして、スカウトを受けて、強いウマ娘になるんだ!)

 

(……スカウトを受けて、そうしたらトレーナーさんは……?)

 

「最後のウマ娘が入り、各バゲートイン完了!」

 

(いや、担当契約ができるまでっていう約束だったもんね……なら、これでお別れ……か……)

 

__ガコンッ!!

 

「各ウマ娘ゲートから一斉に飛び出すが、おおっと4番ドラゴンブレンド大きく出遅れた!」

 

(はっ!? 何を、してるんだ僕は!!)

 

 大きく出遅れたドラゴンブレンド、最初の作戦は既に崩れた。

 展開は予想通り、真っ先に飛び出した逃げ2人が牽引する縦長のハイペース。

 ドラゴンブレンドの位置は、追込よりも更に後ろの最後方。

 

(何かあったのか……!? この出遅れはかなり痛い……! だが、彼女の走り方ならペースを上げつつでも位置には戻れる筈だ……!)

 

「ブレンさん! 負けないでくださいまし!!!!」

 

 カワカミプリンセスの声援が、この観衆の中でも大きく響く。

 

(カワカミさんも見に来てたんだ……なのに、何をしてるんだ僕は……!)

 

(前に出ろ! ストライドを伸ばして! 前だけを見て!教えてもらったことも! 手伝ってもらったことも全部ダメにする気か僕!)

 

 過集中が生み出すあの力強く舞うような走りはどこにもない。

 懸命に、溺れた者が酸素を求め、水面に向かうようながむしゃらに藻掻く走り。

 

「逃げの2人は随分とハイペースだが、息も上がってない。これはかなり期待できるぞ」

 

「垂れると思ってたが、これは後方が追いつくのは難しそうだな……」

 

「あの4番の子はちょっと……ねぇ……出遅れにフォームも滅茶苦茶、今まで見かけたことのない子ね」

 

 近くから聞こえてくる声に、反射的に体が動こうとする。

 それを強い力で掴まれ止められた。

 

「トレーナーさん! どこを見てるんですの! ブレンさんはまだ走ってますわ!」

 

 そうだ。彼女はまだ諦めてない。

 俺が伝えた場所に戻ろうと藻掻いて、全力で走っている。

 

「レースは中盤! 大きく伸びた展開、先頭争いの2人から先行集団まではおよそ7バ身といったところでしょうか! なんとここで最後方、大きく出遅れたドラゴンブレンド猛追! 先行集団に食らいつこうとしている!」

 

(喉が痛い、肺が破れそうだ。痛い、怖い、僕は今どこを走ってる?)

 

 大きく崩れたフォームのままで、それでも彼女本来の走りにも及ぶ速度で最後方から懸命に追い上げる。

 後方集団を抜き去って、中間で控えた子たちも追い抜き、先行集団に並びかける。

 その表情はあの力強い眼差しではない、恐怖と怯えで満ちた、いつもの臆病なドラゴンブレンドそのままだ。

 

 だがそれでも、我武者羅にでも前へ進もうとするその姿は、自分が夢を見たあの姿と同じだった。

 

「さあ先頭は4コーナーを抜けようとする! 先行集団はちょっと厳しいか! ここで後方前目に控えていたウマ娘が飛び出してくる! 最後の直線前2人が逃げ切るかそれとも差し切るか! ドラゴンブレンドは厳しいか、ドラゴンブレンドは厳しいか! どんどん下がっていく!」

 

 彼女は4コーナーに入り更に加速しようとして一気に失速し、追い抜いたウマ娘たちに再び差し返される。

 そして。

 

「最後の追い比べ!ゴールまで200メートル!最後は3人の三つ巴!最後の勝負!後方から差し切ってゴールイン!」

 

 逃げる2人を捉えて、差し集団の前方で控えていたウマ娘が差し切ったことでレース展開はほぼ、想定をなぞったことになる。

 ドラゴンブレンドが最下位だということを除けば。

 

「1レース目からなかなかいい勝負じゃないですか、これは期待できる」

 

「あの逃げを差し切った脚、随分といい脚だ。ペース配分も完璧、才能は十分だぞ」

 

「逃げた2人も凄いわ、あのハイペースを牽引して位置取り争いまでできるスタミナ、うまく使えばどの距離でも活躍できそうね……」

 

 周囲ががやがやと騒がしくなり、トレーナーたちが嬉々として、レースを終えたウマ娘たちのスカウトへ向かっていく。

 その誰もが、ドラゴンブレンドを見向きもしない。

 

 ポツポツと、雨が降ってくる。

 春先の、まだ冷たい雨だった。そういえば予報では雨だった気がする。

 先輩トレーナーたちが各々傘を取り出し、目当てのウマ娘たちに傘を被せ始める。

 

 彼女は1人で、雨に打たれている。

 

「と、トレーナーさん!? 傘忘れてますわ!?」

 

 気付けば彼女の元に走り出していた。

 たった一度、たった一度の失敗で見放されるなんてあっていいわけがない。

 あんな言葉を投げかけられるようなウマ娘じゃない。

 

 彼女は、俺がトレーナーとして、最初に夢を見たウマ娘なんだ。

 

「あっ……トレーナー……さん……僕、ごめんなさい……っ! せっかく、せっかくこんなにも、面倒をみてくれたのにっ! 僕、ぼく……! あんな出遅れっ……!」

 

 彼女は泣いていた。雨足が強くなる中でもわかるぐらいに、目元を真っ赤に腫らして。

 

「っ、君は! いつか必ずGⅠに手が届くウマ娘だ! ひたむきで! 才能があって! 美しい走りをするウマ娘だ!」

 

「トレー……ナー……さん……?」

 

 人混みの中、大声で叫ぶ自分に一体何だと、奇異なものを見る目線が集まるのを感じる。

 ひそひそと何かを呟く気配も、自分には聞き取れないが、彼女には届いているのだろう。

 自分が何かを囁かれるなんてどうだっていい。

 彼女の走りが笑われることだけは、させるわけにはいかない。

 

「まだ経験もロクに無い、新人のトレーナーだけれど! 俺は君の走りに憧れた! 君に夢を見たんだ! だからドラゴンブレンド、俺は君をスカウトしたい! 君を必ず、GⅠの頂まで連れていく! 君を誰もが、君自身も認める強いウマ娘にしてみせる!」

 

 呆気に取られた表情がゆっくりと崩れ、しゃくりあげて泣き始める。

 まだ見たことのない彼女の表情。

 泣きじゃくる彼女の手を取り、改めて問いかけた。

 

「ドラゴンブレンド、俺と一緒に、トウィンクル・シリーズに挑んでくれないか」

 

 ぎゅっと、手を握り返して彼女が頷く。

 心の奥底にしまい込んでいた願望を全て吐き出した。

 本当に彼女のことを思うなら、ベテラントレーナーが見るべきなのかもしれない。

 いや、きっとそれが正しい。

 

 だけど俺は、彼女のトレーナーになりたいと思ったんだ。

 他の誰でもない、自分が彼女を頂へと押し上げて、彼女を祝福したかった。

 エゴだと非難されるかもしれない、彼女の未来にとって余計な行いなのかもしれない。

 そうだとしても、ウマ娘にとって走ることが本能なのだとすれば、夢を見せてくれたウマ娘に夢を叶えさせること。

 それがトレーナーの本能なんだ。

 

 こうして、花冷えがする冷たい雨が降りしきる春の日。

 ある新人トレーナーと1人の臆病なウマ娘との間に担当契約が結ばれた。

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