Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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いつも誤字脱字報告ありがとうございます…!!


蛇足編『空崎ヒナは褒められたい』

 

抵抗も無く手を引かれ連れられるヒナに、スバルは妙な安心感を得ていた。

 

温泉開発部が望む結果に導けなかった悔しさはあれど、逃亡は許されたこと、ヒナが素直に差し出した手を受け入れてくれた事が喜ばしい。

唐突な誘いだ、断られる事を前提に置いて、承諾して欲しい願望一つと口先で誘いに乗せる自信一つ。

 

今の所どちらに傾いているのか分からないが、自然と喉奥のわだかまりがするりと胃の中へ落ちていく感覚があった。

 

「ずっとドタバタしてたから、ヒナとはちゃんと話せてなかったよな」

 

「………」

 

「俺ってば本当に幸せ者でさ、まず最初にヒナと出会えただろ?その後にまたヒナに背中押されて、アビドスじゃヒナが居なかったら全滅してた。ヒナは俺にとっての勝利の女神様だよ。改めて、ありがとうヒナ、最初出会った時に…俺を助けてくれて、感謝してる」

 

「…と、当然の事をしたまでで……」

 

「当然?いいや俺からすれば勲章ものだぜ。神棚にヒナの顔写真飾って毎日拝んでもいい、冗談抜きで」

 

少なくとも命を救い続けようとしていたスバルを、最初に救ってくれたのはヒナだ。

 

スバルが信頼を寄せる相手でも、一人は出会い頭に射殺され済み、一人は酷く冷たい世界からスバルを送り出す為に死の抱擁をして貰っている。

ノーキルを超えて、ノーダメージを叩き出しているのは今の所ヒナだけ、彼女以外の生徒からは基本、スバルの流血がついてまわる。

 

何より、スバルが何者でも無い時に手を差し伸べてくれた。それだけで、ヒナには返しきれない恩がある。

ずっとずっと、ヒナはスバルへ与える側だった。まさしく、この瞬間こそ恩返しの一部に他ならない。

 

故に素直な感謝を、賞賛の意を込める。スバルの言葉に赤面するばかりなのは、やはり褒められ慣れて無いからなのだろう。

 

「ヒナはお昼まだだったりする?」

 

「うん…」

 

「まだゲヘナの美味い店ってのを知らないから、完璧なエスコート……つー訳にゃいかないが、行きたい所口に出してアロナが教えてくれる店でも行ってみない?」

 

「……どこでも大丈夫」

 

「ノンノン、何処でもじゃダメだよ。甘いものがいいとか、辛いものがいい、油っこいもの、麺系ご飯系、色々あるし」

 

「……──ス、スバ……っ…私は、貴方が行きたい場所なら、どこにでも…」

 

これは中々、いや素晴らしく光栄な事だ。

僅かな自尊心が震え立つのを感じる、スバルが行きたい場所に行く、それ即ちスバルがヒナの事を心身共に考えつくし、正確に観察し、スバルがヒナに抱えている気持ちを表現できるチャンスなのだから。

 

行きたい場所は、勿論ヒナが楽しめる場所。ヒナが何を望んで何が楽しめるのか、そういった事へ親身に考えても良いのだ。

 

天使、勝利の女神へのエスコートを本人自ら望んでくれたのならば、スバルが全力を尽くさない手は無い。

 

「──猫は嫌い?」

 

「…………嫌いという程でも無いわ」

 

「だったら、猫カフェでも寄ろうぜ。たっぷりの猫ちゃんとコーヒー、オムライスを頬張りながら優雅なブレイクタイムは如何かな」

 

「猫……うん。それでお願い」

 

猫は良い、猫はこの世で最も自由で、『空崎ヒナ』とねじれの位置にあると言える。

今回は、そんなねじれの位置に居る両者が触れ合う時間を作ろう。気を張りすぎてガチガチに固まった人間には、猫の液体らしさを移植してやるのだ。

 

「……」

 

「……──」

 

「スバル、その…貴方に謝っておきたいことがあるの」

 

「───謝る?そんな、まさか。何を謝るんだよ、ヒナが俺に謝る様な事をしたか?寧ろ俺がヒナに謝らなきゃなんねぇのに。毎回毎回、迷惑に巻き込んじまってさ」

 

「それでも謝らなければいけないの、私の怠惰が…貴方の身体に傷を残してしまった。アビドスで小鳥遊ホシノを抑えきれなかったせいで、その火傷跡や身体の傷は……」

 

陰鬱としたヒナの顔色に、スバルは思わず叫びそうになってしまう。

寧ろ逆だ、と。ヒナが来てくれなかったらあの場で全滅していたかもしれない、そうでなくても、今よりも酷い傷を受けてより強い後遺症が残ったかも。

 

時間を掛ければ治る程度のもので、彼女を謝らせるなんて、どれだけ罪深くあれば良いのだスバルという男は。

 

「結局、私は何も果たせなかった。時間稼ぎをしただけで、貴方が直面した危機と絶望とは…何一つ関わってあげられなかった。セナから聞いたの、死ぬ様な無茶を何度も、何度でも繰り返して苦境を乗り越えてたって」

 

「病院でもそう。背中を押して、道を示した。それなのにその責任を取らずにいた事……謝らせて欲しい」

 

────。

最早、なんと形容すれば良いか分からない。

もしかしてアビドスで治療中の自分に逢いに来てくれなかったのは、罪悪感が故なのか。

ヒナの心にはどれだけの重責が乗っているのだ、助けてくれたじゃないか、そのまた次も助けてくれて、更に次も助けに来てくれて、

 

「ヒナ」

 

ヒナの思考に遅すぎる理解を得たスバルは声を発する。

助ける事が当たり前、責任を果たすのが普通。

そんな訳が無い。助けられた側はその事を一生覚えておくほど有難がって、責任を果たすだけでも人生上等と言える。

 

他人の欠けているものを埋められなかった。

それを自分が欠けていると思ってしまった。

 

これはいけない、自分がどれだけ優しく愛くるしい天使なのかが分かっていないとは、勿体ないにも程がある。

 

「俺はヒナに助けられたんだ。それ以外の事を言ってない、そりゃ正直アビドスじゃ大忙しだったけど、ヒナが背中を押してくれてありがとうって感謝してる」

 

「…………そう」

 

「来てくれたじゃん、最後の最後まで俺の事を助けにさ!だったら俺もヒナに何かしたいんだよ、したいと思えた。温泉開発部のみんなみたいに、ヒナの優しさが俺の心を突き動かしてて……」

 

あれやこれや言ってみるも、どれも言葉選びが間違っている気がする。

何か、こう、もっと単純に彼女の努力を、優しさを報いる様な言葉は無いものかと迷っている内にヒナは更に落ち込んでいく。

 

ひょっとしたら、ヒナはスバルと似た者同士なのかもしれない、言葉をどれだけ真摯に受け止めても、自分自身がそれを噛み砕けない───の、なら、

 

「……」

 

「ん、ほら」

 

「──?」

 

両手を広げ、ヒナの前に立つ。

身長に合わせる為に軽く屈み、目線を合わせた。

 

期待されるのは、落胆される結果がついてくる。

不甲斐なさを覚えるのは、いつも自分に。

成功しても達成しても、それよりも大きな不安で心を焼かれてしまう。

 

ああ、見覚えがある。

いや既知の相手だ、スバルはそんな人間の言葉にすることができない、心の奥底に潜んだ闇の払い方を、身をもって経験していた。

 

「スバル…?」

 

「んじゃ、こっちきて」

 

「……人の目があるのに、そんな事…」

 

「俺を温めてあげるつもりでさ、ほら、どんどん懐が冷えちまうぜ?せっかくのハグが冷たいと俺悲しい」

 

「…………な、なら…」

 

ヒナとは久方ぶりの至近距離。

いつぶりか、最初に髪の毛をモフった時か。

あの頃と変わらないモフモフへ、スバルの腕を回す。不思議とモフモフ具合が向上している気がしたが、それよりもヒナの高まる体温が直に伝わってくるのが何とも味わい深い。

 

頭に手を置いて───菜月菜穂子直伝の、スバルにとって一番、心の痛みを取り払ってくれる、魔法の言葉をプレゼント。

 

「──ヒナは頑張ってる」

 

誰にも否定されない、魔法の言葉。

赤子の眠り歌のような、口から零れる音には抱擁を沢山込めて。

 

今ある全てが、彼女の頑張りなのだから。

 

「頑張ってるよ、頑張ってるから今がある。自分を責めるなんてしないでくれ」

 

「────」

 

「よし、分かった?どんだけ俺が感謝してんのか」

 

「────」

 

「それじゃ猫カフェにレッツラゴー!これ以上しょぼくれてても、猫ちゃんずに触れ合う時間が短くなるだけだし!」

 

「……──」

 

ハグを解いて、指を路地の曲がり角へと指し示す。そんな傍ら、ヒナは眉を下げ目を細め、今にも眠ってしまいそうな表情で、元気に走り出そうとするスバルの手を掴む。

やけに熱さを感じる手に、恥ずかしさで茹で上がらせてしまったか、そう思いヒナの頬に手を当てた。

 

「少しは、肩の力抜いてくれたか?」

 

「うん。ほんの少し、力を込めすぎてたのかも」

 

「──猫カフェ、楽しめるように頑張ってみる。……これからもっと、スバルの言う通り楽しめる事を増やしていきたい」

 

軽く首を傾けて、脱力と微笑みを示すような穏やかな仕草がスバルの目に映る。

晴れた天気が変哲も無い道を照らし、短い時間に行われた会話の結末がヒナの顔に浮かび上がる。

 

噴水広場から左程歩けていないから、周囲の視線がスバルの行動に集まってしまったが、最早その目線の数々が二人の空間に入り込むことは無い。

 

ゲヘナで過ごしているものなら邪魔しようとも思えない、そこには確かに、空崎ヒナが幸せを感じている空間なのだから。

 

「スバル」

 

「ん?」

 

「私、頑張ってる?」

 

「──ああ、勿論。ヒナは頑張ってるよ」

 

「──ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由気ままな顔をして、自由自在に動き回り、何も気にする事なく遊び回る。

そんな自由を体現した仕草に、スバルとヒナは意識を奪われていた。

 

指を差し出そうとして硬直し、その硬直は思考すら固まっているかのよう。

目の前の小さな命、スバルよりも更に儚い命に対し、触れていいかすら分からず手を震わせる。

ヒナの背中に手を置いて、安堵を抱かせてその自由な生物とヒナをマッチングさせていて、

 

「猫様っ…俺ら二人とも君にぞっこんだ…!!全部が全部可愛い過ぎるだろ…!?」

 

「本当ね、私も初めてこういう所に来たけど…普段、仕事中だと逃げられてばかりだから…」

 

「ヒナの覇気にビビらねぇとは、ここの猫ちゃんずはなかなか訓練されてるんだな。ツワモノ猫ちゃん相手に俺のレフトゴッドハンドが唸るぜ…!」

 

「えっと、コレで最初のコミュニケーションは大丈夫…なのよね?」

 

スバルとヒナが座る席の、テーブルの上に乗る猫へ差し出されたヒナの指、ぺろりとひと舐めした後に猫はヘソをヒナへと向ける。

 

その光景にスバルは思わず「ヘソ天…!」と喉を締め上げ叫ぶ。

猫を相手にした際の、極上の光景の一つにして猫との調和が取れた最高の瞬間、それがヘソ天。

 

「これを一発目で引き出すとは…!さっすがヒナ、既に猫マスターの一歩を踏み出してる」

 

「そ、そうなの?よく分からないけれど…この子が、気を許してくれているのなら良かった」

 

「そっとなら撫でても大丈夫だと思う、俺はまだ猫様からお許しを頂けてねぇから、ヒナ、やってみて」

 

「─────」

 

撫でられ上手撫で上手、と言った所か。

素肌を晒して手のひらで猫を楽しむヒナは、仕事中には見られない喜びに満ちた顔を浮かべていて、お互い初対面とは思えない融和性に、羨ましくも妬ましさを猫へ覚える。

 

初めましてでやるじゃないか、そんな不毛な上から目線を猫へ向けても返ってくるのはお気楽な鳴き声だけなのだが。

けれどここは猫カフェ、猫を存分に楽しまずに何がある。いやちゃんとしたメニューはあるが、猫カフェに飯を目標にして足を運ぶ愚か者は居ない筈だ。

 

「はい、アーン」

 

「あーんって…スバル、流石に私一人でも…」

 

「一人で食べれるとか、そういうのじゃないさ。自分の労力使わずに人から奉仕して貰える気分ってのを、ヒナにも味わって欲しいだけ。普段からヒナは人にしてる側だろ?」

 

「………そうだけど…」

 

有無を言わさず、スプーンに一盛りのケチャップライスと焼き卵、ミニオムライスを形成してヒナの口元へと運ぶ。

実際、自分で簡単に出来ることでも、人にやってもらうのと自分で黙々と口に運ぶのとでは、そこに含まれる楽しさがまた違う。

 

一種、全能感すら生まれる『自由な時間』が、心から疲労を突き放してくれるのだ。

 

「おいしい?」

 

「…………んっ。…うん」

 

「うっっわぉ可愛い」

 

「…スバル」

 

猫との相乗効果で、可愛さが天元突破してしまったヒナにメロメロにされる。プンスコと睨まれても、最早可愛さのダブルトッピング大盛りにしかならない。

 

この世界には、可愛いとカッコイイと美しいが溢れすぎているせいで、お互いの容姿を褒めたりはしないのだろうけれど、今の所スバルの美的センサーには、ヒナの顔立ちからイケメンエッセンスをビシバシと感じる。

 

可愛さMAXからクールさMAXでも何にでもなれる顔面偏差値に、日本との圧倒的な格差を感じつつ、スバルも膝上に乗ってきた猫の背を撫で始める。

 

「ごほん、やっぱ、こういう所来んのは初めてなんだな。つっても俺だって来たこと無いと言えば無いけど、普段イオリとかチナツとか…アコは…まぁ、置いといて」

 

「こんな風に休み時間が取れるのは殆ど無いし、大抵私自身が別の業務に手をつけてしまおうとするから…殆ど無いわ」

 

「勿体ねぇ〜。ヒナも自分のH・M・T具合をしっかり自覚して、もっと優しく扱われるようにされないと!」

 

「…その訳の分からない単語の意味が、何となく分かってしまうのは成長なのかしらね?」

 

「おっ、ヒナたんマジ天使の省略が分かるようになってきたとは!こりゃ自分の可愛さを自覚しちまうのも早いか…!」

 

「っ、そ、そうやって、余り可愛いと連呼しないで…。恥ずかしくなってしまうから……」

 

「ん〜。ヒナマジ天使、ヒナ可愛いヒナ可愛いヒナ可愛い、ヒナマジ激カワ」

 

「もうっ、スバル…!!」

 

この甘ったるい時間をどうすれば引き延ばせるか、珈琲とオムライスを食べきった後はどうしよう、猫とひたすら戯れてもいい。

何をしてもいい、偶然で生まれた奇跡のような休み時間なのだから、何をしても許される。

 

この後は何処に行こうか、何を一緒にしよう。

今日だけの思い出を、明日もその更に明日も語れるぐらい作って、明日にはまた新しい思い出を作って、

 

「─────」

 

「…………」

 

「……──ねぇ、スバル。また…今日みたいな日を、貴方と一緒に過ごしてもいい?」

 

「別に毎日でも構わねぇけど、急にどうし──」

 

先程より少し、陰りが見える表情の理由は、ヒナが握る携帯の通知に理由があった。

 

「…まさか、仕事?」

 

「そうね、仕事。パンケーキの化け物が出たって騒ぎになってるみたいだから、行ってくる」

 

「ぶフッ、パンケーキの化け物!?…ほんと、何でも起こるんだな、キヴォトスって」

 

何でも起きてしまうから、何にでも対応してしまうんだろうが、もう休憩は大丈夫なのかと怪訝に眉を下げるスバル。

普段の疲れ様を見れば、この程度の休息で足りているはずが無い。

 

「…休みの日とかにも、やっぱり呼び出されんの?」

 

「私でないと対応出来ない業務は多いから、アコ達が無理して被害が広がる前に解決しないと」

 

「……行っちゃうのね」

 

「だからもう一度、今日の夜にでも…時間が空いたら、スバルに会いにいく」

 

「───その時はまた、褒めてくれる?」

 

「何百回でも」

 

「そう。なら、行ってくる」

 

すっかりヒナの手のひらの上になってしまった猫へ、ヒナは鼻先へハイタッチして店を後にする。

支払いはシャーレが持つと先んじて伝えてあるので、その足取りにはこの場を離れることへの後悔だけがあるかと思いきや、まるで羽が生えた様な軽やかさがあって、

 

「またな、ヒナ」

 

「また会いましょう、スバル」

 

──惜しんでいたのは、スバルの方なのであった。

 

「…オムライス、半分も食べてないのに行っちまったよ」

 

「……」

 

猫に話しかけても返事は無い、返事らしきニャー、という声は返ってきたが、猫は自由な生き物だ。決してスバルの嘆きを聞いた訳でもない。

 

一時間、二時間程度の休息で本当に大丈夫なのかと一抹の不安はあるものの、そんな憂鬱や考えは───。

 

「オムライス食べたら、俺も次の仕事でもしなきゃだな」

 

ヒナが見せた、肩の力が抜けた微笑みを思い返せば、所詮杞憂にしか過ぎないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「委員長!申し訳ありません!お休みのところ…!」

 

太陽を背に、大翼を広げ地上へ影を落とす。

跳躍、滑空、ゲヘナ自治区内であれば車両の移動よりも圧倒的に早く移動を行えるヒナにとって、翼だけは産まれ持ったもので有難いと思えるもの。

 

「いいのよ、アコ。私を呼んだ方が被害を抑えられる、そういう判断なら従うわ」

 

「従うなんてそんな…!」

 

「それに今は、少し調子が良いの」

 

「調子が───…あの、委員長…とある噂が流れてきたのですが、あの男に何かされませんでしたか……!?もしも委員長があの男のせいで、気分を害される事があると思うと、胸が張り裂けそうに…!!」

 

「大丈夫、何も無かったから」

 

「いえ!あの男はどうせ下心丸出しの手で委員長にベタベタと触れようとしてたんですっ!今の内にでも委員長に触れられないように私が距離を置けと忠告を───」

 

「アコ」

 

「っ、……過ぎた言葉でした。申し訳ありません」

 

歯ぎしりをするアコを前に、いつもと同じようなため息を吐きかけて──でも、含み笑いが先に来たのがヒナ自身、有り得ないような出来事を味わった気分になる。

 

疲れと失意、それがたっぷりと詰まったため息を吐く日常が、今の数時間で抑えられるとは。

 

「───ふふっ」

 

「……!?!?い、委員長が…笑って…!?」

 

何とも簡単な事だった、ずっと終わらない苦悩に苛まれるかと思いきや、必要だったのは健常な休息とたった一人からの労いとは、思いもしなかった。

あれだけ複雑に悩んでいたのが馬鹿らしくなるぐらい、気分が良かった。どんな悩みも、一人で抱え悩んでいるとああも迷走するものか。

 

「アコ、対象は」

 

「こ、この先のカフェテリア、そのキッチンで出現しました…!」

 

「それだけ?」

 

「現在ヘルメット団がそのパンケーキ…の化け物を利用し、別店舗への襲撃を開始しています。どうやらそのパンケーキの化け物は、別の食品を捕食すると数を増やすらしく……実質、パンデミックが起きている状況です」

 

「なるほど、高火力で一掃すべきだと思ったのね。相変わらず正確な分析で助かるわ、アコ」

 

「は、はい!委員長の為ならば……♥」

 

頼られる事は、今まで憂鬱しか含まれていなかったのに。

今は逆に、自分の活力の源へとなっているようで、デストロイヤーを握る力がいつもより強くなる。

 

誰にも、どんな事にも打ち負かされる気がしない。今なら、あの時のアビドスでの戦いでも最後まで戦いきれたかも。

 

 

「─────」

 

 

今日も今日とていつも通りに、業務を果たす。

でも、今日からは何かが違うみたい。これが徒労とも思わないし、複雑な事を悩み込む悪癖も出てこない。何もかも、自由に出来る気分。

 

ああ、まさしく自由気ままに身体が動く。鈍くも何ともない、疲れた目に刺激の強い目薬をする必要も、凝った肩に銃弾を受ける必要も、眠くなったらアコの珈琲を飲む必要も無い。

 

 

「待ってて、スバル」

 

 

空崎ヒナには、自分の頑張りを褒めてくれる相手が居るのだから。

 

誰かに褒められる程、頑張れていない相手に負ける筈もない。そして空崎ヒナよりも『頑張っている』不良生徒が、ゲヘナに存在する訳もない。

 

───つまり。

 

 

「今日も、頑張ってみる」

 

 

天下第一で、並ぶことのない、最高、最強の生徒によって、今日もゲヘナの治安は守られる。

絶好調と化した空崎ヒナに、本日活動する不良と傭兵全てがなぎ倒される事が決定されてしまったのであった。

 

 





『空崎ヒナの天下無双』終
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