Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『二人目の魔女』

 

──時は遡り、ハナエに運ばれている最中、会いたくもない宿敵と出会った時の事。

 

「──今回は、殺すつもりじゃないんだろ」

 

冷静に、相手側の事情を考察し今すぐに命の危機が訪れる訳では無いと表情を固めるスバル。

ノゾミとヒカリの二人の協力で、退散を余儀なくされたミサキという少女がまだ、重要そうなポジションに立っていられているのを見るに、この四人組は相当ベアトリーチェにとって重要視されている。

 

身動き一つ取れないウイと、スバルとウイを抱えている影響で戦闘を行えないハナエ。手持ちのカードは最悪に近い、フォーカードの前でブタの手札を晒している気分だ。

 

「そりゃ、当たり前か。最初に決めてあった目標は見事、俺の手で破られてアビドスのみんなは元気ピンピンだ。奇襲も全部防がれて泣く泣く帰った後に、もう一回……そんな都合良い話は無いよな」

 

賭けの場で、詰みの立場に置かれようともスバルのレイズにアリウスは付いて行くしかない。危なっかしい命の取り合いのやる気等、毛頭否定してなんぼ。

 

「ああ、そうとも」

 

「──身柄を拘束しに来た。それだけだ」

 

単独潜入を仕掛けてきた、メタリックなマスクを付ける長身の生徒がスバルに返事を返す。その他三人、顔を覆い尽くすガスマスクの少女と、巨大なライフルを背負う水色髪、そして顔見知りの戒野ミサキを差し置いて、長身の生徒はハナエに手を伸ばす。

 

「…アリウスの方々であっても、団長から任された患者さんを渡す訳にはいきません!正式な手続きと明確な理由を提示して貰わなけれ──」

 

「黙れ」

 

その手を振り払ったハナエに対し、コメカミへと拳銃を突き付ける。脅しなのか武力行使なのか、彼女の殺意を目の当たりにしたスバルからすれば心臓が縮む思いだ。

 

「脅迫や暴力で『救護』を止めさせる事は出来ません。私達は常に、自らの『救護』を真っ当する為に行動しているのです」

 

「ならば我々も使命を真っ当するだけだ、死ぬか、その男を手放すか。強引な手口を取らない理由は無いぞ。慈悲を与えている間に決めろ」

 

「──嘘つき野郎の言う事を聞く必要は無ぇ、ハナエ」

 

「…なんだと?」

 

ありもしない慈悲を口にしたアリウスの傭兵を、スバルは話の流れをぶった切って邪魔をする。慈悲とは笑わせる、そんなものが欠片でも存在するのなら、さぞ黒々しく輝いているのだろう。

強引な手口を取らない理由は──ある。彼女らにとってベアトリーチェの指示は絶対なのだ。白と言えば白に、黒と言えば黒になる様な関係で、言葉を使いスバルの身柄を貰い受けようとしているのならば、ベアトリーチェはスバル含めた他の生徒に手を出すことを禁じていると予想しよう。

 

容赦の無い暴力の行使を散々見てきた、味わってきた、だからこそ今の発言がブラフだとスバルは見破れる。

 

「確信を持って言える。お前らは俺らに手を出せない。出さない、じゃなくて、出せない理由をちゃんと持ってる、だろ?じゃなきゃアビドスであんなミスりまくって恥でいっぱいの頭ん中、冷静に交渉なんてやるもんかよ」

 

「もう一度言う。──お前には明確に、手を出せない理由がある。何かアイツから言われてるとして、逃げるなら拘束しろ…それぐらいだ」

 

「────」

 

銃口の先をスバルへと変えようとして、戒野ミサキが銃口の先を手で隠す。見開かれた目に仲間が映り頭に昇った血が降りたのか、キャップ帽のツバ先を摘み顔を隠した。

 

「…怒りに任せて独断専行、二回目は流石に許されないよリーダー」

 

「……」

 

「ふ、ふぇぇ…。やっぱり全部バレちゃってるんでしょうか…?流石『ナツキ・スバル』というか、ここまで来ると人かどうか怪しいというか…」

 

「──人に決まってんだろ、当たり前に」

 

「うわぁぁん!?そ、そんな怖い顔で睨まないで下さい!?」

 

「……言っとくけど、人相悪くさせてんのはお前らだから」

 

騒がしい水色髪は初顔で、もう一人、建物の残骸の上に腰を下ろし休息を取っているガスマスク。今までに見た事の無い特殊なガスマスクを装備している少女は、スバル達を取り囲む三人に比べ関与せずといった様子。

 

我関与せず──その姿勢を貫いていいのは真に無関係な者のみと、軽い苛立ちと共にスバルの視線はその少女へと吸い込まれた。

あってはならない優雅さと気品を感じる佇まい、酸化した血の匂いが充満する戦場に一輪の花が咲いているかのような、

 

「アリウス親衛隊……今更出てきましたか。自分達では手の届かない強者達が軒並み出払ってるからと意気揚々と…ハイエナのような卑しさを持つ卑怯な方々ですね」

 

「──。包帯グルグル巻きで啖呵吐いて大丈夫か?襲われてケバブにされても助けられねぇよ?」

 

「事実を陳列しただけです。互いを尊重し規律を守る規律社会に真っ向から唾を吐く相手にはこちらも同じ対応をするまで。爪弾きにされたからといって、他者の領域をふみあらす」

 

度胸があるのか素の性格なのか、古書館を燃やされた直後であるウイの想いの発露に対し、そのとりわけ清く美しい少女が反応を示す。

ちらり、スバルとウイを観察する仕草をして、ガスマスクの奥から軽い吐息が聞こえた。

 

──興味を失ったかのように、スバルとウイ、ハナエから顔を逸らしたのを見て、徐々にスバルの頭は沸き上がり始める。

 

仮にも、スバルは健気な少女らの信頼を身に受けた。おぞましくとも、そこには彼女らなりの責務と責任がある。

それをこんな風に、どうでもよい風に扱うというのが実に腹立たしい。

 

「──そういやコレ、浦和ハナコの指示か?」

 

「………」

 

その腹立たしさを乗せて、膠着を破る鶴の一声を放つ。四人の少女の視点からは、スバルがアリウス親衛隊に襲われて最も想起するべき相手は、聖園ミカ。そんな期待を裏切る様にスバルは浦和ハナコの名を口にする。

 

不自然な硬直、目は口程に物を言うとはよく言うものだ。わなわなと震える瞳からは動揺が現れる。

 

「沈黙は肯定。探られたくないのなら、何でもいいから会話するのをおススメするぜ?」

 

忠告しても尚、沈黙を続ける姿を見るにアリウスを裏で操る指揮者は浦和ハナコに移り変わったのか、ならば聖園ミカの現状はどうなのか、巡り巡る思考の中で更なる動揺を誘う一言を思いつく。

 

「──補習授業部の白洲アズサとも、そうやって会話下手で仲違いしちまったのか」

 

以前のループ、補習授業部に探りを入れろとヒントを示した浦和ハナコだが、やり直しを求める事には彼女らが関わっていないのなら、このヒントは事件を紐解くための代物。

 

──再度、沈黙。

これで、彼女らも補習授業部に関わる事情があることを理解する。

 

「…ははっ。仲違い…だと?笑わせるな、『アレ』は命令に背き任務を遂行できなかった出来損ないだ。……変えようのない福音書の予言に、抗おうなど」

 

「──これ以上の会話は不要、貴様を連行する」

 

「っ」

 

すらりとした距離感の掴めない黒手が伸び、スバルへと差し迫る。街明かり等微量なもので、視界の殆どが黒色で覆われようとした、その時。

 

「──ちょーっと待ったー!!」

 

「────」

 

「お呼び出しがあってきてみれば!救護騎士団に怪我人に、何たる事を!!闇夜が隠してもこの宇沢レイサには隠し通せませんよ!ハナエさん、ここは私にお任せを!」

 

キラリと澄ました顔にツンとハリのある声、宇沢レイサが足早にこちらに向かってきていた。ハナエが呼んだらしいがどうやって、そうスバルが疑問と希望を同時に味わっていると、戒野ミサキが抱えるロケットランチャーを動かし始めるのを見て思わず足元に落ちていた小石を投げつけ、

 

「──は、何」

 

苛立ちでスバルに殺気を込めた視線を飛ばしたのが最後、ハナエから降りてウイを抱き抱える。──レイサにこの場を託し切れる戦闘力は、正直な所無い。人数差は四倍、手練であろう強者は三人。真っ向からの勝負に勝ち筋を見出だせず、選択は逃走の一手。

 

同時に、ハナエが伸ばされた手をチェンソーを振り回して振り払う。医療従事者には似つかわしくない光景すぎるが、ナース服とチェンソーがあまり違和感が無く融和しているのは恐らく、身に染みた日本文化の影響。

 

「ハナエ!レイサ!今は逃げることだけ考えろ──!っ、ウイ!しっかり口閉じとけよぉぉ──!!」

 

「え、えあの、何ですか口閉じろって──きゃぁぁ!?」

 

ウイを──グルグルと大型ブーメランを投げるように助走をつけ、レイサへと投擲しようとする。

宇沢レイサは事情が分からずとも、自らの正義に従っている生徒。困惑は一瞬で、スバルの掛け声と共に「ばっちこいです!」と受け止める準備をしていた。

 

何もこの四人組全員を総合力がヒナやホシノに匹敵するなんて想定をしなくてもいい、それが事実なら大層な前準備は必要無い。

 

「また、後で」

 

「──ほんっと!馬鹿ですよ貴方はぁぁぁ!?!?」

 

清々しいぐらい綺麗に飛んでいったウイを見届け、今度は自分の身。捕まれば最悪、殺さず生かして永久監禁の末路だ。

浦和ハナコの指令とベアトリーチェの命令、優先されるのはベアトリーチェとして、それが理由でスバルを捕まえに来るのは不明点が多い。

何しろ黒服達への襲撃がある、ゲマトリア同士の諍いが禁止されているのなら、ゲマトリアの存在を把握した上でスバルとの会談を邪魔できるのは──、

 

「ハナエ…無茶させるけど、やっぱミネの所まで逃げれるか…!?」

 

「お任せを!ミネ団長の『救護』に追いつく為に鍛え上げた脚力、お見せします!」

 

浦和ハナコ、剣先ツルギ、蒼森ミネ、聖園ミカ、仲正イチカ。全員が集結する戦場に立たねば進展は無い。虎穴に入らずんば虎子を得ず、今度は逃走の為では無く進歩の為に戦場へ。

 

「────」

 

「……っ?」

 

──追ってこない。

少しの間のドタバタ劇、あの傭兵の実力ならば介入出来たはず。再び抱えられながら、曲げた指を口元に置き疑いを持つ。手緩いと酷評してもいい、そんな思考の時間と共に四人組は遠ざかっていくが──身柄を拘束しに来た、その台詞がベアトリーチェの命令ならば、追いかけない理由は無い。

 

そうじゃないとしても、ミサキが二度目の独断専行と言った口振りから、ベアトリーチェの意に反する事を繰り返すのは許されない、そんな意図も考えられる。

並べた推論から発せられる違和感、攫いに来たにしては悠長すぎるが、

 

「…今は、無理だ」

 

逃走の躊躇をしている暇もなく、跳ねるような速さでスバルの視界から四人が消える。ロケットランチャーにスナイパーライフル、追撃しようものなら幾らでも行えるが、それも無し。

 

ともかく、ミネとツルギ二人と合流する。状況がどうあれ最終的な結末に直結するのは、述べた五人の行動次第だ。

マスクの下に隠されきった表情に、唯一窺い知れる目元にすら浮かぶ暗い色、過去の傷が未だ血を流し絶望に溺れるアリウスを救うには、一体どうすれば良いのか、スバルだけで導けるものなのか。

 

「────」

 

アビドスの様な奇跡を、もう一度起こせるのだろうか。ナツキ・スバルという弱き英雄は、結末に至る納得を模索する人生で、一度決めた納得を覆せるほどの、アリウスに見せられる輝きをもう一度───。

 

願えば遠くなる、祈りは両手を塞ぐだけ。

スバルの心に訪れた切り捨てるべきエンディングのための『犠牲』を、果たして回避する事が正しいのかを、探さねばならない。

 

「……」

 

「………リーダー、これで良いの?」

 

遠ざかるスバル達に任務の失敗を予感して、不安そうな声でリーダーと呼ぶ長身の生徒へミサキが問いかける。

ふい、と身体の向きを変えて、歩き始めた『リーダー』は、

 

「──ああ。予言は絶対だ、何があっても福音書に記された未来を変えることは出来ない。ここで奴らを取り逃すのが、マダムからの指令」

 

マスクを外し、大きく息を吐く。

最後の方は掠れ声で、指令だという部分を強調して。

 

「……じゃあ、浦和ハナコの命令は無視ってこと?福音書の事はリーダーしか知らない、私達にも少しは……」

 

「煩い。…いいんだ、アレの事は知らずとも」

 

「──。あっそ…」

 

突き放す様な態度は、両者の間ではもう当たり前の事なのか、知らなくて良いというのなら意地でも教えない『リーダー』の頑固さに、戒野ミサキと水色髪の少女は瞳を震わせる。

しかし、呼吸を整え再びマスクを付けるリーダーへ、スバルの視線を集めていた少女が駆け寄って、

 

「サッちゃん」

 

「────」

 

「……ダメ?」

 

「──ああ」

 

「…どうして?」

 

「………………分からなくて、いい」

 

「……」

 

「行くぞ、ミサキ、ヒヨリ。事態は予測通りに収束する、それまでに役目を果たせ」

 

感情溢れる声から一転、無機質な声色が名を呼び、次なる目標へと向けて歩みを始める。運命に踊らされるナツキ・スバルの歩みを、自らの主の望み通りに変える為、

 

「──スクワッド、行動開始」

 

──『アリウススクワッド』錠前サオリは、従順な手足である事だけが、この世に生を受けた存在理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──めまぐるしく流れていく時間の中で、自分の存在意義を見つける事の難しさたるや、それはどんな試験用紙の問題よりも難解な設問だ。

 

人生には問いがある。空白の解答用紙を埋める責務がある。生きて死ぬまでに一文字でも書くことができたのなら僥倖とも思える難問がある。

それが、浦和ハナコにとって人生で最初で最後の未解決問題であった。

 

分からない、と常に嘆く。

理解できない、と不証明に苦しむ。

答えはない、と空白に絶望する。

 

一人で考えても仕方が無い、一人で見える世界は狭い。狭くとも、誰かの手を借りる気にはなれなかった。

共感は即ち、解答の放棄だ。自分の混ざりけのない宿命へ、神から課された宿題へ、自分じゃないモノを提出するなんて、無様。

 

高をくくっている、傲慢である、きっと、多くの視点は浦和ハナコの思考をそう指摘する。広い世界を見ていないから、他人の世界を理解しないから、理由は多々あれど、自分以外の解答を否定すべきでは無いと。

 

──結果、真っ先に排除されたのは、浦和ハナコだったのだが。

 

「…………」

 

知性とは呪いである。知恵とは枷である。

常人とは見えるものが違う、広さが違う。そして呪いであるが故に目を瞑る事が出来ない、知性が『意味』を読解しようとする。

 

何故、自分だけが人生の命題などに向き合おうとしているのか。自分だけに降り掛かっているものなのか。

賢さという苦痛を前にして、浦和ハナコはトリニティ学園に存在するモノ達へ問いを投げかけようとした───すべきでは、なかった。

 

常人にとって、身の丈以上の知恵など不快であり不必要である。というのを身をもって味わう事になる。権威権力、自己探求なんて不必要な事に意識を向けている暇の無い『暇人』と、自己探求なんてものに身を費やそうとする『暇人』では、暇の意味が違うように。

 

「────」

 

他人と関わるつもりはなかった、自分がどれだけ退屈で、下らない人間なのかは一番自分が分かっている。でも、人は常に輝く物に惹かれてしまう。宝石の様な才能を持つ浦和ハナコを、トリニティ学園が放ったらかしにはしない。

 

人から話しかけられ、答えを求められる。無論、浦和ハナコに拒否権は無い。それが権力というもの。

故に刹那の苦痛を飲み下し、ひと時に訪れる退屈の連続を何とかやり過ごすだけの毎日。『塊』から外れる事の恐ろしさを理解しているからこそ、人々の招きの手を取り続けた。

 

──つまんないね。

 

お茶会へと誘われると、いつもその言葉を想起する。

面白いジョークを身に付けても、知性に富んだ発言をしようとも、浦和ハナコの『退屈』が滲み出るように周囲の人間は──浦和ハナコに次々とレッテルを貼る。

 

必要の無いレッテルだ、根拠も、証明も無い定義だ。

特段その事が苦痛になったかと聞かれれば、横に首を振るだろう。学生の本分は勉学、遊戯にかまけていては将来へと繋がらない。

けれど、浦和ハナコに『勉強』は必要の無いモノ。百点回答が当たり前で、ならばつまり、『勉学』『勉強』とは本質的に無意味である人生の『定義』の為の行為。

 

頭は良くとも、傑物では無く。

人知離れした、怪物とも呼ばれる頭脳があっても、心は人間のまま。身の丈に合わない贈り物。

 

力には責任があると言う。単純な腕力に限らず、人に秘められた能力全てに、責任は存在する。

ならば常人が一生を賭けて到達する知性の限界に、浦和ハナコは齢十五歳で到達し、それ以降は、 不可知域、不可知性の領域でエゴを見つめ続ける事が、浦和ハナコの責任。

 

──責任を全うする為だけの、残り、約七十年程度。

不幸な事故でも無ければ、食生活を考慮しその程度。七十年で浦和ハナコは人生に答えを見つけなければいけない。

一秒一秒が圧縮されてしまう情報の渦の様な脳内で、一秒一秒を無駄にする感覚を、一秒一秒輝かしい青春を犠牲に数える。

 

その絶望に飲み込まれたくないから、沢山の本を読む。勤勉なんかじゃない、逃避のためだ。余計に頭の中は大きくなるばかり。

 

「セイアさん、ナギサさん」

 

「──どうか、許してください」

 

浦和ハナコの暇つぶしで、浦和ハナコを浪費する。浦和ハナコを求める大勢の人間がその浪費を目の当たりにして、浦和ハナコから去っていく。

もっとも、浦和ハナコ自身は他者との繋がり合いに価値を見いだせなくなってきた頃合だったが。──人の役に立ってみよう。誰かの願いを支える存在になろう。そう目指して裏切られた理由は恐らく、持って生まれた知性によるものだ。だから、この差異に生まれるカオスへは興味を持てなくなってしまった。

 

誰でも思考できて、誰でも答えを出せるモノ。それが人生である、なのにも関わらず、一番賢い人間がどうしてそんな『無駄』を犯すのか、真意は誰にも分からない。

そも、自分が答えを見つけられないものに人からの証明等当てにならないもの。

 

証明は、自分の手で。

 

「──長かった」

 

それは、剥かれる事のない敏感な心の殻から、滲み出た本音が口に出てしまった言葉だ。

何が『長かった』のか。『長かった』を分解すれば鉄仮面の下に隠した自分の、浦和ハナコという個人の、達成感とも言えるのかもしれない。

ああ、『長かった』。待つ事が苦痛では無い人間が、『長かった』と口を開く時は大抵、『長かった』理由自体に納得出来てないのが必定。つまり『長かった』事が嫌で本当は『長かった』と口にする様な過程にはしたくなくて、ああ『長かった』と溜息を吐いて言うようなものなのだ。

 

「────」

 

映像を通し、荒れ果てたトリニティ学園を背後に繰り広げられる死闘を眺める。数刻前、剣先ツルギを仲正イチカを使い誘導し、狐坂ワカモの協力で中立派を強硬派に対する『刃』に変え、積み上げた不信感の背中を押し強硬派を分裂させ───。

 

一年、と、凡そ六ヶ月。

学生時代に浪費する時間としては長すぎる時間で、聖園ミカからアリウスの指揮権を奪い取った。

事前に用意していたレールは全て役目を果たし、後は全てが予測通りに動くまでひたすらに待ち続ける。長くとも二ヶ月程度、そこで終わり。

 

ドローンに投影させているチェス盤を、対戦相手の居ないままに一人打ちを続ける。孤独な対局は研鑽の為では無く、脳内に浮かべた『敵』との対局図を重ねているからで、

 

「……」

 

──いつも、最後にはステイルメイトへと陥る。

変えようのない結末だ。けれど、自らにとって悪い結末だとして、『敵』にとっては最悪の結末。費やした時間を含めても、釣り合いは取れている。

再度、聖園ミカと剣先ツルギの死闘、その映像へ凝り固まった表情筋を向ける。鉄仮面とはよく人から言われるモノだが、事実として鉄のように動かしようがない。

 

けれどもし、石像の様な自分を少しでも揺らがせてくれる相手がいるとするならば、正しく今現れた善良そうな男の子に、この固まる一方の表情筋の未来は掛かっているのだろう。

 

英雄『ナツキ・スバル』

予言に受け継がれし救世の子。

あまり、期待は出来ないけれど、

 

「……ふぅ」

 

賽は投げられた。と、格好を付けるとしても遅すぎる。

神様は気まぐれに運命の図柄が描かれたサイコロを、好き勝手に振って転がして、弄ぶ。一度目を付ければ飽きるまでひたすらに、運命という名の賽を広げられたテーブルの上で投げてしまう。

 

己はテーブルゲームの駒である──それを確かめる術は無いし、唯の妄言だと切り捨てた方が早い。

現実的には、全ての出来事は積み重ねであるのだと定義しよう。真の意味で自らの足を前に進められる瞬間など、そうそうありはしない。

そうそうありはしない、ならば、たまにはある。自分の運命を、自分の人生を自分の手で決める為の瞬間が。神様だって、賽を振っているのではなく振られているのだと。運命からの解脱はとても長い道のりなのだと。

 

そうともつまり、『長かった』。

そうともつまり、『長かった』のは仕方の無い事だった。

 

自分の手で賽を投げ、自分の手で運命を決める道のりは──『長かった』。

 

疲労では無い、達成感での溜息を吐く。

安心感での溜息を吐く。神への反抗の証を吐く。

運命を変えられる力を持っているのに、変えようとしないのは高潔でも崇高でもなく、怠惰である。火事を目の前に全てが燃え尽きてから嘆くのでは、怠慢で怠惰で無責任。

 

「──行ってきます」

 

犠牲とは、奪われる事だ。犠牲とは、選択を与えられない事だ。

ならば浦和ハナコが辿る道は『得る』道であり、与えられた選択を真っ当する道である。と、定義する。その宣言を、写真立てに唇を触れさせて、固く誓う。

 

浦和ハナコは、浦和ハナコとして生きる。誰にも定義されない、誰にも理解されない、古則の楽園の様な生き方を。皆、誰かが犠牲になる事でしか終わらないと勘違いしている対局を、浦和ハナコだけが唯一、引き分けにまで連れて行けるのだから。

 

──幕引きの瞬間まで、賽を手放したりはしない。

呪われた贈り物を、枷である祝福を、自らの手で変えてみせる。この世界が一かゼロでしか作られていないとしても、賽の目なんて、振る角度に早さに投げ方、数値化すれば簡単に変えられる、のと同じように運命も変えられる。

 

仕組まれた残酷な運命なんてもの、仕組む事が出来る程度。

これは、挑戦だった。浦和ハナコから神に向けての。

 

不自然に用意された問い、身の回りで起きる不幸と悲しみ、動かないことへの責任を追求してくる世界、そして世界そのものが敵に回れば、犯人の姿も見えてくる。

 

 

──神様。

私を、何故この様な命の形で産み落としたのですか?

 

──神様。

産み落とされた理由が分かれば、貴方に出会えますか?

 

──神様。

貴方に出会えれば、私は産まれたことを肯定されますか?

 

 

私の行いの全てが、貴方からの贈り物で形作られるのなら、貴方の悪趣味で作られた私もまた、悪趣味を行いましょう。

それがどのような形であれ、どのような過程を作るのであれ、全て貴方への愛と信仰によるものです。

 

もしも貴方が、世界が私の行いを否定するというのなら。

 

どうして、私はこの世に産まれ落ちたのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃がしません───ッ!!」

 

早すぎて、一周して緩やかに落ちてくると錯覚してしまう鉄塊が降ってくる。蒼森ミネの破壊力抜群の振り下ろしが、目先で炸裂し逃げ道を潰す。浦和ハナコには暴力に抗う術は少なく、『救護』という名の恐ろしい暴力に晒されようとしていた。

 

「ふーっ…」

 

「あらあら…。こんなにも私にお熱になって下さるとは、嬉しいですね♡」

 

「…最後にもう一度。何故この様な事を?」

 

片手の平に拳を押し当て、手首の骨を鳴らすミネに対しハナコは人差し指を可愛らしく頬に当てる。幾らか思索して、いやするフリをして、決まりきった答えを返す。

 

「──。趣味です」

 

「……貴方には、災厄の狐のような破壊衝動はありません。であるのならば、貴方の趣味とはトリニティ学園の破滅を指してはいない」

 

妙に勘の鋭いミネは、ハナコを一連の騒動の指示役と断定しておきながら、目的はここに無いと指摘して、それを受け取り艶っぽく、「ええ」と唇に指を滑らせた。

といっても、破滅とはミネの一人語り。本来であれば浦和ハナコの行為は、破滅に向かうトリニティを救う事とニアリーイコール。

 

「人助けを、したかったんです」

 

「────」

 

「自分の能力には責任がある、貴方のように人へ『救護』を施したい。個々人に目を向けるのは大変ですから、貴方は貴方の得意で、私は私の得意で人を助ける。その結果が今、というだけです。お互いに、目指している場所は同じだと思っていたのですけれど……」

 

「それが本音であるのならば、貴方は貴方自身を理解出来ていません。その様な顔をして、『救護』は成し得ませんよ」

 

「……えっと、私の顔…?至って普通の顔だと思いますよ?」

 

人の顔を見て人助けに向いてない等、失礼千万。

自分がそれほど人相も悪くないと思っている身からすれば、ミネの指摘は非常に私的なものだと感じられる。

理解し難い説明に首を傾けるハナコへ近づいて、その両肩を掴み、加減しているのか分からない握力で骨をミシミシと圧しながらミネは、

 

「──嘘で固めた顔は、見れば分かります」

 

「────」

 

更に、意味不明なことを言い始めた。

心理カウンセラーでもあるまいし、勿論浦和ハナコは何ら変哲も無い顔を晒していて、それこそ心理カウンセラーも問題無しとハンコを押す。

 

「ああ、ええと」

 

「人助けをするついでに、自分の趣味も行いたい、というのが正確です。先程の発言は語弊を産むものでしたね」

 

何を言えば納得するのかを考え、正確さの足りない情報へと加えつけてもミネの握力に変わりなし。どうすれば解放してくれるのかを模索する中、ハナコは吹き飛ばされたツルギがイチカと衝突し始めたのを見届ける。

 

「近いですが、遠い。貴方の真意は…そうでは無い、本当ならば拳を握り締め、血が出る程に吐き出したい想いがある筈です」

 

「……………根拠は?」

 

「──勘、私の経験は、『救護』は嘘をつきません」

 

「ふむ。分かりました、真実は必ずお話しします。ですが今は…あのお二人を止めた方がよろしいかと」

 

ハナコが指さす先には、明らかに制圧行為の範疇を超えた殺し合いを勃発させているツルギとイチカが居る。誇りと信念を胸に救護が必要な場に救護を、ミネがその言葉を信条とするのならば、今失われる彼女らの関係を『救護』する事が優先の筈。

しかしメラメラと熱意で燃える瞳の奥に、浦和ハナコが外れることは無い。

 

「必ず」

 

「…必ず──お話をしましょう。私は、貴方の事をもっと知りたい」

 

「はい、改めてまた後日」

 

凄まじい握力から漸く解放され、走り去った背中を見てハナコは現状を俯瞰する。

不確定要素は無い、聖園ミカは捕縛され仲正イチカは予定通り彼女と決着をつけるのに必死。狐坂ワカモはトリニティ学園の指揮権を手にした後総出で潰し、後は──既定路線。

 

百を超えるプランの中から、着実に選び抜かれていった現状、分岐はまだまだ存在するが、今のままだと一番安牌な───、

 

「────」

 

安牌、心の中で呟こうとして引っ込める。安牌や確定等の言葉とは程遠い人物が、遠く視界の先に映ったからだ。

彼が来た、数々の妨害を乗り越えてやってきたのなら、想定は更に絞り込める。自らの手のひらから逃げられる者は無し、断言しても良い。

 

それが例えアリウスを裏から操るものであっても、それと同等の脅威を有する大人達であっても、恐ろしい暴力を備えたものであっても、

 

「──。ああほんと、会いたかったぜ。浦和ハナコ」

 

「私もです、ナツキ・スバルさん♡」

 

例え、この世の理にそぐわぬ者であっても、この手の中からは逃げ出せない。

裏切りなんて当然で、当たり前の事なのだ。彼がここに居て、浦和ハナコと会話している、その道筋も当然想定してある。

──これから想定外になりうるのは、あれだけ心を凍てつかせて尚戦場に立とうとした英雄、ナツキ・スバルだけ。

 

全てが分かりきっているというのなら、胸に湧く期待と希望は一体何なのか。それすら、即座に浦和ハナコは答えを出した。

 

「ナツキさん」

 

「私、きっと」

 

「──貴方に、恋をしているんです」

 

「初対面の癖して、大胆じゃねぇか」

 

「知ってますか?恋する乙女は、無敵だと♡」

 

「──。知ってるさ、愛され過ぎて困ってるからな」

 

世界から愛を求める者と、世界から愛を与えられる者。

この瞬間、羽化したばかりの『魔女』が恍惚とした表情で、これまで出会った誰よりも『恐ろしい』と感じさせるトリニティの怪物がナツキ・スバルの目の前に立っていた。

 

 

 

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