Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『鋼の乙女は前を向き』

 

──スバルとウイを間に、ライオットシールドが突き刺さる。

否、突き刺さるなどと生温いものではなく、ライオットシールドは勢いそのままに大地を『割り』クレーターを作り出した。

 

閃光に等しい速度、二人が飛来物に気づいた瞬きの間に、スバルの目の前からウイが消え、目を剥いて顔を驚愕に染める。事実は、消えたのではなく、ウイが訪れた第二の閃光に吹き飛ばされたというもの。

 

「過去は、変えられません」

 

整然と、冷たい世界にその声が響き、『蒼』がゆっくりと右ストレートを振り切った身体を起こす。踏み込みがアスファルトを削り、壁へ垂直にめり込んだウイへと向かっていく。

 

「だから──今を見るんです」

 

澄み切った青空を宿した羽に、鮮やかなゼニスブルーの髪、その誇りと信念がそのままに現れた純白の制服を纏う姿は、神話の天使を想像させる。

 

「喪失に心を砕かれた貴方に」

 

「──救護を!」

 

そう言って、既にノックダウンしているウイを壁から引き抜き、首根っこを掴み上げて空に放り投げた。あぶくを吹いて落下する彼女が、地面へと触れる前に──、

 

「目を覚ましなさい!!」

 

高速の平手打ちが、首をすっとばす勢いで放たれて、再びウイは突き刺さった壁の反対側に、足先だけが建物の外に出て埋まってしまった。

 

救護と声高らかに全力全開の暴力を振るう姿勢、剛勇たる背中、夜の闇に決して吞まれない光のような在り方。全ての不幸を背負えてしまいそうなほど、大きく見える立ち姿に、思い当たる人物は一人だけ。

 

「──救護開始です!」

 

「──救護完了です…!」

 

全身の骨が折られていそうなウイが即座に包帯にくるまれて、おくるみに巻かれたようになる。後を追いかけて現れた白衣の生徒二人が、発揮された暴力の痕を瞬時に消し、そして暴力の主は夜風を浴びてスバルの前に威風堂々と立っている。

 

「初めまして、私は青森ミネ。今から私自身の意思を以て、貴方を救護します」

 

「──ナツキ・スバルさん。後はお任せを」

 

──『救護騎士団団長』青森ミネ。

 

詳細不明の行方不明者。そして補習授業部の顛末を知る部活動、その中でも最も関与を疑っていた相手。百合園セイアと共に失踪し、補習授業部に対し懐疑的、更に言うなれば以前のループ、エデン条約開始まで一切の影を捉えきれなかった人物。

 

「セリナ!ハナエ!」

 

どうしてこのタイミングで、どうして今更、頭を通過する数々の言葉が彼女の威圧感一つで打ち消される。

キヴォトスに数ある強者のうち、また誰とも違う存在感。

 

ウイを横殴りにしたパワーがありありと現れた筋肉が、彼女の握り締められた拳によって服の上からでも分かる程に隆起していた。ヒナ、ホシノ、そしてツルギも『少女』というベールが肉体に掛けられたまま、理外の破壊力を発揮していたが──。

 

「少し痛いですが、すぐ良くなりますから…!」

 

「っ──」

 

「私は先に戦場へ。先程の前線以上に救護対象の気配を感じます──。やはり、こうなってしまったのですね」

 

「セリナは私と共に、ハナエはナツキさんとウイさんを連れて避難所へ」

 

地面を割いて刺さるライオットシールドが、筋骨隆々の文字が似合うミネの手によって引き抜かれる。その姿はまさに聖剣を引き抜く勇者の様で実際、地盤を貫いた盾は選ばれた強者にしか抜く事は出来ないだろう。

 

翠色の目を細め、戦火が盛るトリニティを見据える。ミカとツルギが死闘を繰り広げ、アリウス含め和平、強行派どちらかが倒れるまで終わらない争いを、『救護騎士団』青森ミネ──いや、『青森ミネ』自身が許容しない。『救護』の為に跳躍する直前、その背を呼び止める声が上がる。

 

「──待てよっ…!」

 

声の主はナツキ・スバル、『ナツキ・スバル』になり損ねた半端者は、唐突な救援に戸惑いを隠せない。どうせ裏がある、戦場という舞台に上がり失われたモノを直視すれば、『ナツキ・スバル』を頼るのだと呼び止める。それにコレは、唐突に現れた舞台の上に戻る好機だ。

 

「俺も、行く。行かせてくれ」

 

「う、動かないで下さい!傷が広がって…!」

 

止血も包交も済まさないまま、スバルは立ち上がりミネの肩を掴む。痛み如き、少しの傷如き、こうしてまた置いていかれるのなら悪化しようが構わない。

アロナが居ないスバルが戦力外も良いところなのは理解していても、ここで逃げれば取り返しのつかない何かを失う気がして、言葉に出来ない恐怖に背を押された。

 

「──。貴方は怪我人です、連れて行けません」

 

「…足手まといにならないようにする。俺を連れて行って後悔しないように……」

 

「いいえ。貴方は、心も怪我をしている。『救護』をしていない方を戦場へと上げるのは、私の誇りと信念が許しません」

 

「誇りと信念──。なら、なんで!今更出てきやがった!どんな理由があっても、もう失ったもんは元に戻らねぇんだぞ!?」

 

スバルの激怒に、ミネは更に固く拳を握る。けれど苦心している顔は見せず、俯く事もなくスバルの目を見つめ返し、

 

「だからこそ、今この瞬間に新たな悲しみを生む訳にはいきません」

 

「──罪は過去に。償いは未来に。今はただ、前を向く」

 

「私の不徳、私の不義の罰は受けます。そして罰とは、行うモノではなく受けるモノ。自らの歩む道に不義不徳が溢れ、故に罰に呑まれるのであれば仕方の無い事」

 

「私の魂が燃え尽きるまで、貴方の怒りに『救護』の道を捧げましょう」

 

「誇りと信念を胸に刻み──救護が必要な場に救護を」

 

────。

怒りに向けて放たれた言葉は、あまりに高潔過ぎた。口に次の矢をつがえる前に、スバルは押し黙る。それでも──青森ミネを頼ることはできない。頼るとしても、せめてスバルもその場に同行しなければ。そう前に一歩また進み、青森ミネに頭を下げる。

 

ミネから「何故ですか」と問われ、思い浮かぶのは『恐怖』だ。頼りになれる他者が現れた事で、スバルに新しく生まれた恐怖。

 

──『ナツキ・スバル』は容れ物でしかない。

 

ここでスバルがミネを頼れば、スバルないしその他大勢の英雄像『ナツキ・スバル』は高潔すぎるが為に、彼女にのしかかる。行き場の失った願いを受け止める役目をスバル以外に託す事は出来ない。託す事は、資格を失う事。

 

スバルは、『ナツキ・スバル』である資格を手放せ無い。

 

「俺が俺である為に、ミネにだけ託せない」

 

「────」

 

「俺も行く。行かないと、俺は誰でもなくなる」

 

「…………」

 

「……貴方は…」

 

「頼む。…頼む、頼むことしか、出来ない…。俺に、こうなっちまった責任を取らせてくれ」

 

身体に傷を負い、心に傷を負い、それでも頭を下げるスバルにミネがそれ以上何故、と問い詰める事は無い。目を閉じ、懇願を重ねる男へ『過去』を重ねるだけだ。

 

今尚心に刻み、新鮮さを失わない眩い『過去』。誰よりも誇りと信念を体現していた『彼女』の、別れの間際の言葉を。

決して誰にも穢されることの無い、彼女の勇姿を。

 

「ナツキ・スバル」

 

「貴方は─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミネ』

 

記憶は、時に冷たく、そして温かい。誇りと信念、それは生きてきた道、『人生』の証である。記憶という名の過去が、人を形作る。

人生とは本質的に虚しいものであり、存在の裏側には虚無が広がっている。誰もが平等に命を育み、そして死んでいくというのなら、生命に待ち受けている真実は酷く悲しいものだと、彼女は言う。

 

虚無を、世界に根を張ったソレを彼女は『病』だと言った。不治の病であり、もしそれを治療出来るとするのなら、『過去』であるとも。

この世界に残した足跡が、痕跡が、この世界を無意味で悲しいものではないと証明出来るとするのならそれは、唯一待ち受けている虚しさに対抗出来るものだと。

 

『……ミネ』

 

『大丈夫だ、泣かなくてもいい。悠久の別れは無い、どのような存在であれ、志を共にするというのなら辿り着く場所は同じだ』

 

『光は道先を照らすが同時に影も作り出す。空虚な憎悪と悪意渦巻くトリニティは、その影の中に居る子達の呻き声で満ちている。実に現実的で、これこそ世界の元ある姿なのかもしれないね』

 

時々、自分が信じれなくなる。

自分──いや、自分の人生に。

 

不信は、過去の中の後悔と懺悔から生まれ、そして今を犯す。行動の結果に是も否もなくとも、結果を受け入れ難いものとして行動を信じれなくなれば、それまでの『道』も揺らぎ始める。始まりを間違えて歩いてしまったというのなら、終着点を見据えていたはずの目は意味を失う。そして、腐り果てた目で前は向けず、歩き方を忘れ次第に終わりを迎えることを躊躇する。

 

一度でも止まってしまった時、二度目の始まりを迎える事が許されるのか。

そのとき自分が進もうとしている道は、以前と同じ姿をしているのか、それとも異なり、そして歩み方さえ歪んでしまうのか。

 

私は、彼女にとある質問を投げ掛けた。

 

『人を信じ裏切られる事はあれど、信心を失う事はありません。けれどこの世が虚しいものであるならば、自分自身を信じれなくなった時、私は何を信じれば良いのですか?』

 

『──。ミネ』

 

『本来、それは君が問うべき事ではないよ』

 

『……何故ですか』

 

『君は既に知っているからさ。旅立ちの日々の中、己を定義する為に走り出した君が何故、走ることの意味を聞く。他でもない君自身が答えを求めず、そして導き出す事もなく、実在する世界を信じ地を踏み締めた』

 

『答えは出ているよ、青森ミネ。君は旅立ったその日から、既に答えは手の中に。未だ証明の道を往く君は、最早振り返る事もない』

 

『──本来終着点である虚無が、君という信者に、君という勇者に、君という存在を定義してくれるさ』

 

──走れ。

走れと、彼女は告げる。一度踏み出した足を止める事が無いように、一度歩き始めた道を逸れないように。迷いに満ち、そして『救護』の意義を問い始めた私に道を示してくれた。

 

走れ、走り、走り続ける。走り出したのなら、止まらずに。

 

『──私は死ぬ。擬似的なものであれ、自ら意思を示すこともできず、身動きも取れない芋虫となり、この唐変木な私と友人である君ですらいつかは目を離し、置いていかねばならないというのなら、私は死人を名乗ろう。けれど』

 

彼女はいつも言葉の最後に、ある安心を付け加える。これから起きる事がなんであれ、事実に基づいたものなのか、それとも励ましだったのかは、未だに分からない。

けれど、彼女は励ましを行ったりはしない。物事を語る口は常に答えを導き出す。だから彼女が発した言葉に疑問は抱かなかった。

 

『ミネ』

 

『大丈夫だ』

 

────。

誇りと信念を胸に──救護が必要な場に救護を。

信じた道を信じ続け、前を向いて歩き続ける。そんな生き様を最初に私へ見せてくれたのは、彼女だった。

心を曲げない、意思を曲げない、気持ちは負けず、折れることは無く。ならば肉体の強さに意味は無く、私が求めていた『救護』に必要な強さとは、彼女自身の様な『強さ』だ。

 

歩き、歩く。歩き続ける。例えそれが今すぐに答えを示さないモノでも、例えそれが己の信じる心を揺さぶるモノでも、例えそれが道ですらない意味を持ちえないモノだとしても。

人の心を救えるのは、弱さを救えるのは、虚しさに打ち勝とうとする人の勇気、その背中だけなのだから。

 

『……ミネ』

 

『罪に、罰は要らない。悪に……罪は無い』

 

『もしもこの世に罰が、悪に対する正義が生まれてしまうというのならそれはきっと、この世界を形作った者の責任だ。だからこれより未来に何があっても、君は堪えてくれ』

 

『──堪える』

 

『私の遺言だよ。先程の助言と矛盾するようだが私の力はそう便利な物ではないからね、本当の結末は何一つ分からなかった。けれど君が今すぐ行動を始めてしまえば、想像を絶する過酷な道を、そして行き止まりへと迷い込む。耐える耐え難い話では無い、運命に決められた不幸など私は許容しない』

 

『──もしも、それでも堪えることが出来ず私との約束を反故にする時が来たのなら、存分に『救護』を行いたまえ。君の道に嘘がないように、そして君の道が誰かに見つかった時に、眩いものであるように』

 

『君を見る皆の目に、青森ミネを焼き付けるんだ』

 

『……ああ。最期にもう一つ、恐らくだがミネ、君が再び歩き始めた時に、必ず、いつでも何処でも、どんな過程を辿るとしても、出会う男が居る』

 

『──。卵が先か鶏が先か…ふふっ、やはり現実とは常に虚ろで、それでいて不確かなものだね』

 

『その男と出会ったのなら、優しくしてやってくれ。彼は……ああ、辺獄の道を歩み続ける修行者であり、この世の実在を誰よりも証明し定義する健気な子供だ。そして、彼にはこの言葉を送って欲しい』

 

 

 

 

「貴方は、何の為に歩き始めましたか」

 

「────」

 

「それを思い出して尚、戦場へと向かうというのなら止めません。私は私の道を、貴方は貴方の道を。…私は先に失礼します、ハナエ、ナツキさんの指示には従うように」

 

「っ、はい!ミネ団長!」

 

ミネと、セリナと呼ばれた生徒が共に走り去る。──何の為に。スバルが弱者なりの最善を尽くそうとしているのは、やはりこれも『恐怖』から来るものだ。けれど恐怖を抱く自分を憎んだりはしない、恐怖は重要なストッパーであり、誤った選択を取らない為の道案内でもある。

 

その上で、過去を乗り越えられるのか。届きもしない夢想を目指して、歩けるのか。

 

「────」

 

違う。

乗り越えた事は無い、夢想を抱いた事もない。目は常に現実を向いていて、不確かな未来に頼ったことも無い。

傷付くのが嫌で傷付けるのも嫌で、その無謀さをシロコに咎められ、間違えた歩き方を何回も直してきた。

それでも、歩き始めたのは、

 

──『私を、救って下さい』

 

誰とも知らない、救いを求める声の為に。

誰だとしても、救われたかった声の為に。

 

「………」

 

「このザマじゃ、ああそうさ。現実的に考えれば足手まといにも程がある。アロナも居ない、ミカも止められない、ツルギも、イチカもウイも救えない俺じゃ、説得力の欠片も無い」

 

「──勝ち目が無いなら、作り出せ。ミカの元に行くのが『勝ち』じゃない、『ナツキ・スバル』より俺はずっと、汚く足掻く」

 

満身創痍に心神喪失のズタボロ状態で、英雄だの責任だのは机上の空論だ。ウイの本を、心を守れないであの選択を選ばせた男に何ができる。

 

「ハナエ…さん。俺を──」

 

薄く唇を開き、今にも途絶えそうな意識を起こしてスバルは意識を口にする。

看護服というには少し派手な服を纏い、ウイを抱き抱えるハナエはその言葉を、その名を聞いて目を丸くした。

 

何度か唾を飲み、瞬きをして今の音が現実に存在していたものだと確認し、恐る恐る様子を伺うのが、この情報が真に秘匿されたものだというのが伝わってくる。スバルが口にした名前は───、

 

「救護騎士団が守ってる白洲アズサと、百合園セイア」

 

「それから──桐藤ナギサに、会わせてくれ」

 

表舞台から完全に姿を隠した、三名の名前であった。

推測でしかない、だがしかし、このトリニティで隠れ続けてきた青森ミネが現れた以上、この三名も救護騎士団に居場所を隠していたはず。

 

本当に無茶振りでしかなく、会わせてくれとは言うものの、この子が知っている確証も無かったが、

 

 

──縦に振られた彼女の頭が、スバルの推測に答えを与えたのだった。

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