ウマ娘プリティーダービー -PRIDE OF DRAGON- 作:狐火(宇迦之御魂)
ドラゴンブレンドと契約を結び、はや1ヶ月が経とうとしている。
春のG1シーズンも半ばにさしかかり、クラシック級は大盛り上がりだ。
クラシック三冠路線では圧倒的な走りを見せ、英雄とも呼ばれるウマ娘が登場し皐月賞を制覇した時点で三冠は確実とまで言われている。
ティアラ路線でもキングヘイローの所属するチーム<アスケラ>のラインクラフトが同じチームのシーザリオ、デアリングハートやエアメサイアといった同期の強豪たちを抑え桜花賞を制した。
いつかドラゴンブレンドも並ぶべき、G1の舞台。
その舞台はまだ未熟な自分たちにとっては遥か高みにあるが、彼女の脚ならばいつか必ず手が届く場所でもある。
とはいえ、それは適切な練習と彼女の適性に合ったレースプランニングあってのものだ。
「短距離マイル路線か…中長距離路線か…」
夕日で陰る画面、この1ヶ月で撮り溜めたブレンの練習動画と計測データを見ながら考える。
ブレンの適性に合う舞台は何処だろうか…と。
彼女は全身をバネにして長く舞うようなストライド走法で、どちらかというとステイヤー向きの走り方をする。
またバネがある、つまりはクッション性があり柔らかい体をしている故に足が沈むダートよりは硬く安定した芝の方が向いているだろう。
一方で体格はスプリンターに近い。速筋がよく発達しており、全体的にがっしりとした体格をしている。
走り方に関してはある程度トレーニングで変えることもできるが、先天的な体格を変えていくことは大きなコストがかかる。
また、彼女の過集中はスポーツ全般においてゾーン状態とも呼ばれるような状態と同じであると考えられる。
適度なプレッシャーとリラックス状態が均衡を作った時に訪れる、覚醒状態のようなものだが、狙ってできるかは完全にセンスの問題だ。
実力を100%を超え発揮できる大きな強みであるのは間違いないが、無我夢中に走りに集中することで体力をより消費するというのは、終盤のスタミナ勝負になる長距離レースにおいては諸刃の剣にもなる。
総合的に考えると、走法と体格の間を取りマイル距離か、体格とゾーン状態での短いが強い走りを生かし短距離に向かうのが彼女には適していると思っている。
レースカレンダーに目を配り、それぞれのメイクデビュー戦の距離やレース場を確認する。その時にふと思った。
「そういえば三冠路線とティアラ路線に興味は無いのか…?」
「何がですか?」
「うおっ!びっくりした!ブレンか…」
「ちゃんとノックしましたよ…」
自分の声に驚いたブレンが耳を後ろに絞る。急に声をあげた自分を非難するように、部屋に差し込む夕日で輝く黒い尻尾でべしりと叩かれる。
「痛い…君の適性距離を考えてたんだよ、君は三冠路線やティアラ路線には興味は無いのか?」
「うーん、大きなレースですし、憧れみたいなのはありますけど…その肩書きが絶対に欲しいって訳じゃないです」
「なるほどなぁ」
彼女の目標である『自分が認められる強いウマ娘になる』『誰かを勇気づけられるウマ娘になる』どちらも特定のレースに根を張るというよりは、生き方に関わる目標だ。
レースそのものは目的というより、手段と考えるべきだろう。
「クラシック三冠にティアラ三冠。憧れはしますが、トレーナーさんが合うと思う路線があるなら僕はそれに従います」
現実として短距離マイル路線は中長距離路線に比べて注目度は些か劣る。
とはいえその頂に至ることが容易であるなんてことは決してない。
ブレンが俺を信じて道を委ねてくれるなら、それに答えるまでだ。
なら自分の直感と、今までの走りを踏まえた結論は
「短距離マイル路線を軸に考えていこうか、メイクデビューは間をとって芝の1400か1600で」
彼女自身の素質に合わせる。
長く最高速を維持できる点においては短い距離でも彼女の走法は強いはずだ。
「うぅ…ちゃんと決めると少し怖いですね…」
「少なくとも夏シーズンは控える、早くても秋レースの時期にするからまだ時間はあるよ」
「なら、早くてあと半年ぐらいですか…」
「そうなるね」
メイクデビューのことを考えて、落ち着かないのか少しそわそわとしている。
尻尾も耳も、手の位置も所在なさげだ。
「そういえば何か用事かい?今日の評価だとかはさっき伝えた通りだけど…」
「えーっと、用があるのは僕じゃないというか…」
「?」
「そのー、時々パパとママに近況報告をしてるんですけど…トレーナーさんと話してみたいって聞かなくて…」
「今からか!?」
今の時刻は17時を少し過ぎたぐらい、アメリカのどこかはわからないが十中八九深夜だ。
「昼は僕が授業だし、朝は大変だろう…って」
「それは気を遣っていただいて…いや、まあいつかは挨拶させて貰おうとは思っていたが…」
大事な娘さんを預かる身の上だ、ご両親に挨拶はさせてもらうつもりではあったが…
(英語、苦手なんだよな…!)
正直トレーナー試験で一番苦労したまである。
どうも他言語というのが妙に頭に入ってこないのだ。
ウマ娘やレースに関わる単語やイディオムは覚えられるが、それ以外の分野となると悲惨なものだ。
少し焦った様子の自分を見て察したのだろうか。
「あ、もし英語が苦手なら僕通訳しますから」
「情け無いトレーナーでごめん…」
ブレンはそんなことないですよと笑って言いながらビデオ通話の準備を始める。
担当ウマ娘に負い目を感じる最初の機会がこんなところになるとは…今後はこんな事にならないようにしよう…
妙な緊張を抱えながら機材のセッティングが終わるのを待つ。
『あ、繋がった?見える?』
『ああ大丈夫だよブレン、そっちが話していた?』
『随分ハンサムじゃない!いいトレーナー捕まえたわね!』
『だからそういうのじゃないって…!』
画面が繋がると同時に凄い勢いで声が聞こえてくる。
何を言っているかは正直全く聞き取れないが…なんというか、アメリカらしいご家族だ。
あのブレンがこのご家庭で育ったとは少し信じ難い。
「ごほん、えっとこちらが僕のパパとママです…」
「あっ、どうも初めまして…娘さんをお預かりさせていただいています…」
せめて挨拶ぐらいはと思ったが、全く文章が思い浮かんで来ず結局日本語で返してしまった…
そんな自分の言葉をブレンが通訳して伝えてくれる。
画面の向こうにはガタイのいい壮年の男性と、快活そうな印象を与える鹿毛のウマ娘が映っていた。
『ブレンから話は聞いてるわ、随分とうちの子のことを買ってくれてるみたいね』
『引っ込み思案な子だから日本で上手くやっていけるか心配だったんだが、いいトレーナーさんがついてくれたみたいで安心だ』
「彼女の走りは間違いなくG1でも通用します。自分でなくとも誰かが見つけ出す原石でしたよ」
正直な感想を述べる、双方から自分のことを言われ翻訳するブレンはとても恥ずかしそうだ。
『ブレンは昔からレースを怖がりがちでね、自分を変えるために日本に行きたいなんて言い出した時は驚いたよ』
『本当にね!ちびっこレースの会場に居た子犬やバンドの演奏にビクビクしてた子が日本になんて!』
「ちょっとママ!変なこと言わないでよ!」
なにを言われたんだろうか…様子からしてブレンの母親はかなりいい性格をしていそうだが。
ブレンの返事にお母さんは逃げるフリをしながら笑っている。
『まあまあ2人とも落ち着いて、なんにせよブレンが楽しそうで何よりだ』
『それはそうね、トレーナーさんとも仲良くやってるみたいだし』
『ブレンのデビューが決まったらぜひ教えてくれ、応援しに行くよ』
「ええ、それはぜひ。彼女の力になるはずです」
『それと、できればトレーナーさんとだけ話すことはできるかいブレン』
「えっと、でも…」
「翻訳機はあるし、多少は大丈夫だよ。本当にダメだったらその時はまた頼む」
「トレーナーさんがそう言うなら…2人とも、変なこと言わないでよ!?」
そう言うとブレンがトレーナールームを後にして部屋の前で待つ気配がする。
ご両親はそれを確認すると一転厳しい表情になり、それを見てつい身構えてしまう。
『ああすまない、そう緊張しないでくれ』
「ありがとうございます。それで、ブレン抜きで話したいことというのは…?」
少しでも自分が理解しやすいようにだろう、先ほどよりもテンポを落として口を開く。
『トレーナーさんはブレンのことをG1でも戦えると言ってくれたが、それは本当か?』
「間違いありません。少なくとも私はそう確信しています」
父親からの質問を確認してすぐに答える。
もちろんだ、信じていなければ、こんな新人の身の上でG1を勝たせるなんて大言壮語を吐いたりはしない。
彼女に才能と、何よりも自身の弱さに抗おうとする強い意志を感じたのだから。
『そうか…本当にそう思っているんだね』
「もちろんです」
『ごめんなさいね、嫌な質問しちゃって。でもやっぱり心配なのよ。どうしても、レースで泣いてしまうあの子のことを思い出してしまって…』
『私と妻は元担当同士でね。幸いにも妻は強かった。G1には手が届かなかったが、G3のレースに勝利して引退したんだ』
ウマ娘についてあまり知らない人たちにとって、その目や耳に入るのは煌びやかで激しいG1の舞台だけだ。
G2やG3といった重賞もさほど評価を受けない、オープン戦や条件、未勝利戦なんてものは存在しないに等しいだろう。
だがこの世界は多くのウマ娘を誘い込み、ふるい落としていく。
一勝をあげるだけでも3割が零れ落ち、オープン戦まで辿り着くのは約3%、G1勝利なんて1%にも満たない。
それだけにG3勝利という実績は驚愕に値した。
『まあ私の指導というよりは、彼女自体の素質が大分大きかったがね』
『あら、そんなことないわよ。他のトレーナーだったらわからなかったわ』
ブレンの父親が少し自嘲気味に笑う。
随分と仲の良いご夫婦だ。
『話が逸れたね。そういった経緯でね、それだけにこの世界の厳しさはよく知っているつもりだ。心持ちだけではどうにもならないことがある世界だと』
「はい…重々承知しています」
『そうだろうとも、その上で聞く。君はブレンを、私たちの娘を笑顔で私たちのもとへ返してくれるか?』
海すら超えた遠い地で、大事な愛娘が、どこのウマの骨とも知らないトレーナーと厳しいレースの世界へ挑む。
本人がどれだけ楽しそうに言っても、心配にならない親が居るだろうか。
成績不振、故障、それらに泣くウマ娘は数知れない。
ブレンがその中に入らないなんて保障はどこにもないのだ。
「私はまだ免許を得たばかりの新人です。経験も何もかも足りない、私が至らないばかりに苦しい思いも、辛い思いも、悲しい思いもさせてしまうかもしれません。それでも、私に夢を見せてくれた彼女を、涙で終わらせることだけは絶対にさせません」
まだ俺には何もない。あるのはただ熱意と、ブレンへの期待だけ。
背負うものは彼女の競争人生だけ、それ以外は何もない。
ブレンはターフの上で並み居る強豪ウマ娘たちと戦うことになる。そして俺は彼女の憂いを少しでも掃う為にターフの外で戦わなければならない。
それは今までこの二人が担っていたことなのだろう、しかし海を挟んだ今、その役目は果たせない。
ならばここに至るまで彼女を支え続け、彼女の夢を後押しし日本へ送り出してくれた二人を安心させるために、少しでも意味があるのなら。
「どうか、彼女のことを応援してやってください」
頭を下げることに何の躊躇いがあるというのか。
俺の事なんて信じなくてもいい、だが、ブレンのことならば信じられるはずだ。
俺よりもずっと長い間彼女の傍で、彼女の走りを見てきたのだから。
『…頭をあげてちょうだい』
『その言葉を聞けただけでも、話をした甲斐があった。改めて、ブレンのことを頼むよ』
「「ヨロシクオネガイシマス」」」
娘とは違いカタコトの、機械を通さない言葉が聞こえる。
苦手だといっている場合ではないだろう、それが今できる精一杯だ。
「
少し涙ぐんだ母親を父親が支える。
『ありがとうトレーナーさん…ブレンを呼んでもらっていいかな、一人にされてへそを曲げてしまう』
「そうですね…ブレン!戻っておいで!」
すぐにガラリと部屋の扉が開く。少し照れくさそうにしている。
さては聞き耳立ててたな?
「う、うん、もう終わった?」
『ああ、話は終わったよ。トレーナーさんの言うことをよく聞いて頑張るんだよ、いい報告をパパもママも待っているから』
「っ…うん!アメリカに居た頃の僕とは違うんだって、胸を張って言えるように頑張るよ…!」
『応援してるからね、頑張って!それじゃあね、休むことも忘れちゃダメよ!』
無機質な機械音が通話の終了を知らせる。
「いいご両親だな」
「はい、自慢のパパとママです」
「で、聞いてたんだろう?」
「えっと…その…はい…」
家族と話していたからか、少しいたずらっぽく笑う。
またしてもあんなことを言うことになるとは。
「メイクデビュー、笑顔で勝利宣言をしてやろう」
「はい、絶対に…!」
そうして勝利への決意を新たにする。
彼女が勝った時どんな表情をするのか、それが気になった。
ドラゴンブレンドの適性は
芝A ダートF
短A マイルA 中F 長G
といったところでしょうか。
両親紹介RTAは海外ウマ娘の特権。