Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『芥と消える星屑よ』

 

───自分が、どんな存在なのかを考えたことはありますか?

 

 

考えたことも無い、それも一つの答えでしょう。勉学に努め、部活を謳歌し、享受すべき学園の恩恵にあやかる。その過程の中で自己証明は自ずとされるものです。

 

規格に加わり、友人関係と社会的な立ち位置から私達は自分を見つけます。自分の形以外の全てを知れば、自分の姿も理解できる。

 

…。

 

ふふっ。ええ、そうですね。

 

シスターフッドでのマリーさん。そして私生活でのマリーさん、学園内活動でのマリーさん。周囲を知ることで自分を知るというのなら、自分が周囲に与える影響で『自分自身』を定義できるとも言えますね。

 

 

────マリーさんは、自分自身がどんな人間なのかを考えたことはありますか?

 

 

何故同じ問いを聞くのか、いいえマリーさん。

私は決して『同じ質問』をしていません、周囲を以て自身を理解することと、自分へ自分の存在意義を問う事。それは有で無を知り、無で無を包み込む事。

 

……。

 

古則の楽園、その物語を私なりに曲解したものです。

楽園の証明は有を以て証明できる、全ての物事が解明された時、底に残った空白が楽園だと自然に証明される。

 

けれど楽園への侵入者は、楽園への無知を以てその代価を支払う事になる。

空白の中に居るものが、どうやって『空白』を知ることができるのか。

 

古則は、証明不可能なモノをどう証明するのかを。

私は、楽園は空白により証明できると定義し、逆に楽園内の存在がどの様に楽園の中にいるか証明できるのかを。

 

……ふふっ。

例え話をしましょう、マリーさん。

 

もし、仮に、私達がそんな楽園に囚われた哀れな住人だとして。

 

 

────その楽園の中で、自分の存在を証明できますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無所属の生徒を受け入れ、全面的な中立を保つ『スバル派』…」

 

「はい。今の状況で全く新しい第三陣営を作る利点は確かにあります、が、現在のナツキさんの立場を踏まえると不可能です」

 

思いついて数秒、その思考への返答は眉間にしわを寄せての否定となった。

何も難しい話ではない。形式上だけ、の『だけ』が沈黙した火薬庫のような戦況とあまりにも相性が悪いのだ。

 

戦果の火種が収まらない中、新たな派閥の成立は幾らでも邪推と鬱憤の晴らし場所に使える。手持無沙汰にサンドバッグ──まさに『都合のいい案山子』。名を借りてもいい、名を騙ってもいい、利用できるだけ利用し尽くせる。

 

「不可能だとは…思うんですけれど…────」

 

「む、むむ。その様子ですと!マリーさんには何か解決法がおありなんじゃないですか!」

 

「………」

 

言いよどむ姿にクエスチョン、真っ先に否定の姿勢を取った相手がいの一番に解決法を思いついていた、とは考えづらいが、

 

「──可能性はあります」

 

「ある…のね、この場合、あるって言われた方が嫌な予感すんだけど」

 

避けられようのない批判と障害は、この身で全て引き受けようと思っていた。一つの可能性として、連邦生徒会の名声…そしてナツキ・スバルとしての経歴が味方するやもと思いもした。

 

持ちうる手札を眺めても、冷めることの無いアツアツの珈琲を飲み干せるには相応の覚悟が必要だと。その覚悟が必要無くなる程の案に期待を寄せつつ、口の端の筋肉を固める。

 

「……選択の機会があるというだけです、ハナコさん、ミカ様のお二方が用意した答案用紙に、名を書き連ねるようなもの。私達にできるのは、名前を書くか書かないか…」

 

「───。サクラコ様とあの方は、この事態を事前に予測していた?」

 

「…サクラコ様?」

 

「っ、いえ…何も」

 

麗しい表情がどんどんと濁っていくのに耐えきれず口をはさむ。痛ましい表情なんて見慣れたくないが、身内、とも呼べる相手に疑心を向ける顔は見るだけで分かってしまう。

 

認めよう。最早何かしらの策謀、策略があると分かりながら、暖炉の火に飛び込むような真似しかできない立場であるのだと、

 

「恐らく、暗黙の了解がお二方の間に打ち立てられています。この内戦の終結は、外部の力を借りる事でしか辿り着けないものです」

 

「避難民を受け入れる完全な中立陣営……この存在は逆に、手を出してしまえば『停戦の意思』の欠如を示すことができると思います」

 

───意思の欠如か。

超えてはならない一線、終わらない地獄を続けさせたいと公衆の面前で言えるはずが無い。なら、公衆の面前で活動しようという話。

 

「俺はなんつーか、暗躍…ってのに疎いけどさ、そこら辺も手だしゼロ!って確証があるわけじゃない」

 

「懸念点はそこです。けれど、ナツキさん」

 

「──ミカ様は、停戦を目標として貴方をここへ歩ませました。そしてあの方はそれを受け取り、派閥成立の障害となる七囚人の排除を停戦の条件に」

 

「……ああ、そう言われると確かに」

 

そう、確かにこれは『答案用紙』だ。

スバルがどのように事態を収め、そして裏の事情を踏まえ現状を変えていくのか。その全てが既に記入済みの試験問題のように感じとれる。

 

自然と、いつの間にか体は瞼の内の暗闇を見つめ、瞑想し脳を冷却し始めた。難しい事を考えるスペックは無い故にこの冷却は無駄にもほどがあるが、暗闇の中での自問自答は効果抜群。

 

「それでも、前に進もう」

 

「マリー、進むしかねぇ。一歩前が暗闇でも、それ以外にできることは無い。ヒーローも英雄も、情けない背中を見せたことは無いんだ」

 

「それにさ。間違ったことをしてる奴の背に、本気でついていきたいなんて思う奴は居ねぇ。居たとしても個人的な理由だろうし、その点でも俺らは『正しい』って気持ちを語れる背中をみせたい」

 

「答案用紙?どうぞご自由に、でもその赤ペンで付けた花丸に誘われて、俺らが人気ナンバーワンになっちまおうぜ!和平派も強硬派も、全取りだ…!」

 

「────」

 

「………その、ナツキさん。元気があるのはいい事なんですが…」

 

「ん?」

 

「あ!そうですよナツキさん!私達以外の皆さん全員、とっくに和平派なんですから…!この話は、私とナツキさんで内密にしませんと!」

 

決め顔を晒してからの衝撃の事実、レイサを除いてこの場の全員既に別派に所属済みであった。ぷりぷりと顔を膨らませて、スバルの愚鈍さを指摘するレイサの大声は見事広報塔として役目の発揮しきっている。

 

頼りのツルギも和平派、トリニティ学園に所属する生徒で唯一看板娘を任せられるのがレイサのみ。旗印がナツキ・スバルといえどチラシの売り上げは芳しくないのが想像に容易い。

 

それに────連邦生徒会の二人を和平派の本拠地に置き去りにしている状況で、このようなことを話すのは悪手か、どうか、

 

「へ、へへっ、マリーもヒナタも告げ口だなんてわるーいことは……」

 

「えっと、その、しますね…。ナツキさんの行動、その活動報告は義務付けられているので…」

 

「やらかしたぁッ───!?ご、ご慈悲を!ご慈悲を下さいませ!?」

 

悪手の極みを披露してしまったスバルの、下がり切った頭に向けて、軽い息と共に漏れ出した笑い声ともとれる音が聞こえる。ぷふっ、と、普段は上品さに満ちている人間の、あまり笑い慣れてない喉から聞こえるモノ。

 

それは嘲笑の類ではなく、張り詰めた緊張の糸が緩まった音にも聞こえた。

 

「────」

 

「大丈夫ですよ、ナツキさん。決して悪意を持った提案でないというのは理解していますし、そう報告します」

 

「災厄の狐が去った今、漸くこの長い争いは終わりを迎えようとしている…。それは他ならない、ナツキさんの影響でもあり、私達和平派の、シスターフッドの目指した道です」

 

「だからこそ……。誓ってください、ナツキさん」

 

「私たちは、無益な争いや傷つけ合う事での主張を…少しだけ、心苦しく思える親愛な隣人であると。苦痛を、恐怖を、誰とも隣り合わせの世界で振りまくことのない存在であると…誓ってください」

 

「ああ、誓う」

 

「──ナツキ・スバルって奴は、ここまでずっと期待に応え続けてきたんだ。願いを、想いを、誓いを託してきた。今更俺は『俺』を裏切らない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お話を、しませんか?」

 

湯水の如く流れる文字が映る端末を片手に、出張先での業務を果たすリンとアユムに、その手元を止めさせる麗らかな声が届く。

 

声を掛けたのは──和平派の指揮官権を有し、強硬派との絶望的な戦力差をこの拮抗状態へと導いた軍師、浦和ハナコ。

 

「……見ての通り、我々はここへトリニティ内の紛争における戦後処理の為に足を運びました。どのような内容の『お話』であれ、会話内容は記録させてもらうとだけ」

 

「うふふっ、素っ気ありませんね…」

 

「アユム調停室長に対しても同じです、ご理解頂けますか」

 

リンの突き放す様な態度は、公然として連邦生徒会の立場を表す為。ナツキ・スバルと連邦生徒会の距離は遠いものであり、連邦生徒会へのアプローチはナツキ・スバルに影響しないことを示す。

 

逆もまた然り、傍観者としてトリニティの地に立てなければ彼女の役回りは務まらない。

 

「…リンさんアユムさんにとって、今のトリニティ学園はどのように映っていますか?外交的な意図はありません、ご自由にお考え下さい」

 

「そして、その考えは口にせず」

 

「………」

 

人差し指を唇に重ね、妖艶な目つきがリンとアユムを捉える。

二人の頭の中で想像されたのは、『無秩序』という単語だ。学園が、学園としての役割を放棄し愚行を続けている様は、言うなれば管理者の責任、そして能力不足。

 

『学園』という規格は生徒を保護し、そして秩序の中で生活を享受させられるだけの力を持った枠組みであるべきである。という基本的な考え。

 

アユムは今でも尚、表面的なやり取りを和平派と強硬派が行えることに、トリニティ学園に染み付いた秩序への意識を感じる。これがゲヘナであれば一方が壊滅するまで終わらない大規模な争いになっていた事だろう。

 

手元は動かしつつ思考にふける両者へ、ハナコはコテン、と首を傾け、

 

「……うふふっ」

 

「私は────今の所、とても自由、だと感じました」

 

「…自由?」

 

──思考を邪魔するのは、ニュアンスの違う『自由』。

 

「贅沢だったと理解したんです、学園は学園でも一つ地域が違えば銃撃戦や暴力が当たり前で…。それにトリニティが重んじてる伝統や気品、なんていったものも存在しません」

 

「その枠組みから、どのような形であれ解き放たれたのであれば…それは、『自由』と言える、そう思いませんか?」

 

「………」

 

「ええ、まぁ、色々と誤解を生みかねない発言です。けれど、こういった体験をするのは初めてで…───新鮮に感じたというだけです」

 

浦和ハナコが愉悦に満ちながら言い放つそれは、余りにも実の無い言葉だった。

 

ここに非武装で訪れたのも、参謀という立場でありながら護衛を付けていないのもそうだが、彼女は余りにも楽観的過ぎた。

 

この状況を、この渦中を作った要因ともいえる本人が言葉にしていい軽さではない。何はどうあれ、和平派であれ、一軍団の長であるというのなら、この狂騒に加わった全員を軽んじる発言をするべきでは、いやそもそも記録すると言いつけた上で話すなら、それは、それは────。

 

「リンさん、作業の手が止まってしまわれていますよ?…───安心してください、そのように深く考えずとも…私は、思ったことを話しているだけ、ですから」

 

「きっと、聖園ミカ…彼女も同じ思いだと考えているんです。トリニティ学園はこの紛争にたった数週間で適応しました。ナギサさんも、開戦以前から荒事には慣れていたようですし……」

 

「案外、周りの事を気にしなかったら、争う皆さんの未来の記憶ではこの紛争も」

 

「───青春の物語(ブルーアーカイブ)になるのかも、しれませんね?」

 

「………」

 

「……」

 

「私達のいる避難所まで足を運んで話したいことがそれだけなら、部外者である私達に話すべきことではない、これ以上の会話は不要です。業務に集中させてもらいます」

 

「業務に集中…───できそうには、ないみたいですよ?」

 

ハナコの目配せの方向へと顔を向け、数秒脳回路をショートさせてから天を仰ぎ、血流の滞った目元をぐりぐりと指圧する。

 

「はぁ」

 

「ま、また大変なことになりそうな予感が…!」

 

「おーーーーい!!リンちゃん!アユム!ちょっと話があるんだけどお時間よろしくて────!?」

 

破天荒の具現化、制御不可能の化身ナツキ・スバルがまるで親に満足の行く点数をもらったテスト用紙を披露するような面持ちで、主人を見つけた犬のように走ってくる姿を視野に入れるだけでため息が出る。

 

胃痛のタネ、仕事が増える原因。

 

ただ────浦和ハナコが醸し出す、他者を飲み込む暗闇のような雰囲気から逃れられたのは、間違いなく彼のお陰だ。

 

「………」

 

「安心した?彼が、来てくれたことに…?」

 

「……────」

 

「あらあら、それはきっと恋───」

 

「違います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええ、構いません』

 

『マジでか』

 

『おおマジです♡』

 

『災厄の狐の撃退、避難民の保護、強硬派の印象を持たれているレイサさんとの協力での和平派地域での問題解決……』

 

『──強硬派、和平派の繋ぐかけ橋、この愚かな争いの締結を以てスバル派の樹立を認めましょう。マリーさんヒナタさん、サクラコさんへ通達を、『エデン条約』への道筋が立ったと』

 

『聖園さんの提案も飲みます。これから学園へお戻りになるんでしょう?ご一緒させてください♡』

 

───展開は、スバルの予想していたものより更に早く、迅速に進むことになった。

 

電報を受け取った強硬派からも、浦和ハナコの学園立ち入りが許可される。不安要素である独立した武力組織アリウスは一時的に退陣し、浦和ハナコ聖園ミカ両者の対談の場が設けられた。

 

「対談は明日の朝から…か」

 

諸々の都合故、スバルは薄い敷き毛布を被って一夜を避難所で過ごすことに。リンとアユムは明言された『エデン条約』の為、D.U区間へ帰還。

アコの依頼、その達成の目途がついたと一報を送り、寝床に潜り込んだ今。

 

いつの間にか、レイサが隣へ座り、眠たげな眼をこすってあくびをする。就寝時間の訪れとともに、心地の良かった焚火の炎が弾ける音が消える。

 

街の光が無い現状、その原始的な光が消えれば一寸先も見えない闇が避難所を満たす。それは人間の根底、原初の恐怖。じっとしているだけで叫び声をあげてしまいそうな暗闇の中、皆、静かに眠り始めた。

 

「………」

 

頼りになる明かりは携帯、もといアロナぐらい。

 

「レイサ、寝とかないと」

 

「うぅ~ん……ダメですよぉ…私はナツキさんの護衛なんですから…」

 

「んでも、明日の方が忙しそうだぜ?目指せ世界平和、決戦は目前だって時に寝不足でリタイアしたか無いだろ?」

 

「なら、ナツキさんも早く寝ないとですね…」

 

「俺は…俺は俺、レイサはレイサ。早く寝ないとお化けが出るぞ~」

 

でももへちまも無いといったスバルに、不服ながらも眠気に抗えないレイサが肩を預けてくる。───非常に小柄でありながら、天真爛漫を体現する彼女も流石に今日は疲れたか。

 

元々どんな事をしていたんだろう、元々どんな生徒と友達で、どんな学園生活をしていたのか、タコができるぐらい銃を握り締めなくても、青春を謳歌できたはずの少女達。

 

「……」

 

そんなリアルと反比例する、空虚さに満ちたあの二人。

 

『浦和ハナコに、私は心を見出せません』

 

リンが去り際に放った、スバルへの警告ともいえる一文。

人個人の空虚は、正直な所向き合うしかない。どんな心の闇も、苦痛も、いつかは向き合うしかない自分だけの試練だ。

 

しかし、数多の責任を背負う役を持つ者は、その虚無をうまく操らねばならない。それを漏らしてしまう浦和ハナコ聖園ミカどちらも、本来人の上に立てるような存在ではない。

 

批判というより批評、アビドスを通じて感じた『生徒』という枠組みの限界だ。

人の上に人を作らず、同じ目線で生きるはずの生徒同士、身の丈というものがある。

 

身の程を知らねば自ずと潰れていく、ヒナはそのバランスが絶妙で、ホシノははき違えた。程を知るとはそういうこと。

 

「───」

 

感じてはいけない『空虚』。それがスバルの思う破滅へのトリガーでない事を願う。

 

結局、ホシノのような全てを破壊し尽くさんとする恐ろしい暴走は、過去の文献を漁っても別例が出てこなかった。何が原因だ、何が要因だ、ただの感情の高ぶり?『神秘』の影響?

 

臨界状態の核発電機のようなキヴォトスで、更にその中心のトリニティ学園で、如何に安定と平和を望めるのか。眠りに落ちて、寝相で転がった先に破滅ボタンが用意されているかもしれない。

 

どれだけアリウスを警戒していても、一切の関連が無い所から大爆発、

 

「そういうのも、覚悟しなきゃなんねぇってのは…無理だ」

 

身構えているときに不幸は訪れない、いつもそうだが。

受け入れる準備はある、そんなものが訪れた後の覚悟は幾らでもできる。

 

がしかし、不幸よばっちこい、なんて身体が裂けても言えるものか。

 

「────」

 

今はただ、黒服が断言していた『キヴォトス最高の神秘』であったことがあの特殊な暴走の原因だったと願うばかり。

 

「……ナツキ…さんは…」

 

「ん…?」

 

「いますか…?」

 

「───?」

 

「ライバル…」

 

「────??」

 

うとうととした声が、眠り歌として奏でられる。

ライバル、まぁ、強いて言えば自分自身。

 

「私、ずっと会いたい人がいるんです…」

 

「ふぅん。そいつがライバル?」

 

「はい…」

 

レイサのライバルか、この子のライバルとなればそれはもう、考えただけで胸やけがしてきた。多分宇沢レイサ二倍バージョンとかになる、おおう怖い。

 

「いつか、絶対、もう一度顔を合わせて勝負を……そうしたら…────」

 

「きっと、分かり合える筈なんです。ヒーローとして、一緒にみんなを救える筈で…」

 

「会えさえすれば、きっと…」

 

続く言葉は無く、口は閉ざされる。

僅かに目元へ残された水滴の中に、何が込められているのだろう。

 

「────」

 

「会えさえすれば…か」

 

世界で一番簡単で、世界で一番難しい解決法。

───ホシノが、ユメにもう一度会えさえすれば、スバルが居なくとも全て綺麗に収まったかもしれない。

 

会えさえすれば、顔を合わせさえすれば、腹を割って言葉を交わせあえさえすれば。

 

それでいいなら、この世には後悔なんて言葉は産まれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───うん、いいよ!全面降伏☆』

 

『あらあら…ありがとうございます、聖園さん』

 

───これでいいのか、と思った。

 

───これで終わりなのか、と心配になった。

 

『そんな不思議そうな顔をしなくてもさ、大丈夫だよ。やることはやって、君は役目を果たしてくれたし!』

 

『うふふっ、ええ、はい。私としてもこれ以上トリニティ学園をこの状態のまま長引かせるのは許されないと思ったんです』

 

───何もない事を願った、叶っただけだ。

 

───何もできないことを呪った、何かを成せるようには成った。

 

『アリウスの解体?いいよ、私としても最近目に余ることが増えちゃったし。組織は解体して権限はシスターフッドにでも移譲しとこっかな?』

 

───なのに。

 

ねばりけのある唾が、喉を這いずり落ちていく。

 

 

 

 

「───」

 

 

 

 

対談は終わり、身一つになったスバルの元へレイサが駆け寄ってきた。

黄昏て、遠く何処かを見つめる様子に、万事解決となった現状を重ね不思議そうに、

 

「何か、まだ心配なことがあるんですか…?」

 

「───。模範解答に、花丸」

 

「…?今なんて──」

 

「白紙で提出した問題用紙に、花丸がついてきた」

 

「な、なんですかそれ。ひっかけ問題とかじゃ…ないですよね」

 

マリーの言葉を思い出し、そしてそれでも前に進むしかないと返した自分の姿を思い返す。ああ。そうだ。胸を張るしかない。

 

この選択がどの様な結果であれ、前を向いて走る者として後退は出来ない。

ただ──なんだか、走ってる最中に走り方を忘れた様な、

 

「───」

 

「…ナツキさん」

 

未だ茫然自失にトリニティ学園の噴水で佇むスバルの手を、レイサの手が包む。その行いは、この一連の騒動に数日とはいえ尽力し解決に導いたものへの賛辞であり、労いだ。

 

少なくとも今彼が浮かべている表情を、するべきではないものとしてやわらげさせようとしている。

 

「いやぁ~お疲れ様っす。ナツキさん」

 

「───イチカ」

 

「どうしたんすか、辛気臭い顔をして…。私達としても、漸く内戦が終わるってみんな元気にはしゃいでる所っすよ」

 

「…でもさ、こんな争いになったエデン条約の締結を進める方向性で決めちまってんだ。どっかしら不満は出てくるもんじゃない?」

 

強硬派の、全面降伏。

それが示すところは、エデン条約の可決。

 

これだけ争っておいて、これだけ苦しい思いをして、それでいいのかと思う事は別におかしくない。内紛を肯定したわけでは無く、それでいいんですか、と。

 

「うーん、そうっすねぇ…。皆さんこういう事は初めてだったんで、正直どっちの意見が勝つとかより、疲れちゃって一秒でも早く終われればそれでいいって感じっす」

 

「初めて…───慣れとかそういう問題でも無い気がすんだけど」

 

「実際問題、もう以前のトリニティに戻りつつありますし、派閥で言い争ってた人も仲良くしてますし、何より不満のタネでもあったアリウス親衛隊は解体される噂もあるしで、ごちゃごちゃしてる間に今までの事を忘れようと必死なんです」

 

「隠して、消して、忘れてしまえば────何も起きなかったのと、同じですから」

 

「……」

 

「忘れちゃいけない後悔ってのも、あるだろ」

 

「ははっ、それもそうっすね。まぁここらで私はお暇します、久しぶりに再会する部員と感動のハグでもしてこようかな?なんて」

 

「────」

 

「率直に、素直にいきましょうよナツキさん。経験したからこそ言えますけど、疑うのは疲れるっすよ」

 

────そう、かも、しれない。

人を一つも疑わない事、在ることをそのまま信じ切る事。それらは愚行であり善であり悪でもある。そして疑いすぎる事と何も信じないことは同等に愚かしい。

 

何でもかんでもひねくれた受け取り方をして、真っすぐな善意を疑っては本末転倒。お代官に差し入れられる茶菓子の裏に、いつも小判が潜んでいると考えるのは、時代劇くらいのもの。

 

 

大丈夫、大丈夫だ。イチカの言う通り、最早疲れ切ってしまったんだ。

 

 

そう言い聞かせながら連邦生徒会の迎えの車へ乗りこんで────本当に何もない、何も起きないままナツキ・スバルのトリニティ学園見学は終わりを迎える。

 

 

 

 

 

───残る試練は、エデン条約のみ。

 

 






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