ツルギは基本奇声と発狂の毎日ですが、今作では状況が状況なので…心労をかけてはいけないと頑張ってます。メンタル的にはエデン条約編のミサイル直撃直後な感じです。
いつも沢山の感想と誤字脱字報告(沢山あったら駄目)、閲覧ありがとうございます〜。
「すっごくカッコよかったですよ!ナツキさん!あんな厳かで…策略家っぽくて、カッコイイ雰囲気も出せるなんて…!!」
「カッコイイを二巡したな今」
「なら私にとってのカッコイイレベルが二倍だったという事です!」
「流石は無敵のパーフェクトアイドル!物は言いよう馬鹿と鋏も使いよう、愛想に関しては百点だ!」
「関しては…って事は、他で減点とかされちゃうんですかね?」
「───自覚無し?」
宇沢レイサと出会って早二時間程度。
言葉に挟んだ皮肉も気付かず笑顔を振りまく姿はまさにアイドル、どんな過酷な状況でも明るさを保ち人に元気を分け与えられる存在に敬意を表したい。
──したい、ところなのだが、
「レイサ、あのな」
「はい」
「周りの雰囲気見てから言えるか?」
「はい…」
このスバルを中心としたどん詰まりの空気の中で、目をキラキラと輝かせながらスバルの勇姿を褒め讃えた胆力──違うな、間抜けさは言及せずにはいられない。よくぞこの雰囲気の中で明るい声を出せた、頭を撫でてあげたいが拳を作って軽く押し当てる。
「俺がやってたのは押し掛け商売なんだよ、相手がこっちを探るより前に自分のセールスポイントだけ披露しただけ。あんなのリンとアユムにボコされてもおかしくない」
「うぅ…。でもナツキさん、ツルギさんや…他の方が居る前でそんな事言っちゃって大丈夫なんです…?」
「大丈夫じゃなかったらとっくに胸ぐら掴まれてる。何もしない、つまりはツルギは許してくれてるって事……だよな」
「あっ…うぁ…はい。ナツキさんはきっと…私達和平派の為に、強者である背中を見せてくれたと思っています。頼る事、それが不安と恐怖に繋がっている私達を…ぁ…き────キェェェェェッッっ!!!? 」
「ツルギは喉に何人飼ってんの?今度開けて見てみたいな…てか恥ずかしゲージが満タンになるとそうなるのね…!?」
一旦は解散し、先んじてワカモ捕縛の為に動き始めたスバル一行。といっても人員はうってかわり、リンとアユムは和平派の避難場所で待機。その代わりに正義実現委員会の部員数名を貸し出してくれた。
ツルギは部長であることから最大戦力、部員はパッツン前髪で統一された三名。そして元々は他の部活だろうか、衣装の違う二名は───、
「空気悪くさせてたな、でも黙ってばっかじゃこれからの連携も取れないし…何より元気が湧かない。名前を聞いても?」
如何にも神様へお祈りを捧げていそうなシスター服。しかしその敬虔さが滲み出た服装は汚れ破け、補修が間に合ってない様に見える。一人はケモ耳がシスター服のフードから片方がピョコンと飛び出ていて、もう片方はシスター……──と呼んでいい服装なのか悩む。白のレオタードのインナー?
こちらもまたハスミの様な露出の多さ、トリニティに来てからというものの、常識外なシロモノが飛び出てきてばかりだ。男子高校生が受け止めきれる範疇で頼みたい。
「伊落マリーです、元々はシスターフッドという部活で活動していました」
「えっと…私も元シスターフッドで、若葉ヒナタと申します……」
「シスターフッド…修道会みたいなもんね、服装的にもそれっぽい。──純粋な質問だけど、荒事に慣れてたりする?」
「私はそこまで得意としていませんけれど…ヒナタさんの火力は、ナツキさんのご期待に沿えるものだと思います。サクラコ様からは全力でお力添えをするようにと」
おっと──新顔の名前だ、サクラコ…様付けをするということは、シスターフッドの部長だろう。それにしても正義実現委員会といい、シスターフッドといい……通常の学生では務めないような部活も、トリニティでは乱立していたとは。
宗教、修道、学生が踏み込むにしても学園が仕切るにしても、シスターフッドなんて部活の活動と起源が気になるもの。それをヅケヅケと聞きに行くのも良いが、
「うーむ…──アロナ先生!シスターフッドの色々、纏めておいて欲しいです!後で見るので」
《承知致しました。──そして既にトリニティ内のネットコミュニティへ干渉済みです、各自治区で中立状態…無抵抗な市民として留置されている場所ではネットツールの規制が行われていませんでした》
「お、おぉ…!!な、ナツキさん!もしやその携帯が噂の…!?」
「噂になってんのかは知らないけど多分噂通り、俺の相棒アロナ先生だ。ん…そうか、レイサってもしかして中立側?だから外の情報もある程度知ってんのか。俺のことも元々知って───たら、初対面あんな感じにならねぇよな」
ここに来て宇沢レイサの株価が上がる、打算マシマシに「偉いぞレイサ」と何も分かっていなそうな彼女を褒める。鎖国状態のトリニティは殆ど情報の流通が止まっている影響で、情報源が死滅している状況。
首を傾げ満足そうに目を微睡ませるレイサを見ていたら、アロナからの激しいバイブレーションを受け取り、すかさずアロナにも「偉い偉い」と返していると、更に羨ましそうな視線を受け取る。
「きひ……きひひひひぃ〜…」
「……ナツキぃ…さん…キェへへへへ…ここから先は災厄の狐のテリトリーです…気を緩めず…」
「ツルギ…そのだらけきった顔で言われても…」
「………キェェェェェェ!?!?」
「──ダメだ!これ俺がちゃんとしないとマトモなツッコミ役が居ねぇ!」
天然ボケと天然ボケ、頭を抱えて対応しつつワカモを捕縛する高難易度ミッションに絶望しそうだが、更にスバルの心を締め付けるのは先程から永遠と静かなシスターフッドの二人、そして正義実現委員会の部員三名。
冷静沈着な表情と呼ぶには、軽く恐怖の色が浮かぶ顔色。そして表情が読み取れない前髪パッツンズ。
『パヒャヒャッ!おに〜さん!』
『お兄さん、抱っこー』
──アリウス生徒の変装は、最も懸念していた事だった。ただし、現状はスバルに手を出しても求めれる利益は無い。無駄に事態の熱を強めるだけだ。
「へい!統一感たっぷりのパッツン娘達よ!」
「……?わ、私達のことですか…?」
「ああそうだ、俺ってこんな感じに適当な人間だから、適当に接してくれよ。暗い顔したまんまだと笑顔の女神様にそっぽ向かれるぜ」
「……は、はい…」
凝り固まった心を緩和させるには中々手厳しそうな反応は、顔を赤く染めて仰け反っていたツルギも目にしていた。目の焦点を正しく合わせ、肩を前に前傾姿勢、普段通りに戻ってスバルの肩に触れる。
重い息を吐きながら自らの部下、部員である三名とシスターフッドの二人へ唸るような声───つまりは普段通りの低音を出して、
「……苦労をかける…だが、今は肩の力を抜け…」
「っ、はい!」
「……お前らもだ」
「…………分かりました」
優しく部員の頭を撫でながら、強ばった顔を客人であるスバルに向けることのないように忠告する。
分かった、と返事をする伊落マリーの顔つきも、平時と比べると恐らくとても険しいものなのだろう。纏う雰囲気は儚げシスターであるからして、内紛の影響が大きく出ているといった所か。
トリニティとは本来、格式ある学園。優雅さと気品を主とし、その中で信仰を求む部活であればより高い品格を保つ必要がある。銃撃戦が当たり前の世界であるのに、争いから身を引き祈りを捧げる。内紛で求められた力と策謀とは程遠い位置に居た筈。
「……不思議と、ナツキさんの近くは安心出来るんです。ひとめ、ひと、ひとめ…──一目惚れとは、言えませんが…けヒッ…私は私の直感を信じたいというか……」
「────」
「何より、貴方は人を助ける事、救うことに慣れている。だから頼りたくなる。そう、思うのです」
「……可愛いな、ツルギは…。そっか、直感に過ぎなくても…もう俺の事信じて────」
「か、かわっ、かわわっ…」
「だからもうちょい我慢出来ない!?つーか、ちょ…!?」
我慢の限界を迎えたツルギが何処かへ走り去っていこうとするのを、全力で手を握って制止する。流石に冗談では無い、こんな危険地帯で最大戦力に逃げられてはワカモにどれだけの痛手を喰らうのか想像しただけでも恐ろしい。
しかし、逃げ出そうとしたツルギを強く引っ張った形をとったせいで、その勢いのままスバルの方へと気絶する様に倒れ込んでしまう。「ひゃ」という可愛らしいうめき声を漏らし、ツルギが沈黙すると同時───そんな最悪のタイミングで、聞きたくもない声が頭上方向からスバルへ降り注いだ。
「──あら、あらあらあら?うふふふふふふ……この世には運命、というものがあるのかもしれませんね」
「うっ…げぇ…!!」
狐の仮面を外し頭に掛け、幼い素顔を晒すワカモが獲物を見つけた笑みを建物の屋上で浮かべ、スバルを見てクスクスと嘲笑う。
「お久しゅうナツキ・スバル。あの日の屈辱は……忘れましたが、貴方の顔は覚えていますよ。小さく、煩わしい弱者がちょこまかと…。ですが騒がしさに気づいて寄ってみれば、あはは!」
「──耳障りな虫がわざわざ来てくれてありがとうございますわ、ぷちっと潰したくなるんです、鬱陶しくて」
「あのなぁワカモ!今のお前の方が全員にとってのおじゃま虫って認識なんだよこっちは!どーっちがぷちっと潰される側か教えてやるよ!」
「────」
「うふ、うふふっ…なら早速…!!」
マリーがマグナムを、ヒナタは担いでいた大きな鞄からグレネードランチャーを取り出してワカモへ狙いを定め放つ。他の射撃を邪魔しないよう、居場所を塗りつぶす爆撃を見極め、真っ直ぐにスバルの元へ跳ね飛んだ。
そんな命に関わる危機的状況───なのに、やけに心に余裕があった。『命に関わる危機的状況』を死ぬほど繰り返してきたからか、いや違う、驕りに過ぎないソレに安心を抱くことは無い。
つまりスバルに生まれた余裕の正体は、
「予想通りでありがとよッ──!!」
「…あらら」
ワカモがスバルの成長を知らない事への、絶対的なディスアドバンテージへの信頼だ。シャーレでの戦い、スバルを虫と揶揄したように集団の脆弱性だと捉えているワカモにとって、反射で避けれる程度ではあるが拳を向けられたのは予想外。
狙いは握る銃に向けて、カウンター前提で拳を置いていた為に吸い込まれるように命中する。
「戦闘の達人、ゲリラ戦の名人つっても!所詮はヒナにしっぽを巻いた弱虫だもんな…!」
「ふ、うふふ、うふふふふふふふふ…。言ってくれますわね…!!」
「──とりゃぁ!ナツキさんから離れて下さいっ!」
「ナイスだレイサ!…ツルギは起きろって!?」
地面に投げて転がしたい所だが、それはそれで何か嫌。間に挟まってくれたレイサのお陰で時間は作れたが、肝心のツルギが目を回したまま。
レイサに続いて、先程までガチガチに緊張していた部員がワカモへ突撃する。ばら撒かれる弾丸はアロナの予測を聞いて回避、ワカモは──怒りに満ちた表情かと思いきや、一瞬スバルが腕に抱く相手を見てきょとんとした表情になり笑い出す。
「は、あはははっ!そうでしたか!」
「あん…!?」
「貴方…あの下衆の手先ですね?ああそうでしたか、漸く楽しめる場が準備出来たと…うふ、うふふふふふふ…!」
面を付け直し部員達の攻撃を軽やかに適当に、面倒くさそうに躱しスタスタと背中を向けてワカモは去っていく。スバルの頭には疑問符ばかりで、何が何だか分からないが取り逃しはしないと追いかけた。
「待てっ!意味深な台詞残して去るとかコッテコテのヤツやってんじゃねぇ!」
「……はぁ、トリニティの怪物が相手では面倒が過ぎますね…。分かりました、私が集めた雑兵は解放しておくのでここは失礼します」
「───キェヘヘヘヘヘッ!!!」
「うわぉっ!?」
血液不足の様な青ざめた肌色は赤面が分かりやすく、真っ赤っかに染まった頬色のまま飛び跳ね起きたツルギが、両手に握ったショットガンをワカモの頭へと振り下ろす。その俊敏さは──まさかヒナやホシノに見劣りせず、まだこの世界にあのレベルの実力者が居たとは。
そしてワカモを押しつぶさんと剛力でゴリ押し始め、ツルギのショットガンが徐々にワカモのライフルへめり込んでいく。
「チッ…!」
何トンもの重りが勢いを付けて殴りかかっているようなものなのか、ワカモが踏み締めるアスファルトの地面へ亀裂が入った。ツルギは片手、ワカモも両手で受け止めているが……その膂力の差は歴然。
ツルギ自身、腕がミシミシと唸りを上げているのがスバルに聞こえる程に無茶をしている筈が「きひゃひゃひゃひゃ!」とだけ叫び苦痛を見せない。
「……はぁ…」
「潰れろォ!!」
「聞きなさい、──────────。分かりましたか?」
「────」
「ここで争っても大切な時間には間に合いませんよ?」
「──────お前」
「うふふ!それでは失礼」
ツルギの目の前に──ワカモが取り出した閃光弾が浮かび上がる。尻尾を使い放り投げたのか、動きの止まったツルギに直撃しその場の全員は視界を失う。面を付けたワカモ一人が自由に動ける中で、建物の間を縫って街の闇へと消えていき、
「くっそ…やっぱ捕まえんの無理だろ!アイツお得意の領域でも何でもないのに…!」
「…………ご、ごめんなさいナツキさん。私がしくじりました…最初から戦闘に参加していれば捕らえられた筈です。ナ、ナツキさんは…何処かお怪我は…?」
「ん、大丈夫。ちょいと心得があったから無傷のノープロブレムだ。…俺よりツルギだろ、腕ミシミシ言ってたし」
腕を見せろと顎でツルギを呼ぶ、表面上無事であれ骨の軋むような音を出しておいて心配しない訳にもいかない。すると腕を引かれ逃げられ、何とも心外な、親切心を突き放された気になってツルギの顔を見つめる。
「大丈夫です!もう治りました!!」
「……ほんとかよ…。まぁそう言うなら……レイサ!守ってくれてありがとな、ほらハイタッチ!」
「イエーイ!ちゃんと護衛としての任務は果たしますとも!この宇沢レイサにお任せ下さい!…捕まえるのは専門外かもしれませんが…」
「パッツンズもマリーもヒナタも、ほらハイタッチだ。失敗は成功の母、次ワカモとエンカウントしたら捕まえるぞ」
「ぁ…っ…は、ハイタッチ…」
「……あー、男の下心が見えると気持ち悪いよなっ!?ごめん、俺が悪かった、さぁ追いかけようぜ!」
──何故、ビクビクと怯えてしまっているのか。
交友の為に差し出した手に怯える、スバルの笑顔と真摯な想いが届かないのはまだ会ってばかりなのも理由だろう。だがしかし、何故怯える?
怯える原因は何だ、恐れる要因は何だ。人の心に巣食う病なら散々アビドスで目にしてきた、トリニティに来たからと言って同じ失敗をしてなるものか。恐怖の感情を抱くにはそれ相応の、本人が感じる以上の根底にトラウマとして刻まれているんだ。
「………」
人と人との交じりあい、行き着く先は無関心が相場。スバルに対しての好感度ゲージが下がりきって諦めの境地に辿り着く前に、
「やっぱりハイタッチしよう、そうしよう」
「え……」
今日増えたアピールポイントを、セールストークで売り捌いてやる。
■
──貴方は、隣人を信じれますか。
「……」
──貴方は、友人を信じれますか。
「………」
──貴方は、親友を信じれますか。
「……─」
──貴方は、他人を信じることができますか?
「─────」
──刻々と時間が過ぎる、時間の流れは身体を連れ去っていくけれど、思考はそこに置き去りで、泳いでついていかなくてはならない。
冷たい水の中を必死に、勝手に大きくなる身体について行く為に泳ぐ。その冷たさは鮮烈で、強烈で、苦痛を伴うものだ。
「………」
『今でも、綺麗な記憶を覚えていますか?』
『美しい記憶を、華やかな記憶を、幸福な記憶を』
『残したいと思える、素敵な記憶を』
「……ええ、遺したいものは、ちゃんと」
貴重な紅茶の香りを十分にたたせ、楽しむ。
芳醇で、濃厚で、用意出来る最低限の品である筈がトリニティの外の高級品より一歩上をゆくものだと感じる。これは元友人の嗜好品だった。
「必要なものだけを」
「欲しかった記憶だけ、ここに」
手を胸に置く。
記憶が埋まる場所は頭だ、決して胸……心臓では無い。けれど心に向けて指先を向けて示めす。
『私は!もうこれ以上悲しむ人が見たくないんです!』
「分かっています」
『──見捨てて。それが一番良いから』
「分かっていますよ、言われずとも」
『どうして!?どうして、諦めたの……!?』
「分からなくてもいいんです。現実は悲しいものですから」
独り言の後味を紅茶で流す。
独り言の痛みを紅茶で押し流す。
「現実は、悲しいものなんです」
「辛くて哀しくて、終わりのない地獄」
『アンタは一回、私達に本音を話せばいいの!それだけ!』
「……………」
「───」
本音。
本音とは、何か。本音とは一体何であるのか。
本音とは、他者からは証明不可能なモノだ。本心を話す上で求められる建前の、仮初の、虚栄である自分がそこに居て、本音とは、自分が吐き出した言葉を真実だと信じてくれる対象が居て初めて形を持つ。
「……あらあら」
「ハナコさん!皆さんは…?」
「行かれましたよ」
「そうでしたか…私もご挨拶をしたかったのに…」
──酷く歪だ。自分だけの言葉であり感情である筈が、他者に発露しようとすると影の中に隠れてしまう。そして一人だけの独白で、自分の真意を形作ろうとしてもたった一人、自分だけの想いしか存在しない本音は誰にも認識されることはない。
──自分以外に認識されないモノは、自分だけしか認識出来ないモノは、この世に存在しないモノと同じ。
人と人の交わり、その『本質』を理解してしまった時、心は病気に掛かってしまう。些細な日常に意味は見出だせず、他者の声は次第に脳に届かなくなっていき、人の吐く言葉が全て虚ろに聞こえ、人の想いの交換であるコミュニケーションは本当に滑稽なモノに映る。最期までそれは続く。
予防する方法はただ一つ、無知である事。
治す方法は無い、一度知ってしまえばその病は治らない。
「どうかこれで…全ての悲しみを終わらせられると良いのですが」
「大丈夫ですよサクラコさん。あの方達なら、成すべき事を成せる」
つまり──本音とは実在しない幻である。
そう結論付けた時、誰も首を縦には振らなかった。ならば証明出来ないものをどうやって証明するのか聞いた時に、返ってきた返事は『考えすぎ』でした。
「計画を始動させましょう。この戦いは──私達の勝利で終わらせる」
知識が、賢さが原罪とされた理由も分かる。知恵とは枷、『理解』とは罰だ。数学や物理学、紙の上で全てを証明できるモノはまだ良い、でも知恵によって産まれた『心』は、この世のあらゆる問題より難題である。
ミレニアムの千年難題でも、答えは用意されている。けれど『心理』は答えがない、答えを証明出来ない。本音はどうやっても解釈の道を通って生れ落ちてしまう。
即ち──怖い。
本音は、怖いものだ。本音とは、恐ろしいものだ。
とある場所に産まれた『智者』は、その恐怖に呑まれてしまった。自分の知恵に縋る者達に怯えてしまった。心があるというのなら互いに理解するべきなのだと主張しても通じない『獣』を見て、失望してしまった。
本音とは──壁だ。
本音とは──病だ。
本音とは──心だ。
本音とは、些細なモノだった。
食事をする時も、勉強を教える時も、本を読み合う時も。毎日毎日、生きているだけで生まれる些細な本音。ソレを積み重ねているのが、自分だけなのかもしれない事に、泣きそうになる。
「聖園ミカの打倒無くして、トリニティに平和はもたらされない…。ハナコさんが仰っていたあの言葉を、今更ながら実感します」
本音は一人、独り孤独なものでした。
怖かったのです、ひたすらに。
恐ろしかったのです、全てが。
理解出来なかったのです、理解しようとしない人達を。
だから縋るしかないのです、本音が本音であると証明できない事実から目を背けて、偽物の自分を自分であると信じて、胸に秘めた想いは全て、元々無かった事にして。
貴方の言葉が、本当に温かいものであると、そんな幻に妄想に虚言に虚構に、縋るしかないのです。
「トリニティがアリウスの手中に堕ちた今、トリニティ自体を犠牲にしても、これより先には行かせません」
貴方がくれた言葉は本心でしたか。食事に誘ってくれた想いに邪さはありましたか。助けを求める声に差し伸べた手で、笑う口元を抑えていませんでしたか。笑顔を共有して、喜怒哀楽を伝え合う私達は、良き友人でありましたか。
『ハナコさん』
ああ、きっとそうではないのでしょう。きっと、そんな残酷な真実はどこにも存在しないのでしょう。
『私は、私達は何があってもみんなで乗り越えたいんです。この……』
『───補習授業部のみんなで』
「……」
「主が作りし世界の模造がかくも不完全で、悲惨で崩壊する儚いものであるからこそ、主の世界の様に完成へと向けて歩くしかない。我々はまだその旅路の途中です」
「目指しましょう。ハナコさん、私達が辿り着く楽園へと」
「──シスターフッドの長、歌住サクラコとして…その旅路を祝福します」
幾つもの声があった。聞こえなくなった声もあって、逆にずっと傍で聞いてきた言葉もあった。遺したいものを選べる人生でした、捨てたいものを選べる人生で、幸せでした。
皆さんも隣を見てください、隣人の顔を思い浮かべてください。友人の、親友の、大切な相手の笑顔を。
もしも、笑顔に笑顔で返す理由が罪悪感であるのなら、笑顔を笑顔で返す理由が建前なら、笑顔は笑顔で返す理由が自分を守る為であるのなら、理解できると思いますよ、いつか、
この───求めるもの以外の全てを、削ぎ落とす想いが。