Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『───スバル派』

 

「……随分と早く帰ってきたわね」

 

別れる前よりも随分と青ざめた顔色に、コハルは皮肉を含めながら瞳を横長にそう呟いた。

 

「どうにも道先が見えない状況に置かれちまってな。一寸先の闇を晴らすにはやっぱコハルに協力してもらうしか無いみたいだ」

 

息を切らして帰還したスバルの後ろには、見慣れない人物が複数。全員がゲヘナ学園の生徒であり、禍根が深い両組にとってスバルを緩衝材にしなければ顔を合わせられないだろう。

 

風紀委員会が拘束したトリニティ学園の生徒五名の内、四名はアリウス関係者と思しき発言を繰り返し呟いている。

 

いずれも「抵抗しない」旨の供述をするだけだ。脅迫、尋問の類は効果が無く過剰な尋問行為はスバルが提言した『自爆』の可能性を含めるとして一時拘留へと落ち着いた。

 

「貴方が件の生徒ですね。時間がありません、これから行う取り調べを拒否なさる場合は拘束処置も視野に入れさせてもらいます」

 

「───。待て……ゲヘナ学園の風紀委員が身勝手に、正義実現委員会の生徒を拘束できる権利など……無い」

 

「……正義実現委員会部長、剣先ツルギ。貴方が仰る『権利』は、貴方の部下が重要参考人である時点で責務として背負わなければいけない『責任』です」

 

「待て待て待てアホアコ。話をややこしくすんな、ごめんツルギ、こいつ素が喧嘩腰なせいで気ぃ悪くさせちまった」

 

「誰がアホアコですか!?ぶち殺しますよこのアホバカ!そも、委員長のお手を煩わせた挙句成果も無しの現状で足踏みしてる貴方が!手段で躊躇してる場合ですか!?」

 

──一体、いつになったらコイツとウマが合うのか。

 

「分かってるってのそれぐらい!だとしても言い方悪けりゃ余計話をしてくれねぇだろ!」

 

「だから蝶よ花よと容疑者を───」

 

「アコ」

 

「───。申し訳ありません、委員長」

 

容疑者と発した失言を咎め、ヒナがコハルの前へ立つ。

言葉に粗が立つのも仕方ない程の時間の猶予不足、調印式開始まで四十分弱か、なればこそヒナは頭の中で整頓した情報同士を繋げ、欠けたピースを補完する情報をコハルから聞き出さねばならない。

 

「下江コハル。難しい事は聞かない、けれどこの問いかけに対する返答を拒絶した場合──貴方を、アリウス関係者として捕縛する必要性があるの」

 

「私達としてもそれは望んでいない、だから正直に答えて。貴方は…──白洲アズサ、という名前に聞き覚えがあるかしら」

 

「……なんであの子の事…。知ってるって言えば、逮捕でもするってわけ…!」

 

「──白洲アズサ…?」

 

ヒナの低い声の質問に、コハルは怯え生唾を飲み込んで答えを返す。スバルとしても初出の名前にコハルの表情、視線に気を配り、「補習授業部の一人か?」と間に入った。

 

「そう、ね。私も補習授業部の事は耳にしたことがあった、確か……ゲヘナ自治区に学力試験を受けに来た四人の補習授業部、その内の一人が───」

 

「──アズサが!!」

 

そして、更に話を両断したのはコハルの叫び声だ。長袖をギュッと握りしめ、涙を浮かべながらうずくまり叫ぶ。スカートを押さえ付け頭の羽が逆立つ姿に一同は肝を抜かれ、

 

「アズサが、アリウス分校からの転校生だからって!また疑われなきゃいけないの!?アンタ達みたいなのがまたっ…!なんで…どうしてっ……もう関わらないでよッ!何回も何回も何回も!今更ッ───」

 

「──。空崎ヒナ、これ以上私の部下を問い詰めるつもりなら、私を通せ」

 

「…………」

 

「あの子は!アズサは違ったのっ!本当に、本当なのに……なんで…知らない癖に!どんな仕打ちを受けてきたと…!」

 

ツルギがその枯れた大翼でコハルを覆い隠すまで、泣き声は収まらないでいて、トラウマの傷をもう一度抉り取られた様に崩壊する様を見せられては彼女の『庇い』に異議を唱えられない。

 

ちらりと、スバルを一瞥してから後ずさり、この場から彼女を離脱させようとするツルギ。アコの額に青筋が増えていく前に、ツルギへコハルの容態の管理を任せる為身振りでこの場からの撤退を促すスバル。

 

「…ご…ごめんなさい…ナツキさん…。私達は、少し…保健所へ」

 

「……大丈夫。これは俺が悪かったんだ、アコが何かやらかす前に…コハルを連れて行けるか?」

 

「────はい」

 

赤子のように泣き崩れるコハルを背負い、ツルギが離れていく裏でスバルとヒナはアイコンタクトを交わす。──白洲アズサ。この物語における中核人物を漸く見つけることが出来た。

 

人の心を追い詰めてまで手に入れてしまった情報を前にして、深く息を吸い目元に力を集中させる。弾けそうな力みが目の裏でスパークとなり、全身の硬直と緩和が自分の身体に流れる血液を想起させてくる。

 

爆発しそうな怒り、憤り──全て、まだ発するには早すぎる。瞬間瞬間でこの『不満』を爆発させることの出来た、それしか自慢しようがなかったナツキ・スバルという男は、死の予知を前にして怯え潜んでしまっている。

 

こんなやり方しかないのか?

────。───……。

 

「……ぁああっ!」

 

「ああ!もう!ずっと上手くいかねぇっ…!ヒナ!」

 

「うん。──アコ、白洲アズサの捜索を開始して。調印式に配分してある人員を今から情報探査と…最後に彼女の存在が確認できた場所を割り出すのに割いて欲しい」

 

「彼女は必ず、ティーパーティー暗殺事件の鍵を握っている」

 

「…分かりました!」

 

「それとスバル。落ち着くに落ち着けないのは分かる、でもこれから調印式前の予習があるし、それから立て続けに本番よ。貴方の心を取り乱させる事、それが相手の狙いかもしれない」

 

「……落ち着いて。貴方は、誰もが諦めていたアビドスを救った立派な人間なんだから」

 

「────それに」

 

「私が、一緒に居る。貴方にとっての勝利の女神…なんでしょ」

 

それはいつぞやの────。

愛らしさ満載で言い放った一言が、スバルに突き刺さる。

その言葉に込められた親愛の情がどういう意味を持つのか、勝利の女神といっても積み重ねた絆の分だけ『勝利』の重みは違う。

 

頼りにしてもいい、頼りにされてもいい。

なら、決着は勝利しか許されない。

 

「すぅ───」

 

「────」

 

「勝つんだ。絶望に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───調印式、開始直前。

 

 

「────」

 

ヒナから服装と顔周りの手入れに対するお褒めの言葉を貰い、式場の裏手で待機するスバルの頭の中は騒音に悩まされていた。

──至極真っ当な事として、これからスバルは千人を超える生徒の前で発言を行うのだ。カメラが顔を捉え、万を超える瞳の中に映る。

 

調印式なんてやってる場合じゃないと駄々をこねても、こればっかりは仕方がない。暗記したセリフ、作法、緊張、アリウスへの推理を行う必要がある状況で、この雑音の多さは処理に困る。

 

「───おーい」

 

考えてみれば、信じられる仲間が一人もいない時とは違い、最初から誰かの力を借りる事ができることのなんと幸せな事か。特別助っ人としてカンナを呼び寄せる手もあったのだが、ヒナやアコ、風紀委員会の人数的優位は効率、能率共に桁が違う。

 

──白洲アズサ。この人物の情報を引き出すのに、スバルなら何日必要とするだろう?方法はどうあれ、それを数秒でコハルの口から『アリウス分校』との関わりを明示させたヒナ。その後の捜索の指揮を自在に行ったアコ。

 

スバル一人の世界と比べ、多くの自由と猶予、言い換えれば『贅沢』が与えられている。

 

「───おーい?」

 

噴火しそうだった激情もヒナのお陰で諌められた。諌めた事に良いも悪いも判断を下すことは、コハルにとっても許されない。見知らぬ人間の身勝手な憤慨は、場合によって当時の加害者よりも腹が立つもの。

 

くどく、重く、繰り返し、心に浮かべるは、夢の中で泣いていた小鳥遊ホシノの後ろ姿。そして、スバルの背を押した梔子ユメの言葉だ。

苦痛は比べる事が出来ない。無論、悲しみもまた同じ。『救済』という観点においてスバルは二人の背中を忘れることは無い。

 

──心なんて脆いもの、三秒あれば跡形もないさ。

 

それを人間は、一日、一週間、一年、十年掛けて、それでも治せないまま、心の怪我に触れないように生きていく。コハルの姿を思い出せ、お前がやったのはそういう事だ、これから先もアビドスの時と同じように皆の傷と触れ合って───、

 

「───おーい!おーいおーい!聞こえてるー!?むー、おりゃっ」

 

「アパラチア山脈───!?」

 

「あはっ☆おはよ、スバルくん!」

 

突然、ゴリラに平手打ちでもされたのかと錯覚する勢いで地面とキスを交わす。なんだなんだ、誰かが襲撃してきたか、にしては杜撰だな。

そうイラつきながら痛みに耐えて起き上がり、この無体を働いた犯人に溜まっていたフラストレーションをぶつけようとして、顔を合わせた瞬間目ん玉が床へ転がり落ちる。

 

「なんっ、なんで!?」

 

「なんでって、あれ?んーと、そうだよね合ってるよね…。普通に私、調印式のトリニティ側代表だよ?」

 

「──そっかそうだよなそうに決まってるわ、何慌ててんだ俺。…ミカもこの後出番がある感じか」

 

聖園ミカ──現状黒幕候補ナンバーワンの相手から、気さくな挨拶を頂いてしまった。

お返し、お返事はどうしたものか、凄まじい打撃を頂いたのでこちらも肩パン等でお返答した方がよろしいのか。

 

「そう!ながーい移動が終わって、漸く君の元に来れたんだよ〜。そしたら、声を掛けてもボーッとしてるしさー」

 

「……な、なんかキャラ変わりました?」

 

「キャラ変──こっちが素な感じだよ、お茶会の時は基本真面目モードなんだよね。気品とか、そういうの大切だし」

 

「と・も・か・く。凄い凄いねほんっとうに凄いよ!流石英雄ナツキ・スバル、ナギちゃんが選んだ救世主!あの日からずっと言いそびれてたけど、本番前に少しだけ会いに来たのは──お礼を言いに来たんだ」

 

「ありがとう、スバルくん。みんながずっと苦しんで、悲しんで、辛い思いをして繋いできたバトンを君が受け取ってくれて───ありがとう」

 

「そこまで改められると困っちまうが、モーマンタイだぜミカ。諦めない事だけが俺の取り柄だったんだけど、最近よく身の丈以上に期待される事が多くなって……身の丈以上を、頑張ろうとする人間に変わりかけてる」

 

「だから───最後まで、俺は気を抜かないし、抜けない。特に腹黒お姫様の目の前だとな」

 

「───。ふふっ」

 

脳内フル回転の時に話し掛けて来た方が悪い、そう言い訳して悪態を吐く。聖園ミカが余罪ゼロの清廉潔白お姫様であれば、後々土下座でもなんでもしてやろう、覚悟はしている。

 

このタイミング、この瞬間で感謝を送る為だけに来たのであれば──腹を抱えて笑ってやる。本当にお前らは手段が尽きた挙句、やる事が敵への賞賛なのかと。

 

「腹黒お姫様…お姫様か〜、あははっ、ふふっ。お姫様!うんうん、やっぱり君とは趣味が合うのかも?実は私、お姫様呼びをして貰いたい……趣味?みたいな感じでさ」

 

「ねぇねぇ、もう一回呼んでよ。お姫様って」

 

「め、めんどくせぇ…。はぁ、ミカお姫様。これでいいか?」

 

「──うん!うんうんうん!とってもとってもとーっても、嬉しいよ!」

 

「………なぁ、ミカ。一応俺は──色々勘づいてる。その上で、俺なんかを本気で英雄だって思ってるなら、やめとけ。立派に抱いた誇大妄想が解消される、なんてことも無い」

 

「んー?んー、んんー…」

 

「まず、俺って元引きこもりなワケ、誰のことも信じれなくて信じれなくて信じれなくて、センチメンタルで中二病な馬鹿だ」

 

「えーっと、何が言いたいのかな」

「──。引きこもり舐めんな、笑顔、ずっと無理してるのが丸分かりなんだよ。理由も根拠も薄い、が、お前の言葉も顔も心も全部薄っぺらの嘘ってのが───元同業者として言わせてもらう」

 

「一ッミリも、隠せてないぜ。聖園ミカ」

 

ああ。聖園ミカの気持ち悪さは、ナツキ・スバルと同じモノだ。

孤独と絶望に染まって、事実がどうあれ自分が最も不幸だという面をして、自分以外の不幸を見下している。

 

「うぇーん…酷いな〜」

 

「……」

 

「あー、うん。難しいね、悲しむって」

 

選択の責任を背負い切ることの出来なかった人間の目だ、折れてグチャグチャに、崩れた心の破片を何度も自虐の為に踏みつける人間の顔だ。

──それが、スバルにとって耐えきれないフラストレーションの塊なのだ。トリニティの全員が同じ目をして、同じ顔をして、そうして同じ想いを抱く相手を殴り合って、

 

「まあまあ!楽しんでよスバルくん!こうやって大勢の目に触れるのは初めてでしょ?───きっと、楽しいから」

 

「────」

 

「私の英雄、私の救世主。私の──処刑人」

 

「私の願いは星に届いたよ。君の願いも、いつか叶うといいね」

 

 

 

自らに、処刑宣告を下すその姿が気に入らなくて仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──晴天から降ってくる虹彩が瞳を貫き、目を窄めさせてくる。

 

「────」

 

それ以上に、目を通して脳を貫く極彩色の光景。パレードの際に打ち放たれるクラッカーから飛び出た色紙や、振られる旗の装飾に太陽光が反射して、ピカピカと群衆を彩っていた。

もうすぐ、大きな災いが降りかかるとも知らず、彼女らは式典を祝う事に全力を尽くしている事になる。

 

──否が応でも、ここが分水嶺。

 

「──であり、─────であることを誓い合い、それを─────。我ら───により血の誓いを立て、──────として、ここに調印を行いなさい」

 

「─────。────。───次に、連邦生徒会長代理ナツキ・スバルによる調印宣言を行う。────。壇上へ」

 

眩しさはより光度を増す、カメラのフラッシュと人々の瞳がナツキ・スバルを覆い尽くす。

小さな一歩から始まった、数歩歩いて小さな明日を、百歩走って小さな生徒達の未来を。前に進む事で背負う責任と背負った代価は、血と灰に塗れていようとも。

 

「…………」

 

息を整え、ネクタイの締りを確認して壇上へと登る。

美しい、とも言える程の青空の下、眼下に広がる人の群れに寒気がした。

 

全校集会で単独表彰されるような、単独スピーチを任されているような。元より、目立つのは好きだが苦手という難儀な性格。

威風堂々たれと念じても、緊張から滲む手汗は止まらない。

 

燃える世界、瓦礫に沈む街、血に染まる生徒達。

避けられない運命を覆した手応えは、未だ一つも無く。

 

「キキキッ……」

 

「───あはっ」

 

「今日、この日を迎えられた事を光栄に思うぞ…なんてな」

 

「私も〜。ここまで長かったね、無駄に☆」

 

「お前ら仲良くしろよ…」

 

調印式の場においてさえ、敵意を剥き出しにする両者。

焦りを隠せない進行役の必死な目線に気づき、こほんと一呼吸置いて読み込んだ台本を脳内で開き、台詞を口にしようとする。

 

最初の言葉はなんだったか、『こ』だったか『は』だったか。こんにちはから始めるのか、初めましてで始まっていくのか。

 

緊張──耳鳴りと金縛りが一挙に襲いかかってきそうな予感が的中する前に、記憶を頼りに心の中で言葉を先読む。

 

「────」

 

───ああ。

 

なんと、壮大な景色。街中のモニターにも、ネットにも、ニュースにも新聞にもテレビにも、ナツキ・スバルが映っているんだろう。

 

どんな風に映っているのか、非凡な英雄──それは嫌だな。いつも間違った認識で不幸を受け取る羽目になる。

一番の不幸は、ナツキ・スバルの命の価値を見誤る事。元々、この命に左程価値は無い。人の為にしか使えない命は、命として認めて良いものか。

 

まず、自分の為に生きてみる事が『最初の一歩』だ。それ以外は、その一歩から広がった余計なお世話に過ぎない。

 

「初めまして、になるかな。俺の事は最近よく耳にしてると思うが……改めて自己紹介させて貰う。───唯の一般人、天下不滅の英雄なりたて、ナツキ・スバルだ」

 

──思いっきりアドリブを挟み込んだ。晴天のお陰か、遠くに見えるリンちゃんの顔がキレ顔なのがよく見えて、肝が冷える。

静まり返る式場は、入学初日の『アレ』を思い返す。これは──スバルにとってのトラウマ克服、というべきか。

 

「根も葉もない噂には踊らされず、ここに居る俺が、『俺』。嘘偽りなく、コレが全部って思って欲しい」

 

「調印式に対して俺が話せることは無い。拍手と喝采を送るなら、立案者の連邦生徒会長、そしてエデン条約の成立を目指した──ゲヘナ風紀委員会部長、トリニティティーパーティー、そして今ここにいる二人に」

 

「──だから、俺が話すのは一つ。調印宣言をする前に一つ、覚えておいて欲しい」

 

「俺や、連邦生徒会、ゲヘナ、トリニティ。それぞれが持っている役割があってさ、……信念とかで、ここに立ってる。でもな、結構役割とか信念はあやふやになるんだ。俺が英雄だなんて呼ばれていようが、明日にはどう呼ばれてるかなんて分からない」

 

「───。エデン条約は、色んな人間の『願い』が集まってると俺は思う。多くの願い、想いを積み重ねた形の無い約束だ。この約束が蔑ろにされない事を、俺も願ってる」

 

「以上!唯の後釜で横入りした奴の軽い言葉は終わり!」

 

──瞬間の静寂の後、頭を下げるスバルの後頭部を音の衝撃が叩いた。

上手くいったかどうかを確認する必要も無く、衝撃波に押されマコトとミカが待つテーブルの椅子へと座り込む。

心臓の高鳴りを抑え、細かく呼吸を行い酸素を出し入れする。まだ何も起きないのか、終わらない苦痛が心臓を締め付け顔色を悪化させていた。

 

マコトは含み笑いを崩さず、ミカは嘘くさい笑顔を隠さない。

調印式が終わった瞬間か?それともこの後の閉会式後か?それかそれとも、既に未然に防ぐ事が出来たのか?

 

結論が出ないまま、司会者が壇上に立ちマイクへ口を近づける。閉幕の言葉をゆっくりと述べる姿には、波乱が起きやすいキヴォトスの歴史でもかなり大きな転換点であるエデン条約の式という場は、流石に緊張せざるを得ないのだろう。

 

そしてスバルは閉会の言葉を待ち望む、スバル達にとっての本番は、マコトが飛行船へと乗り込み、ミカがこの場から離れるその瞬間だ。

 

「───これにて」

 

「エデン条約調印式を、閉廷します」

 

「────」

 

「────っ」

 

知らぬ顔でマコトが離れていくのを眺め、深深呼吸。肺がへこんで膨らむのを感じる程に、深く深く呼吸を刻む。──まだか、まだ何も起きないのか。

 

予定調和はやめてくれ、いや予定調和であってくれ。二律背反の想いが心を無茶苦茶に蹂躙して過呼吸を引き起こしそうだ。

 

「────」

 

──。羽沼マコトが、飛行船に乗り込んだ。

──。聖園ミカはまだ、席に座ったまま。

 

「────」

 

どっちだ、どちらからだ。どこから誰から、一体何が始まるのか。

全て肩透かしで終わるのも、また一つの結末か。

 

「────」

 

そうだ、壇上に立つ前にチェスの理不尽さを思い浮かべた。

勝ちを宣言するなら、まさに今この瞬間。この瞬間しかない筈なんだ。

ボロをだせ、馬脚を見せろ、したり顔を見せた瞬間にこの手で───。

 

 

 

 

 

 

 

「────チェックメイト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────チェックメイト」

 

「だな。キキキ…キシシシシッ…!」

 

「我々の勝ちだ!さぁ見てろイロハ!イブキ!綺麗な花火があがるぞッ!私を侮った愚か者共の打ち上げ花火だ!全てがこのマコト様へと跪く事になる!ほれドッカーンと!」

 

「…───ドッカーン…と」

 

「───。ん?」

 

腕に巻いた時計を何度も確認し、そして予定通りの時間になっても何も起きない式典会場の様子を見て後ろ頭を掻くマコト。

 

伝えられた作戦では、自分達が飛行船に乗り込んだ後地上が一斉爆破される筈で───。

 

「な、な、ななな、なんでだぁっ!?どうなっているイロハァ!」

 

「さぁ〜……なんででしょうかね〜…」

 

「どうしたの〜?マコト先輩?」

 

「まっ、す、少し待ってくれイブキ。多分ほんの手違いの筈だ、そそそそんなまさか、このままエデン条約が締結されてしまえば────」

 

「……マコト先輩、アリウスはトリニティへの恨みと同じぐらいゲヘナを憎んでるんですよ?どうして協力できると思ったんですか?」

 

「────」

 

「まぁ、さしずめナツキ・スバルにでも阻止されたんじゃないんです?あの人ならほら、連邦生徒会長の残したなんちゃらで何でもできそうですし」

 

飛行船の窓の外を気怠げに見つめるイロハは、上司の幼稚な企みが失敗して一段落ついたとため息を吐く。

エデン条約にはもう関わらない、いや、アリウスとはもう関係を持つことは無い。暴力沙汰の多いゲヘナでも『死者』は禁忌の類だ、それこそ、あの『雷帝』が引き起こした事件の数々でもその領域までは達していない。

 

自分は、まぁいい。けれどまだ幼いイブキと日常を楽しむ同僚、後輩、先輩。皆がアリウスの脅威に晒されると考えると、正直めんどくさい。

 

ナツキ・スバルとヒナ委員長が居てくれて良かった、あの両者であればアリウス如き相手にも────。

 

「ふぅ………」

 

「…………」

 

「───うん?」

 

棗イロハの目に映る、網膜を焼き潰す光。

焦りと共に発生源をしらみ潰しに探す、急激に湧き出る不安を収める為に、今のが唯の反射光である事を祈って、

 

「────」

 

───祈った願いが、無惨にも打ち捨てられる。

 

 

 

 

 

 

 

「時間過ぎちゃったか、じゃあ『今回』はこっちのルートって事?」

 

「────」

 

「じゃあ、チェックメイトかな」

 

ああ。神様、どうか、赦して下さい。

神様、どうか、魂を焼く煉獄の炎は、私だけを燃やしてください。

私の罪で、私以外の誰かを、苦しめてあげないでください。

 

「プラン…Bって感じだよ!ほら、スバルくん」

 

「私の手、握ってくれる?」

 

神様、神様がもしこの世界を作ったというのなら、どうしてこんな運命を辿らせたのですか。人の願いで世界が形作られるのなら、どうして世界はこんなにも悲しい姿をしているのですか。

 

必要の無い悲しみが、必要の無い苦しみが、どうして世界を包み込んでしまっているのでしょうか。

 

「──。皆さん!ちゅうもーく!」

 

「何してッ──」

 

「私達『スバル派』は、たった今からキヴォトスに宣戦布告しまーす!」

 

「───は」

 

「この映像を見て欲しいな☆モニターに映っている彼女はなんと『災厄の狐』!スバルくんが制圧して更生させちゃいました!」

 

「これから──あらゆる自治区で彼女を筆頭に『スバル派』は暴れます。ビックリしちゃうかもだけど、次第慣れると思うから頑張ってね!」

 

「────おごっ…がっ…ぁ…!?」

 

人を疑わず生きていくのがどうしてこんなに難しいのですか。

親友と笑って茶会を開いて日常を楽しむのは罪という事ですか。

 

人を指さして、悪意をばらまいて、泣いてる子を殴って蹴って口汚い言葉を吐くような真似をしても、天誅の一つも無いという事は、

 

──神様。貴方はきっと、私達を作ったことなんて無かったんですね。

人を信じる。それだけなのに、それだけの行為の為にどれだけの試練を与えたのですか。一体何を望み、何を求めていたのですか。

 

なら、神様。お願いします。どうかせめて、罪を罰する権利は、

 

「スバルくん、ずっと気になってたでしょ。爆弾以上にぼっかーん、って式場全部吹き飛ばしちゃうのが何なのか──。これは二つの内の一つなんだけど、君だけに特別に見せてあげる」

 

 

───私の手に。

 

 

「あはっ」

 

「あははっ、あはははははっ!アハハハハハッ──!」

 

「はーあ。つまんないな」

 

「ごめん、セイアちゃん。ナギちゃん。私って何でも不器用だったみたい」

 

 

席を立とうとして握り潰された右手首、その痛みなど、気にも留まらない。

異変を察知して即飛び込んでくるヒナとツルギ、そして未来予測を行おうとするアロナ。──の、誰の行動よりも早く、彼女の『光』は世界を照らす。

 

───聖園ミカのヘイロー。星雲、コスモスの形をとるその天輪が、星々の輝きを纏って膨張を始めた。

 

ソレ、が星である筈は無い。天に浮かぶ光こそが『星』であり『星雲』だ。どう足掻いても彼女の頭の上に浮かぶものは模造品であり、星雲とは淡いイメージとしてスバルが抱いただけのもの。

つまり、本当にイメージでしかない代物。実物と同じ現象が起きる訳が無く、いやしかし、今まさに始まろうとしている現象は現実としかいえず、もしこのイメージに対して現実が追いつくというのなら、確かに彼女の星雲は本物と呼べる。

 

ああ。なるほど、そう見えるのなら、そう在れるのか。

 

引き起こされる結果により本物とされ、逆説的にそこに本物が『在る』事で、ソレ、は引き起こされた。

 

「楽しんでよ、ナツキ・スバル」

 

「まだ、こっちの手札じゃ一枚目って所だからさ」

 

「沢山沢山、苦しんでいって欲しいな」

 

「君が、最後の一欠片を大切にできるまで、削ぎ落としてあげるね」

 

──その場の全員が空を見上げ、目撃したのは、アリウスにとって最強最大の『兵器』聖園ミカによって作り出された絶望。

 

───空を埋め尽くした星々による輝き、その蹂躙である。

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