幾人かの生徒が逃げてくる方向とは真反対へ踏み込んでいくスバルは、道先の靄、気管に入り込んできた建物の残骸の粉塵に肺を痛めつけられる。
自分の身長を十人分、縦に重ねて漸く足りるかといった建物群が、無残に瓦礫へと変わっている様に無情を抱き、
「明らかに壊しちゃダメなもん全部壊してねぇか……?」
建物の一つ一つが地球だと──重要文化財に指定されそうな外観と厳かな雰囲気を保っていたトリニティ。聖園ミカに請求される被害総額が天文的な額へと昇っていくのにまた少し、哀れみを抱く。
スバルが知らないだけで、建築等も『神秘』で何とかなる可能性もある、ヘーパイストスやダイダロス、その辺にルーツを持つ生徒ならばあるいは。
「──。今気にする事じゃねぇけど…」
連想ゲームで思い出した黒服の言葉、ミカの神性はミカエルだという発言。この世界においてオカルト的思考は時に真理を突く、ホシノに対するセトの様に、『トリニティ』らしくミカエルが居るならばガブリエル、ラファエルに対応するのは──百合園セイアと桐藤ナギサが妥当。
だからどうした、そんな考えであることは否めないが────。
「神様ってのはどうしてこう、理不尽オブ理不尽なんだ」
《元来制御できない自然災害や天災、現象に対する『解釈』の現れが神、とされてきました。理を下位とし、その上位、超越的な存在としてあがめられてきた以上、『理不尽』は彼ら彼女らを指す言葉として最適です》
「詳しい解説どーもアロナたん。真面目解説モードの時は特に可愛いね」
《ふふん、です》
可愛さ百点賢さ千点の回答を頂き、飛来する弾丸を半身になって被弾を回避する。ちょうどスバルを追っていたアリウス兵と反乱兵が衝突し、各々が死力を尽くして銃撃戦を始めている。
全員が全員、新たな『内乱』の全体像を把握しているわけでは無い。
鎮圧に加担しているのはアリウス兵、正義実現委員会の生徒ら、反旗を覆したのは強硬派だった生徒達。混乱し、味方へと銃を向けている正実の生徒を見るに、これは張られた『罠』ではなく純粋な戦いだ。
その戦乱で輝く断固たる事実。それは魔女、聖園ミカと剣先ツルギの争いを迅速に止めなければ、先に耐えられなくなるのはトリニティ学園そのものであり、止められる力を持った存在はスバル以外に居ないということ。
「──おわぁぁっ!?」
大気を引き裂くような金切り音。轟然と、巨大な力同士が衝突したことによる純然な結果、夜が一瞬昼へと変わる光を放つ理外を起こす。
眩すぎる光に、何もない場所で足がもつれひねり出された悲鳴は、自然と吐き出された反応。
シャーレ奪還のヒナの掃射、アビドスでのホシノの暴走、両者の激闘を経て地球に似通ったこの世界もやはり『異世界』なのだと思わずにはいられないのだが、生身で太陽以上の光量をだされては、そろそろ呆れが先に来る。
「ナツキ様──!」
「っ…!」
そんな思考もつかの間、正面、全力でこけようとしているスバルを見て、アリウス兵の一人が飛び込んでくる。柔らかい体に支えられ体勢を立て直したが、競い合う空の白閃は止まっていない。
「ありが…っ、君は…」
「どうしてお部屋を飛び出してしまったんですか!?」
「いやあの」
「先輩に怒られちゃいます!今ならまだみんな混乱してて脱走もばれていないので戻りましょう!いいですね!?」
「だから」
「ああでもミカ様を止められるのはナツキ様だけで、でもお部屋に閉じ込めておくのがミカ様の命令で…。私はどうすれば…!捕縛?ダメですよねそうですよね…手荒くなってしまいますけど、スタンガンで…」
「────」
顔をもみくちゃにされ歪む視界、並走しながら泣き言を話すアリウス兵は──ガスマスクを脱いで泣きついてくる。泣き落としなら効果てきめん、『アリウス兵』というラベルに加えられていた嫌悪感はスバルの胸から一瞬消え去る。
少しでも早くツルギの口から、この襲撃の真相を知る為にも構ってはいられない。部屋に戻すか否かで悩んでいる内に振り切ってしまいたいが、スバルから剥がされた嫌悪感は、本来『アリウス』に付属する絶対的な要素だ。
殺人という手段に手を染めた、許されざる傀儡。だというのに、
「うっ…!と、止まって下さらないなら無理矢理にでも…!」
「アロナ!この子どうにかしてくんねぇ!?」
あの無機質なガスマスクの皮一つ下、素顔を見せられるだけで、スバルの心は強く揺さぶられてしまう。
《──。少々お待ちを。………アリウス親衛隊所属、立木マイアの端末をハッキング中…その他紐付けされたアカウントへ───》
アロナの声と共に、涙目でスバルを追いかける少女の懐から振動が走る。混乱極まる状況の中、アロナから立木マイアと呼ばれた少女は最優先に振動の主を手に取った。
画面を見つめて数刻、歯を食いしばるような表情を見せた後スバルへ向けて敬礼し、
「が、頑張って下さいナツキ様!」
「──。お、おう…?」
《彼女の端末へ上位役職の生徒に偽装したメールを送信しました。被害拡大を抑えるために聖園ミカ剣先ツルギ制圧を最優先にと、彼女なりの判断の結果が──》
その場に立ち止まったマイアは、スバルの進行方向に群がる生徒へ向けて発砲する。まるで戦火をスバルへ近づけさせないように、視線上のアリウス兵はマイアの発砲をきっかけに、軍隊の様な統率を見せる。
彼女が組織で上の立場を持っているとは思えなかったが、あの発砲が何かしらの合図として機能したのだろう。訓練された彼女らによって、スバルが進むべき道が開拓されていく。
「モーゼの海割りかよっ…!」
今まで命を奪われる側の存在に、命を護られる。
アリウス兵が何を考えているのか、計り知れるものではないが、この好機を逃してはあの二人の元へたどり着けるかすら怪しい。
──スバルを中心としない、無作為な混沌。規格外の力を持つ者以外は、熱に揺らされ、流されるしかないのがありありと理解させられる。
策略、作戦、個人では介入できない『流れ』の上で、銃を握るだけ。
そこに正解も不正解も無い、後から付いてくる結果が、彼女たちにとっての全てだ。
「────」
切り開かれる道を走り続ける。
戦場のど真ん中だというのに、スバルの周囲だけは異様に静けさが保たれる。それはアリウス兵による決死の突撃と、スバルへの信仰を以て形成されていた。
──走る背中に飛ばされる、声。
声が、声が音が、スバルの背中へ向けて飛んできて、
「ナツキ様!ミカ様を、お願い致します!」
「どうか我々に勝利を…!ナツキ様には指一本、触れさせません」
────。
いよいよもって、スバルの頭の中は嫌悪感で満ち溢れる。
アビドスと今の、彼女らの代わり様に──?ではなく、言葉の一つ一つが真意であることに。
「──ナツキ様だ!」
「ナツキ様がお通りになるぞ!陣形を変えろ!」
ガスマスクの向こう側から聞こえてくる羨望の声。あるいは、希望に満ちた声。一方的な善意、一方的な好意、一方的な想い。
反乱を鎮圧する彼女らと、襲撃の真実を剣先ツルギから知る為に戦場に立つスバル。その間柄はこの上なく歪で、消え去らないトラウマがスバルにはある筈で、
「ナツキ様!」「ナツキ・スバル様──!!」「ナツキっ…様…!」
「ありがとうございます!ありがとうっ…!」「命を賭けて道を作れ!ナツキ様の手を煩わせるな!」「ナツキ・スバルに栄光あれ!」
──その上で。
──シロコがスバルに与えてくれた、『期待』という二文字が、美しい呪いでもあるそれがどうしてか同じように、真摯に伝わってきて、
「────」
「──。ぉえっ…」
これ以上無いほどに、気持ち悪かった。
■
──眼前、スバルが目にするのは世界の終わりだ。
無論、それが死に戻りを選択させる絶望的な局面、と言い切りはしない。だがしかし、幾度も席あの終わりを目の当たりにしてきたスバルからすれば、コレも一種の世界の終わりに匹敵している。
「────」
キヴォトスの生徒は飛行できない、滑空は出来てもそれまで、という当たり前が強者に通じないのは分かっている。飛べはしないが跳べはする、そういうものだ。
しかし、聖園ミカは『飛んで』いた。淡い薄桃色の光を放ちながら、人類未踏峰の領域を『神秘』によって踏み荒らしていた。
人は飛べない、飛んではいけない。神から与えられた肉体から外れてはいけない。元の形から遠ざかる程に、人ならざるものへと変わっていく。故に──、
「あははっ、ほんっとちょこまか…ゴキブリみたいだねッ──!!」
「キェヘヘヘっ……!」
空に立ち、地を這うツルギを狙い撃つミカの姿は神々しさを纏っていた。ただ、神聖を感じるかと聞かれれば話は別。天罰を下す天使は残虐そのもので、聖園ミカもその姿に倣っているのか破壊を撒き散らす。
反対に、建物の影から影へと飛び移るツルギは、闇雲に隕石を落とし凄まじい威力の銃を撃ち放つミカと比べ、いたって地味。
自分自身の存在、その気配を極限に薄め、スバルが視界内に収めたと思った次の瞬間にはその場から姿を消している。戦闘時には破壊をまき散らしていたツルギの、臨機応変な戦闘スタイルは聖園ミカとの地力の差を埋めていて──本来であれば経験の差、戦闘技能の格差によって成立すら危ぶまれる両者の実力は、聖園ミカの『神秘』の一点のみにより互角へと押し上げられていた。
「当てられなければ無意味だぞぉぉッ!!」
「うるさいなぁ…それに害虫駆除は苦手なの、正面から殴り合ってくれないし…部長ちゃんってこんな退屈な子だっけ?」
「──それとも、これは唯の時間稼ぎ…かな?」
ミカの挑発とも言えぬ口撃、自身を狙いすました弾丸が瓦礫を微塵へと変えるのを尻目に、ツルギは己が得意の近接戦、ショットガンの有効距離にまで跳躍する。
「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉぉっ──!!」
「っ」
紛れも無いこの世界の頂点、その一角に佇む者同士の衝突。攻撃を命中させられないミカと、今まさに片手で銃底を振り回し、もう片手でトリガーを引くツルギでは趨勢は火を見るよりも明らかだが、
「いった…」
だが、しかし。
「──。あ、スバルくん来ちゃったじゃん」
「ギッ…」
羽虫を振り払うような仕草で、ツルギを地面へと叩き戻す。
空に居る、その圧倒的な立ち位置の優位と、スバルが認識している中でもヒナとホシノに匹敵するツルギを片手間に弾き飛ばす腕力。ホシノとは違い自分の意思で『神秘』に身をゆだねられるミカの理不尽が拮抗を生み、トリニティ学園を荒野へと変える。
「──どうする」
ミカがスバルを視認した事で、ツルギもまた、スバルを認識する。二人きりの決戦に紛れ込んだ異物、か弱く、決め手も持たず、答えを得ずにその場に立つスバルが二人の決闘から弾かれ、命を落とすまでそう長くはない。
どうする、どうするどうするどうするどうするどうするどうしたら────何をすれば、この不毛な争いを終わらせられるのか。
「お前は…………」
「────!」
紅い眼光が、格好の獲物を見つけたように光り輝く。
ミカの言葉を聞き逃さず、のこのこ紛れ込んできたあの男が、ミカにとってのアキレス腱に近しい、と判断したツルギが豪速でスバルに近づいてくる。
「っ、待ってくれツル──」
ツルギの狙いに気づいたミカが二人の間に飛び込むより先に、ツルギはスバルの首を締め上げる。──スバルを人質に取る行為へ、ミカは目を見開いて動きを止めてしまう。
「動くな」
「………」
「ツ゛……ぅ…」
思考を纏める暇も無く、喉から鈍い音を響かせるスバル。声が、息が、締め付けれる喉でせき止められ、発言の機会すら与えられない。
スバルの武器は一にも二にも言葉だった、戦闘において一定ラインを超える強者の前では、アロナの予測が間に合ってもスバル自身が付いていけない。
得意の武器を封じられ、酸素の回らない頭で何をすべきかを必死に導き出そうとしても、答えが出てこない。ここでミカを討てるのなら倒しておくのがベストの筈、けれど無条件にツルギへ加担することもまた、正解の道から遠く感じてしまう。
浦和ハナコ──浦和ハナコだ、浦和ハナコが和平派の中核を担う限り、駒として動くツルギ達への助力が、願う形へ実る可能性は低いのだ。
《──スバル様》
そんな魂を砕く焦燥が、アロナには強く伝わっていたのだろう。
心身を共有している、といっても過言ではない彼女が、現状の打破の為スバルより先んじて案を実行しようとする。
その為ならばと、頭を撃ちぬかれる覚悟でツルギの拘束に抵抗し懐からアロナを取り出す。ツルギとて、そこで現れたのが銃火器の類であれば即座に気絶させた。
産まれた空白、携帯の画面が輝き、プロジェクタの起動と共に浮かび上がる文字が、ミカとツルギ、両者の動きを停止させる。
《我々は!どちらの陣営にも属さない非戦闘員の立場にあります!参入の理由、それはこれ以上の戦闘行為は両陣営の過剰な消耗に繋がると判断した、シャーレ部長としての行動です!》
「────」
「────」
《非戦闘員への加害行為は、和平派として望む所ではない筈。聖園ミカもまた、これ以上の損害は──》
「えい☆」
「っ!?」
《──え》
そう、言葉を走らせるアロナを無視し、逆に耳を傾けていたツルギを強襲する。
スバルの頬にも弾丸が掠め、赤いラインが頬に描かれる。なまじ戦場においても正気を保ち、冷静さを欠かないツルギの性格が、聖園ミカの付け入る隙となった。
アロナの戸惑いも意に介さず、スバルがツルギの手元を離れたのを見計らい、ミカはスバルを奪い返す。
──アロナの困惑も必然、聖園ミカが如何に壊れた存在であるかは、スバルしかまだ知りえていない。僅かなコミュニケーションエラーが、致命的なミスを生んでしまう。
「もー、お部屋でじっとしててって言ったのに。どうして来ちゃったの?」
「ケホッ…。俺が、狭い部屋の中で大人しくできる性格だと思ってんのか。……今すぐ戦いを辞めてくれ、ミカ。もうこれ以上は…」
「駄目。駄目だよスバルくん。敵は目の前、なら、全員大人しくさせなきゃ幾らでも立ち上がって──」
「聖園ミカァァァァァ────!!」
力を持たぬ者の口先は、なんとか弱き事か。
いつもいつも、この世界はスバルに無力を突き付けてくる。鬼の形相を血で彩ったツルギが、スバルに向かって微笑んでいたミカを押し倒し、マウントを取って躊躇なく顔面へと拳を振り下ろす。
「あうっ、ちょっと、痛いってば」
不意打ち気味に放たれたミカの攻撃は、その有り余る破壊力でツルギの肉体に深い傷を残す。ツルギはホシノやヒナのように、特段肉体の強度が高いわけでは無い。特筆すべきは立て直しの早さ、怪我の復帰時間。
「っあ…もうっ…スバルくん、早く、離れて」
無尽蔵のスタミナと、怪我を瞬時に回復する再生力、両方を有するツルギを相手にミカも加減の二文字は向けられない。
──再度展開されるピンク色の靄。隕石落下の前触れが、スバルの頭上へと広がっていく。
血みどろになりながら、空気の変化を肌で感じ取ったツルギがそうはさせまいと蛇のように腕を絡ませて、締め落としにかかる。
「──スバルくん!」
「きひひひひひぃっ──!!」
「────」
それを、スバルは止められない。
単純に、ツルギを止める力も、ミカの手を止めさせるだけの理由も用意できていないのが事実。
「────」
「っ───」
何があっても前を向いてきた。向くことを己に強いた。
明かされない真実を前に、不透明な策略を前に、暗躍する者たちの魔の手を前に、純然と期待を投げかけてくる生徒を前に、戦火によって全てを失った彼女の姿を前に、子供の喧嘩をとうに超えた暴力と悪意の殴り合いを前に、
「────ぃ」
「いい加減に…しろよ…!」
──ナツキ・スバルは、遂に自ら銃を握る。
危険から身を守る為でもなく、敵意に対する防衛でも無く、自らを置いていく世界への拒絶反応として。