Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『無音』

 

──暗く暗く、急転落下していく雰囲気を明るく取り戻す術をナツキ・スバルは持ち合わせていなかった。

 

人気がない、と言っても爆発音やツルギの爆走を目にした者が無視を働くはずもなく、その場へ駆けつけた正義実現委員会の面々に仲正イチカの離反が伝えられることになる。

伝達は一瞬、反応は様々。話を聞いた途端巡回警備から離脱した生徒も数多く、それが仲正イチカへの信頼の裏切りによるものなのか、アリウスと関わりがある為なのかは分からなかった。

 

対応に追われながら無力感に打ちひしがれ、しおらしげな様子を見せるツルギから、どうしても聞き出さないといけない隣の生徒の事がタスクとしてスバルに与えられ、

 

「────」

 

今の所、進捗ゼロである。

 

「────」

 

──エデン条約調印式開始まで、残り一時間と少し。

 

「……下江コハル…でいいんだっけ」

 

「…………」

 

「…どうしてツルギに攫われてきたんだ?」

 

「……」

 

狙いを変え、小柄な可愛らしい生徒の方へタゲチェン。効果は無いようだ。

 

とはいえ、名前が分かるのならアロナが生徒名簿にアクセスしてくれる。どのような活動をしてきたのかが丸分かりだ、本人の口からしか分からないこと以外は情報を読めばいい。

 

──下江コハル。正義実現委員会一年生。

不良生徒、と口に出してはとても言えないが、シンプルな成績不振が目立つ生徒だ。正直な所スバルはキヴォトスの生徒全員、地球の学生を超越した学力の持ち主だと思っていた節があり、若干いたたまれない。

 

しかしツルギがこうして連れてきた以上、資料の額面から受け取れる情報じゃないものが余程大切なのだろう。スバルとコハル、二人の間に流れる気まずさを沈黙を続けていたツルギが破る。

 

「…コハルは……補習授業部の元メンバーです……」

 

「──なんだそりゃ。妙ちきりんな部活だな…?」

 

名前からして───まぁ、名前通りとしかいえないか。

取りあえず、言葉通りに受け取ろう。して、その部活の情報は何処にもなかった。アロナの収集能力を疑わないのであれば、その部活は『口上』だけのものか、厳密に隠蔽された部活であるかのどちらかで、

 

「ナギサ様の権限で作成された部活、それが補習授業部であり…──コハルは以前成績不振を理由に、そこへ所属していました…」

 

「…………」

 

「わ、私は…補習授業部が、本来の目的と逸脱した理由で作成された部活動だと考えています。今この瞬間に起きている事とも関わりがあると」

 

「コハルは他補習授業部の三人のメンバーと共に数週間を過ごしています。降り掛かった理不尽や、暗黙の策略、そして認知自体を許されなかった補習授業部の存在理由を……知っているかもしれない…と思い…」

 

「───口ぶりからして、ツルギが何か引っかかってる事があるんだろ?元から疑いの目を向けてなきゃそういう結論にならない」

 

「………そう、ですね」

 

ツルギの心のしこり、それが桐藤ナギサの手で作られた部活動、などといういわくつき物件である時点で補習授業部は『しこり』を大きくさせるものという事か。

例えば部活への待遇、経験。今尚徹底されている情報規制、臭いものに蓋をして隠すからこそ、気になる人間は匂いに勘づく。

 

しかし一度は公的に知られている部活────で、あるのならば、桐藤ナギサとしても当初の目的と実際の結果に大きく差異があったのではないか?急遽方針転換をしたせいで、様々なボロが出ていると。

 

「どっちにしろ真相は────コハル、君に聞くしかないって事でいいんだよね」

 

「……」

 

嫌悪と恐怖を少しでも軽減してもらう為に、目線も言葉も彼女の目線に合わせる。小柄な少女はスバルの目から顔を逸らし、押し黙って会話を拒絶する。────慣れたものとはいえ、イエスもノーも、どちらの返事を返さないのは単純に失礼に値する事。

 

「コハル。面倒だろうし怖いだろうし、何より初めましての俺に話せることは何もないって思うのは分かる。でも無視したって話が前に進むわけじゃない、そもそも会話したいって相手を放っておくのは失礼だ」

 

「──。何急に、先生みたいな事言い出して…!」

 

「常識の範囲内って奴。一応シャーレの活動じゃ、不良生徒の生活指導なんてのもやらせてもらってる」

 

らしくない、といっちゃらしくない言葉を吐き、何はともあれ健全とは言えないが漸く会話を交わすことができた。以前ならふてくされて無視返しをした自信がなくもない、シャーレでの社会参加が功を奏したか。

 

「補習授業部のこと、正直に話して欲しい。正直手詰まり感が拭えねぇ、コハルだってイチカがどうして──って気持ちはあると思う。それにコハルの言葉一つで、この場の全員の……────」

 

「………」

 

「────」

 

「こ、この場の全員が何よ…そこまで言ったのなら最後まで言ってよ…!」

 

────。

背負わせるには、重すぎるな。

 

「何でもない。とにかく頼むよ、コハル」

 

「俺の手の中には共感も理解も掴めてない。二人にとって大切な存在だったんだろ、イチカは。俺には『どうして』を暴ける力がある、俺が二人の為になりたいって言ったら二人の為になることをしたい」

 

「──教えてくれ。補習授業部で、一体何があったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

──人から頼りにされる事、頼りにされているように見えて、ただ都合の為に利用されている事を見分けるのは難しい。

 

いや、難しいというより受け取る側の問題なんだろう。指したものを歪んでいる風に見えるとき、真っ先に考えるべきは自分の視界の正しさだから。

 

強ければ、頼りにされる。

賢ければ、頼りにされる。

立場があれば、沢山の人から頼られる。

 

頼られる事は、孤独である。

そう思ったことは無いけれど、皆からのイメージが孤高だったりするのは、私が『頼られる』側であって、『頼る側』じゃないからかも。

 

私の口から『信じる』と口にしたり、『任せる』と口にしても、皆驚いた顔をして固まってしまう。そうならないのは委員会の子達ぐらい。

 

「────」

 

──エデン条約調印式が終われば、風紀委員長という立場を退く。

ゲヘナ学園風紀委員長空崎ヒナは漸く、背負い続けきた責任から解放される。

 

「マコト」

 

あと一歩、あと一息、あと一日。

自分の後を継げる人材は風紀委員会に居る、少し行動が直進的で罠にはまりやすいけれど、風紀委員会全員で協力すれば私よりも問題解決能力が高い。

所詮頼りにされているのは私の力だけ、ならきっと彼女達の方が────。

 

「雷帝の遺産の件、忘れないで」

 

「──貴方と私は、彼に恩がある」

 

もう、ゲヘナ学園で助けを求める子達は、新しく頼りにできる相手がいる。だから大丈夫、今日一日、後一日、もう少しだけ頑張れば大丈夫。

 

調印式が終われば、スバルを食事にでも誘おう。実は仕事で忙しかったせいで、ずっと行くのを後回しにしていたスイーツ店があるから、朝から夕方まで穏やかな時間を過ごして、帰ってからは十分に湯船に湯を張ろう。

 

いつもは出来なかった些細な贅沢を、失っていた分だけ少しづつ、積み重ねるの。

 

「ナツキ・スバルから貴方を警戒する旨のメッセージが届いた、容疑はアリウス親衛隊との癒着。貴方が何を企んでいても私は気にしない…──けれど、もしスバルを傷つけるような事態を引き起こすなら」

 

「────」

 

「私は、貴方と戦わなくちゃいけない」

 

「キキキッ…」

 

──出発直前に起きた、仲正イチカの離反。

そして事前に伝えられていたマコトの疑惑、アリウスとの関係性。調印式に際し、何処から入手したかも分からない新品の飛行船はヒナの疑いを強めた。

 

天を指す四本の黒角、先へかけて紅のグラデーションが美術品の様な白顔にアクセントを加えている。軍服に似せた制服は万魔殿特注の代物であり、非常に長い丈の袖は羽織る前提の設計であろうか、施されたアクセサリは金色に輝いていて、権力と財力を惜しみ無く表している。

 

羽沼マコトの人となりを知る相手として、ヒナはマコトが飛行船に乗り込む直前に警告を告げる。征服欲の権化、自尊心の塊。これまで行ってきた嫌がらせ行為の数々はソレらによる『遊び』で済むが、今回はその範疇を逸脱しているぞ、と。

 

二人にとって共通の敵、『雷帝の遺産』をナツキ・スバルが見つけてくれた事を話に挙げ、彼への恩を強調した話し振りにマコトは首を傾げる。不遜な態度を隠すことなく、自身の髪を払いヒナの目を見つめ、

 

「何のことか、分からんな」

 

「……」

 

含み笑いを解かず『分からない』と言い放ちきった。

それは『恩』に関してか、それとも『アリウス』に関してか、どちらともとれるようわざと曖昧な言い方で返しているのか、珍しく煮え切らない言葉を口にしたマコトを冷たい目で睨みつける。

 

自信家にして野心家、自身と対等である事すら許せないプライドの高さ。これまでの羽沼マコトの全てがこの瞬間の為の隠忍自重した姿であったのなら、尊敬の念すら覚えるというもの。

 

けれど──羽沼マコトは、それ程器用な人間でも無い。『雷帝』がもたらした不幸を放っておけない人間なのは、交わした協定が示しているのだから。

 

「──そう」

 

「どんな結果になっても、受け入れるのね」

 

「ああ」

 

「どうして?貴方なら別の方法でも…どんな形でも、目指したいものへ辿り着ける筈。わざわざ苦痛を産む道でなくとも……」

 

──飛行船が巻き上げる風の渦が、ヒナの口を塞ぐ。白髪と銀髪、二色が混ぜあいながら、傍迷惑なイタズラ風が通り過ぎた頃、マコトは元より鋭い三白眼を細め、

 

「キキッ!そこを理解出来てないのが貴様の腹立たしい所よ。いいか!この羽沼マコト様が決して許し難い事はッ!私より────」

 

「偉そうな奴が存在している事、だ!」

 

「ふんぞり返って我々なぞ眼中に無いと振る舞うティーパーティーも、この期に及んで私へ『注意』しかしないお前も、全てを裏で管理出来ると信じてる奴らも!この私、羽沼マコト様を舐めに舐め腐っている───!!!」

 

「……あのー、マコト先輩?普通にアイツらの事口にしちゃってますけど、何のことか分からないんじゃなかったんですか?」

 

「黙っていろイロハァ!!」

 

マコトの制服と同じく、身に余る丈の長い袖のコートと万魔殿所属を示す制帽を着こなす一方、ヒナ程の毛量を無造作にカールさせ、締められずだらんとしたネクタイやシャツの裾といった部分は飛び出していてだらしなさが目立つのは万魔殿戦車長、棗イロハ。

 

口ぶりからして『アリウス』との諸事情に関わりがあるらしい彼女は、プライドが滲み出すぎているマコトの指差し姿勢の裏でアイコンタクトをヒナに送っていた。

 

「…………」

 

「貴様には分かるまい空崎ヒナ!私の焦がれるような想いが!キヴォトスを手中に収める者としての覚悟が!」

 

「………」

 

「傍で散々邪魔をしてきた癖に、『どうして』だとぉ!?」

 

「……」

 

「──全て貴様のせいだ!空崎ヒナ!全て、全部全部!お前が悪いっ!!」

 

「…分かったわ、それじゃまた後で」

 

「───は」

 

まるで、ヒナからの反発と抵抗を期待して裏切られたような、喉から追い出された声が行き場を失う。興味を失った目をするヒナは会場行きの車両へ足を進めようとして肩を掴まれる。

 

「────」

 

「どうかしたの」

 

「……………いや」

 

「そう。なら私は先に調印式場へ行かないと。貴方も飛行船の中に待たせてる人が居るでしょう?」

 

「…………」

 

「……──。往くぞイロハ、イブキを待たせるな」

 

「はいはい…。それじゃ行ってきますねー、チアキ、サツキ先輩。あ、委員長もまた後々」

 

───。

こういったやり取りも、エデン条約が終われば無くなってしまうのか。

疲れたから少し休むだけ、自分の心の中ではそう言い続けているけれど、何処かこの生活から離れる寂しさは何だろう。

 

休みたいのは本当、でも心配事がまだ山のようにある。スバル周りの事情は特に込み入って──────だとしても、心配せずとも彼なら大丈夫だ。

ずっとずっと、私よりも優秀で頭も良い。何より、私には無い人を惹きつける力がある。

 

どうしようもなく手を貸したくなる、誰かにとっての頼られる側になりたい欲望を叶える存在。頼れば、頼った分の期待を超えて返してくれる。頼られれば、全力を尽くして返したくなる。

私に足りていなかった人の上に立てる才能を、溢れるほどに魅せられた。

 

「アコ、イロハからのメッセージはどうだった?」

 

「──『取引済み』との事。やはりあのタヌキはアリウスと繋がってますね」

 

「そう……。到着を十分早めて、スバルに会いにいく」

 

アイコンタクトで伝えられた秘密裏のメッセージ。棗イロハの言葉を信用するに値する材料はまだ無いが、彼女なりの思考の結果──採算が取れなくなったのだろう。

 

本気で風紀委員会を敵に回す事、裏の多いアリウスと手を結ぶ事、その後の顛末からの復帰の手間暇。策略が成就せずとも、羽沼マコトと寵愛する丹花イブキ、その他の万魔殿メンバーの保身を優先した。

疑惑ではあるがアリウスによる『死者』が出ている以上、笑って流せる段階は超えている。

 

「────。はぁ」

 

「最後に、役に立てて良かった…」

 

まだ、人の苦しみを救えるだけの力がある。

誰かが悲しんでいて、それが見過ごされる世界を少しでも変えることが出来る。しかも、その姿を見せたい人の前で。

 

幸運な事、なのかもしれない。

 

「アコ、これから先何があったとしても私が責任を取るから。イオリ達に流れ弾が当たらないようにしておいて」

 

「────」

 

「……アコ」

 

「うぅぅぅ゛っ…はい゛っ…」

 

──泣きながら運転を始める部下をよそに、空崎ヒナは現状把握できる要素を整理する。

 

六ヶ月前、連邦生徒会長の失踪によりエデン条約は凍結した。

同時にトリニティ内で世情が悪化、一、二ヶ月程の時間を掛けて対立の火種は燃え盛り、一人目のティーパーティーの失踪、そして桐藤ナギサの暗殺疑惑によって内紛が発生。学園は外部との接点を遮断する。

 

ならば万魔殿がアリウスと繋がったのは恐らく一、二ヶ月の間だ。あの大層な飛行船の存在を確認したのは数週間前、四ヶ月程度の時間を準備に費やしているとなれば、飛行船も自ずと関わりを持つ。

 

羽沼マコト──彼女の性格からして、「空からなら、貴様らを見下せるだろう?キキキッ…!」と言い出してもおかしくないが、その為だけにアリウスが財源を削りはしない。

 

「────」

 

明確な理由、意味を持つ飛行船の譲渡───。

万魔殿以外全員の移動手段は車、その他を認めてない。本人らは飛行…船。

 

「────」

 

飛行…───空中だ。

二つの移動手段の最も大きな相違点、地上か空中か、マコト達は空中に居る必要がある?空中からの制圧爆撃──は有り得ない。

 

攻撃を行わない以上、空中に居る利点となれば、

 

「────」

 

「避難場所」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──教えてくれ。補習授業部で、一体何があったんだ?」

 

「その話、私も混ぜて欲しい」

 

「────」

 

聞こえた声に振り向いたスバルの瞳が、皿のように丸くなる。まるでプレス機で絞り出された鳴き声が喉から出ていて、次の一言目に何が飛び出してくるか分からない笑顔を浮かべていた。

 

ヒナが抱いた感想は──ポメラニアン、柴犬、ゴールデンレトリバー…。

 

「ヒナたんマジS・M・G」

 

「言うと思った」

 

「予定より結構早い…──もしかして、俺の為に飛ばして来てくれたの?そうだとしたら、流石に俺の愛が爆発して新惑星を──」

 

「……」

 

「こほん。コハル!さぁ話の続きを頼むぜ!」

 

スバルにとっても、予定より早くヒナと合流できたのは僥倖だ。ヒナ以外の風紀委員のメンバーが見当たらないのは不安だが、アコは顔も見たくないとでも言い出しそうで、イオリは足を舐めた仲、チナツは二人の制御係───ああ、真っ当に今この場に居ない理由がある。

 

しかし、予定を繰り上げる──相応に焦る要素があったか、羽沼マコトという人物はそれ程危険人物だったのか。

焦りを含ませて再度「コハル」と名を呼び、一連の騒動その根源を──。

 

「……ふん、結局アンタも『そっち側』ってこと」

 

「っ───?」

 

「アンタなんかに話さないわ。絶対に、何があっても」

 

「……んな事言うなよ、下手すりゃ調印式に参加してる全員が吹っ飛ぶんだ」

 

「そう?なら勝手にどうぞ」

 

「────」

 

なんという───なんと冷たい拒絶。

経験上、コハルの様に他者への絶望を持ってしまった人間に、もう一度信頼を問うても、哀しみの声しか帰ってこないのだ。

 

「今までアンタ達がしてきた事じゃないの?目の前で助けを求めてる人が居ても、散々無視して遠ざけて───自分達の番になれば、必死になって……」

 

「…ふざけないで!勝手にしてよもう!勝手に不幸になって、勝手に怪我すれば良いじゃない!今更何なの!?」

 

「──私達の時も!それぐらい必死になりなさいよっ──!!!」

 

「…………コハル……それは、この方達に話しても仕方の無い事だ…非難は、私に……」

 

苦しみの絶叫を人目を気にせず口にするコハルの姿は余りにも痛ましい、自らに降りかかった不幸は誰の目にも留まらず、今こうして大衆の悲劇を防ぐために力を貸せと告げられる。

 

『今更』という呪い。『今更』という弱さ。

アビドスで味わった苦みが舌の根を苦しめる。この心の鎧を脱がすのに、一時間以内は余りにも短すぎる。

 

「────」

 

「何とか言いなさいよ!英雄なんでしょ!?みんなを救う『ナツキ・スバル』なんでしょ!?今更、アンタみたいなのが…来たって、もう遅いのっ……」

 

「───…」

 

「…スバル。今すぐ彼女から話を聞くのが難しそうなら、先に二人きりで話したい事と、やらなきゃいけない事があるの。時間はとれるかしら」

 

──優先順位が高いのは、ヒナとの話だ。

ここまで急いで足を運んでくれた理由、携帯を使わず現地会話を求め、マコトから目を離してでも話したい事となれば、アリウスしかありえない。

 

ナツキ・スバルは──ナツキ・スバルならば、あの光景を目にしたうえで──目の前の涙とどちらを選ぶ?

 

「────」

 

分かってる、『個』をないがしろにされる気持ちがどんなものか。ないがしろにする人間を心底嫌ってきた筈だ。

 

「っ……」

 

死ぬ、あと一時間以内にここに居る全員が死んでいく。自分が死ねば死に戻りは『全て』を巻き込む。それより先に世界が血で染まる、みんな死んで、みんな傷ついて、瓦礫の下へと埋まっていく。

 

「──」

 

明らかだどちらを優先するかなんて。違うこれは順位をつけるものじゃない、じゃあなんだ説得に時間をかけて浪費して諸共死なせるのか?元通りのナツキ・スバルとして愚鈍で、何も変えられず無様な未来を辿れと?そうだその道を走ってきて───一人一人救ってきたんだろうが。

 

「────」

 

血、血血血血。血が目に染みついて離れない。

そうだ、そうだしまった。ヒナさえ血まみれで、なら、生き残れるのは一握りで───。

 

「ツルギ、コハル。…席を…外してもいいか…」

 

「…ふん。勝手にしたら?」

 

「分かりました…───コハル、少し…私と外回りの警備をしよう…。私にも、言いたい事があるだろう…?」

 

 

アロナを返してもらい、二人の元を離れ視界の外へと移動する。去り際までコハルの顔を真正面から見る事は出来ず、硬く、固く目をつぶる。

 

 

──情けない。

 

 

唇を噛み締める。皮膚が破れ、軽く出血して喉へと鉄の味が流れ込んできて、しかめっ面を加速させる。なんとも無様に逃げてしまったものだ。

 

「まったく、貴方らしいといえば貴方らしいけど」

 

「そんな顔をしていたら、勝てる勝負も勝てなくなるわ。スバルには笑顔が似合ってる、アビドスの状況に置かれても──逆境を笑い飛ばしていたでしょう?」

 

「…ああ。確かに似合わない…よな」

 

「大丈夫。私や…貴方を知っている生徒は、貴方の強さを信じてる。安心できる言葉が足りないなら───」

 

────。

これは、流石に情けなさ過ぎるか。

 

両腕を伸ばし、ヒナがハグを求めてきた。いや、スバルにハグの許可を与えている。これ以上不安を増長させる姿を晒すのなら、羞恥心を犠牲にしても止めようというのか。彼女にここまでさせてしまったのであれば、潔く腹を切る勢いで小さな腕に飛び込んでいく。

 

「───。このまま話すけど、会場全体に爆弾が仕掛けられている可能性がある。開会式の後、一度休憩時間が挟まるの。予定が間違っていなければ二十分、マコト達は空中にいる」

 

「マジか…!?っ…ヒナ、爆弾だけで終わらねぇかも、もっとヤバい兵器で辺り一面吹き飛ばされちまうかも…!」

 

「────なるほど。恐らく、爆弾による爆発が無ければその『兵器』は使われない可能性が大きい」

 

「──。理由は」

 

「一つ、キヴォトスに大量のC4一斉起爆以上に破壊力を持つ兵器となれば、戦車による砲撃か…ミサイルになる。でも仲正イチカの失踪で警備が厚くなった今、強行突破は難しい。二つ、『面』の破壊力を上げれば、『点』への攻撃力が下がる。別の要因で混乱を招いてからでないと『面』の破壊力は低減するわ」

 

「素直に分析するなら、もうアリウスに作戦遂行するだけの策はその『兵器』と爆弾しか残っていない。混乱に乗じてでしか何もできないのなら」

 

続く言葉を、今度は無粋なお邪魔風ではない横やりが塞いで入る。

ヒナの携帯から聞こえる電子音だ、慣れた手つきで画面を開きアコからのメッセージを閲覧し「予想通り」と好機の声を口にする。

 

携帯を握った片腕をスバルの顔横に掲げ、横目で内容を確認。無言のままハグを解き、アロナにヒナの携帯と接続してもらう。

 

《トリニティ学園の生徒が不審な動きをしていた為拘束し、その周辺に軍用プラスチック爆弾を発見。各員対応にあたらせます》

 

「勘が当たった、行こうスバル。全てを未然に防ぐチャンスよ」

 

「おう───!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──確かに、その選択肢は想定外だったと言わざるを得ない。

 

 

「──我々は撤退を選んだ。撤収作業をしていただけだ」

 

捕らえられた生徒の顔に生気は無く、さもありとあらゆる希望を失い自害寸前といった様子。いいや、自害しようとしたのを止められていたのだから、最早生きる気はないのだろう。

 

「回収と解除は手間だろう?設置した爆薬は撤去する」

 

都合の良すぎる言葉だ、信用に値しない、が。

──スバルが相手の首領ならば、同じ選択肢を取る。

 

「全て、終わった事。何もかも手遅れになった、私達は既に」

 

徹底した情報統制、ナツキ・スバルという存在を認識する上で欠かせない『死に戻り』というエッセンス。

 

仲正イチカの発言と、今目の前で語られる言葉の数々。

ああそうとも、スバルも同じことを考えた。自分がされて嫌な事は克服する必要がある、だがどうしようもない欠点は、いつか敵対する者からもたらされる。

 

 

「──次へ、託す時間だ」

 

 

──ナツキ・スバルに与えられたのは、無音の世界だ。

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