──浦和ハナコ。
再度、彼女の偉業について言葉を尽くそう。
周囲を囲む和平派の隙間を縫って、蒼森ミネの介入により膠着した三者間に乱入し身一つでミネと言葉を交わす彼女がその名を広めたのは、トリニティ学園反乱発起集会に参加し指揮を執った時の事。
当初集会に参加したのは僅か二十名。対する敵対勢力は正義実現委員会含むトリニティ学園の大半の軍事権利を掌握していた聖園ミカ。
集会、と呼ぶには余りにも心細い人数。戦い、と呼ぶには余りにも無慈悲な戦力差。奇跡が起きなければ、否、奇跡が起きたところで覆しようのない両陣営の格差。
敵方である強硬派に油断はあったか?一発逆転を齎すような弱点を聖園ミカは持っていたのか?全て否。
トリニティ学園の六か月にも及ぶ内紛、正義実現委員会の分裂、シスターフッドの内乱参戦、覆されることの無い歴然の戦力差を埋め、トリニティを戦火に沈めたのは──浦和ハナコの手腕によるものだ。
「私の記憶では、貴方はこのような蛮行を犯すような方では無かったはず。一体何が貴方の身に……」
「あらあら、心配して下さるのですね…♡」
「…──」
自らへの非難に等しい言葉を『心配』と紐解くハナコは艶美に笑い、丈の長いクラシックなスカートを指でつまんでお辞儀をする。
──記憶の姿とはまるで別人。過度に露出した改造制服を着ていた元々の浦和ハナコは消え、慎ましく穏やかな花の女子高生に。
ミカと色彩がよく似た桃色の髪は纏められ、三つ編みのおさげを一本肩に掛けている。皆は灰と火薬で汚れているというのに、彼女は雨上がり後の朝明けのスイレンよりも身ぎれいで美しい。
目と目を合わせると、この世の生き物では無いと錯覚してしまうほど儚かった。
自身の『頑強さ』に自信を持つ一方でミネは、浦和ハナコのある種の『頑強さ』に舌を巻く。
魂をも巻き込み渦巻く狂気の中、恐ろしいのは狂気により恐慌に及ぶ存在ではない。怨嗟をものともせず、今の浦和ハナコのように『まとも』である存在だ。
精神の頑強さは時に狂気すら制御する。統率された意思による自己制御、そこへ備わった圧倒的な頭脳。人の感情を操るには、まず己の感情を操る必要があった。
──浦和ハナコとは、激情の坩堝の中で正気のまま静かな笑みを浮かべられる怪物である。
「主役はここにいない。言葉の真意を聞いても?」
「そのままを汲み取って頂いて構いませんよ。私達が幾ら争おうと、何もかもは物語の隅で起きている…脚色すらされない虚しい一幕だというだけです」
「────」
「貴方がここに居て、ミカさんが抑えられた。敵軍は全面撤退、彼女らもミカさんが捕らえられたと聞けば降伏するでしょう。和平派の勝利です、心からの感謝を、蒼森ミネさん」
「………」
「これで漸く、トリニティを元の形へと戻せますね♡」
止まらない胸のざわめきは、一体何を暗示しているのか。ミネの心に到来する不安は、形を成さずに消えていく。押さえつけれる聖園ミカはあと少しで意識を落とされる直前で、剣先ツルギは体力の回復に努めている。全てが終わったというのなら、何を不安がるのか。
「──いいえ」
「一度壊れたものは、真の意味で元通りにはなりません。新たな形として新生し、また別の、新たなる未来に向けて歩みを再開するだけの事です」
「それにまだ、私の『救護』を求める声は鳴り止んでいない!全ての救護を必要とする方に、私の『救護』を届けなければ!だから──止まってはいられないのです!」
「……ミネさん。貴方の『救護』は皆さんの目から見て、暴力にしか映りません。疲弊を重ね心身と身に傷を負った方が大勢いらっしゃるのに、新たな傷を増やすというのですか」
「誇りと信念……それらは、他者を傷つけていい免罪符ではない、どうか考え直してもらうことは…」
そう浦和ハナコが意見を述べて、ミネの『救護』は暴力であると断言する。確かに物理的な破壊は伴うが目的はそうでない、心外だとミネはハナコを見る目を細めた。
「…うふふっ。心に傷を負った方は貴方の高潔で崇高な『救護』を前にすると、自分の醜さに耐えられない。故の忠言です。本当の意味での『暴力』だとは思っていません」
「強者は、存在そのものが弱者にとっての苦痛なのですよ」
「居場所を失った方達には私から言の葉を述べ、ツルギさんに付き添いをしてもらいミカさんを旗本としてシスターフッドの保護の元、奉仕活動による復興作業を共に──」
言葉を咀嚼し、目を閉じ、開ける。その刹那に聖園ミカが抜け出せないよう、更なる重さを拳に乗せて。ツルギもミネも今この瞬間に悠々自適にしている浦和ハナコへ警戒を向けていた。
ツルギは、開戦が始まる直前まで何の情報も流通していなかった事に加え、災厄の狐の戦線加入、自身を含めある程度停戦を望む声が上がっているとの旨を伝えていたのにも関わらずこの無断決行、そして最前線へ指揮官が足を運ぶ不信感。
ミネにとって、停戦の選択肢を剪定し暴力を更なる暴力で押さえ付ける道を選んだ時点で、浦和ハナコは『救護』対象であり今尚その『救護』の方法を模索している。
──何より、この無理筋を通したトリニティ鎮圧がどのような結果を産むかは分かりきっているのに、和平派の頭脳体とまで称された浦和ハナコが理解出来ない訳が無い。
「化けの皮が剥がれましたね。浦和ハナコ」
「はい?」
「『救護』が必要な強硬派の方々へ何も用せぬまま、貴方の傘下であり活動を共にするシスターフッドへの強制的な服従。前線での不義不貞の数々を、ミカ様を人質にトリニティが外交を行える状態にまで復興させての揉み消し、その後のトリニティに残るのは、開戦前よりもずっと根深い因縁と悪意の根。解消されなかった欺瞞と不満をタネに、二度目の戦火と戦争をもたらす!」
「一度地獄に変えたこの場所を!再び更なる闇へ突き落とそうというのですか!!やはり、今ここで貴方を『救護』します!」
「──ええと…。お話が飛びすぎでは無いでしょうか…?どうして、私がその様な事を……」
「答えは明白です──『救護』の道に、偽り無し」
「………………???」
足踏みで地を揺らし、表情から『キリッ』とでも聞こえてきそうな顔で浦和ハナコの悪徳を断言するミネには、鉄仮面のハナコであっても流石に苦笑をしてしまう。
ミネの発言の様に、戦時中は幾らでも根も葉もない噂が立った。ともあれ、どれも真実の実が成った事はなく、話を聞くツルギもミネの飛躍した思考には理解を示せない。
強硬派の愚行と蛮行を止める為の和平派、当初この存在意義を語ったのは他でもない浦和ハナコなのだ。
「…要するに…勘、ということですね」
「貴方は、涙が零れそうになる隣人の顔を見てハンカチを差し出す事を『勘』と呼ぶのですか?」
「──。必然的に導き出された未来予想図…うふふっ。独自の理論と視点で結論を決める方は、いつになっても……──」
厄介だ、と経験による嫌悪と尊敬が混在した口ぶりで、ミネの陰謀論に片足を掛けた意見への返答を考えていた所。
なかなかどうして、トリニティには正気で狂気を実行する人物の多き事か。
「『救護』執行──!!」
「────」
ミネの右足がブレて、残像を残していたのは認識出来た。聖園ミカを拘束したままの攻撃、行えるのは投擲か射出による質量攻撃のみ。
その攻撃は頭の片隅で常に意識して──、
「止まれ──蒼森ミネ」
意識したところで、彼方から飛来する日差しが目に差し込む前に防ぐ事など出来ないように、『日傘』となるツルギが防いでくれなければ浦和ハナコは意識を失っていただろう。
動揺は無い、最初から防がれることが分かっていたかのように。柔らかく目尻を下げ、ツルギへとハナコは軽く頭を下げる。
「……ツルギさん、残念です。貴方までも浦和ハナコの手に落ちていたとは」
「…………とりあえず…話を聞け…」
「貴方には聞こえないのですか…!いいえ!貴方は理解していて、聞こえていて!尚も目を背けているのです!これまで共に救護を実現して来た仲、今なら間に合います。正義実現委員会が正義を見失うなどあってはならない──再び大勢の悲しみが生まれる前に、そこを退いて下さい。ツルギ委員長」
「……頼むから、止まれ。もう誰も…無駄な争いに心を裂く必要は…」
「──私は悲しいです。自らの正義を過信し、真に救済すべき対象を見失った時、正義は堕落しその身を穢す。分かりました、ここを決別の地としましょう…!!」
「………きぇぇぇぇ…」
話を聞かない暴走列車、いつもながら訳が分からない。思うに、互いの不信から始まった内乱をこのような形で終結させても、トリニティ上層部と捕虜となる聖園ミカが今後空白となるティーパーティーの席を一時的に代わる際、実権を握る事になる浦和ハナコにいつもの『救護』的思考でこうなってしまったのだろうが、矛先を向けられる謂れは無い。
崩壊したティーパーティー、凍結されているエデン条約遂行の為に再建を余儀なくされるトリニティを支配できる可能性を持つのは、権威を持つシスターフッドと浦和ハナコ。
「────」
阿慈谷ヒフミが発起集会の中心となった時より、浦和ハナコがどこまでを予想していたのかはツルギには分からない。
が、幾ら不満と疑心を抱こうが『補習授業部』に起きた事と明らかな破滅が見える強硬派を止める決断をしたヒフミとハナコに協力するのは、その後の打算を含め重々承知の上だ。
ツルギの目的は正義実現委員会、我が子の様に育ててきた後輩にこれ以上の苦痛を与えない事。元補習授業部のコハルの様に、誰かの悪意に晒されない事。重荷を背負わせ、果てには部員に手を掛けたイチカの様に、もう悲しみを背負わせない事。
聖園ミカは拘束された。過程はどうあれ決着はついた。ならばもはや、蒼森ミネの暴走は唯皆の心を踏み荒らすだけだ。
ぽつり、背後でやり取りを俯瞰し聞き入っていたハナコに向けて、
「約束は…果たせ…」
「──はい」
「セリナ!『救護』を開始します!」
「ぁ、え、っ…分かりました!」
遅れて到着したセリナ含め、再び戦闘が始まろうとする。
迷いは晴れたと、ミネはミカに気絶の為の手刀を振り下ろす。首トンとは全く違う額へ向けてのノックダウン、除け者にされていたミカは退屈に惑わされ直撃した。
「ぎゃふん…。いったぁ…」
意識に亀裂が入りそうになる程の衝撃、暗闇の中で白光がスパークし、ミカは余裕そうな態度とは別にゆるやかに意識を閉ざす。人の体であれば逃れられない、脳を揺らされる事による身体機能の緊急シャットダウンだ。
「本当に、止まっては頂けないのですか?」
「──止まらなかったのは、貴方です」
「………」
──蒼森ミネに、探り合いは通用しない。
言葉を交わせば苛烈で猛烈な炎の様に、戦闘が始まれば小手調べなど存在せず、振るう拳に迷いは無い。
選択を後悔しない、それは『戦士』の思考である。生徒が持ちえない戦に立つ者としての覚悟と責任を、蒼森ミネは常に実践している。
秩序に身を置く者、正義を全うする者では身につきようの無い『覚悟』。自らの立場を全て放棄しようとも、崇高な誇りと信念の為に突き進める『覚悟』。
「──。で、あるのなら」
「遅すぎました」
浦和ハナコはミネに背を向ける。
二丁のショットガンを持ちハナコを狙うツルギと、盾を握り締め『救護』を下す先が逃げるのを止めようとするミネ。
消耗を回復仕切った、とは言わない。だがツルギの回復力は凄まじくこの僅かな時間でも、戦闘には影響を及ぼさない程度に復帰している。
──戦闘力は万全な状態と変わらない。それでも、大気をパンッ、と破裂させるような踏み込みで、放たれた弾頭の様に横を通り過ぎたミネを捕らえる事は出来なかった。
「────!」
「ええ。遅すぎました」
「遅すぎたんです」
「──その過去は、何があっても変えられません」
油断大敵とは言えない。
浦和ハナコの頭へ炸裂しようとする破壊力は、ミネの真摯な『信仰心』によって振り下ろされる。──銃弾でも神秘でも兵器でも無い、肉体言語。その雄々しい想いが、拙い言葉が、浦和ハナコを貫こうとする。
「────ッ」
「させませんよ」
撲殺級の暴力を止めたのは、ツルギではなく──更に新たなる乱入者。意識外からの射撃へ咄嗟にガードを形作ってしまったが為に、拳一つ分、空を切る。
その乱入者は伊落マリーや若葉ヒナタの様なシスターフードを被り、そこから銀に近い灰色の髪を伸ばすシスターフッドの長。
「サクラコさんまで…!」
「まで…?」
「耳を貸さなくても大丈夫です。サクラコさん、聖園ミカは気絶中、対応をお願いします」
歌住サクラコはハナコの目線の線上、意識を失っているように見える聖園ミカを指す。
目を丸くして、格好の獲物を見つけたかのように歩き出すサクラコもまた、血気迫るミネに横面を殴られそうになるも、
「二度目の不覚は、無いぞ」
「ええ、ですが──折らせて貰います!!」
腕を盾に割り込んできたツルギの、ガードの上から左腕の骨を粉砕する。奥歯を噛み締めて衝撃を逃がし、体を捻らせての蹴りはミネの頭ど真ん中を捉え──。
「ふんっ!」
頭突きによって、互いの衝突箇所から流血を余儀なくされた。
ひと際強い力が込められた相打ちは、傍で目を細めるサクラコの頬に赤いラインを作る衝撃波を作り出す。
肉と肉が弾ける音、骨と骨がぶつかり合う音。しかし両者が痛みによって怯む事はなく、ミネが次手に選んだのは左手に握った盾によるアッパーカット。
を、読んでいたツルギはショットガンを顔面に向けて投げ捨てて、視界を遮った瞬間に『治った』右腕でもう一丁のショットガンの引き金を引いた。
聖園ミカに対しては謎の力により効力を抑えられていた弾丸は、本来であれば一撃で歴戦の生徒が弱音を吐く威力。
「──効きませんっ!!」
「ちぃッ…」
ここでもまた、戦闘の目的が既に制圧に収まってしまっているツルギと、全力で『救護』を行使するミネでは無意識下で攻撃に効力の差が出てしまう。現にツルギは腹部へ発砲したが、呼吸を乱すには喉、もしくは顔への発砲が有効。
元は親しいとは言えずとも顔見知り。頭に血は上りやすいが、勘違いによるすれ違いを何とかすればこの争いも──そんな未来が微塵も見えてこない殴り合いに、体はともかく心の疲弊が限界に近いツルギは深く溜息を吐く。
「…………」
「ツルギ委員長!何故、貴方の様な崇高な『救護』の精神を持つ方が、拳を収めてくれないのでしょうか!」
「………」
こっちの台詞だと、話が完全に通じなくなったミネから再び盾による刺突地味たストレートを片手で受け止める。受け止めても尚、ミネはツルギを地面を削りながら押し出していくが後退は数メートルに抑えきった。
「暴れて………暴れ尽くして…解決するのであれば…私も、そうした」
「そうはならなかったから、イチカは私を見限った」
「拳を…収めてくれ。終わりに……しよう」
「──ツルギさん…」
懺悔と、傷から滲む血が混ざる言葉の数々。
語りながらも拳の応酬は止まらず、一振り一振りが空気の破裂音を伴う人体の限界を超えた威力を誇っていて、聖園ミカと剣先ツルギの勝負とはまた別の密室の中で行われるハンマー投の様な危険さが目に見える二人の衝突は、近場の生徒全員が銃を捨て逃げ出す威圧感を放つ。
「そう、だったんですね」
「──ツルギさんの様な力強いお方でも、力が足りなかったと…!」
「……いいや…そうじゃ──」
「ならばやはり!私達は手と手を取り合って『救護』を行うべきだったのです!貴方に足りていなかったのは、『救護』の精神であり『救護』を行い切る力!」
「………」
「怒りは矛ではなく、それを理解している貴方は正しい『矛』を見つけられずに諦めてしまった」
「──私には、この拳に載せるに値する心の矛があります!!」
精神的に無敵が過ぎるミネとの会話を諦め、ツルギはサクラコの方を見やる。彼女もまた、シスターフッドを纏める立場でありこの場へ来ていい人物では無い。
余所見をできる余裕も無い、蒼森ミネもまた、自身に比肩する強者。言葉が通じないのならば、取れる手段は暴力だけだ。早く終わらせよう、その一心でどうしてか涙を浮かべ始めたミネに視線を戻し、
「貴方の今の姿を!正義実現委員会の皆の前で見せれるというのですか!?」
「────」
その言葉に、撃ち抜かれてしまう。
呆気に取られたのだろう、痛い所を突かれたと自覚しよう。何よりも同僚と後輩が大切だと銃を握りしめておきながら、この姿を手本にさせられる訳が無い。
泣きながら放たれたミネの拳と、反射的に放ったツルギの拳がぶつかり合い──ツルギは、自然と肩から力を抜いていた。
「っ────?」
右腕を破壊されながら瓦礫の山へと落ちていくツルギを、腕から伝わった脱力の感触に疑問を抱くもすぐに切り替え、ミネは最優先『救護』対象たるハナコは何処だ、と目を見開いて探し出そうとしている中、
「…………」
起き上がり、頭に乗った建物の残骸を払う。
業を抱え、果たさなければならないと願う悲願が、果たさせてくれと希う自分が、魂から色を奪っていく。
──剣先ツルギは、過去に誓ったのだ。
意見の相違があったとして、それを貫こうとする者の胸にはどうしようもない『願い』が籠っているのだから、否定し、責務を押し付けた以上、立って、立ちあがって、戦わねばならぬ。
「………」
傷は完治、スタミナも取り戻した。
なのに、溜息を吐き目を瞑るばかりで、
「……」
──『憧れは憧れのままでいて欲しかったです』
──『全部、遅かったんですよ』
──『安心して下さい。私が、何とかしますから』
「────」
彼女の、仲正イチカの言葉を思い出しては、後悔の全てに押し潰されていく。どうしようもなく、どうすることもできず、覚悟の足らぬ未熟な自分の過去に、殴り付けられる。
力という責任、能力という責務。持つ者である自分の──、
「怠惰」
「──。…イチ」
「っすね。何ボーッとしてるんすか」
「先輩」