Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『ティータイムフォックス』

 

──目が覚める。

何度だって目を覚ます、死に戻りによって夢と現実の狭間を行き来する事が多いスバルにとって、『目が覚める』は何よりも大切な実感であり、『目が覚める』を挟む事で死に戻り直後の脳みそを叩き起す。故に『目が覚める』をする事が、まずは何よりも優先される。

 

「──っは、ぁ」

 

鼻腔に漂う紅茶の匂い、茶会の瞬間に舞い降りたのかと思ったがミカの言葉が聞こえない。

壮絶な体験による疲労感を息と共に吐き出して、スバルは周囲を見渡す。モヤがかかったかのような風景に加え、夜闇が包み込む『茶会』の席──ああ、これは正に夢と現実の狭間の位相。

 

「やぁ」

 

「……」

 

振られた手に返事をする元気はなく、体の感触を取り戻した興奮で高鳴る心臓を抑えるのが精一杯。

死ぬことすら出来ず、あの空間に囚われ続けるのではないか。そんな不安を抱いていたものだから、死に戻れた事すら感謝しなければならないぐらいに。

 

膨れ上がる眠気と意識の遮断、絞首による死は何度か味わった事があるが、今回の様な安堵感は無かった。アレを『死』とは認識出来ないほどに、スバルは安心してしまっていたという事。

 

「戻る事すら許されない事態…ってのは、避けられたのか…」

 

理屈も理論も立てず、太陽に身を投じたのは、スバル自身を一度世界から存在を消す為。『嚮導者』の抹消、スバルはあの神に賭けを申し込んだ。

神という偉大な存在の中へ、矮小である事を活かし隠れる。無茶苦茶な話の立て方ではある、あるが事実スバルは、太陽に触れ中へ入ったのだから。

 

「──結果を知りたいかい?」

 

「……お前は」

 

「分かるとも。選択によって変容する未来は常私達の心を惹きつける。何故ならば、我々は常に可能性を求めて生きてきた獣であるからだ。さあ貪欲に求めたまえ、ナツキ・スバル」

 

──死に戻る度に曖昧な意識で会話していた相手。

今度は鮮明な意識と明瞭な視界で、改めて会話を交わせるのならば、傍観者気取りの彼女にも、そろそろ舞台の上に上がって貰おう。

 

どうせ、こいつも同じ穴の狢だ。死に戻りを知っているから、『ナツキ・スバル』を頼る。どうしようもなく破綻したトリニティを救って欲しいと願うのだ。

 

「結果。…俺がアレに取り込まれた後、どうなったのかお前には分かるのか」

 

「勿論だとも。観測者である私は全てを観ているからね。君の健闘、君の献身を欠片も見逃さない。それがあの厄災、『色彩』から世界を救った救世主ナツキ・スバルなら尚更」

 

「──。色彩…?」

 

「さぁ、手に取りたまえナツキ・スバル。君の、君自身の勲章だ」

 

告げられ、差し出されたのは一冊の本。

何の変哲もない一般的な本である、古書館で幾度も目にした古紙香る分厚い本。

 

スバルの困惑に眼前のモヤは姿こそ見えないが、肩をすくめる様な仕草で危険な代物ではないとアピールしているかのよう。

 

そんな仕草一つで信頼を得られるほど世の中簡単では無い。

媚び売りゴマすりがその人の信頼値を決めるのなら、世の中とっくに気色の悪い人間だらけ。

 

「…お前の事はまだ、信頼出来ない」

 

「ここは何処なのか。お前は何処の誰で、どうしてあんな事が起きたのか知ってるなら…教えろ」

 

「──。ふむ、君の言う通りだね。一方的な歩み寄りはある種個人への侵略に等しい、私達は理解を元に通じ合うべきである、と」

 

「………分かりづらい言葉で濁すのも、止めてくれ」

 

「んっ…」

 

わざとなのか素であるのか、咳き込みを挟んだモヤはスバルの対面、白い茶席へと座る。「濁すつもりはないんだが」と付け加え、本をテーブルに置くと──モヤが晴れ始める。

 

白に近いプラチナブロンドの髪、頭の上にはシロコの様な獣の耳を携えている。そのサイズ比を見るに狐の種族か。

ティーパーティーの服装を身に纏い、スバルへある種冷徹ささえ感じられる視線を向けて、

 

「ティーパーティーサンクトゥス派、元ホスト代表百合園セイア。──君には全てを知る権利がある」

 

「…………」

 

「君という存在の定義を、私という存在は表面的にしか理解できない。時に世界には事実というものは存在せず、あるのは解釈だけであると述べた者が居た。君は正に、強大な神の呪いによって希釈され本来意味を持たない者だった。それがこのように他者から注釈を受け続け、英雄幻想を背負った果てがコレだ」

 

「──はぁ。…セイア、一文に省略してくれ」

 

「え。えぇ……?えぇと…。死に戻りは辛いものだ、お疲れ様…では、どうかな?」

 

「────」

 

──それがどうしたら、今みたいな長話になる。

怪訝な顔をするスバルにセイアは、悪びれもなくふんす、と尻尾を回す。

 

そして、簡単に『死に戻り』と口にしてくれるではないか。その事実を知る者へのペナルティで世界が滅びかけたというのに、易々と語られて驚きが少ないのは、スバルに『やり直し』を求める人数が多かったせいでもあるが。

 

「辛いものは、辛いだろうに。君は本当に挫けない男だね、ナツキ・スバル」

 

──百合園セイア。

彼女は、ミネと共に失踪したティーパーティーの一員。それがどうして、こんな夢か現実か分からない世界で茶を楽しんでいる理由がどんなものかと、当てつけにテーブルへ肘を立てる。

 

意図が伝わったのかセイアは苦心を表すように、袖を口元に当てて自らの失態を察した。

疑心暗鬼の渦中にてこの様な結末を迎えた男に対し、あまりにも軽薄かつ軽率がすぎる。

 

せめて、本当に悪意は無いのだと本を広げ、スバルの前にその中身を晒した。

 

「……これは?」

 

「君の推測は正しかった。という証明さ」

 

開かれた本にはビッシリと、ページの角から角まで文字で埋め尽くされていた。なんとなしに、文字を目で追うとそこには、デジャブを感じる展開が綴られていて、

 

「──『英雄により色彩は世界から追い出され、トリニティの破滅は防がれた。消え去った者は再び生を受け、元の形へと再帰する』」

 

「おめでとう。君の活躍によってあの世界での色彩の被害は全て逆行し、虚無へと消えた。少なく、蒙昧なテクストの中からの答えを手にし、確かな勝利を収めた訳だ」

 

「勝利……ね。どこが、って聞きたい所だけど…」

 

首を回し、座る席の上で足を伸ばして緩ませて、両手の指先を眉間の先へと合わせる。セイアという少女の言葉を完全に信じる訳では無い、だが、それでも逆行したというのなら、あの災害によって奪われた命も戻ったという事。

 

──ウイも、ハナエも、泥に取り込まれた全員が無慈悲な略奪から救われたのならば、ナツキ・スバルの抗いに意味はあった。

 

「────」

 

僅かな可能性があるのなら、目の前で失われていく命に手を差し伸べられずにはいられない。

差し伸べた手に、何も掴めずとも、菜月昴のどうしようもい根底を裏切らなかった。

 

「……結局、何が何なのか…。セイアには…分かるのか…?」

 

「いいや。どのような存在であろうと、知っているものは知っていて、知らないものは知らないものだ。理外の、認識の外にあるものを解釈するにはいささか…………──」

 

「ていっ」

 

「あた」

 

再び長々しい表現が始まる前にシャットダウン、おデコに指をピンと弾き、セイアは叩かれた場所を擦る。

 

「…こほん。それよりも、少し疲れただろう?ナツキ・スバル」

 

「…………」

 

「まずは、一息。どうだい?」

 

注がれる紅茶と、休息の申し出。

体感的には、最初の停戦協定からエデン条約、そして死に戻りを通過し今に至り、長い時間苦しみに拘束され続けた。

 

幻想の中だというのに眠気が収まらないほど、スバルは疲れている。絶望につぐ絶望の休息地点としては、まぁ、

 

「一杯、貰いてぇ」

 

「ふふっ。どうぞ」

 

──頭にシマエナガを乗せたへんちくりんな女の子との茶会は、十分疲れを癒すに値しているか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルが感じている精神の疲労や苦痛というものは、言わば魂の消耗というべきかもしれない。

脳疲労による頭痛、肉体への損傷による痛み。それらは所詮物理的なもので、精神病も脳から分泌される成分によって左右される事が多い。

 

しかし、死に戻りは常に別の世界への移動が起きる。その過程で、別の世界線の『ナツキ・スバル』の魂を乗っ取っているのかもしれないし、今のスバルが連続している可能性は低くも高くも無い。

 

故にこの疲労は魂の消耗なのだ。世界から弾き出され、そして無理矢理しがみつく。だから削れ、潰れる。

 

「ナギサほど、上手くは淹れられないが」

 

「……どうかな?」

 

「──。美味しいよ」

 

根付き張り付いた魂の居場所を、死に戻りの度に引き剥がされる。即ち、スバルが受ける苦しみとは、そんな魂からの悲鳴だ。

癒し方は、未だ不明。

 

「ふむ…。この様な世界で味覚を感じられるとは」

 

「セイアは違うのか?」

 

「私は肉体から離れた意識の欠片に過ぎないからね。私に秘められた予言の力が、少しの猶予を与えてくれているに過ぎない」

 

「──予言」

 

不安げに自らの紅茶の味を聞いたセイアは、スバルの返答にご満足なのか耳をピコピコと曲げ伸ばす。味見の出来ない状態だからか、自信を失っていたのだろう。

スバルは予言の一言を反芻する。絶賛、連邦生徒会長の手紙の予言は敵方に渡った事でスバルを苦しめる要因なのだから、予言という言葉には余計肩の力が籠る。

 

「俺はお前と何度か会ってる気がしてる。多分だけど、少し前から夢の中で……──それか、死に戻りをした後に」

 

「………すまない」

 

セイアからの謝罪は、否定の意味も含まれていた。スバルは確かに覚えがある、この遠回しな言葉遣いをしまくる夢の主との逢瀬を。

セイアは席を立って、傍の壁に埋め込まれた本を手に取りながら歩き語り始め、『何度も』との言葉への否定として、

 

「私達は──何度でも初めましてを繰り返す関係なのだよ、ナツキ・スバル」

 

「他ならぬ君自身が分かっている筈。死に戻りが決して、再会を許してくれる程の慈愛を与えてはくれないと」

 

「…………」

 

「私は増える本を手に取っているだけ。君は同じ顔の同じ存在に初めましてを繰り返される。ああ、なんとも、残酷な力だ」

 

心の痛みに耐えかねて言葉を吐こうとするも、何も出てこない。真実と事実は、いつでもスバルの目の前にある。

 

どうしようもなくなって、話を先程の物へ戻すスバルに、セイアは付き添った。

 

「……さっき、セイアはアレを色彩つったよな」

 

「ああ」

 

「色彩ってのは何だ」

 

「それは分からない。無理解である事自体が、解答とも言える。君は聖書の神の正体を決めつけられるかい?人の身で暴けると思うかい?」

 

無論、無理だ。と納得して飲み込んだ。

元より、死に戻りへの何、何故、どうして、は向けるだけ意味が無いのは分かっている。色彩と呼ばれたモノが死に戻りの原因なら、同じく向けるだけ無意味。

 

続けてスバルはこの世界に対しても疑問を投げ掛けたが、セイアから返ってきたのは色彩に対しての意見と同じだった。不可思議かつ、神秘が関わる事に理解を示すのは困難。

 

「偶然に過ぎない、運命の悪戯に題名を付けて額縁に飾る等、無粋が過ぎると思うんだ」

 

「無粋ってなら、この空間そのものに言ってやるよ。一々死に戻る度挟まってきやがるんだからな」

 

「なるほど。……君にとっての『死』は、次の旅路への覚悟でもあったか。確かに、無粋だ」

 

覚悟へ冷水を掛ける様なこの時間、感情の熱は冷めると余計な迷いを産むものだ、スバルはそれに殺されたくはない。

 

紅茶を啜り、落とした目線をスバルへ戻したセイアは、仕草一つ一つに注目する。スバルを観察しているのだろうセイアの目は、美術館の作品を眺める目だ。

 

「君の覚悟に応え、私も君に手を貸そう」

 

「──さぁ、君が求めるものを私は手にしているかもしれないよ?貪欲且つ強欲に、私の知識を求めてくれて構わない」

 

「君を欲深と非難する者も、君に暇を赦さない者もここには居ない。存分に語り合おうじゃないか」

 

語り草はあまりにも悪役の匂いがして、更には含み笑いをするものだから、最初の高揚した姿を見ていなければスバルとて会話を望まなかった。

 

敵意も悪意もなくとも、殺戮と死を前に傍観者であったことは事実。傍観者にしかなれない理由があるのならば仕方ない事ではあるが、この期に及んで少し楽しそうな様子なのが納得に欠ける。

 

「──ミカとナギサについて、どう思う」

 

「────」

 

その欠けた納得を埋めるため、スバルは距離が最も近いであろう二人を挙げた。

名前を聞いたセイアは、落ち着きを取り戻す。次に冷静に、次に悲壮的に。

 

「……どう思う…か。難しい質問だね」

 

「………──二人とも、私の友人だよ」

 

友人──なら、どうして。

今のトリニティを、どうにか出来なかったのか。そんな非難と抗議の想いをスバルは強く飲み下す。どうにもならなかったからこその悲しみが、彼女の表情から読み取れた。

 

「私は予言の力でトリニティの破滅を予期した。最低限は備えられたが、ターニングポイントである箇所にはほんの少しの変化しかもたらせなかった」

 

──事実として、セイアの肉体は昏睡状態にあるそうで、アリウスが用いるヘイロー破壊爆弾の効力は打ち消されていたが、衝撃で気絶したその間にこの世界へ囚われてしまったと。

 

スバルが聞き逃せない場所はそう、あの凶悪兵器の効力が打ち消されていた。という点。

ハナエの証言を信じるならば、前線で命を落としたと思われていた正義実現委員会の生徒達は、目覚めないものの命を保っていたらしく、今更アビドスで発揮された実力を疑う訳ではないが、

 

「原因は──君だ。君という因果の収束点の登場によって、ね」

 

「───!」

 

「ヘイロー破壊爆弾は何も、無条件に生徒を殺害できる兵器では無い、というよりは元から兵器としての活用を想定されていなかったんだろう。粗悪に作り替え、流用した結果のエラーだ」

 

「………大層な称号はもう欲しく無ぇけど、因果の収束か。身に覚えは…ある」

 

聖園ミカに突きつけられた世界の崩壊。エデン条約を破壊した以上の事を起こしていないのならば──スバルが『敗北』した事実が、世界を変えてしまったというのか。

 

赤く染った空。それはホシノが暴走した時、色彩が降臨した時、どちらも世界の滅亡という果に結び付く。

 

「神秘でも恐怖でも、どちらでも無い君は死に戻りを繰り返し数多の因果を背負った、背負ってしまった。世界は『因』から『果』へ流れるもの。往々にして運命は存在する」

 

「強大で巨大な運命を前に、世界のテクスチャーを騙し通すだけの矮小な策は、引力に引きずられるように中立を取った。つまりは爆破されたとて生徒が向かうのは生きても死んでもいない状態さ」

 

「…………」

 

ゲマトリアがスバルを気に入っていた理由はソレか、と自覚する。

この世界を一種の文学、作品だとしか認識していない彼らにとって、『ナツキ・スバル』は何よりも輝かしい新要素、新解釈。

 

「爆弾については分かった。後は……」

 

「──浦和ハナコとベアトリーチェについてかな?」

 

「ああ。セイアの知っている限りでいい、教えてくれ」

 

「アリウスの主については力になれそうに無いけれど……そうだね……」

 

再び、セイアは書棚へと歩き出す。

足取りは重く、憂鬱に。本に収められた物語が喜ばしいものでは無いことを、示している。

もし、最早彼女らの歩んできた道が、スバルの尽力も虚しさの中へと沈めるものだとして。

 

──もしかしたら、これから始まり歩んでいく物語が、スバルの様な人間に適さない、似つかわしくない話だとして。

 

不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような、相手を疑い前提を疑い思い込みを疑い、真実を疑い、悲しくて苦しくて憂鬱になるような、それでいてただただ後味が悪い結果を残すだけの話だとして、

 

「この世に、楽園は存在すると思うかい?」

 

「今から語る物語だけじゃない。これから歩む物語すら、君が微かに抱いた夢想の一部だとして」

 

「あまねく全てが救われる──なんて、甘い現実が存在するのだろうか?」

 

──求められた救いが、楽園が、決して満たせない飢えであったとして、

 

「あるさ。きっと、何処かに」

 

「────」

 

「死ぬ気で、死んでも、見つけてみせる」

 

「──……ぁぁ…全く、君という…存在は……」

 

 

そこに込められた願いの大きさが、人を左右するというのなら、百戦錬磨ナツキ・スバルの不敗伝説はいつまでも破られない。

 

 

「……ふふっ。相手も相手でズルをしている」

 

「少しぐらいこちらもズルを重ねる事に、文句のひとつ、言わせるものか」

 

 

 

 

 

 

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