Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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蛇足編……?『物語を愛すもの』

 

 

『君の事が理解出来るようになるまで、私が一緒に居るよ』

 

『だから、ここにいて』

 

『もう私には君しかいなくて、君にも私しか居ないんだからさ』

 

『ずっと、ここに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

それはまるで、冊子の一ページを捲る様に。

汚濁に塗れた目で、少年を見つめる少女を、またとある少女が眺めていた。そしてシアターを観る様に、手元のティーカップに口をつけてそのワンシーンを嗜んでいる。

一通りの思索を終えた後、本の中のページ同士が擦れる音を立てて、また次のページが捲られる。

 

「驚いた」

 

何に驚いたのか、その理由も、左程驚愕した素振りも露わにせずに口元へ音だけを溜めた。

本の結末がその先にでも描かれていたのだろうか、それとも、あっと驚く様な急展開を迎えたのか、

 

「妄執、というものはここまで膨れ上がってしまうものなのだね。まぁ彼女の過去を鑑みれば当然ともいえる」

 

「彼女は…小鳥遊ホシノは本来、他者と自身を織り合わせなければ生きていけない存在。性質と言ってもいい、プロットに付与された概念であり書き換えようのないものさ」

 

「現状は正に奇跡なんだ、セトの敵対者として君臨する為に、彼女は同じ失敗を繰り返す筈だった。───この一ページもまた、その繰り返しの一部に他ならない」

 

おおよそ、『良い』結末にはならなかったのだろう。残念そうな声色を放ち、続いて口元にため息を溜めた少女は、手に取った本を持って立ち上がる。指先を伸ばして、本を空中のどこでもない場所へと収めて消した。

 

ぼんやりと、ほんの僅かに見える光景がコレを夢だと告げている。少なくとも自身がこんな高貴な椅子に座って、茶会を楽しむような身分では無い。

 

「さて」

 

さて。そうしてから休符を置いて、声の方向が声の主自身から、こちらへと切り替わった。

本を読んで感想を述べる一人語りが終わりを迎え、

 

「君は胡蝶の夢、という物語を知っているかい」

 

──とりとめのない質問を投げかけられた。

夢を見る、夢なのかもわからない幻を認識しようとする。

夢の終わりがいつものような、冷たく無慈悲なものであるのならば、ユメの始まりは如何様なものなのか。

 

誰しも夢を見て、その夢の終わりを記憶していることはあるけれど、その夢の始まりがどんな形で始まったかは確かではない。

 

夢とはそれほどに曖昧で不確かなものではあるが───胡蝶の夢の物語で、あやふやなのは現実だった。

 

「……そうだね、とある思想家が現実と虚構の境界に触れ、自身の非有を認識できなくなった。その精神状態が引き起こした一種の錯乱であり、時に現実の脆さを揶揄する際に使われるお話さ」

 

「そして、君に似合いの言葉でもある。といってもこのような有様の私に言われる筋合いはないだろうけれど、つまるところ君以上に────」

 

「皆が現実だと認識しているこの世界の、その儚さを知っている者はいないという事だよ」

 

微かな光と、淡い色。

夢の始まりは暖色から始まる、たったそれだけの記憶だが終わりの『黒』と比べると、心底安心してしまうものだ。

 

それと、小さな客人。小難しい、自分には理解できそうでできないことをペラペラと喋る声を聴かされる。

けれどまぁ、もしこの声の主に自分が耳を傾けなければ、寒く悲しい一人語りになってしまうことは想像に容易くない。

だから耳を傾ける、分からなくてもその言葉の数々には声の主が伝えたい本心が隠れているだろうから。

 

「今まで確かであったものが不確かになる、それは不確かであった未来が、恐怖が、訪れてしまうのと同様におぞましく恐ろしい」

 

「君はその恐怖と幾度となく戦ってきた、乗り越えたとまでは言えないが、君が歩んできたその全ては言うまでも無く常人には不可能な道のりだった…」

 

「だった…からこそ…君は、ここまで来れてしまうんだね。とても悲しいことだ、君個人には深く慈しみを覚えるよ」

 

聞こえる声はいつも小難しい。それと同時に──物悲しい。

悲観的で、物悲しそうに、諦め口調だ。水中で酸素を求めて、諦めたみたいな、そんな声色をしている。

 

「キヴォトスに古くから伝わる古則に、このようなものがある」

 

「──楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか」

 

「其れは一種のパラドックス、悪魔の証明。楽園は楽園であるが故に、楽園に辿り着いた者はそこから離れることは無い。つまり楽園の実在を証明する存在が居なくなる」

 

ほらまた、このぼやけた頭の中に難しい言葉が詰め込まれる。

それはあれか、コタツか。寒さも疲れも、全てがゆっくり溶けていき、心も身体も満たされる──まさに楽園だ。

 

そんな伝説のコタツに入った人はあまりの快適さに出てこない、コタツに入った人が誰も戻ってこないせいで、コタツを出したと呼んでくれもしない。

 

誰も戻ってこないという事実は、本当に快適すぎて戻ってこないのか、そもそも冬物を出すついでにホコリを払ったあのコタツが、じつは存在しないもので誰も確かめていないからなのか、父親は取り込まれた側だった覚えがある。

 

「君の場合は……到底、楽園等と呼べぬ辺獄、リンボだろう。罰せられる罪は証明されず、君がその命を散らしたその先は、君自身が認識できる事も無く、在るのは冷たい数字ばかり」

 

「この悪夢も所詮、その実を確かめるには不足している。夢は夢でしかなく、君の…──『箱』でさえ、真実は分からない。胡蝶の夢にしかすぎないものだ。……実態を得ない真実、夢想でしかない羨望。君の『ソレ』は箱の推測一つで解き明かせるものじゃない」

 

「だから安心したまえ、ナツキ・スバル」

 

「私はここに居て、君の実在を信じている。君が今在ることに意味を見出しているんだ、同時に幸せをね。君が何を成しても、成せなくても、失敗しても成功しても失っても手に入れても、結んだ果実に目を奪われず君を視る。君がパラドックスに苛まれようと、このありもしない胡蝶の夢に苦しめられようと、君を視ている」

 

「其れは──うん、そうだね…愛、とでも言おうか。一読者として、私は君を愛しているといって差し支えない」

 

──『愛』?

これで、顔も知らない相手から向けられる愛が以前の二倍になってしまった。幾分かこちらの方は口数が多い分、親しみやすくはあるが、そんなにも見られていてはおちおち醜態も晒せない。

 

あんな事実を、真実を知っていても、何も良い事にはならないのだ。

 

「これから先、どんな悲劇でも君は喜劇に作り替える。代償を払い続けて、君の躯で劇場を作り上げていく。そんな君にこの先の陰鬱で後味の悪い物語を伝えたところで、その物語の中の喪失も無かったことになるだろう」

 

「物語のページを捲る読者はそれが人皮装丁本であることを知らず、些細なページのシミの真実にも気が付かない」

 

「何故ならば、君が作り上げたのは他ならない───楽園だったんだ」

 

声の主はそこまで言い切ると、ため息を混ぜて長話に終止符を打つ。

ティーカップがソーサーに軽く当たる音を響かせて、質のいい椅子の足が床を擦る音を耳にした。

 

そして次に、硬いハイヒールが跳ねる音。

一歩一歩近づいてくる足音に胸の高鳴りを隠せない、それはふと思い出した一つの話が心臓を締め付けていて、

 

「ナツキ・スバル」

 

──夢の中では音が聞こえない、という事実を声の主は否定していた。

甘くささやくように名前を呼ばれる。夢の中では想像しかできず聞こえるはずのない『音』は酷く甘美なもの。

 

恐怖を上塗りするかのような心地のよさが心臓に広がる、何より、これから先に待ち受けている悪夢に対する恐怖が消える。

 

「ナツキ・スバル」

 

難しい事を沢山言われて、何が何だかよく分かったものではないけれど、その中にあったのが優しさだったから、自分の名前をもっと呼んでほしくなった。

 

確かでないことは恐ろしい、真実があやふやになって、生きているのか死んでいるのかも分からないままなのは辛い。

いつか未来で死んでしまう今の自分が、アロナが語る『切り捨てられた過去』であるのが怖い。

 

「ナツキ・スバル」

 

未来に沿って生きて、正解を選んでも失敗を選んでも変わらない。

暗闇を手探りで歩くのとはまた違う、見えない檻に囚われたままの歩み。

今までは失敗の天才だったスバルも、最早ただのでくの坊に過ぎない。

 

伸びすぎた枝は落とす、道端の小さな石ころを退かす、森羅万象思い通りになるような力があるのに────。

 

「ナツキ・スバル」

 

「──ナツキ、スバル。どうやら私は、君が描く青春の物語に……」

 

「君自身が居ないことに、どうやら耐えられないらしい」

 

どうしていつも、一番近くで鳴る悲しい音を止められやしないのだろう。

 

「さぁ、夢の続きだ」

 

「今日もまた、私は君を視ているよ。どんな姿でも、どんな結末でも、私は君のファンなんだ」

 

「見逃しなく、君を愛そう。だからね、ナツキ・スバル」

 

「──良い目覚めを祈っている。君は君だ、夢程度に惑わされないように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まる。

それはまるで──まるで、母の買い物に付き合わされた時みたいだ。めんどくさい感情と共に両足へ乳酸が運ばれ、表情筋が死んでいく。

 

「────」

 

理由があるのか無いのか、理由がありそうなふりをして、無いと思わせてあるような素振りをシロコは続けていた。

余りにも繰り返し続けるものだから、流石に帰宅時間を鑑みて───いや、ありったけの疑問と不服を込めて、

 

「何してんの??」

 

スバルは両肩を落とし、呟いた。

 

「調査」

 

「……調査」

 

「ブラックマーケットの通路」

 

「何のためにそんな」

 

「ん、勿論襲撃経路と脱出経路の為にだよ。暇なときに計画立てて考えてる」

 

健全な女子高生にしては、余りにも趣味が物騒すぎるが実際に行動に移さないと信頼はしている。銀行強盗の話になると目が本気になったりする彼女だが、どんな教育を受ければこの蛮族気質に育つんだ。

 

育ての親に一言二言、三言ぐらいいれたいが戦力比は三倍、敗北必須。

シロコが指を差して軽く頷けば、それは不吉な予感の現れだ。一体何に納得したのか、何に頷いたのか、それは彼女の頭の中のみぞ知る。

 

「その物騒なの頭ん中だけに収めといてよ!?」

 

「ん!」

 

「全く、ウチのバイオレンスプリンセス達は目が離せない…ってのにも限度があるか…。結構見回ってみたがアリウスのアの字もねぇし、そろそろ戻ろうぜ」

 

特段、敵対者が湧いて出てきた訳でも無い。

掘り出し物を見つけた場所に足を運んでも、そこはとっくに伽藍堂で、

 

《─────》

 

アロナの沈黙が、スバルと生徒達の安全を担保していた。

けれど万が一の事態があれば、迷いなくスバルは死に戻りをする。ヘイロー破壊爆弾はある種、セトやビナー等の一目で分かる脅威よりずっと悪質で、悪意しかないものだ。

 

アリウスの本拠地、トリニティ総合学園にはお礼参りするのは確定的、溜まりに溜まったツケを精算してもらう。

それにあちら側のトップである聖園ミカが加勢してくれた事もある、コチラは本当の意味でお礼参りをしにいこう。

 

「気になってたことは解決した?」

 

「解決解決、きれいさっぱり憂いもなし」

 

「ん…嘘はつかないでね。それじゃ帰────る、前に」

 

くるり一回転、後ろ手を組んで何やらスバルを羨望の目で見つめてくる。

じーっと最高に可愛い上目遣いをサービスされて、擬音語を付けるのならモジモジやツンツンが浮かぶ仕草をする理由は何か。

 

最近の諸々で女心に鋭敏になったスバルセンサーは、シロコが何かを求めていることを察知した。

その何かは、恐らくではあるが、

 

「本当に帰るの?」

 

「────」

 

───男として避けられぬ課題である。

 

不肖、ナツキ・スバルは女心に過敏だ。無論例の、過去の経験があるからとも言えるがそも、何を考え、何を求め何を嫌うのか、それら全てをパーフェクトに応える器量と度量を持ち合わせていないものにとって、女心とは高難易度マインスイーパ。

 

正解を選ぶ必要は無い、間違いを選択しなければどうにかなる。

但し───正解を選ばなければ前に永遠と進めない点は、考慮から外されているが。

 

シロコは「本当に帰るの?」と口にした、つまりは帰るにはまだ何か、足りていないものがある。

アビドスの日用品が足りなくて買い物がしたいのか?銃弾とか、銃のパーツとか、知識は無いが財布にはなれるのでそれなら安心。

 

「買いたいもの?特に無いよ」

 

詰んでしまった。突然梯子を外されて脳天から急降下。

物じゃない、となれば次はサービス。ヒナの時のように、何処か行きたい場所へと連れて行って、

 

「行きたい場所?特に無いよ」

 

──ああ、いつも通りこの世界は余りにも自分に手厳しい。

 

「…───ん、軽く散歩したいだけなのに、そんな必死にならなくて良いよ」

 

その結果、出題者に答えを言わせてしまう男の、なんと不甲斐ない事か。

答えは一つでスバルと同じ、共にいるだけで楽しめるのなら、特別な事をする必要は無い。

 

「俺って奴は…どうしていつも…」

 

「スバルも、毎日あの時みたいに察しが良かったらね」

 

「普段の俺はニブチンって事かよ!」

 

「…?そうじゃなかったの?」

 

「────」

 

何故か周知の事実として語られる事に、目尻へ涙を薄く溜めながらブラックマーケットを闊歩する。

道を飛び交う銃弾を意に介さず、治安が悪いを飛び越えた路地裏を抜けて大通りを歩き、ふと、目が吸い寄せられる代物が店舗の前に構えられていた。

 

「めっちゃ不細工なカバ」

 

「…ペロロ様って奴じゃなかったっけ、不細工なカバ呼ばわりは可哀想───ん?」

 

そしてさらに目を引いたのは、ペロロ様でも何でもなく───。

 

「あれ、もしかして……」

 

「───あ、あはは。えっと、その、お久しぶりです?」

 

奇妙な目出し帽を被った、見覚えのある少女に対してだった。

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