Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『正常性バイアス』

 

辛い思いをしたくないのなら、悲しい想いを抱きたくないのなら、人は皆、狭い世界で生きていけばいい。狭く、閉じられた世界で、見たいものを見て感じたいものだけを感じれば、幸せでいられる。

 

「……」

 

普通に生きてきた分、見える世界は普通の世界だ。

だから普通の頭で、普通に物事を考える。普通に、普通に、普通に───。

 

「────」

 

普通に、理解出来なかった。

良識と善性は、前提なのだとスバルは思っている。

普通に会話して、分かり合って、生きていくという前提は皆が持っているもので、元引きこもりが常識を語るのもなんだが、だとしてもそれは備えられているものだ。

 

人が人である限り、口を交わし信頼を積み重ねる限り、無意識のうちにスバルは『普通』を期待している。暴力当たり前のヤンキーでも、子猫に本気でバットを振るう筈が無い。口汚く性根も悪い奴でも、混じり気の無い笑顔を浮かべる瞬間があると。

 

つまりは、そうだ。誰も彼もの根底に、スバルは『普通』が根付いていると信じていた。苦しみを取り払えば、欲望をうち消せば、現れる底に共感できる普通があるのが、大前提。そんな無意識が繰り返されて、

 

「……降ろせ」

 

「お断りします」

 

「──降ろせよ」

 

──聖園ミカの、皮一枚下。

狂気に満ちながらも、光の当てられない生徒を救おうとしていたからこそ、スバルは模索を重ねたのだ。それがまさか、まさか──求めていた願いが壮大な葬儀と自殺だなんて。

 

根本から、前提から、普通と思っていた全てが違っていた。いや、以前からその予兆を感じ取ってはいたのだ。命を盾にした文字通りの命懸けの特攻。それに腹を立てて、魂を煮えくり返した。

作戦だの手段だの、だからと言って命を投げ捨てる姿勢は受け入れられない。勝手に救うから、見えない所で穏やかに、寿命で亡くなってしまえばいいと当て付けに。

 

けれど彼女らの目的地は────『死』。

 

「…頼むから…降ろせ」

 

「降りてどうするんすか、とっくに戦力の大半を災厄の狐にかっさわられて戦況は最悪。ミカ様もツルギ先輩を相手にしながら全軍の足止めなんて芸当、長くは続きません」

 

夜闇を割いて疾走するイチカの腕の中で、スバルは後方から聞こえる戦闘音に想像を働かせている。ミカは強い、それ以上にツルギは強い。ヘイロー破壊爆弾ありきの戦闘では無い状況で、殺意に塗れた剣先ツルギを抑え切るのに、どれほど消耗を求められるのか。

 

「──だからって!」

 

「っ、何処に逃げるってんだよ…!逃げても何も解決しねぇだろうが、ならせめて、俺もあの場で争いを止める為に──」

 

「解決ならします」

 

「─────」

 

「貴方が生きてさえいれば、でしょ?」

 

その言葉の意味に──スバルは「またかよ」と目に涙を浮かべる。もう、うんざりだと四肢をばたつかせても、イチカから逃げる事は出来ない。

そんな信頼、向けられたとして雲散霧消するものだ。心に響かず根付かないソレで、『ナツキ・スバル』をコントロール出来る段階はとうに過ぎている。

 

苛立ちで曇った眼を向けてくるスバルへ、イチカは軽く息を吐き、胸の奥に潜む衝動と戦いながら口の端を緩ませて、

 

「まぁ元より私は、欠片も頼ろうとは考えてませんでしたよ。今も貴方を運んで逃げているのは、ミカ様のご命令があるってだけです」

 

「……は」

 

「私らの事は私らで解決する。したかった、出来るように…結構頑張ったつもりです。私にとっては別に、あの人らの妄言が真実であろうとなかろうと、結末を人に託すのが嫌なんで」

 

「──。してる。頼りにしてる、頼りにしてるって!気付けよ!全部俺に降り掛かってんじゃねぇかよ!!」

 

「お前らの前提は全部、俺が普通の人間じゃなきゃ無視されて終わりなのに!?自分の為に人の命まで手ぇ出して歪めて!なのに自分の願いは大丈夫って……正当化して…」

 

「──狂ってる、イカれてるよ、気持ち…悪りぃ…!」

 

「ミカも、お前も!いったい何考えて、人を殺しやがる!そんなんで俺を頼ろうとするなよ!勘違いして、期待して、勝手に英雄にして!自分の手一杯を押し付けて…!」

 

「押し付けて……。俺に、どうしろってんだ……」

 

「嫌だとは、言わないんすね」

 

「────……」

 

彼女らには想定が足りていない、ナツキ・スバルが想像するような英雄ではなく、凡人、それ以下の下衆であればどうした。簡単に破綻する、ナツキ・スバルはトリニティに関わらない世界線で、トリニティを『処理』したかもしれないのに──?

 

「普通──って部分はツッコミ所じゃないですよね……」

 

イチカは、このループではスバルについては何も知らない。『ナツキ・スバル』像は教えられていても、スバル自身の本音は知らない。彼が自称する『普通』が、死に戻りの狂気が壊した後の姿であることも。

 

「…………」

 

「……案外、もっと早く会えていれば…」

 

「────」

 

──口ごもる。

そこまで言って、口ごもる事をスバルは許せなかった。その言葉に続くのはただ、悔恨だけだから。

狡い、狡い狡い狡い。己に向けられる悪意に、『もっと早く会えていれば』なんて言い訳されて、我慢ならない。

 

ミカにも咎めた事、過去を、悲しみを苦痛を盾にするのは『狡い』。どうしようもなく狡くて、卑怯。

 

「ふー…。ずっと走ってますけど、そろそろ撒けましたかね?」

 

「…………」

 

喧騒は遠く、遠く。イチカとスバルが、戦火の魔の手から逃れた事を意味している。呼吸をせき止める怒りとストレスの裏で、別れを告げたウイが争いに関わらない事だけを願い続ける。

 

夜闇は二人を更に呑み込み、月明かりが遮られれば姿も見えない。イチカは呼吸を整え、スバルの身体をまさぐって無事を確かめる。

 

「大丈夫そうっすね」

 

「──。ツルギは…お前に、苦労を押し付けたって言ってた。お前がミカ側に立ったのは、それが理由なのか」

 

「あれ、ツルギ先輩と面識あったんです?…うーん、ミカ様側に立った理由……」

 

イチカは手を胸の前に重ね、指を心臓の位置から喉元へとなぞる。深く吸った息の所在を表すように喉元で止められた指先が、離れ、有耶無耶に。

 

そうやって有耶無耶になった中に、含まれていた何かを知る術はなく、

 

「──自分探しっす、ミカ様に協力してた理由は。多分間違ってました、間違いにも気付けないもんです、言い訳するつもりじゃありませんけど、やっぱ学生って間違えやすい時期ですね」

 

「…そうだ、お前は、間違えた」

 

「でも、空虚を誤魔化す為なら間違えても良かったんです」

 

「──それ、部員に向けて言えんのか」

 

「言えません」

 

──ああなんて、無責任が行き交う会話だ。

スバルの目線は次第に、イチカの開かれた目とピッタリ合う。人恋しささえ覚える暗闇の中で、無責任にも程がある言葉の一つ一つに腹を立てていく。

 

それに、『ナツキ・スバル』は告解室じゃない。受け止めた言葉に思考を巡らせ、考えないようにしても、どうも心を痛め──己の善性とやらにひたすら苦しめられる男だ。反省の壁当てなら、他所でやって欲しい。

 

「──自分だけは大丈夫、自分だけは大丈夫、自分だけは、大丈夫。その繰り返しで、背負ったマイナスの返し方も知らずに目をつぶったまま道を歩いてます」

 

──正直、どうすれば良かったのか、どう努力すれば良かったのか。何一つ分かっていないのだろう。溜まりに溜まった『マイナス』で、部員も失って、ああ、残念無念が関の山。スバルが何度死に戻っても、イチカが通った道は既に不変。

 

「実感もあんまり無いですし…死ぬまで真剣になれる事を見つけれたら〜、なんてトロトロしてたツケっすかね」

 

「さて────」

 

スバルの額に構えられる小銃、目的と外れた解せない行動に付き合っている暇があるなら、押し倒して戻るべきだ。実際、頭に当てられていた小銃はやる気を無くしたように下へ下がっていく。

幸い、イチカはアロナのサポートがあれば振り切れる相手、迂闊に解放したのが仇に──。

 

「────」

 

ぱん。

と、軽い音。聞きなれた音。

 

「は」

 

ジクジクと身体の一部が熱を持つ感覚、慣れ親しんだ痛み。右太腿から血がじわりと滲み、いつも通り脂汗を滲ませる前準備を身体が済ませる。

イチカが──撃った?

 

「いっ──」

 

アロナ、アロナはどこに、なんで。

足を抑え身体を沈みこませながら、ポケットへ必死に手を伸ばす。しかし、あるべきモノが無い。

 

「お探し物は、これですか?」

 

イチカがヒラヒラと指先で摘んでいたのは、スバルの携帯であり相棒、アロナの本体、その仲介地点がへし折られ残骸となっているものだった。

今さっき、身体をまさぐられた時に盗られていたのか。アロナが言葉を発する前に、スバルが気付く前に壊された。

 

「手癖が悪いって苦情は聞きませんよ。……本当の本当に脆いんすね」

 

「なんっ…で、撃った…!」

 

「なんで…。そうっすね、ミカ様の言う通り、確かに貴方が生きてさえいれば、何とかなるんでしょう。でももう、ここで、終わっときません?」

 

「────」

 

仲正イチカは死に戻りを知らない。

即ち、この行為の指し示す先は、やり直しの否定。

心変わり──?そんなまさか、一度目の時も、そして今も、仲正イチカは正真正銘、ミカに従う生徒。スバルを殺してしまえば、何もかも取り返しがつかないと認識しているはず。

 

唐突な離反、ツルギと死闘を繰り広げる未来を見たスバルにとって、仲正イチカの肩入れ具合は軌道修正不可能の『敵』。分からない、怖いという感情が痛みを通じて増えていく。

 

「やり直しとか辛くありません?こんな経験してはい次。って、私じゃ到底無理無理っす。というか、どれだけ辛い経験重ねてここまで来たんですか?」

 

「ほんの少し、会話しただけですけど──あー、もうナツキさんって『ナツキ・スバル』じゃないと生きるのを許していないんだな。そう思いました」

 

「自分じゃない自分を押し付けられて、出てくる言葉が『戻る』だったり、批判するにも『狂ってる』だけだったり、ナツキさん自分の事普通って言ってましたけど……」

 

「無理ですよ、もう。決めつけるようですけど私には貴方が一番壊れてる風に見えます。必死な努力も懸命な積み重ねも、どう頑張っても実らない人が居るように、ただ生きてるだけで勝手に要らない『意味』を持たされる人もいる」

 

「実らない、根腐された木を前に、果実が生るまで待つおつもりですか。馬鹿げてます。苔のむすまで〜じゃないんですから」

 

「──何のために、やり直し続けているんですか?」

 

「────」

 

彼女の、仲正イチカの台詞に文句を付け加えるとするなら、スオウに『虚しさ』の解消を提示したように、スバルはそも、そんな『意味』を考えて前に進んでないという事。

そしてやり直しのトリガーが『死』である以上、否応がなしにループが始まってしまう場合もある。降り掛かる火の粉を払っているだけとも言える。

 

「────」

 

ただ、それだと。

それだと、スバルがスバル自身に説明出来ない事があった。

どうして『一度目』で逃げなかった。どうしてアビドスに向かった。どうして、ここまでめげないで歩いてきたのか。

 

「────」

 

どうして、スバルは『その人』である事を選んだのだろう。

誰かに求められる道を選んだ理由を探る。求めた相手に応え、答える道を選んだ意味を探す。

 

逃げられなかった、と言えばそれまで。何者でも無い事を恐れたのなら、根本はスバルとイチカは同じ。それどころか聖園ミカ、アリウスとも根本的な違いは無い。

そうだアレは───電子の海の中、似た質問をしたアロナへ言葉を返した時に思い当たった、肯定できない歪んだ感情。

 

「────ぅ」

 

追い詰められ、追い詰められ追い詰められ追い詰められ、苦悩の塊を吐き出すに至るまで追い詰められて──あの瞬間口にしていた、美徳とも思っていたものを思い出して、

 

『俺は、俺が変わりたいって思わせてくれた人達の為に頑張りたい。そう『変わりたい』って思うには、俺一人じゃ何回死んでも辿り着けなかったと思う』

 

『だから、みんなの為に俺は何度でも死ぬ』

 

────。

シロコを、ホシノを、みんなをあんな風に殺される未来をもう一度味わう位なら───そうとも、聖園ミカの望み通りにすればいい。

 

「やり直し、なんて力を持って期待を押し付けられて、理由はどうあれ…なんで逃げないんですか?まぁ、こんなことされて逃げても…寝付きは悪そうですけど」

 

──無責任だ。

逃げてどうする、逃げてどうにもならない。聖園ミカに携わる奴は全員無責任だ、無責任にもたれかかってくる。

 

「ああほらでも、嫌いって言ってみればどうですか。否定していいんすよ別に。それが普通です。気持ち悪い、だけじゃないでしょう?諦める。逃げる。なんでもいいんで口に出してみてください」

 

「────」

 

──無責任だ。

やり直しを否定する事も、肯定する事も、自分の手の中にあるもの以外を、ショーケースに並んだ商品のように扱う語り草も。

 

「ナツキさん。ここまでされて、諦めようとしないのが普通ですか?いいえ、異常っすよ。明らかに頭おかしいじゃないですか、あの人たち」

 

「────」

 

──無責任だ。

 

「…口が裂けても言えませんか。こんな簡単なことが」

 

「簡単じゃ…ない…」

 

「──簡単ですよ。貴方の尋常じゃない努力と苦痛を踏みにじる奴らが考えてる事が、『自分はナツキ・スバルに救われるから大丈夫』って、詭弁とかそういう次元じゃないでしょうに」

 

「ああ、つまり……否定したら、貴方の中で自分を否定する何かがある。そう解釈しても?尚更止まれないんすね。費やしてきたものの為、自分が逃げた瞬間に、全部が全部、意味を失う」

 

「それでも、やり直し続ける。やり直しを求められ続ける。地獄の道を歩き続ける。倫理、価値観すら合わない相手でも、貴方の善性が道を外させない…やはり、報われるべきでは?」

 

「──。無責任な事ばっか言うなよ!!お前らが俺の代わりになっ」

 

「──無責任も、子供の特権じゃないっすか」

 

「────」

 

「そして貴方も私も、まだ子供っす。権利を盾にするつもりはありません、単純に、今の私はこれだけ悪逆非道になっても……自分は大丈夫だって感覚が無くならないんです、アリウスとミカ様もそうなんでしょう、少し考えれば…──」

 

「自分の行為が、貴方と、私達が大切にしていたものをどれだけ傷つけるかなんて、普通に、極々普通に、想像出来る筈です」

 

「出来ないのならそれはもう、救えはしませんよ──身の程を、身の丈を、尊べず超えて喚くようであれば、その後の結果も全て、受け入れないと」

 

 

 

──そんな人間の為に、どうして貴方は目を開けていられるんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──身勝手な自殺を止めたかったのは、きっと『意味』があると思っていたからで、アビドスで死者を出さない為に足掻き続けたのも、道からこぼれていく生徒達が失う生きてきた意味を見たくなかったから。

 

けれど、救っても救わなくても、彼女らが辿る結末は同じ。

 

『……結局、歩み続ける事を選ぶんですか』

 

『………。頑張って下さい。次は、私を説得し内戦を収め、障害を討ち果たす。きっと出来ますよ、貴方なら』

 

『まぁ、でも、そうですね』

 

『──何時でも、助けて欲しい時は声を掛けて下さい』

 

同じなら、その過程にあるものは無視されてしまう。

無視されて、無いものにされて欲しくないから、立ち上がる。

 

「────」

 

「……………アロナ」

 

学園からは遠く離れた路地で、スバルは投げ出される。破壊された携帯に声を掛けても、心の寄辺である彼女は沈黙したまま。

静寂が怖い、静音が痛い。心臓の音が視界を揺らしてくる。

 

「………」

 

──『道』が交わらない。

乗ろうとしている船が違えば、終着点も違うように、スバルの苦心は意味を成していない。

 

「………」

 

──手札切れだ。

彼女達にもう、スバルが差し出せるモノは無くなった。

きっと、あと何度かの死に戻りの内に、そう遠くない内に、スバルは『ナツキ・スバル』へと変わる。

皆を守る為、悪を討つ。普通で当たり前の、味気のしない結末を迎える。

 

ありきたりなエンドロールを、拒否する手札がもう無い。

 

「────」

 

──全部、取り戻す。

全て、奪われた全てを。決意して死に戻った。

その為に、その為には、そうする為には、

 

「………」

 

──『全て』に、彼女らは含められない。

彼女達の幸せは、終わることでしか満たされない。

生きる、という苦痛への痛み止めを、処方するしかない。

 

本当の本当の本当に、自分の人生を見限ってしまう子供達を、全てに絶望して『死』を救いとする子供達を、止める術はあるのか?

 

『死』を軽んじるものたちに、結末をスバルが自らの『死』を利用して与えるのは簡単なことだ。

 

けれど既に、スバルは自分の命が失われる事が、死以上の苦痛を皆に産んでしまう事を知っている。

故に彼女らを救う意志以上に、スバルの『死』は果たされてはいけない代物となってしまった。

 

歪な想いが造られたものだとしても、彼女らの寄辺は『死』にしかない。

 

「ない、筈無い…」

 

ぽつりと、一人零しても、肯定も否定もされない。

アロナなら、シロコなら、ヒナなら、ホシノなら、みんなであれば、どう答えてくれるのだろう。

 

スバルに死に戻りを与えた神様なら、スバルをこの世界に送り出した神様なら、スバルを『その人』だと呼んだ連邦生徒会長なら、どう答える──?

 

「アロナ…。アロナ、アロナぁっ…!」

 

また、一人になる。置いていかれる、遠ざけられる。

寂しさが、孤独が傷を伝って蝕んでくる。

 

縋るように道の真ん中まで這って進み、誰でも良いからと騒がしさを求め口をパクパクと。答えが欲しい、答えを、どうすれば『最善』に到れるのかを。

 

忌避していた、おぞましい化け物だと思っていた『ナツキ・スバル』が、次第にスバルと重なっていく。トリニティへ訪れる直前、シロコへ伝えていた不安が現実になる。

 

──板挟みだ。現実と、正しさの。

 

聖園ミカが告げた、スバルに課された運命の歪さを今更──どうすればいい?この命の歪さに、どう決着をつければいい?

もし仮に、心の底から『諦めて』しまったら、今までの道のりの正しさを、どう証明する───?

 

「アロ──」

 

──そうして這い出た表通りには、本来誰も居ない静寂が広がっている筈だった。

 

「────」

 

──コツコツと、一人分、足音が近づいてくる。

こんな場所に来るのは、スバルが目的だとしか考えられない。唯の避難民が、こんな僻地に来る理由は無い。

 

「────」

 

──誰なのか、と目を細め、暗闇に浮かぶ輪郭を捉えようとする。

闇は深く、深く、その足音が間近に迫るまで、姿を映させはしない。

 

「──ウイ?」

 

「…………」

 

「ぁ、ああ──ウイ…!」

 

──答えを、救いを求めるように破顔して、目を開き口を開け、喜びを表した顔で前へ一歩進んで、

 

「動かないでください。ナツキ・スバル」

 

「──。ぇ」

 

──突きつけられたのは、照準と殺意だった。

唯一、このループで頼ることの出来た相手から、スバルは見放された。

 

「な、なんで」

 

「……避難所に来てくれた後、貴方の背中を……追いかけました。あの言葉に勇気を、立ち上がる希望を貰い、私も戦場に。そして、事の顛末を知って…」

 

「────」

 

「ナツキ・スバル」

 

一秒先、次に口にする言葉に最悪の想像をする。

一番言われたく無い言葉を、一番言われたくない状況で、一番言われなくない瞬間に、言い放たれる想像をする。

 

泣いて泣いて、赤切れた目元にまた涙が浮かんできて、痛くて痛くて、歯を食いしばっている太腿をまた抑えて、嫌で嫌で仕方の無いのに、耳を閉ざせなかった。

 

 

「──やり直して下さい」

 

 

イチカの言葉が、呪いのようにへばりつく。

彼女に、ウイにその言葉を言わせてしまった瞬間に、スバルは自分の『正しさ』の証明の為に、これから『ナツキ・スバル』は自死を救いとする憐れな子供達を、人生に無意味な苦痛しか見いだせなかった子供達を、その路すら知らず偽りとしなければならなくなった。

 

──天に煌めく太陽も、夜にて輝く月と星も、己の罪に耐えられずその光を隠す。光を隠した星々は、いつしか己が何者であるかを忘却する。

 

変わらない世界に、変えられない世界に、苦しみを受け続けるというのなら、『意味』を持たずに何処かへ行くしかないのなら、

 

「私は、私の為に貴方を利用します」

 

「消えたものは、取り戻せない」

 

「…ナツキ・スバル」

 

「──貴方の手でしか、私は救われない」

 

この世界で、一体何の為に、生きればいい?

神様。どうして自分達は、生まれてきたんだ?

 

目を瞑る。ウイによる発砲を待つ。

死に戻りを──受け入れる。やり直しの選択肢を、スバルは選ぶ。救えるだけを、救う為に。

 

自分が信じた道を、信じきれずに。守るべきを、守る為に。

やり直しのトリガーを暗に示すように、無言で、傷から垂れる血を足跡に、ウイへと一歩、また一歩。

 

──『ナツキ・スバル』を果たす為、前へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし、この世界が絶望という病に罹り、信じるものを失い、道の先の光を失い、飢えの為に罪を犯し、苦痛の為に悪を成し、零れた熱と涙で明日を過ごす者達によって、善と正義が失墜するというのなら」

 

「恐怖と苦痛によって現在()を見れないというのなら」

 

「誇りと信念を胸に刻み──救護が必要な場に救護を」

 








第三章、始まります。

──デスヒロインは愛を伝える代わりに何があっても殺しにくる。
《デスヒロイン危険度》
ホシノ>>>>>ハナコ>>イチカ=スオウ>>>>>>>>>ウイ>>>ミカ>>黒服
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