Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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かなり悩みましたが投稿。
感想、誤字脱字報告ありがとうございます。




『クロスオーバー』

 

「君には全てを知る権利がある。──それは言葉の綾などではなく、皆が君を英雄として求めるのならば、相応の対価を支払ってもらう必要がある」

 

「過去を暴かれ、羞恥を晒され、罪を掲げられて漸く、助けを求める声に手が届く」

 

開かれる本のページは黒に染まっていて、これもまた先程の書の様に、世界に起きた事を記録しているのだろうかと覗き込む。

 

だが、スバルの瞳に映るのは文字ではなく唯の『黒』。形を成している訳ではなく、ミミズの這ったような線が見えるだけで、意味を持ってはいない。

けれど線をなぞるセイアの指先は、愛読家がお気に入りの本を読書している時のような雰囲気を纏っている。

 

そこに込められた意味を愛おしむ。世界の断片が綴られている本を前にしてその行為は、人の一生を読み取るという事。

決して良いも悪いも、傑作とも駄作とも測る物差しは無い作品と向き合わなければならない。

 

そして幾ら重厚な物語が描かれようとも、文字だけでは人が積み重ねた時間を味わいきることは出来ないのだ。

 

「……なら、セイアは」

 

「俺に全てを知る権利があったとしても、与える奴が居なきゃどうにもなんねぇ。どうして、俺に手を貸してくれる?」

 

「──。賭け。だとしたら、君は怒るかい?」

 

「………いいや、ソレには慣れてる」

 

セイアは一通り閲覧した後、開いた本を閉じて本棚へと戻す。目当ての代物ではなかったのか、それとも一連の行動が儀式的なものだったのかは、棚を探り探り指を動かすセイアを見て分かる。

 

探し物があるのならば、本棚の全てを取り出せば済む話だが──本好きを相手にして許される行動でも無いし、スバルとセイアが今居る空間でその様な行いをしたとて、取り出した本の空白が補充される光景を前にすれば、無謀な事だ。

 

「私がこの夢でも現実でも無い空間へ閉じ込められたのは、君が訪れるずっと前の事」

 

「──名前も知らない、あまりにか弱い少年が理不尽に抗う様を閲覧したのも、その時だ」

 

「…………」

 

「神秘、未知にして私の見識が及ばない領域に関しては敵方が一枚上手。ミカに対し理外の力を与えたように、解釈とテクストが現実よりも大きな力を持つキヴォトスで私は太刀打ちしようもなかった」

 

しゅん、と耳を項垂れさせたセイアに、仕方が無い事だとは言えない。敵の強大さを理由に屈せれる性質でないことは、態度から見て取れる。

 

あれでもないこれでもない、書庫が如く壁面に並び始めた本棚を荒らすセイアは、辛抱をしてくれと頼む目線をスバルへ送った。

 

「………未来は一定では無い。だが、未来を切り開くのにも膨大な因果、運命が必要になる」

 

「君のいないトリニティをまざまざと見せつけられたよ。抵抗も出来ず、蹂躙と裏切りを続けられる皆を」

 

「──故に、賭けた」

 

「君へ干渉した事で、一切の未来を予知する事が出来なくなるとしても、私が大海の中で縋れる藁は君だったんだ」

 

「その結果が、Divi:sion…だったかな。君にまた別の執念と決意を抱かせる結果になるとは、思いもしなかったが……」

 

「──お前のせいだったのかよ…!?」

 

今更ながらに、衝撃の告白。

スバルに突如発現した能力である死の未来予知。何度も肝を冷やされ続け、トリニティに足を運ぶ要因の一つにもなったものが、まさかセイアの力によるものだったとは。

 

考えを巡らせてみれば、理は通っている。散々死に戻りを繰り返したアビドスで予知の力が使えていればどれほど命を散らす回数を減らせていたか、スバルがトリニティと関わる『道』を選んでいた事が原因──、

 

「何もかも、断定は出来ないさ」

 

「ん……」

 

「秘匿である事、神秘である事、未知である事──各自そのものが、その『状態』である事自体が、とてつもなく大きな意味を持っているんだ」

 

「暴こうとすれば罰が下る。その象徴が、正しく君の権能。私の賭けも、本来無理無謀な無茶だったからこそ……」

 

「アリウスの主、ベアトリーチェは甘さを見せた」

 

深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ。──なんて言葉を反芻する。

世界からの理不尽は、無知故にタブーを踏み荒らした結果であるのはホラー映画でよく見ているからこそ、同じ立場にはなりたくない。

 

セイアに対しての想いはまだしこりの残った代物だ、けれど事細かにスバルの事情へ理解を示してくれる以上、これ以降の探り合いは不毛。

 

「…ベアトリーチェの目的は分からないんだったよな」

 

「そうだね」

 

「なら、セイアが言ってたズルってのは…俺が元々予想してた『手紙』の事か?」

 

「半分は合っている。が、順序は逆だよ」

 

「……順序?」

 

「先に『ズル』をして、手紙を手に入れた。アリウスの主が君という存在の解釈への迷いを完全に断ち切った事は、手紙が決め手になったけれど」

 

やはり、手紙は手に入れられていた。

唇に指を添え、手紙の持ち主であるナギサの身の状況を不安がる。

 

そしてズル──手紙を超えたズルとなれば、何が該当するのだろう。ズルと前置きする以上、セイアの未来予知の力、そして未来を予言した手紙すら『ズル』にならないと捉えられる発言だ。

 

「少し問題を出そう。アリウスがトリニティの影で活動を始めたのは連邦生徒会長の失踪がきっかけだ。その後に至った結果は今は置くとして、アビドスの一件にすら彼女らは手を伸ばしてきた」

 

「──実の所ナギサへ手紙が渡ったのは、ミカがアリウスをトリニティ内部に誘い込んでからなんだよ」

 

「すると、どうかな。君が感じていた違和感に肉が付く。彼女らは一体何処で、いつ、君の存在を認知したのか」

 

ビシッ、と萌え袖の下でスバルを指し示し、問題を投げ掛ける。

それから彼女はスバルの元まで歩いて、頬っぺたを突き「さぁ、どうしてかな?」なんて教師を気取っていた。

 

スバルに微かに残っていた毒気も全て抜かれ、直前までの重々しい雰囲気を保つ理由もなくなったので、

 

「ていていていていていっ」

 

「あたたたたた…っ…」

 

「あんまり気を抜きすぎない。距離感は大事。さんはい」

 

「むぅ…。距離感は大事…」

 

人差し指をデコへ向けて何度も突き刺す。綺麗に前分けをしていてデコが丸出しなので押し甲斐があるというもの。

 

「よく出来ました。それでまぁ、俺の返答は………今の所なーんもなし。ヒントもチャンスもゼロなまま…情けねぇ姿晒しちまった」

 

ここまで、アリウスと聖園ミカ、浦和ハナコにミスらしいミスは無い。暴かれても問題のない情報しか口にしておらず、知っていた所で対処出来ない状況を押し付けてくる。

 

浦和ハナコが裏切りを決行した理由、ミカから強引にトリニティを奪い返した未来で何をしたいのか。ロードマップが曖昧だ。点と点が結びつかない今に『ズル』を問われればあらゆるものに当て嵌めたくなるもの。

 

「それで、答えは?」

 

「──。ふふ、聞いて驚きたまえ」

 

「……」

 

「………私にもよく分かっていない」

 

「──尻尾掴んでぶん回してもいいか?」

 

「ま、待ってくれ。厳密に言えば、この世の真理を求め、解釈と表現によって世界の形を決定しようとする探求者が不可解の空白への探索を重ねた結果、無は有より雄弁に語るとはよく言ったものか……その不自然さに目を止めた。私も因果が結び付く過程は分かったが、肝心の始発点が…」

 

「よーし。分かった、セイアが満足するまで大回転大出血サービスしてやるよ」

 

「は、はは。流石ナツキ・スバル、冗談ですら私を驚愕させて───わー!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

──黒服や地下生活者、ゲマトリアに所属する大人達は脚本や文学、理学数学を通し世界を捉え、解釈を広げている。

 

スバルは最初、ゲマトリアを唯の研究者、文学者か何かだと思っていた。

それこそ、今開催されたスバルサーカス大回転を喰らい目を回しているセイアの様に、考察したものを小難しくこねくり回す変人集団だと。

 

概ねは正解、しかしスバルの思い違いは、彼ら彼女らは本気でこの世界を『舞台』や『脚本』に基づく作品の一種だと、その上で活動しているという事。

はっきり言って、狂人と言って差し支えない。地下生活者の幼稚な態度と発言は、彼なりのルールや世界の形を否定され本当に気が狂う寸前だったのかもしれないし、黒服の人道と倫理を伴わない探求は、人間がネットプログラム上でどれほど残酷な実験を行っても良心が痛まないのと同じだ。

 

「……ってなると、ベアトリーチェが未来予知染みた行動を取れてたのは、アカシックレコード的な感じで……自分なりに解釈した世界から未来を──読み取った。つう訳か?自分で何言ってんのか分かんねぇけど」

 

「そう…いう……事……だね……」

 

「……小説を…手に取り──物語を読む。その過程で……作者が込めた意図を汲み取り、意味を拾う……。散々読み込んだ小説に、突如空白ページが現れれば、誰だって何事かと…慌てる筈だ……」

 

「綴られた文字が変われば、そこに携わる全てが変わる。自身に記号と意味を付与し、世界に存在する彼ら彼女らからすれば、君の登場は……まさしく、脅威」

 

それは、元々の居場所を隅から隅まで奪われる行為と同義。

 

「アリウスの主からすれば、築き上げた土台を根本から崩されるようなものだろう」

 

「ナギサから強引に手紙を奪い、ミカを通じてアリウス本隊を入学……切羽詰まった行動だね。既定路線だった未来がどんどん書き換えられていくのだから」

 

「…………それって…」

 

だとするなら、スバルがキヴォトスに転移さえしなければアビドスでの死闘も、トリニティの悲劇も起きなかったのでは無いか。

 

そうスバルが言いたげにしている姿に、セイアは地面から起き上がり首を横に振る。結局は、アビドスはスバルが居なければ避けられない破滅を迎えている。トリニティも、今は過程でしかないと、

 

「そんな顔をしなくてもいい、少しも、君に責任は無い」

 

「……でも…!」

 

「──でも、君は何の前触れも無くこの世界に運ばれた、そして背負う理由の無い責任を背負った。君の良心と良識に、全ては任せられた」

 

「分かち合う事すら許されない罪を背負うというのならば、今この一時ぐらいは……肩の力を、抜いて…欲しい……」

 

「…分かったよ」

 

知識の共有を終え、セイアは再び本の捜索を始める。時間の概念があるかも分からない世界だ、会話に暇を費やしても問題は無いと信じたい。

 

スバルにとっても最高の休憩ポイント。混雑した情報を整理し、捻くれ者の生徒二人、聖園ミカと浦和ハナコの矯正指導を考える時間でもある。

オラオラ系の番長不良と、底意地悪い陰湿データ系不良、両方を相手取るにもまずは仲間集めから。

 

イチカの説得、ツルギの引き入れ、スバルに協力的な生徒の回収。

 

「────」

 

一度目はかなり近しい位置にまで近づけたが、ちゃぶ台返しで敗北。今回は、時間切れとでも。

ターニングポイントは、災厄の狐や裏切りの連続によってミカの力が弱まりすぎた事。

 

均衡の天秤を握っているのは紛れもなく聖園ミカ、最悪の状況だとしてもトリニティが破滅していないのは彼女の力量によるものだ。

 

打って変わり浦和ハナコは天秤を傾ける所か、土台を破壊し始めた。

スバルが対処すべきはまずこの暴挙からである。トリニティの中でスバルが過剰に人を頼ったり、躊躇を見せれば浦和ハナコは即断即決で処刑人へと早変わり。

 

再び、世界は地獄へと呑み込まれることだろう。握る手の力が増し、スバルは両腕を組む。

そして──、

 

「全部の事情を…セイアの口から聞く事って出来ないか?ずっと、何を探してるのかは…」

 

「──明かす事は出来ない。今の私には…アリウス

の主によって強い制約が掛けられていてね。こうして姿を現し会話出来ていること自体、奇跡だ」

 

「……そうか」

 

「だから──ズルをするんだ。今はそのズルの準備なのさ、ナツキ・スバル」

 

「……!」

 

「心待ちにしたまえ、望み、願うほど、私達は希望へと進んでいくのだから」

 

「だったら、俺も探すの手伝うよ。ここでボーッとお茶シバいて暇しとく訳にもいかないし」

 

セイアの背後に立ち、ぴょんぴょんと本棚の上の方にある手の届かない本を手渡す。

触れる本の正体はセイアにしか分からないが、探しても探しても無限に増え続ける本と本棚相手に、彼女の小さな体一つでは苦労が大きい。

 

「──ふむ。なら、背表紙に私の名前が刻まれた本を全て集めてくれ」

 

「セイアの?」

 

「ここはキヴォトスのあらゆる可能性を記録する場所。無数の記録から私の、それも『特定』の可能性だけを拾いとるのは、砂漠から砂金を拾い上げる事に等しい」

 

「猶予は無限、とはいえ悠久とも思える時間が掛かる。………思考を手放し、微睡みの中へ身を投じていた方が君の身の為だが…」

 

「悠久って、とことんセイア一人に任せられねぇじゃんか。結構俺は単純作業得意だぜ?」

 

「言うと思ったよ。さぁ、続けよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議と、そう長い時間が経った気はしなかった。

時を指し示すものが無いからなのか、スバルに与えられる変化が少なかったからなのか、色彩の中と比べ、気分は放課後の居残り読書。

 

暇になってもスバルに本の中身を読むことは出来ない、ひたすらに『百合園セイア』の名前が書かれた本を取り出し渡すだけ。

 

「はいよ」

「ん」

 

「はい」

「…ん」

 

「ん」

「……」

 

「……」

「……」

 

世界の記録、なんて大層な名の割に華美な装飾の一つもない本棚から、分厚く重い本を降ろす。

 

白いモヤだらけの空間で、似つかわしくない古めかしさと重厚感を放つ書物達が可能性を記録しているのならば、一つたりとて薄いモノが無いのは当たり前。

 

──『百合園セイア』の本は、その中でも際立って分厚いものと薄いもの、両方が収められていた。

 

両極端な厚さ同士、スバルが意味を持たせるなら、この夢に囚われ続ける未来と目覚めた未来で、彼女の及ぼす影響の差だろう。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……───」

 

「んぉ…おっも…!?」

 

本の受け渡しを無言で通じ合える様になって少しの頃、分厚くは無いが、両腕を地面へと引き摺り落とす重量を持つ本をスバルは手に取る。

 

今までは見た目に沿った重さをしていたというのに、途端その法則が裏切られた。

スバルの声に驚いたセイアも、スバルが受け止めきれず地面に落とした一冊の本を目に留める。

 

「────」

 

「セイア、これって」

 

「──。見つけた」

 

すぐさま駆け寄り、地面の上に横たわる本を開く。読み取れずとも、気になるものは気になるとスバルも覗き込むと──、

 

「なんっじゃこりゃ…!?」

 

「…………」

 

──本のマトリョーシカ。

開けば、本の中身は入れ子構造になっていて、ページを纏めて四角く切り出した穴の中にもう一冊本が収まっていた。

 

外側も唯の容れ物ではなく、セイアが中の本を取り出すと穴が埋まり、文字が綴られる。

取り出された二冊目の本、入れ子構造となればサイズダウンしていくのが当たり前だが、

 

「……デカくなってない?」

 

一回り、入るはずの無い大きさになってセイアの手の中に。

テーブルの上に置かれ再び開けば、それまた再び中に本が入っていて、目を丸くするスバルを余所にセイアはマトリョーシカの開封作業を進め始めた。

 

「三…四、五…──お、おいおいおい!?どんだけ出てくんだ…!?」

 

「さぁね」

 

「さぁねって。それに取り出すだけ取り出して読まないのも……理由が…?」

 

「──欲しいのは最小の代物だけだ。私の可能性が最も行き詰まった、最悪の未来の一冊」

 

どうしてそんなものが欲しいのか、スバルの疑問にセイアは答えない、それとも答えられないのか。

 

このマトリョーシカ本は、一つ前より大きな本を吐き出す事もあれば、二回り小さいものや極薄の代物を渡してくる時もある。

 

「他のはこんな事になってなかった、なんでこれだけ……」

 

「…………」

 

「君と出会う前、永遠の時間の中。コレは一度見たきりだったけどね。そしてこれも、その『一度』とは別の本だ、けれど……──」

 

「どちらとも、ある導き手が関わっている」

 

セイアの言葉通り、ここにある書物達が可能性を記録したものならば、何がどうなってマトリョーシカなんて造りになる──?

 

「……君とは別の『嚮導者』であり、生徒の可能性を切り拓く存在にして、運命に翻弄されても尚、死の寸前まで自らの教義に背かなかった聖者」

 

「そして、遠く遠く、決して交わる事のない過去であり未来の物語」

 

「──青春の物語(ブルーアーカイブ)を画く者」

 

「────」

 

遂に、セイアが手にしたのは。

──本ですらない、一枚の紙だった。

 

風が吹けば飛ぶような、薄紙についたインクのシミ。もし、これが『百合園セイア』の一つの運命ならば、残酷と告げる他無い。

 

「ナツキ・スバル。君は何の為に抗う」

 

「…急に改まって…何だよ」

 

「ナツキ・スバル──虚実だらけの世界で、全てを取り戻すと声高らかに抗う君は、眩しすぎる」

 

「眩しすぎて、よく見えなくなる時がある」

 

「だから、改めて……ね」

 

薄紙を見つめるセイアの瞳は、羨望に溢れていた。同時に悲しみにも。

気持ちを改めて咀嚼したい人間は、大抵その後に訪れる悲しみと立ち向かおうとしている。改めて、等とセイアが口にした時点で、スバルの勘は別れの未来を見据えていた。

 

「──。別れの言葉にはしたくない」

 

「別れはいつも誰にでも平等に訪れるよ、ナツキ・スバル。聞くが、この狭間の世界から君はどうやって抜け出すんだい?」

 

「…………壁ぶん殴ったり、そこのテラスから飛び降りるってのは」

 

「殴打の効果は分からないが、飛び降りるのはやめておいた方が良いよ。──到底、良い気分にはなれやしないからね」

 

言葉を聞いて更に悲痛に歪んでいくスバルの顔に、セイアの指先が触れる。

人差し指をつん。と、スバルが散々彼女の額を突いた様に、眉間へ柔らかく押し当てる。

 

「次は、現実で会おう」

 

「────」

 

「ふふ、どうしたのかな?諦めの悪い君に影響されたこの私が……まさか湿っぽい別れの言葉を口惜しげに告げるとでも?」

 

「──なら、返事はその時まで取っとくからな!」

 

「…ああ。待ち遠しいよ、その時が」

 

「んで、思いっきりサヨナラの雰囲気だけど今から俺何されんの??」

 

セイアはスバルの手を取り、今や大量の本の置き場となった茶席へと座らせる。気がつけば座るスペースすら失われていたので、セイアは自分の人生の記録だというのに雑に片付けて、

 

「映画を見た事はあるかい?映写機を使い、テープに刻まれた記録をスクリーンへと映し出す」

 

「──これから私の力で同じ事をするんだ。君は映画館でゆったりと、ポップコーンを片手に閲読していればいい」

 

「そんな事で……。っ、それで、現実に帰れるのか?」

 

「そうとも。君の権能、君を愛するアレは何処にいても何をしていても、必ず君を見つけ出す。ああ、そういえば…自分の腹の中は探れないように、ここは見つけられないが、さておいて…」

 

──袖から抜いた手を拳にして、セイアはスバルの前へかざす。

何のための行為なのか、意図はハッキリとしていた。遠回しかつ複雑な言葉遣いを好む彼女にしては、いきなり真っ直ぐな意志表現だ。

 

イメージには全く合わない、ティーパーティーなんて高貴な身分の生徒が知る由もないグータッチの意思疎通。

 

「勇ましく戦地へと向かう勇者にはこの様な励ましを向けるのが、習わしというものだ」

 

「何処でこんな事知って──」

 

「勿論君の記憶で」

 

「イヤンエッチ!?覗き見ばっかしてたら、いつかとっ捕まえるからな!」

 

「えっちなのは君の方じゃないかい?あっちこっちで生徒に粉かけて、釣った魚に餌をやらないタイプな癖に」

 

「い、いやいやいや、俺は何時でもラブにはオールウェルカムな純情系男子だけど!?」

 

「………………へぇ?」

 

鋭い眼光に何も反論出来ず、静々と拳を突き合わせる。

確かな温もりを互いに分かち合い、セイアの勇気を託された。ただでさえ大きな耳を緊張のせいか広く開き、一時の別れを噛み締めるような顔で、ゆっくりと瞬くセイア。

 

「これから行うズルは、不伝達を制約とされた私が出来る精一杯の抜け道だ。君は私から話を受け取るのではなく、ただそこにあった本を読むだけ」

 

「──近い運命を辿った可能性とはいえ、同一では無いからね。ここで読み取った確定できる情報を、浦和ハナコとミカの救済に使えるかどうかは……君のこれからの努力次第」

 

告げて、スバルとの拳を合わせたまま片手と口で薄紙を少しずつ破っていく。破くその行為に何の意味があるのか、目を白黒とさせるスバルにセイアは微笑み返し、

 

「なんというか、ロマンチックっぽさ…かな」

 

「そういうの大切にするタイプなんだ」

 

「そういうのを、一番大切にするタイプだよ、私は」

 

送別──否、激励の言葉を背に、スバルは一時の安寧と自由を与えてくれたセイアに、改めて口上を述べる。

誰もがスバルに『ナツキ・スバル』を求めた中、スバル一個人に手を差し伸べてくれた少女への最低限の礼として、特別ロマンチックなものを。

 

「俺はナツキ・スバル。日本生まれ日本育ち異世界活動中、まだどんな人間になるかも分からない育ち盛りの男の子──。だからセイア、賭けなんてやめて…託して、頼っていい。俺もまだ、頑張ってみるよ」

 

「セイアが助けたいと願うみんなを、俺も助けたい」

 

「────!ああ…!託すとも!君に、全てを!」

 

「行きたまえ英雄ナツキ・スバル!その名に恥じない活躍を、期待しているよ──!」

 

「おう!……っ、ぉあ…ッ!?」

 

紙を破り切れば、スバルの足元に大穴が空き、彼の身をこの世界から退陣させた。

落下に身を任せながら、穴の上空に見えるプラチナブロンドの髪を最後まで見届け手を伸ばし、落ちていく。

 

「…………」

 

そして、スバルを奈落へ落としたセイアは漸く──体の不調を表に出す。

 

顔は青ざめ、手はブルブルと、奥歯を噛み締めていなければ膝が揺れ、すぐにでも横に倒れてしまいそうな程に震えていた。

全神経を注ぎ込み、席に着く。最後の余裕を使って注がれた紅茶を飲み、少しずつブラックアウトしていく意識に体を何とか保たせる。

 

「…………」

 

──ああは言ったものの、嘘つきと非難されてしまうだろうな。

世界は常に、都合の良いものを見逃さない。ズルには対価を、そもそも、ナツキ・スバルをこの空間から解放するには同じ様な末路を辿らねばならなかったが。

 

「……」

 

脱出方法、そんなものがあればいの一番に実践した。そして確信した、自身の神秘と深く結びついたこの場所から解放されるには、誰かを解放するには、

 

「…次の私は、幸福だろうな」

 

──主の命が失われる瞬間にしか、綻びは生まれない。

ナツキ・スバルは送り出されたのではなく、弾き出された。崩壊していく狭間の世界は、セイア自身の意思によって自己破壊を進めていく。紙を破いたのは儀式でもあった、終わっていた別の自分の人生を破棄する事で、共振により自身も道連れに。

 

肉体はとうに昏睡し、魂とも言える精神が閉じ込められた世界での心中。どんな結果を招くかは、想像に容易いことだ。

ナツキ・スバルと、彼とほんの少しだけの時間を過ごせた事が幸運だった。きっと、今の自分の人生が本となれば相当分厚くなると願いたい。

 

寂しくなる。──次の、何処かの私がこの約束を見てくれると良いのだが。

 

「私達は、何度でも初めましてを、繰り返す」

 

「……何度でも、何度だって、未来で…」

 

「…………」

 

「…あぁ、でも…………」

 

「……でも…」

 

「……」

 

「『私』が、君と自由なソラへ、行きたかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──落下する。落下する。落下する。

暗闇の中をひたすらに落ちる。浮遊感すら消える程に落ち続ける。空気抵抗は無い筈だが、体に加わる感覚のせいで瞼を開けていられそうにない。

 

このまま無限に落下し続けるんじゃないかと、あのおっちょこちょいかつ天然が混ざった狐に文句を言おうとした瞬間、閉じた瞼を貫く光を感じ取った。

 

凄まじい光量、太陽の光。

腕で直射を避けて、薄目を開ける。体は尚も落下中、このまま落下死なんて未来を想起して──、

 

「────」

 

地面に衝突したが、スバル自体の実体が無いのか衝撃も痛みも無い。本当に夢幻の中なのだと、落下の恐怖から立ち直りキョロキョロと辺りを見渡す。

場所はトリニティの噴水公園、スバルが元いたトリニティと何ら変わりない至極普通の『トリニティ学園』。

 

『大丈夫?』

 

「────!」

 

掛けられた声に驚いて、子猫のように飛び下がるスバル。だが声が向かった先はスバルに対してではなく、スバルの背後に居た生徒に向けてだ。

何か言葉を吐こうとして、音になる声が出せないことが分かった。スバルの姿も見えていないらしく、完璧にスバルは観客の立場に置かれる。

 

『気をつけてね』

 

「…………」

 

──スバルと同じシャーレの服を着ている男だった。

 

身長は高く、スバルより数センチ程上。似たような黒髪に、手に持つのはシャーレの地下室に埋め込まれている筈の、アロナの本体。

瞳には静謐が宿っていて、機械人と獣人だらけのキヴォトスで、スバルが初めてみる純粋な大人の人間。

 

『あ、ありがとうございます!』

 

『──先生!』

 

先生、と呼ばれる男が、そこに佇んでいた。





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