Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『古書館の大魔術師』

 

「とりあえず、私は君の味方だって事だけ覚えといて欲しいな☆」

 

「────」

 

温かい紅茶の湯気と香りが、スバルの意識を引き戻す気つけになる。

 

丁寧な装飾がされている椅子に座ったまま目を開き、震える手を抑えながらテーブルの上のティーカップの持ち手に指をかける。目の前には、相も変わらず神気を纏う聖園ミカ。

 

──戻ってきたのは、茶会の終わり際か。

 

直前までの黒い感情を紅茶で押し流し、あの瞬間の笑顔と変わらない顔をする聖園ミカを眺める。またしても、ナツキ・スバルは地獄と向き合っていかなければならないのだから、このネズミ捕りに捕まった状況に対しても思考を巡らせるのだ。

 

「味方…」

 

万全の呼吸に有難みを覚える程、貧者になった覚えは無い。ナツキ・スバルの運命はこの地点を指し示し、そして聖園ミカ浦和ハナコベアトリーチェの狙いは叶った。

これで満足か───口には出さず、紅茶でまた流す。

 

「あれ、その紅茶気に入ってくれた感じ?」

 

「ああ」

 

味を感じ取れないまま液体を飲み干して、知らず知らずの内に唇を強く噛んで血を流す。いきなりの自傷行為にお互い、白く高級なティーテーブルが赤の一滴で汚れるのを眺めるしか無かった。

 

「────」

 

「…大丈夫?」

 

「──。眠気覚ましのつもりが、ちょっと力加減ミスっちまった」

 

「本当にちょっとなのかなこれ…まぁいいや、係の子に塗り薬貰おっか」

 

片手を挙げテーブルを人差し指でノックして数秒、何処から見ていたのかティーパーティーの制服を身に纏う生徒が、丁寧にハンカチで唇に触れた。軟膏か何かを塗られ、これがもしや遅効性の毒等であれば迂闊すぎる───が、

 

「…ありがとな」

 

「もうっ、身体は大事にしてよ?これから沢山働いてもらうのに…毎日十時間残業付きって感じで」

 

「いかにも上流階級の家柄社長って感じで現代社畜のオーバーワーク押し付けないでくれる…!?」

 

出会った事は無いが、ぽろりと有り得ない無茶を振ってくるのがなんともらしさがある。

気楽に会話をしている聖園ミカの頭の中は計り知れない。一息をついてから、係が離れてから以前はあまり気にしなかった部屋中を見渡す。特筆できる点は無い、ただ広大なテラスはトリニティ学園を一望でき、街と勘違いする程の学園を眺められる。それだけだ。

 

「────」

 

スバルはここで聖園ミカの依頼を受ける、和平派との停戦協定、浦和ハナコとの会談。仕組まれた平和への道筋。

死に戻り直前の、熱い身体、冷める思考とは裏腹に、風が通り抜け冷える身体と熱される思考が温度差でスバルを苦しませ、そしてあの言葉を思い返させる。

 

『──次は、もっとしっかり補習授業部のことを調べてみてください』

 

と鼓膜に張り付く音は浦和ハナコから与えられたヒント。頭蓋を飛び回って跳ね返る音は、同時に疑問を生み出した。浦和ハナコがあの地点、あの瞬間にヒントを与える理由は何なのか。

情報によってナツキ・スバルは成長し、ナツキ・スバルらしく進む道の障壁を粉砕する、『死に戻り』を読み解いておいて自分はアリウスとは違うと発言し、尚且つそれを理解しておいて何故ヒントを与える。

 

「ミカ、その依頼を受けたいとこ山々なんだけど、数日待って欲しい。シャーレの役目ってのは何でも屋じゃなくて、困ってる相手をどう助けるか、だ」

 

「医者が患者のお腹かっぴらいたまま、悪い所は取り除いたからそのまま放置───なんて姿、見た事ないだろ」

 

「──。うん!良いよ!どうせ停戦を結ぶまでなーんにも進まないんだし、あそうだ、案内の子付けてもいいけど?あの子、ほら、君たちを迎えに行った……ウイちゃん!」

 

──古関ウイ。あの勤務態度に関しては箸にも棒にもかからなさそうな図書委員長。

 

首をひねり悩むスバルに、聖園ミカは続けて「トリニティで一番の物知りさんだからね」と餌をチラつかせる。この露骨な誘導に乗るべきか否か、アリウスの行動要因がエデン条約に集約しているのであれば、今は誘いに乗るのもやむなし。

 

「分かった。おありがてぇ提案も頂いちまったし、ミカの『お願い』を叶えるかどうか、そもそも叶えられるかどうかを見極めてくる」

 

「おっけー☆それじゃ───頑張ってね、スバルくん」

 

「…ああ、お眼鏡にかなうようにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──『茶会』の席から離れ、リンとアユムへ簡素な報告を終えた後、古関ウイとの待ち合わせ場所であるトリニティ・スクエアの噴水に腰掛ける。

 

荒れ果てた学園の中で、華やかさを感じ取れない枯れた噴水に情景を重ねる。なるべく『戻った』事を悟られないように演じていたつもりだが、死に戻り直前の心境、感情は顔に出てしまっていたのだろうか。

巧妙に仕掛けられた透明な罠に、スバルは太刀打ちできず全員を死なせ──最期を迎えた。

 

そして心に張りつく『慣れ』という悪。聖園ミカの言葉へ返すことも出来ず、ただただ慣れてしまった自分を肯定した。

怒りを爆発させてはいる、懺悔の心で後悔に打ちひしがれてはいる、だとしても、遠い。

 

遠くて堪らない、残念だったと過去を振り返ることしかできない。精神への苦痛がスバルを変えるまで、あまりにも遠い。

心に打ち立てられた天秤が均衡を取ってしまう、皆が眼前で死んでいくのを見せつけられて尚、ただ狂うだけに収まったのだ。

 

《──。お戻りに、なられたのですね》

 

「……」

 

死に戻り唯一の理解者アロナが、周囲の無音を切り開く。記録された数字が一つ増える度、彼女の声色は熱さを増す。

アビドスの一件から決して増えはしなかった無機質な単位が動作する度、この終わりなき運命でたった一人の介添え人であるアロナは、以前の様に回数を読み上げる事をしなくなった。

 

慈悲か、それとも憐れみか。ただ増えるだけの数字に込められた絶望を共にできない悔しさか、スバルの摩耗に寄り添うように、声を上げる。

 

《私は、役目を果たせましたか?》

 

「──ああ」

 

最も救いたい、救わねばならない相手であるスバルの身から離れ、生徒の道標の役目を取った。それはただ単に、スバルの元で同じ死を味わうより苦痛を伴う決断。

聖園ミカが隕石を放つ直前、ヒナがスバルに手を伸ばし、ギリギリで手中に収まったのがアロナで良かったと思う。アレは──致死の攻撃だ。アレを防げるのはセトの憤怒、ビナーの様な大質量でありながら頑強な存在だけ。仮に耐え忍べたとしても、ヘイロー破壊爆弾を回避することは難しかった筈。

 

隕石を落とした後、聖園ミカはスバルの前で自身の余命を宣告した。しかしあの傷は致命傷に至っていない。超人的な再生力を持つキヴォトスの生徒なら数時間程度で治る。

 

──考えるとするならば、代償か。あの規模の攻撃を放てる原理は『神秘』としか思えず、黒服が定義していた『神性』の影響であるならば、生徒という枠組みで神の力を使うことイコール生命の摩耗、と紐付けるのが妥当。それは自壊していくホシノが証左になっている。

 

「────」

 

いつものように経験から答えを導き出そうと、頭の中でクリア条件を設定しようとする。残された時間を有効活用していつものように勝利するまで繰り返せばいい。

あまりの混乱と憎悪でまとめきれなかった情報もある、特に浦和ハナコと聖園ミカの相違点に関しては考察の余地がありすぎて困る程に、考える時間ならスバルが聖園ミカの願いに首を縦に振るまで、かなりの余裕があるのだ。

 

ただ───。

 

「………」

 

冷静になればなるほど、思考を形作っていくほどに、心と身体が遠く離れていく錯覚に陥る。

聖園ミカは言い切った、自分達を助けて欲しいと。浦和ハナコは罰を受けると言った、未だ全貌の欠片すら分からない野望を叶える為。

 

ここで拳を握り締めてしまうのがナツキ・スバルの弱さであり、強さ。そして今回は『弱さ』によって皆死んだ。

アリウスは、聖園ミカは、浦和ハナコは、人の命を蔑ろにする一方、同じく自身の命に価値は無いものとして扱った。

 

どうもそれが───気に入らない。単純な理由として、スバルはやる気が削がれている。やる気だとかなんだとか、守るべき者の命が脅かされてる以上障害を排除する以外に取る手段は無い。でも、やる気が出ない。

 

事細かく今の調子を表すなら、瞼を開ける力すらなく指先まで脱力してしまっていて、頭の中の悪魔が思考を常にゴミ箱に捨てる、遂には死に戻り前まで抱いていた感情の全てが抜け落ちて、何事も無かったかのように目は空を見つめてしまう。

 

「────」

 

何故なのか、と問い続ける。それでもガムシャラに生きるのがナツキ・スバルでは無かったのか、と叱咤する。けれどやる気は減っていく一方で増えやしない。

 

アリウスは、聖園ミカは、浦和ハナコは───正体不明の怪物ではなかった。

 

理解し難くとも、相互不理解だとしても、スバルと彼女らは同じ人間で、同じ命。狂気度合いならスバルのストレート勝ちだ、つまるところベアトリーチェとかが地面からニョキっと生え、『ガッハッハッ!私がラスボスですよぉ!!かかってきなさいナツキ・スバルゥ!』と言い始めるのが一番嬉しい。

 

「アロナ。俺の事を処刑人呼ばわりする奴が、どうしてか俺に助けを求める場合、俺がやるべき事ってなんだと思う?」

 

《…難しい質問です。処刑人、という単語をスバル様に当て嵌めるのであれば、スバル様が当て嵌めた本人を処刑する『理由』が求められます。同時に助けを求めているのであれば、罪悪を犯した事を……処刑、という過程を通じて浄化したい、その様な思いも含まれるかと》

 

《ならば、処刑を求める人物像がどのようなものかプロファイルした結果───言葉の通り、断罪、となるかもしれません》

 

「…………」

 

なるほど、とアロナの発言を踏まえ、あの二人の態度を思い返す。ならばと不可解な点が一つ。聖園ミカは確かに断罪されるべき行為をした、浦和ハナコも。

しかし、彼女らはあの行いに何も感じていない。非道な悪役仕草では無く、アレは個人が受け止められる罪悪を超えてしまった瞬間だ。

 

目的の為、願いの為、捧げれる全てを捧げようとする自暴自棄。何故そうなるのかは────、

 

「俺が一番、分かってる」

 

戦争を始めてしまった人類が、戦地の中指先一つで大勢の命を奪う事に狂わぬよう、自己防衛の為に心を麻痺させる。指揮官であれば相応に、人として狂わねばやっていけない。───同じく、この世界だとしても、だ。

 

ああ、彼女らは戦いを始める前から『そう』なっていた。不可解であるとするならばここ、一体何の罪を犯し、そして償いの為の処刑人を求め、尚且つ心を鋼にして何を手に入れたい?

 

「……補習授業部のことを調べろ、ってそういう事かよ」

 

この疑問に答えられるのは恐らく、補習授業部しかない。モチベーションの妨げになる障壁を浦和ハナコは理解していたという事か。なんと恐ろしい相手なんだ、とスバルは眉を顰める。死に戻りの全容を察知しかけ、そして回数を当ててみせた浦和ハナコは、聖園ミカ以上の脅威。

 

あの瞬間言い放った言葉が他の意味をもたず、本当に『ヒント』として存在している。死の間際で、この世界が終われば今の自分はここで終わると分かっていて、口にしたのが、

 

「俺が、戻った後でどんな心境になるかを想像して……──次の目標に向かえるように、ヒントを出した」

 

「ヒント……いや、応援だ。応援されたんだよ、やれば良い事は提示するから萎えるなって…」

 

「ミカと違ってアイツは、やけに協力的だった。ベアトリーチェから間違った手紙の内容を聞かされているのなら、ミカと同じく俺をひたすらに追い詰めればいい。目的が違うっつってんのに何で俺をやり直しさせる事だけは一致して───?」

 

───浦和ハナコの究極的な目的は、一体何であるのか。

 

彼女の頭の中にしかない未来設計図、それに従ってスバルをやり直しさせるなら、ネタバレ厳禁などとのたまって情報を与えない理由は何だ。

アリウスとミカはスバルを追い詰め、そして試練を与え乗り越えてもらう事で何かしら『救済』か『処刑』の道を欲しがっている。様々な悪意ある行動は救いを求める一心か、ベアトリーチェの悪意がそうさせていたように思えた。

 

それに対してハナコは異なる。

 

吐いた言葉を信じるなら、アリウスと関わっておきながらアリウス派閥であることを否定し、内乱を起こした事も否定し、やりたい事も開示せず、ただ『やり直し』を求めている。

 

──和平派と強硬派の分裂は、本当に彼女らの自作自演なのか?

何のために、浦和ハナコは必死に強硬派と争い、ゲリラ戦を繰り広げ、苦肉の策とも言えるヒフミの人質による交渉の場を立てたのか。

 

最初から盤面をひっくり返す気なら、これらの過程になんの意味もない。何せ、どちらが勝利しようがナツキ・スバル無くしてあの結末までの道筋は立たないのだから。

 

「…………」

 

「結局か、結局だ、結局補習授業部を調べろって結論になる」

 

「どうやって?またコハルに?それとも別のメンバーに聞くか、それとも先に白洲アズサを───」

 

「……あのぉ〜…お一人で騒がしい所、到着して十分も待たされてるので、そろそろソレ、やめてもらっていいですか?」

 

「──。いつの間に居たの?」

 

「うぇぁ…。何ですかその口振り…だから権力を持った人間は嫌いなんです、時間が経つにつれて自分がただ一人の人間だという事を忘れ傲慢になり、俯瞰して物事を見られなくなって自分中心に生きる姿勢が本当に腹立たしい。そもそも私の役目は終わったのにあの女ときたら逆らうなら本を燃やすなどのたまって、あの腐り果てた口に銃口を突き立ててやりたいものです。それもこれも貴方が今更こんなボロボロのボロボロなトリニティを見て回るとか変な事言い出して私に仕事を増やしたからで、重い腰をあげて来てみればブツブツ独り言を話しこちらに目を向けず、我慢ならずに話しかければ挙句の果てには────いつの間に居たの?…ふざけないで下さい本当に本当に、もう、ああ、ああもう」

 

「─────」

 

本当に、いつの間にか居たとしか言いようのない古関ウイ図書委員長に、圧倒的なネガティブの嵐をお見舞される。

スバルが言葉を挟む隙もなく、わなわなと拳を握り締め銃底を地面へと叩き付け、常に薄開きの目を全開にスバルの首根っこを掴みあげた。

 

「うちの子達を燃やす?燃やすと?私の大切なあの子たちを下らない権力争いと権威の為に散々振り回していたくせに、ああはい分かりましたぶっ殺してやりますよ。こっちが大人しくしていれば何してもいいと勘違いしてる馬鹿共を躾けるいい機会───」

 

「ストーップ!?ご、ごめん!今のは俺が悪かった!」

 

「今のは、じゃありませんずっと貴方が悪いんです言い訳無用さっさと来てください。私の事情も知らずに何の面白みもないトリニティの案内等という雑務に引っ張り出した貴方の罪を教えてあげましょう。ほら行きますよ」

 

「ま、待てって!何処に連れてかれるの!?地下帝国で穴掘りするなんてぜってぇ嫌だからな──!?」

 

猛スピードで後ろに流れていく景色に酔わされながら、「あっちょんぶりけっ!?」と反抗すら許されず、どことも知らぬ木造の椅子へと投げ座らせられる。

 

視界の回転が落ち着いた後、周囲から香ってきたのは古本屋の匂い──アーモンドの木の匂いを想起させる、インクと紙の香りだ。

連れてこられた室内には山ほどの量の本が、壁一面に収まっていた。無数の書物と書棚に囲まれた部屋の中心で、スバルはウイと顔を合わせる。

 

ある程度トリニティの建物類は覚えている、これ程の書架を置ける場所となれば図書館か、古書館か。

ウイがため息を放ち、スバルと対面する形で席に座る。図書委員長らしく眼鏡を掛け、何やら文字が描かれた紙クズを机へと広げた。

 

「コレ、何か分かります?」

 

「──。回収予定の古紙、って言いたい所だけど…状況的に本…だよな」

 

吹けば飛ぶ、そんな様相をしている紙きれ達は、スバルの目に粗大ゴミとしてしか映らない。これが本である、というのは誰かが教えてくれるか、この場所で見せてもらわなければ、分からなかった。

 

「ええ。ですが今はもう原型を成していません。戦火によってこの本は、この子は元の形を失いました。私の力不足で、守れなかったんです」

 

「…………」

 

「どこのページの、どの箇所なのか。私は一目で見分けがつきますが、貴方方にはただの紙吹雪…道端に落ちている廃棄物と、あまり変わりないのでしょうね」

 

そうじゃないと言おうとしても、ファーストインプレッションに嘘をつけない。押し黙り、スバルは軽く息を吐いて首を揺らす。その様子を「でしょうね」と半ば諦めの声を絞り出すウイ。

 

「この子を修復出来るのは、私だけなんです。この子以外にも、私の修復を待っている子達は数え切れません、ですから、下らないトリニティの解説なんかに時間を割いていられない。──ので、貴方はここで情報収集をしてください」

 

ぶっきらぼうに言い放つ姿に比べ、ピンセットを握り紙の破片を並べる姿は愛情に満ちている。今ここでクシャミなどしようものなら、本気で殺されてもおかしくない程。

しかし、スバルも守る生徒の為に引いてはいられない。ならばと、ウイにこの古書館の価値を問いかける。

 

「情報収集ったって、俺が知りたいモンがあるのかよ」

 

「…ええ勿論。ここの本は歴史を、過程を、時間を…トリニティから忘れ去られた全てが貯蓄されています。あまり侮らないで貰いたい、高々三年程度で卒業する私達とは違い、数十年以上前の先輩達なんですから」

 

分かったら話し掛けるな、とウイは作業へ没頭していく。あの様な細かい作業、ほんの少しの震えも許されない筈が的確に、正確に切れ端を掴んではアクリル板の上に美しく並べている。

 

数分もあれば一ページ、二、三時間あれば元通りの一冊になるであろう神業は、確かに彼女しか繰りだす事が出来ないだろう。そんな神業を待っている本が───。

 

「────」

 

「……これを、全部…」

 

付箋の付いた書架、そこには『修復予定』と記されている、少なくともソレが二十以上、壁一面の棚に。

これもまた一種の狂気だ、スバルであれば、一冊を取り戻すのに何日か、何ヶ月か、はたまた何年かかるか。

 

一棚につき何冊の本が入っているのかすら、数えたくない。救うべき本の数だけ、途方もない時間と労力が必要になるのを認識してしまう。

 

「──。辛く…ないのか?」

 

「おかしな事を聞きますね、辛くない筈が無いでしょう」

 

「────」

 

「それでも、やるしかないんです。やらないと進まないんです、やって初めて辛いと口にしていいんです。誰の目にも止まらず、ただ虚しく戦火で散ったこの子達が、消えていいわけ無いでしょうに」

 

「何より一番辛いのはこの子達で、それに──私は人が苦手ですが、それでも読者が居て初めて、この子達はこの世に生まれてきた意味を持ちます。本にとって一番辛いのは、批判でも悪評でもなく、読まれない事」

 

「込められた愛憎が、込められた希望と羨望が、込められた努力が、誰の目にも映らず道端の小石のように、『無いもの』として扱われるのが我慢ならないんです」

 

「────……」

 

「分かったら話しかけないで下さい、気が散るので。あ、後、恐らく貴方が欲しているアリウスの文献は突き当たりの本棚にありますよ、トリニティの歴史全般が乗ってますが…──読む際は黙読で」

 

「ああ、ありがとな…。色々勘違いしてたよ、ウイの事。正直もっと─────今なんて?」

 

──もしかすれば、スバルは想定の百倍、この古関ウイという人物へ尊敬と賞賛、そして感謝を贈らねばいけないのかもしれない。

 

「内乱が起きてから、証拠隠滅か何かの為に多くの本が燃やされましてね。流石に本気でキレたので、内容を何時でも修復できるように保存していた文書データを書き起こしました。ついでにティーパーティーの活動記録も、どさくさに紛れて全部引っこ抜いて紙に書いてあります。いつか公開して全員地に叩き伏せてやろうと画策してまして」

 

「さっさと内乱なんて終わって欲しい、ので、一番の近道である貴方にだけ読ませます、早く終わらせて下さいこんな下らない争い」

 

「────」

 

予想外の収穫。スバルはまさかの近道にして、既定路線に抗う術を天からの恵みとしか思えない形で、古関ウイから授けられるのであった。






(私的すぎるけど、精神性が最もナツキ・スバルに近い生徒はウイだと思ってる派)
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