前話のオマケ、次話の始まりとしてご読了お願いします。
「撃て!撃てぇッ!!」
「グレーネーード!!避けろぉッ!!」
再び意識が覚醒した瞬間、繰り広げられる光景は何度も見たものだった。
サンサンと輝く太陽を見て、時にイカロスとはアレに向かって羽ばたいたのか、と無駄な思考を走らせる。
だがイカロスの父は技術への過信が身を滅ぼすと息子に警告している、もし、この場にも親父がいれば、俺が失敗の道を歩もうとした時に注意してくれるだろうか。
「ひゃー!疲れた疲れたぁ!誰か水〜!」
何の変哲もない女子学生の声は、スバルが現実に引き戻されるには十分な活力があって、心ここに非ずといったスバルの顔に喝を入れる。
その声を受けても、どうにもこうにも身体が動かない。
ーー身体が今ここにある実感がない。
浮き足立つ感覚だ、釈然としない、それでいて言葉にも言い表せない妙な気持ち悪さ。
それでも光景は変わらない。
最初に来た時と同じく湿気を感じさせない日差しに、場所はコンビニエンスストアの屋上。
お昼寝、ズル休みには最適の場所で今すぐにでも寝てしまいそう。
通りでは銃撃戦が起きている。
この世界の人間からすればちょっとした喧嘩に過ぎないが、スバルが流れ弾を喰らえば人生のゲームオーバーだ。
色とりどりのヘイローに、各々少しづつ改造したのであろう可愛らしい制服。
ほのぼのと言えばほのぼのしているが、ヘルメットやらスケバンやらがオラついてる所を見ていると、ほのぼのの後に『?』が付くであろう。
「あー」
声を出してみる。
声が出た。ハッキリと分かる、ナツキ・スバルの声。
右腕を動かしてみる。
動いた。確かに感覚がある、これはナツキ・スバルの腕。
左足を、目を、視界を、腹を、喉を、全て動かしてみる。
「有る」
全て、ナツキ・スバルのモノだ。
何の異常もない視界、失われた腕と足は十分に動くし、潰れた喉に開かれた身体は今はもう何ともない。
その何もかもが失われた過去を思い出して、今は満たされた身体を撫でながら……後ろ頭を掻く。
「もう、どうしろってんだよ……」
■
「俺さ、天壌無窮の無一文なんだけど…ちょっち奢ってくれね?」
「何だアンタ…ーーまぁ抗争中だから変なのも出るか、ほれ」
差し出された水のペットボトルを受け取って、蓋を取り豪快に飲み干すスバル。
水は今買ってきた所なのかキンキンに冷えていて、喉を通る度に乾いた箇所を潤していく。
泥濘に沈んでいた気分も少しは良くなった。
「くぅ〜…うめぇ〜!見ず知らずの人間に無償の愛をありがとうお嬢さん、ってふざけてぇ所だが、そんな元気もなかった、本当にありがとう」
「顔色見りゃ分かるさ、死人よりも酷い面して…倒れたら幾ら見ず知らずって言っても近くの拠点に連れていかなきゃなんねぇ」
「そんな面倒臭い事したくなかったってだけだ」
ヘルメットの上から鼻を擦り自慢げに言い放つ少女は、お礼はいい、と言って場を離れていく。
手を振って感謝の意を示し、ヘルメットの少女と出会ったこの広場で、小さな階段に座って背中をつく。
目の前の大通りの銃撃戦へと、ヘルメットの少女は紛れていった。
「…悪夢ってなら良かったんだが」
身体が在る、光を感じる、音を拾える、その実感に胸をなで下ろしたいスバル。
「にしても、参るぜあれは…」
後半の怒涛の展開には流石に目を疑った。
カイザーコーポレーションの社長、起動したシッテムの箱に、滅びるゲヘナに、最後には謎の人物の手によって解剖されるなんて…。
異世界といえど、ここまで激動の一日を過ごしている人物はそうそう居ないと思いたい。巻き戻った為、一日とは言えないが。
それでも確かに経験した事なのだ。
あの時の恐怖が、あの時の絶望が、スバルの心を滅多打ちにしてくる。
立ち直れない訳では無い、恐ろしい死ならもう何度か繰り返していて、慣れたと豪語する考えは無いが、それでも『どうにかしなきゃ』いけないのだから。
ーーただ少し、心が折れて、あの時の寒さが身体を覆って、立ち上がれそうにもなくて、もう何もかもどうでも良く、諦めたくなっているというだけ。
「は〜…」
「辛ぇよ……流石に……」
健全な身体で溜息を吐く、あの時の苦痛が何もかも取り除かれても、心までは守ってくれない。
『あの後』はどうなったのであろうか、皆、カイザーに支配され……ゲヘナの皆は死に、便利屋もきっと…。
「…馬鹿野郎、そんな事考えてどうすんだ、このまま行けばまた繰り返し、ここに居る全員が爆撃を受けて…ーー」
「ヒナも、セナも…アコもあんだけ頑張って生きてんのに、何も教えられずに壊されるなんて許せねぇ」
「だからって、俺に何か出来んのかよ…!」
ペットボトルに残った水を頭へと振りかけて、熱した思考をクールダウンさせる。
勢い良く飲んでいたせいで、余り残っていなかったが十分冷えた。
「…今冷めちゃうと余計気持ち悪いな、あんときの俺ってどうなってたんだ…?」
あの寒さを思い出して両腕を脇に挟み込み、全ての出来事を振り返る、何を失敗したのか、何処で失敗したのか、そもそも失敗と呼べるのか。
ーー最善を尽くせたかも分からない、もしかすれば、失敗では無く『敗北』なのかもしれない。
運命の袋小路、ナツキ・スバルにはどうしようも無い帰結。
「切り替えろ、そーだ、パーっと……簡単な話だもんな、全部忘れちまえばいい、カイザーもゲヘナも、連邦生徒会長の事も、それよりもやることも考えることも山ほどあるはずだぜ?」
ーー明日には全て終わってしまうのに?
「……」
助けて貰って、その恩返しがしたくて、
ーーナツキ・スバルは、死ぬような、死んでも返そうとして。
「現実逃避、か」
「連邦生徒会長…お前本当に、俺を選んで良かったのか…?」
思考は負の螺旋を描く、どうしようも無い詰みの状況、辿れば辿るほど理不尽な予言である連邦生徒会長の置き手紙、趣味でやって来るアホバカ狐、苦痛と絶望の記憶はスバルの思考力を削ぎ落とす。
もともと、この世界でスバルの身に起きた出来事の大半は『連邦生徒会長』を巡っての事、カイザーが動き出し、ヒナに連れられてシャーレに行き、サンクトゥムタワーの起動までもが、だ。
だからそれを思考から外すなんて、現実逃避と変わりない。
「…『借りは返すぜ、俺はフェアな男だ』、アウトローの条件は…」
「受けた恩を、返す事」
最後に庇ってくれたアルの姿を思い返す。
死ぬかも知れないというのに、なりふり構わず最も死ぬ可能性があったスバルを助ける為、身を呈して彼女はスバルの命を救った。
ーーそれだけでいい、それがナツキ・スバルを突き動かす『善意』だ。
一目惚れなんて人生で何度もある、この世界に来てからは全員が全員容姿端麗の美少女、でも惚れ込むにはそれだけじゃない。
スバルは受けた善意を思い返す、この世界に来てから最初、ヒナとの会合から始まり、セナの治療を受け…アコと交友を深めた。
今思い返せば、あれ程多忙なヒナが丸々半日をスバルと過ごせる訳が無い、つまり応接室でのアコの業務はその空いた枠を埋める為のもの。
絶望も、恐怖も痛みも寒さも、この世界に来てから受けた『善意』を思い出せば和らいでいく。
「まだ、終わってねぇ」
「一度吐いた啖呵を飲み込まない、それがアウトローの流儀」
苦い記憶の中で、自分が叫んだ事だって覚えている。
『必ず、俺は……何度繰り返しても…!』
『全員、救ってやる』
そう叫んだのならば。
「舐めんな異世界、舐めんなキヴォトス」
まだ、ナツキ・スバルは負けていない。
「舐めんな!連邦生徒会長!!」
「救って欲しいって!言われた漢の根性って奴を!!」
「ヒロインに泣きつかれて、見捨てる主人公なんて居ねぇんだよ」