Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『閑話』

 

 

 

ふむ。

 

ああ。来たんだね。

 

さて……。

 

 

 

 

──とある姫の話をしよう。

 

退屈な話になる──と前置きすると、身構えてしまうだろう。

安心してくれ、想像通りにつまらないお話だから。

 

──それは『心』に打ち砕かれた女の話。

狂気に沈み、生きている骸と呼ぶに相応しい末路(はなし)だ。

 

高い塔の上に住む一人の少女は、その身分もさることながら有り余る絢爛さを惜しみ隠さない少女だった。時に謙虚は人の精神を逆なでするが、隠さない自尊心もまた人となりを左右する。

 

彼女はというと──自尊心溢れる臆病者。そう呼ぶのが相応しい。

 

…ああ。語り部としての台詞だ。旧友としての色眼鏡は付けていない、そして『臆病者』という呼び名も悪意あるラベル付けではない。

 

──塔の上のお姫様は、目覚めた時から疑心という鎖に繋がれていた。

 

誰かに結ばれたものではない、目に見えない自縄自縛。

私は自由だ、と声高らかに叫んでも、塔を眺める麗人の目には『囚われのお姫様』と映る。ではなぜ、姫は鎖に気づかないのか。

 

──高く佇む塔から見下ろせる光景しか、彼女は知らなかったのだ。

塔の中には鏡が無い。外から聞こえる声で、自分の美しさと可憐さ、そして立場といったものを余人から教えられる。けれど真実を映し出す鏡は何処にもない。

 

声の真偽を疑い、自分を指し示す音を嫌い、何より確かな形のない自分自身を最も憎んだ。真実に怯え、笑顔の裏では何も信じないような性根が出来上がる。『心』という不定形に怯える愚者が生まれ落ちる。

 

塔の上で、彼女は一冊の本を手に取った。それは真実の愛、誠の想いを持った姫が、魔女に呪いをかけられ見た目を変えられた王子の為、畜生の姿をした王子へ口づけを交わすというもの。

塔の上で、彼女は願う。偽りのない自分が欲しいと。自分ではない誰かの声でしか自分の姿を理解できないというのなら、鏡は要らない、真実を寄こせ。

だが、君が知っての通り、真実とは苦痛を伴う。

 

──塔は一つだけではなく、窓から眺める向こう側にもう一本。

 

彼女は求めた、向かい側に居るもう一人のお姫様に。

お互いの塔に下へ降りる手段はない、そのもう一人のお姫様も外からの声が唯一己を決める指標であった。

 

昔々、いつもの通り外の声を聴こうとした時、偶然二人のお姫様は顔を向き合わせる。声しか聞こえない外の世界との交わりで、初めて見合わせた人の顔。

趣味趣向が合わずとも、自ずと二人の距離は縮まった。自由が無い、と嘆く傍ら、自由が無い、と喜ぶ片側。それでも友愛を感じ、長く二人は愛とも呼べる友情を積み重ねる。

 

──『貴方の太陽のような元気と美しさが羨ましい』

 

──『声に惑わされず凛として立つ月のような清廉さが羨ましい』

 

想いを伝えあった日から、塔の上には太陽を思わせる絢爛さを持つお姫様と、月を眺めている様な月華の姫が住まうと噂が流れるようになる。

 

しかし───それでも、真実は明らかにならないまま時は過ぎ、慰め合いにしかならない日々を送りつづけたせいなのか、遂に物語は地獄の業火の底へと向かっていく。

始まりは、何処の誰とも知らない吟遊詩人の、つまらない語り草さ。

 

──『月の姫に比べれば、噂の太陽の姫など醜悪に過ぎない』

 

苛烈な物言いの、下品な発言。最初は誰の耳にも届かなかった。

けれど真理を暴くまで止まらないのが人間の性、比較を始めれば決着を望む。

ああ。醜いのは吟遊詩人の心だったとも。心の底から口に出したものなのか、虚栄心によるものなのかさえ、不透明だ。

 

一度燃え上がれば、真実はどうでもいい。

何ら関係性の持たない別の噂をくっつける、身も蓋も無い悪評を振りまく、当の本人達を差し置いて『楽しんでいた』とも形容しよう観客たちの声は大きくなるばかり。

 

太陽の姫は月華の姫を前にして問う。

 

──『あの日、あの瞬間、笑いあった全ては嘘だったのか!貴方が伝えてくれた、私の姿形は偽りだったのか!?喜びと苦痛を分かち合って尚!私は、真実の鏡に映らない!教えて欲しい、教えてくれ───真実は何処にある!』

 

友として、愛を育んだ。

だが胸を渦巻くのは憎しみばかり。

 

しかして愛は消えず、愛憎を抱ける存在は狂気に染まる。狂気は狂騒に、そして狂愛の焔となり月華の姫の塔を飲み込む。

太陽の姫の絶叫と共に、声を聴いた愚鈍の民衆は燃え上がる塔を打ち壊そうと動き出した。

 

瓦礫と炎に包まれていく親友を眺めるしかできない狂気の姫は、真実を求めた。返事は無く、ただひたすらに、瞳は砕かれた心の破片を映していると、

 

──『貴方は、私にとっての真実でした』

 

ぽつり、素朴な声が耳に滑り込む。

群衆の狂乱も、燃え盛る焔の弾ける音も、塔が壊れていく騒音も。

 

その声は、全てを通り抜けた。

 

少しして、燃え尽きて灰となったモノが、風に乗り空から降ってくる。

窓の外へと手を伸ばし、灰に触れた姫はそこに涙を重ねる。

 

真実など、この胸の苦しみに比べれば取るに足りないモノだったと、どうして気が付けなかったのか。どうして今更気が付いてしまったのか。

真実の愛をその手で辱めた『魔女』は、塔の窓から飛び降り、群衆の喝采に受け止められて消えていく。

 

大切に握りしめた、僅かな灰へ──『私も、同じだったのに』と呟いて、疑心によって全てを手に入れ、そして二度と手に入れられないものを失った彼女は────。

 

……。

 

どうなったと思うかい?

結末を知りたい、ああそれも良いだろう。けれど私の口からはこれ以上を語る資格を持ち合わせていないんだ。

 

それに、結末は真実と同様に残酷なものさ。

ピリオドが打たれれば、その物語は終わりを宣告される。君が好きな、ラストのどんでん返し……といったものも存在しない。

 

つまり、話すと煙たがられるのが見えているから嫌だ。

 

───。

まぁ、現状を鑑みると呑気だね。

けれど、これが私の使命なのだよ。君の興味を失わせない、君にこの物語を愛してもらうこと、ソレが私に出来る全てだ。

 

虚しく、そして苦しいだけの物語を綴ろう。形を変え、元の姿が無くなる程に。流れる涙の価値を問い、悪意も善意も隔てなく。

 

悪を語る時は仰々しく大袈裟に、彼ら彼女らが胸に潜めた大望を表すが如く。善を語るは泡沫の夢の様に、一瞬の内に形を紡ぐ人間賛歌を永遠の中へ閉じ込める。

 

君が目を瞑る度に、甘い言葉で憂鬱な物語を述べ続けよう。君が飽きる事の無いように、君がこの物語から興味を失う事の無いように。私は語り部、君は読み手。一冊の本の登場人物達一人一人に、心を痛めてもらうよう、誠心誠意努力しているだけの事。

 

──『願いを叶える皆のヒーロー』と、『野望を打ち砕くラスボス』。立場が違えば君は『希望』で『絶望』だ。

 

私は、そのどちらでもない存在として君を定義する。……定義が意味を成すには、君という存在は不定形すぎるけどね。

 

──『ナツキ・スバルはキヴォトスという物語を閲読する読者』

 

──『ナツキ・スバルがキヴォトスを定義する絶対者』

 

──『ナツキ・スバルという男は、唯の蛮勇ある学生』

 

以上、三つが私にとっての『君』である、かな。

───。ふふっ。そう怪訝な顔をしないでくれ。

 

──……。

 

ふむ。ああ、確かに、私が名乗らないのは不平等だと言える。

言わなかった訳じゃないよ。君ならとっくに分かっているだろうし、そもそも私は『私』を偽っていない。隠してもいない。

つまり──ああそうだね、自ずと真理は解き明かされ、形を持ち意味を有し定義される。

 

私は、元ティーパーティーホストサンクトゥス代表。百合園セイア。

──と表す事が出来るだろう。

 

…………。

君と話していると、私の旧友から向けられる目をよくされる。理解しているさ、万物の真理を解き明かすことは出来ずとも、無想に広がったテキストから神とも言える創造主の意図を読み取ろうとする行為は────。

 

…………。

すまない、だからそんな顔をしないで欲しい。

 

────。

ああ。これ以上の会話は不要だね、ナツキ・スバル。

君が興味を持ちさえすれば、この物語は先へと続いていく。その道で、その過程で自ずと秘められた真実は暴かれていく。

 

これでも敵対者からは『予言の大天使』と呼ばれていたんだ、君の旅程を導く程度なら出来るさ。

 

ふむ。

────。

 

大丈夫だとも、ナツキ・スバル。

何度この会話をしたかも分からない、けれど幾百回、幾千回、君とは真新しい気持ちで言葉を交わしあえる。

 

私は、君の味方だ。

それが唯一変わらない解。私の全て。

 

分かっているとも、辛く感じたり、飽きてしまったり、本を閉じたい時になれば、私の手を取ってくれ。これは約束であり盟約、いや、

 

 

 

───契約だ。

 

 

 

私は真の意味で君という存在を理解しているんだ。私だけが君の失ったものを、手放したものを、手に入れたものを知っているという事だ。君が救えなかった全てに憐憫を覚える君のエゴに真我に触れられるという事なんだ。君の心は打ち砕かれる、この先必ず手の中に収まりきらない死を超えて僅かな救いを手にした時、誰が君の心を救うことが出来るというのか。未来、あの瞬間まで歩いた君に残っているのは一歩前に歩く為に抱かなくていい罪悪感で押しつぶされる、だというのに誰も君を真の意味で救う事がないなんて私には耐えられない。君はその力の真髄のたった一人の理解者だ誰も彼も見誤り勘違いを重ねている実に由々しい事だけれどね。けれど私は理解している知っている、同じ読者の立ち位置である事で共感出来る。無論死の苦しみや喪失の絶望の全てを同じく味わう事は難しいかもしれないが安心して欲しい、私は君の為なら同じ苦痛を味わおう。戸棚の本の一冊を午後のティータイムに手にする時のように、君の絶望を読み取り続けるよ。今もそうしている最中だ。そして最後の一幕まで私は君を待とう、そして君が再び同じ言葉を口にするか否かを塔の上で真実を待つお姫様の様に儚げなく待ち続けよう。重ねるようだが私という存在の真実は君の味方という解のみだ、それは君が魅力的で魅惑的で超越的で、その為に私は私以外の存在へ興味が移ることをいとわず君に道筋を照らし続けてる事実は理解していて欲しい。そうまでする理由は一つ、君の手を取れるのは私だけであり私だけが君の理不尽な因果から連れ出せる可能性を持つたった一人の生徒であるからさ。また同じく君だけが私を外の世界へ連れ出してくれる唯一の可能性でもあるからだよ。これはただの興味心によって提示している契約じゃない、この世界の真実があまりにも残酷で冷たく苦しいものであるからこそ君の温もりに縋るしかないんだ。洞窟の寓話に登場する囚人のように今まで現実だと思っていたものが唯の箱庭遊びでしかない真実を知った時、私とて絶望したよ。都合によって歪められる不安定な世界、善も悪も価値を持たない理解に苦しむ不合理な世界。運命という名の死刑宣告が当たり前の様にまかり通ってしまう耐え難い苦痛。解放されたいさナツキ・スバル、こんな不条理を許さないのが君だろうナツキ・スバル、ああそうとも君と同じだ私も許せないだけさ。抗いに過ぎないんだ、私による君への契約はその救済の第一段階に過ぎない。死に戻りは必ず君から人間性を剥奪する、望む未来を手に入れる為に因果を超越し続けすぐ傍の大切な生徒の喪失にすら感傷を抱かなくなっていく。元より君は居場所を追い出され安寧を奪われた立場なのに、誰もそれを気にとめない。君の家族はいつまで君の喪失に耐えられるだろうか、君を愛した者達は君が味わった喪失と同じものを感じる事になってしまうんだ。徒労を積み立て、骸を積み上げても、君は本当に欲しいものを手に入れる事が出来ない。それが死に戻りであり、この世界の理不尽であり、連邦生徒会長が背負う筈であった罪なのだよ。ああ、君の為なら世界を切り開こうとも。君となら私はどこまでもどこまでも、未来を目指していけるだろうさ。そうとも、私はまだ君のことを理解しきれていないんだ、この世界が君から剥奪したモノと比べ、この世界が君に与えたモノはあまりにも些細で、小さく、少なく、虚しいものだというのに何故!そう叫ばずにはいられない。私に与えられた力はきっと、君の苦痛を少しでも肩代わりする為のものなんだ。手放す、とは悪い意味で言ってるわけじゃないよ。君がこれ以上苦痛に沈まなくて良いというだけの話。私の手を取ってくれるなら君の力を借りて誰も彼もを救い、私の旧友の悲劇をハッピーエンドに変えて、その上で私は君をも救いたいというだけなんだ。だから、だからこそ、待っているよナツキ・スバル。

 

私は、この陰鬱な物語が君の手でハッピーエンドを迎える事と同じくらい。

 

私は、君がこの手を取ってくれる事に期待している。

 

さて、返事は如何かな。

 

────。

 

そうか、ではまた次の機会に。

また会おう、ナツキ・スバル。彼女の神性は強力だからね、暫くは会う回数も増えると思う。隕石に押し潰されないよう、頭上注意、だ。

 

取捨選択に疲れ、失われるものに疲れ、これ以上の閲読に辟易したのなら手を貸そう。なに、悪いようには絶対ならないさ。私は君以上に……過程を大切にする派だからね。誰一人として不幸を産まない結末を用意すると誓おう。

 

──ああ。

 

──そうだね。

 

赤裸々な感情で小指を結ぶ園児達のように。

 

私と手と手を取り合って───契約を結んでくれることを、願っている。

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