Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『奔走する流れ星』

 

───エデン条約調印式まで、残り五時間。

 

時刻は八時、先んじて調印式の場に運んでもらい、壮大な飾りつけが施された聖堂の中で長椅子へ腰かけた。華やかな祭典らしく、日本では見れないような巨大な聖堂のステンドグラスも相まって、現実味が無い。

 

トリニティ学園の歴史は長く、その根幹には三位一体論による神への信仰が根深く残っている形跡がある。シスターフッドは今や部活の一つとなってしまったが、本来であれば清浄な信仰心を現す聖域だ。組織の名残は、三派閥が台頭した頃それぞれに分散していった。

 

それ故に、どの派閥もシスターフッドは不可侵領域。この場所だけでなく、所縁のある地域や建物は火薬と暴力から遠ざけられた。──今日、この日までは。

 

 

「────」

 

「あ、あのっ。ナツキ・スバルさん…」

 

呆然と、ステンドグラスを眺めるナツキ・スバル。虹色の光に照らされて、儚く憂鬱がる顔は、巡回警備中の生徒を呼び寄せる。

 

呼ばれ、そして振り向けば学園混合の人波が押し迫ってきた。見知った顔はおらず、真摯に祈りを捧げ静寂と共に邪心を排するこの場所には似つかわしくない騒ぎ声に、軽く頭を悩ませていると、

 

「────お前ら」

 

「ひっ、ツ、ツルギ先輩っ…」

 

モーゼの海割りのように、生徒の群れを割って入ってきたのは正義実現委員会部長、剣先ツルギ。視線だけで射殺せる圧を放つ彼女の登場で、スバルの顔は喜びに満ち溢れる。

一部のゲヘナ生徒も蜘蛛の子を散らして巡回へ戻り、ツルギは幽鬼の如くスバルの前へゆらりと立った。

 

「ツルギ…!良かった会いたかったんだよ。丁度今、世界で一番」

 

「えっ…。うっ……その、そう、でしたか…──世界で一番!?!?」

 

「ステイステイ」

 

顔を赤く染め逃走しようとするので逃げ道を塞ぎ、手を繋いで大聖堂の奥へと連れていく。

誰もいない裏方で息が触れ合う距離、今にも籠った熱で爆発しそうなツルギの顔を見つめ耳元で秘密をささやく準備。想定してある敵対者達と張り合うには現状マンパワー不足。

 

飛車角落ち、と言ったところか。強がりを見せるのであれば───これで同等。懇切丁寧におもてなしを用意してくれた黒幕達から手渡された詰み状況のチェスボード、舞台の上の主役を任されてから無様に降参させる、なんて趣味の悪い奴らに負けるものか。

 

「───ツルギ」

 

「ひゃっ…」

 

「ツルギ、もしこの先何があっても俺の事を信頼できる?」

 

「えぁ、は、はいっ!!」

 

「照れ抜きで頼む、俺の『何があっても』は、『何もかも』だ。例えば」

 

「……イチカと、戦う事になっても…とか」

 

「────」

 

火照る顔を向け笑顔を浮かべていたツルギの頬が、すっと波を引くように冷める。いつものように伏し目がちで、隈が目立つ現実的な意味の血の気の引いた顔を取り戻し、

 

「──。二度……私の拳を…銃口を彼女には…向けられません。たった一度で、私は守るべき大切な後輩の顔を苦痛に歪めてしまった…」

 

「────あの日、あの瞬間……私はリーダーとして正しい事をして、友として間違えた。行動の是非を今更口にするつもりはありません……。けれど…」

 

「……ナツキさんが、言わんとすること、心中お、お察し致します…。昨晩のトリニティは、もう私の知っている世界ではなくなっていた。けれどもし、ナツキさんが私に、他の生徒たちに、守るべきもの達に同じ顔をさせることを願うのであれば……」

 

「………だとしても、同じ判決を下しましょう。ご、ご自由に、ご不安を……お話しいただいてください……」

 

そう言い切るツルギの高潔な精神は、正義実現委員会の名前を背負いきれる説得力がある。

並々ならぬ精神力、理想を現実にできるだけの力、あの発狂モードの言動と迫力に騙されなければ在り方そのものが英傑的だ。

 

邪さのない真心の献身、簡単に人を傷つけられる筋力を持っておきながら身の丈を理解し他者を案じられる彼女にとって友達に向ける刃がどれだけ残酷で過酷なのか。

 

「トリニティのアリウス親衛隊って奴らの事、ツルギは詳しく知ってるか?」

 

「…いいえ」

 

「俺がアビドスでカイザーと戦ったって話は聞いてると思う。他の企業が絡んでたり、敵が多いからトリニティの支援を受けたって話も。あのニュースの裏側で…俺は、アリウスから命を狙われてた」

 

「────!」

 

「顔も名前も知らない子から、名前を叫ばれて……まるで宿敵を見つけたように、殺しにな。キヴォトスに来て数日しか経ってない筈なのに、来ることが分かってたみたいに来やがった」

 

だからこそ『置き手紙』の存在に目を向けた、ベアトリーチェとやらが未来予知したなんて無茶がある説もあるが、より現実に考えられる方向で思考したい。もし、置き手紙が何かしらの予知を、スバルがもたらすキヴォトスの変化を予見したものが記されているのなら────、

 

「──黒幕兼容疑者は手紙を受け取った人物に限られる。アリウス親衛隊を作ったミカが今の所一番やばい」

 

イチカの話では、親衛隊の活動内容は伏されていた。不満を持つ生徒は聖園ミカに口封じされ、個人が所有する武力組織などという批判対象をおもむろに露出させている。

ミカへの警戒心を口にしつつ、露骨なまでの黒幕主張は釣り餌に見えて仕方がない。

 

何しろ、目的が見えないのだ。ゲヘナが嫌い、攻め滅ぼそうと声高らかな軍団の長が、どうしてナツキ・スバルの命を狙う必要があるのか。

 

スバルの『シャーレの部長』として有する権限が本気で邪魔だというのなら、すべきことは『無干渉』。目に留まらないことが一番だというのに。

 

もし、手に入れた手紙の内容が何かしらの企みを破壊する、ナツキ・スバルが生きている事自体不都合───だとするなら逆に勝機を握れる瞬間がある。

 

「………」

 

「ツルギの所感でいい、内紛が始まってからのトリニティで覚えた『違和感』なんてのはないか?今はとにかく『目的』が見えてこないんだよ、悪い奴が悪い事するのもなんか理由があるだろ」

 

ましてや、損得勘定がぶっ壊れたとしか思えないあの惨状をキヴォトス中に知られている今、最早トリニティの権威は地に落ちている様なもの。

エデン条約を結ばせたくない、ゲヘナと戦いたい、温和な奴は全員追い出しました。

 

この行為が支持されるされないの判断がつかない───なんて思いたくないものだ。

 

だからこの鮮血の物語に『何の意味があったのか』。それをどうしても知る必要がある。

 

「───火」

 

「…?」

 

「炎、です。後輩達…トリニティ学園を…狂わせ続けたのは、あの日の炎」

 

「キヘヘッ…エデン条約の噂が流れ始めた頃……ティーパーティーの中のお一人が、襲撃に逢いました…」

 

「知ってる、桐藤ナギサの暗殺だろ?それから過激派、っつーか強硬派が産まれ」

 

「違い…ます」

 

「────」

 

「キェヘヘヘっ…根本は、きっと私達が知る由の無い古くからの確執、その執念で…───その消えない火がサンクトゥス分派、ティーパーティーホスト…」

 

「百合園セイア様を、飲み込みました」

 

「…お部屋から上がってしまったあの爆発を、炎は未だ忘れません。あの方には…──よく、話しかけられました。私にも、優しく…『恋する乙女』と呼んでくださって……キヒッ…運命の人は長い暗闇の先に現れると…」

 

当時の会話を郷愁する様子で、頬をまた緩ませるツルギの前で、スバルは窮屈な頭の中にまた一人新しい登場人物を舞台に上がらせる。

 

またしても暗殺、ナギサより以前にホストを務めていた人物が爆炎と共に散ったというのか。

 

「トリニティじゃ誰もそいつの話をしなかったのは、何か理由が?」

 

「…──温和と平和、平穏を愛した当時のトリニティで、『死者』はあまりにも…残酷すぎたのだと。事件の事はティーパーティー内で処理されて、私のような一部の生徒以外には、一時怪我により休養するとだけ」

 

「それから立て続いてナギサがって所か。騒ぎで事件が上書きされたうえに、内紛が始まったせいで…」

 

「救護騎士団の団長の失踪も同時期に、それも忘れかけられていると思います……」

 

───ゆっくりとだが、絡まった情勢の根本がほつれてきた。

暗殺に次ぐ暗殺、最終的にホストの座についたミカと、それに連なるものが学園を支配しエデン条約を拒絶。異常事態であることを理解した和平派の学園離脱が、強硬派に想定外の停滞を生み出したと考えていい。

 

暗殺を指示したのはやはり聖園ミカ──百合園セイア、桐藤ナギサの生死が確実なモノであれば、スバルはもうミカの手のひらの上で動く理由も無いのだが、ここまでの過程全てに『桐藤ナギサの指示』が関わっている以上、矛先を間違えたくない。

 

ミカ、ヒフミ、ハナコ、サクラコ、とりわけミカとヒフミへの対応は妙だ。話を思い出す限り、桐藤ナギサは自身の死を前提に先の顛末を託している。

 

「────」

 

いや、託せるわけないだろ。

どれだけ気の置けた友人でも、『死』を託せない。託せる相手は、その『死』を見逃さない。少なくとも、スバルは未来が決まってるからと言って自分の命を誰かには託したくない。

 

自分の為ではなく、託される相手の為だ。しかも内容が、今は存在しない『ナツキ・スバル』に全てを託す?そんな、二重三重の託しマトリョーシカに命を代価に────、

 

「時間が足りねぇ…!考える材料も、推測できるだけの事実も──!!」

 

おもむろにみぞおちへ打撃を喰らっている気分だ、死に戻りの欠点が良く分かっている。この力は『すでに用意されているもの』に弱い、弱すぎると言っていい。

 

そこへ加えて、スバルに時間の余裕を与えないよう円滑に事が進んでいく。障壁にぶつかる事も無く、レベリングをさせてくれないトラップダンジョンの如く。

 

「──ツルギ、落ち着いて聞いてくれ。もしかすれば、桐藤ナギサはまだどこかで生きたまま捕まってる可能性が高い。未来を予知した連邦生徒会長の置き手紙って奴の情報を知る為に」

 

「───!?」

 

「ナギサの事前準備の凝り具合に比べて、アリウスからの俺へのアプローチは幾らか穴があった。それにアリウス襲撃とトリニティの援軍、これも意図同士のコリジョンだ。ナギサにとっちゃ、自分がアリウスに何かされるのは承知の上だったんだと思う」

 

今の所、手紙には何度も救われてる、信頼しきってるわけじゃないけど、手紙が無きゃとっくに詰んでるからな。ともかく、だ。

 

「これも仮定でしか話せないのが口惜しいけど、このエデン条約はみんなが想像してる仲良しこよしの結末になるとは限らないって事」

 

「なんで俺を殺しに来た、どうして暗殺を繰り返して学園を無茶苦茶にした、あれだけ嫌がってたエデン条約を今更受け入れた理由は、アリウスはなんで何も動かない」

 

「口にできるだけでも、これだけ異常な点がある。それぞれ共通して────『目的』が不明」

 

想定のキャパは既にオーバー。目論見はとっくに進行中、すぐにでもこのエデン条約を中止させたくとも、スバル一人で出来ることは無い。

特にアリウスからの干渉が無くなったのは、出来なくなったんじゃなくて──する必要が無くなったんだ。

 

何故なら、ミステリー本において真犯人が真っ先に排除するのは……事件の真相を追うものではなく、事件を起こす為に邪魔な障害物なのだから。

一手、差し手が遅れているスバルは、アリウスにとって最早脅威ではないのだと────。

 

「ツルギ」

 

「このままじゃ、何もかも無茶苦茶になる」

 

「────」

 

忘れやしない、忘れるものか、白い装束達の持つ爆弾のせいで奪われていった彼女らを。杞憂?考えすぎ?その言葉がいつ、どの『死に戻り』で命を救ってくれた?

 

一度も、一度たりとて、手から零れ落ちる命を守れはしなかった。

 

無茶苦茶になる、確実に。命を奪う重さを感じない、殺害という行為になんの躊躇も感じ取れない風に教育された生徒が、知らぬ存ぜぬで組織として存在するトリニティで、あの『順調さ』は幻だ。

 

「…どうしたらいいのかは、俺も何も分からない。でも足掻けるだけ足掻く、頑張れるだけ頑張る、背負うだけ背負って、賭けれる全部で何とかする」

 

「───この調印式を疑ってくれ、そして、俺に力を貸して欲しい、ツルギ」

 

真摯に、ひたすらに真摯に頼み込む。公私に挟まれる苦しみを味わって尚、正義を貫く姿を見せる彼女を信じ尽くす。誰も彼もを信じる事の出来ない戦況で、唯一人の信頼できる相手に。

 

「────」

 

善意は、善人は利用されてしまう。例え無自覚であっても、今回ばかりは善行すら疑おう。

この世の残酷さは、死ぬほど味わった。

 

「………一度、道を違えた者同士は、二度と交わらない」

 

「けれど私は、無理にでも交わります。もし皆が別の道を歩んでいたとしても、進む先に待ち受けているのが苦痛なら、私は、立ちはだかる壁になりたい」

 

「ご、ご一緒…させてください…ナツキさん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───エデン条約調印式まで、残り四時間。

 

 

 

《───了解。どんな事態になっても信頼する。とのことです》

 

「流石神様仏様ヒナ様だ、万魔殿はこれで任せられる…!」

 

ゲヘナとトリニティの要人がこの場所に到着するのは開始一時間前。

正直両陣営を見張るには目が足りない、あくまで主軸側のトリニティに尽力したいスバルにとって、不安要素どまりの万魔殿は優先順位が低い。

 

推測の通りなら、羽沼マコトはエデン条約否定派だ。実際に会ってみなくてはどう判断するにも、何も言う事は出来ないが、

 

「目の敵にしてる奴の前で下手を晒すのもプライドが許さない…と思いたい」

 

やることだらけで押しつぶされそうな状況だ、出来る限り負担は分散して、この後に起きうる惨状を想像する。

 

もし、例えば、アリウスが目的としていることが目的とすらいえない破壊と混沌であるのならどうするか。ヒナとツルギ、そして特別助っ人の力で何とかしよう。

だがそれ以外の『何か』であれば───手の施しようがない、対症療法で足掻くのが精いっぱい。

 

「やっぱなんとかしてでも、何がしたいのかを分からないとダメだ」

 

《スバル様、ツルギ様が件の生徒と接触したようです》

 

「───!よっしゃ、完全に棚ぼただったけど、手がかり一つでも見つかるのならありがてぇ!」

 

棚からぼたもち、今回で言えば思いがけない『情報提供者』である。

ツルギ曰く、手の届く範囲で一人、スバルの口にした悩みを解決できるかもしれない生徒がいるとのことで、ここに連れてきてもらう事にした。

 

大聖堂、ここは良い。人気が少なく周囲の目に晒されにくい。スバルの動向を察知されることなく活動できる。

 

「……正直言ってマリーとレイサにも協力してもらいてぇけど、サクラコって奴が疑わしい以上むやみに事情を話せない。アロナ的にも完全に信頼できる奴はいなかったか?」

 

《明確に協力できるのはツルギ様…そして、ヒナ様が限界かと。お二人以外は情報が不透明であり、現状の全てを暴露するリスクは高いと思います》

 

慎重すぎやしないか、答えはノー。調印式の開演がキヴォトス全土に広まっている今、当然懸念点としてカイザーやゲマトリアも不安のタネに含まれる。

 

アビドスの一件、察知不可能の敵対者からの即死の一手が今回も無いとは限らない。想定からは外してはいるが、そうなれば死に戻る───、

 

「絶対やらせるかよ」

 

そも、その根性に腹が立つ。負けを認めるような自分に対して怒りを覚える、何一つとして負けてたまるか。

 

その強気に構える姿勢を鼓舞するように、アロナは携帯の画面へグッドマークを浮かべる。佳境でのポジティブシンキングは、常勝の秘訣だ。

 

「────」

 

最低でも、調印式の崩壊は覚悟しよう。最悪を想定するなら────何も起きない事。矛盾してしまうようだが、トリニティでもそうだったように、この調印式が円満に終わることを一番望んでいないのは自分自身。

 

日常を侵食していたスバルの未来予知ならぬデジャブ予知、それがトリニティ学園に足を踏み入れてから効力を失ったのは確実に関連性がある。

 

「────」

 

数多の可能性を視界に重ねるこの力は、見える事も不幸だが見えない方がよっぽど不気味だ。理屈じゃ納得してしまってる部分もある、単独ライブシュレーディンガーのスバルをしているだけで驚愕できる箇所も無い。

 

だが、見えなくなる───というのは何なのか。体調とか気温とか、湿度の問題なら笑っていられるのだが、

 

「────ぁ…?」

 

もし。

 

もしも、死の運命に近づいた事で、視せるまでもなくなったというのなら。

 

 

「────は」

 

 

今、この瞬間、絶望を乗り越えるための抗いが再び始まることを意味している。

 

 

「────っっざけんなぁッッ!!!」

 

 

ステンドグラスを眺めていた瞳の中へもぐりこんできた、『絶望』。

 

地平線の向こうまで焼け野原となったこの場所で、血と死体に囲まれながら額へ銃を突きつけられる。

 

互いに銃を向け合う正義実現委員会。崩れゆく世界の中心に佇む聖園ミカ。泣き崩れる羽沼マコト。────アリウス生徒、アビドスでの襲撃者、見覚えのあるフェイスマスク。

 

そして、見知らぬ赤肌の異形。

 

ナツキ・スバルが否定すべき運命が、鮮血の海と共に立ちはだかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日を、あの火を、あの目を、瞳の裏で繰り返している。

 

 

 

 

 

 

『────イチカぁぁぁッ!!』

 

袂を分かつ、その言葉の意味を実感する。

後輩を背後から奇襲した、信頼できる後輩の姿。

 

正義実現委員会でくすぶっていた強硬派を受け止める器になってしまった部下の本心は、いまだ見えない。

 

間違いなく、次の正義実現委員会の部長は彼女の筈だった。実力は後から付いてくる、必要なのは、力なき生徒を、持つ者として守る覚悟だ。

 

弱さを尊び、受け入れ、守る。押さえつけていた本性はあっただろう、私と同じ、暴力をふるう事への躊躇の無さを彼女から感じた。

 

───似た者同士、仲を深められると。

 

正義を貫く、それはつまり、躊躇せず他人を踏みつけられる人間でなければならない。

 

私達の中に眠る悪を飲み込む事。

やらねばならぬ事を、進んで歩んでいける事。

それでも尚、隣人と共に生きていく事。

 

権力の犬と呼ばれようとも、情勢の悪化につれ何の罪も悪意も無い部下達が怪我を負っても、献身に見合わない罵倒を受けようとも、生まれ持った力の責任を全うしなくてはならない。

 

『ツルギ先輩』

 

あの日、あの火、あの瞬間。

私に向けられた落胆と、悲しみの所在から、目を背けるべきではなかった。

 

向き合う事を、放棄すべきでは無かった。

 

『……ツルギ先輩』

 

背負わせるべきではないものを背負わせ、過度な期待で彼女を覆い、使いたくない『暴力』をつかわせてしまった私は、部長として相応しくない。

 

何より、本当に守るべきものは───、

 

『大丈夫っす。全部、何とかなりますよ』

 

『私が…何とかしますから』

 

『それまでは、少しの間お別れって事で。さよならです』

 

 

 

 

もう、守る事が出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───きぇぇぇぇぇッ!見つけたぞぉッ!!」

 

「きゃぁっ───!?な、なになになになんなの!?ってツルギ先輩?」

 

到底人間の発することのできない音域で奇声を発しながら、全速力で駆けてくる人影に、ホラー映画さながらの悲鳴を上げてへたり込む少女が一人。

 

薄ピンクの髪に黒い羽を生やし、可愛げのある黒翼も一対。奇声の主に腰を抜かされ、先輩と呼ぶ相手の前で情けない姿を晒してしまっていることが恥ずかしいのか、赤色に染まる顔を頭の羽で隠した。

 

ブツブツと、目の前で呪詛を吐いているのか見間違う、聞き間違う先輩の言葉を自分の口で反芻しあることに気が付いた。『見つけたぞ』つまりは自分を探していたという事。

 

正義実現委員会の部長が一部員に何事なのかと、次彼女が口にする言葉に意識が集中したせいで────、

 

「下江コハル」

 

「───補習授業部で起きたことを、話せるか」

 

この世で、最も聞きたくない単語をしっかりと把握してしまったことを後悔するのであった。

 

「────」

 

「ご、ごめんなさいツルギ先輩…それは…話したくありません。ごめんなさい…!」

 

「…──待て…!」

 

 

 

苦しくて、苦しくて苦しくて苦しくて苦しい、あの記憶を呼び起こしたくない。もう二度と、あんな思いをさせたくない、したくない。

 

元補習授業部の部員、下江コハル。

 

────彼女は、全ての災禍の源を記憶する四人の内の一人である。

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