誤字報告、感想、どちらも本当にありがとうございます。
(その日の気分で書いてるので、燃え尽きるまで書くことが多い=頻度が不安定。申し訳ない)
──吐き気が、する。
朝の、寝覚めの、一番気分の悪い瞬間。
それが、永遠に続いて、
「────」
何とかしないと。
何かしないと。
何か、何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何もない。
それは頭の中を往復する答え。最初から盤上で戦うつもりの無かった対局相手に、ボードをひっくり返されて負けた。ゲームのように、ではなく、ゲームとして聖園ミカはこの対局に望んでいた。
見誤ったんだ、聖園ミカの異常性を。自分に死刑宣告を何ら抵抗なく告げる程に狂っていた。
自己の連続性を認識した上で、次の残機へと未来を託すように死地へ向かう彼女を狂っている以外の言葉で表現しようは無い。幾らゲーム感覚といっても、彼女が足を踏み前に歩くこの世界は現実。
しかも、信じていたのは実在すら証明出来ないナツキ・スバルの『やり直し』だ。まさか、まさかとは思うが、聖園ミカと同様の考えをアリウス全員が共有しているとするなら、本当に頭がおかしい。
──ベアトリーチェ。
こいつだ、この気狂いの、気の狂った、頭が変になるイカれた思想を吹き込んだのは。
何の対価も差し出さない無能の英雄に命を捧げ続けるように仕向けているのは、コイツのせいだ。
「──ぅ、あ」
「ベア…トリーチェ…ベアトリーチェ、ベアトリーチェ、ベアトリーチェぇぇ──!!!」
「お前っ!お前がっ…出てこいッ!出てこいよ!!いつまで隠れてんだお前はぁっ──」
「来ませんよ、ここには」
「────」
スバルの絶叫に返事を返したのは、新たなる魔女、浦和ハナコ。
死相を顔に浮かべ嘔吐感に苛まれるスバルを、聖園ミカと似た笑顔で見つめている。
──お前もなのか。
そう言いたげなスバルに応えるように、目を瞑り首を軽くこてん、と倒して頷いた。
「あの人は臆病なんです、貴方が怖くて恐ろしくて堪らないので、絶対にここには顔を出しません」
「そうか、なら、絶対に引き擦り出してやる。俺がこの手で必ず」
「ええ。頑張って下さい」
この魔女も同じであるのだろうか。同じく、あのイカれた思想に感染してしまっているのか。
いつからこの絵を思い浮かべていた、スバルがキヴォトスに現れたと噂になってからか?それともアビドスの惨劇を乗り切った辺りか?どの地点だとしても、トリニティでの茶番劇を繰り広げさせたのはコイツだ。
最初からグルだったと、つまりはそう、トリニティが内紛を始めた時から二人は口裏を合わせ、トリニティ学園の平穏を享受していた生徒を地獄に招いたのはお前達の仕業だったということ。
「お前…も…!一体どんな顔して和平派のリーダー気取ってやがったんだ、お前らが仕組んだ内紛でどれだけ生徒達が…!」
「───うふふっ」
「──。何が、おもしろい」
「ああいえ。お話しする事は出来ないのですが……そうですねぇ…。貴方の今の『回数』を当ててみてもいいですかね?」
「────」
出来るものならやってみろと、睨み付けるのを返事代わりにするスバルへ、頭を小さく横に揺らして数十秒。スバルの目の前に右手をかざし、五本指を一本一本折り曲げていく。数が減っていく度、変えまいとしていた表情筋を崩されて、
「ゼロか、一。もう少しお時間を頂ければ、的中させられます」
「なんっ」
「ああ──分かりました。ゼロ、ですね。光栄です、貴方の門出を祝うことが出来て」
「ネタバレは厳禁、そういう約束なんです♡私達が交わした契約に接する事はお話しできません。けれど、お上手に質問して頂けるのなら…お返事をする事も厭いませんよ」
敵としか思えない浦和ハナコの口からは与えられているのは、『機会』だ。
今までは白紙だった答案用紙に漸く問題が書き加えられた、だからこそスバルへ解答権を渡している。
慎重に、慎重に、ナツキ・スバルはペンを握った。
「──お前、は…アリウスの…」
「いいえ、違います」
「……トリニティの内乱はお前のせい…なのか」
「それも違います」
「っ、なんの為にこんな事しやがる!ミカが言ってた事は一応、一応…ほんの欠片だが、一応分かってやれる!狂っててもな!でも、具体的なモンが一つも出てこなきゃ誰も追い求めねぇだろ!?」
「答えられません」
「────」
採点は、ゼロ点。
何も分からないままに、時間は過ぎる。
「…うふふっ、あんまりにも可哀想なのでヒントでもあげましょうか?」
「──。ヒント…?」
「『次』は、もっとしっかり補習授業部の事を調べてみてください。といっても今回は時間が足らなさ過ぎましたね、貴方にしては愚鈍だな…と思っていたんです。まさか最初の一歩目で────ああ。そういう事ですか、もしかして『やり直し』のトリガーは…貴方自身制御できていない代物?うふふっ、久しぶりですね…真剣に頭を使うというのも」
「………本当にお前は何なんだよ…!何がしたい、何の為にここに……」
揺れ動くスバルの瞳を愉快げに眺め、ハナコは無言を返す。
聖園ミカが居なくなってから数分経つ、この暗い部屋の外では何が起きているのか。みんな無事でいて欲しい、誰も失われず、誰も悲しまず。
そう願うスバルの正気を少しずつ少しずつ、聖園ミカの狂気が蝕んでいく。そしてこの浦和ハナコという人物の不透明さもまた、聖園ミカの狂気に匹敵する何かを有している。
人格が破綻──しているのであれば、こうも流暢に会話できるものなのか。計り知れない、そんな言葉が似合いすぎて気持ち悪い生徒に、また眩暈を覚えてきた。
「───。あらあら」
彼女が耳につけるインカムから雑音が聞こえた後、浦和ハナコの表情が一段険しくなる。部屋の中まで伝わる振動が、ゆっくりとだが近くまで来ているのが伺える。
「ナツキ・スバル」
「私の目的や、辿り着きたい場所はミカさんとは大きく異なっています。が、貴方に『やり直し』をしてもらう。その一点のみ、唯一の解として合致したので──私は今この場にいるんです」
「その為には、貴方を覚えている全員を殺す。それすら、躊躇しません。この言葉の意味がよく理解できるように、現状を見せてあげましょう」
「は」
神様に、嫌だといっても抗わせてはくれなかったんだろう。
その瞬間を最悪の時間だと記憶する、この先、未来の中で忘れることの出来ない記憶。視界に映る僅かな光が、頭を支配していた吐き気より、胸を苦しめていた怒りと狂気より、神経を刺激していた全身の怪我より、苦痛だった。
ああ。──相も変わらず、ナツキ・スバルは惨めな存在だ。
「ぁ───いや…だ…」
見たくない。嫌だ、視界の端にすら入れたくない。
それでも、ナツキ・スバルは、ナツキ・スバルとして、ナツキ・スバルであるが故に、ナツキ・スバルの運命からは逃れられない。だから、見るしかない。
──手と手を取り合って、ナツキ・スバルの元へ必死に辿りつこうとするアビドス対策委員会の皆と、風紀委員会のメンバー、カンナやキリノ、見知った顔ぶれが通路を埋める白無垢達に抗う姿を見るしないのだ。
画面の向こう側で、また一人。また一人と白無垢に取り囲まれる。そしてまた一人、一人ずつ、また一人一人が、見えなくなっていく。一人ずつ、一人ずつ一人ずつ一人ずつ一人ずつ一人ずつ一人ずつ一人ずつ一人ずつ一人ずつ。
──最後には、壮絶な死闘を繰り広げ、聖園ミカの亡骸を超えて迫る小鳥遊ホシノ。
凄まじい物量が彼女を押し潰す、幽霊のような、青白色のガスマスクの群れが砂浜の粒を大海が飲み込むが如く彼女を飲み込んで、弾けていく。
大迷宮の様相を表す通路を拳で破壊し、唸る犬歯の震える音が映像越しに伝わってくる。
狭い空間に似合わない大量の敵対者。人とは思えない幽霊の様な出で立ちだが、小鳥遊ホシノも負けず劣らず幽鬼のように暴れ、群れの壁を突破していく。左腕に構えた盾を振るえば、幽霊達は壁のシミへと変わっていき、銃を構え、トリガーを引けば最早弾丸ではなくレーザーのような光が辺りを蹂躙する。
──けれど。
彼女の背後には誰も居ない。彼女と一緒に着いて来るであろう人物が一人もいない、先頭をきっていたと聞いていた空崎ヒナの姿も見当たらない。
彼女の目はどす黒い殺意に塗れていた。あの時によく似た、全てを終わらせんとする者の瞳。
最初はあまりの物量によって拮抗状態であった戦況が、小鳥遊ホシノのヘイローが赤黒くなるにつれ、まさかの物量側が押し負けていく。一対千で、千が負ける。
その凄惨な光景は、同じく凄惨である姿の小鳥遊ホシノを飾り立てていた。誰の血かも分からない黒色が全身至る所に付着し、満身創痍ながらも身の丈以上の暴虐を振りまく様子からは───自壊、その二文字が思い浮かぶ。
「なん、で…みんな…は…どうなっ──」
「私が指揮したアリウス兵の全員に、ヘイロー破壊爆弾が配られている。と言えばお分かりかと。戦況が個々の戦闘力に左右される我々の常識を、あの爆弾は塗り替えてくれました」
そして───。
スバルの心に、トドメが刺されて───、
「────」
「ミカさんのお陰で、空崎ヒナさんは討ち取れましたが…小鳥遊ホシノ、彼女は想定以上の存在ですね。というよりも、貴方の影響でしょうか?」
「────」
「──。ナツキ・スバル、決して私達を許さなくていいですよ。咎は、罰は、必ず受けます。推測ですが、貴方の力はベアトリーチェが語るどの推論とも異なっている。ここまで来てやっと、貴方の影を知れた気がします」
「────」
「ふむ、ああ、なるほど。そういう事でしたか。ナツキ・スバル。分かりました、これ以上語れば何かしら貴方の『制約』に触れかねない。元より、想像を絶する道を歩いてきたんですね」
「────」
「この世界はこの世界で終わりを迎える、今更答えに近しい結論を導き出したとて何の意味もありませんが……。貴方には、私なりの祝福を」
「────」
「──心とは、かくも不確かなモノ。そこに神性は宿り、完全性が産まれ、不完全性によって『神』は、本音は姿を表す。──貴方の初心で可愛い人間性が、私のタイプのど真ん中、ですよ♡」
■
「────」
焼け焦げた匂いが鼻を突く。
彼女が、小鳥遊ホシノがやってくる。屍を踏み越え、敵対者全てを焼き払い、暁のホルスの名を冠する彼女が。
「──見つ、けた」
──ぐちゃり。
と、スバルの隣にいた少女だったものは、訪れた『死』に何も抵抗する事なく、物言わぬ骸へと変わる。
遺言は無い、『死ぬ』という事象がただ起きただけ。最後の最期まで冷静冷徹な怪人は、身体に訪れた破壊を受け入れた。
「かえろう、すばる」
「────」
スバルの名を呼び、呼び返されないままに拘束を焼き、彼の力なく垂れる全身を受け止め背中へと背負うホシノ。
ギリギリの、ギリギリのギリギリのギリギリのギリギリで、僅かに残った人間性で、僅かに残った記憶と思い出で、小鳥遊ホシノは歩き続ける。
「ごめん。おそく、なっちゃった」
「かえろっか」
理解できない。理解したくない。理解しようとしていない。
けれど彼女の背中から伝わってくるものがある。あの日分け合った温かさが、彼女の心に根付いた温もりが、今になって伝わってくる。
ホシノは銃を空に向け、この鬱々とした地下から天までを貫いて、その焼けた穴から地上へと這い上がった。出口の先はトリニティ自治区、建物の屋上に登り、疲れからか座り込む。
「────」
「────」
「──。綺麗」
夕焼けに沈む空を、更に赤で染める世界。
どんな美術家でも下品と吐き捨てる空模様を眺め、ぽつりと言葉をそう漏らす。
「すばる」
「────」
「だいじょうぶ。さいごまで、いっしょだよ」
──ああ。
こうしてまた、因果の果てへと歩ききった。
待ち望まれた結末へ、願われた末路へ。
正気を保つ為の殺意と憎悪が、ホシノの手で消えていく。
「────」
小さな寝息が隣から聞こえ、すぅすぅと、安堵を与えてくれるのに。
次第に、ゆっくりと、寝息までもが──消えていって、
「────」
骸の隣で、男は狂う。
正気を保つ術を失い、笑いもせず泣きもせず苦しみもせず、落陽に沈む世界の中心で果てていく。
「────」
だと、しても。
「────」
狂っていたとしても、男は。
「────」
ああそうだとも、元々、狂気は手の内にあるのだ。
「────」
道しるべは何も無い、理解したことも殆どない、ただ足を前に進めることだけがナツキ・スバルをナツキ・スバルたらしめる。一寸先の闇を踏み越え、道無き道を切り開き、目指すべきものが定まらないことなんて当たり前で、それでも足を前に進めるしかないから、ここに居る。
「────」
そうせざるを得なかったんじゃない。
それしか手段が無かった訳じゃない。
誰かの手によって強制されてもいない。
──ナツキ・スバルという男は、そんな道の歩き方しか知らなかった。ただそれだけの事。
「────」
そんなひたむきが過ぎる歩き方を見て、きっと神様は大笑いしているのだろう。どうしようも無い道化を見て、笑いが堪えられないように。
そしてもし、その神が運命を司る神様であったとしたら、いつもは冷たく突き放していても、思わず微笑みを向けてしまうものだ。
「────」
「──。アレ…は…」
ホシノが、否、ナツキ・スバルを解放する為に力を尽くした皆が、スバルをこの屋上へと運んだからこそ見える、サンクトゥムタワー。
木の蔦のような、白く細いものが絡み付いている。赤い瞳が埋め込まれた気味の悪い蔦だ、それが赤黒い光を放つサンクトゥムタワーを取り込もうと必死に成長を続けていた。
あの『白』。そして『赤』。最後に『瞳』。全て、見覚えがある。
──ベアトリーチェだ。
「────」
結局、男が最後まで正気を取り戻したのかは分からない。
手を伸ばし、そして自由落下させる姿に、生気は無かった。
「──必ず」
──その言葉の後に続くものは、なんだったか。
「──必ず」
救いか、殺意か、憎悪か、そのどれでもないものか。
「──必ず」
けれど男は、確固たる決心を有し、舌を噛み切る。
血で溺れ、死ぬ為に。
「────」
「必ず、取り戻す」
何を、と問う者がいれば───ナツキ・スバルの答えは一つ。
───全部。だ。