「ーーやべえ吐きそう……うっ…ーーエンジンフルスロットルぅ!!!」
ヒナという乗り物に振り回されて乗り物酔いをしてしまい、ドラム式洗濯機の様に混ざり合った胃の中からキヴォトスに来る前に食べた晩御飯がミックスされ、苦く熱い内容物が込み上げてきた。
この世界に来てから何日も経って……ーーは、いないが、体感3週間はご飯を食べていない気がしてお腹が空くのだ、まぁ今は何も食べていない事に感謝したいのだが。
本当はバケツに顔面を突っ込みたいけれど、お生憎様今吐いて汚れるのは受け皿であるスバルの服、スバルの一張羅なのだ、ゲロまみれにする訳にはいかない。
「エンディングにゲロ吐く主人公嫌過ぎだっての…!」
この先、この階段を登りきればシッテムの箱に辿り着く。つまりゲームセット、長い死に戻りを経て辿り着くゴールだ。
殆どヒナと便利屋のお陰だが、それは言わないお約束として…最後の段へと足を踏み入れ、スバルはゴールテープを切る様な思いで扉を開け放つ。
「ーー冗談だろ」
「一斉砲火ッ!」
待ち受けていたのはスバルを華々しく待つゴールのクラッカーでは無く、ライオットシールドの群れと弾丸。
流石にげんなりして、顔を青ざめながら扉を閉め…射線から隠れる様に壁へと転がり込んで、
即座にズタズタに破壊される扉を見た。スバルも1秒退くのが遅れていたらああなっていたと。
扉の強度よりも圧倒的に低いこの身体だ、余計に肉片を越えて血煙にでもなっている姿を幻視した。
銃は怖い物、それを撃つ人間もスバルの目からみれば正気では無い、実際に自分を撃ち殺した奴の顔を見るだけで泣きたくなるし、怖い。
アル達にでさえ、泣き顔と恐怖を表に出さないのが精一杯だった、相も変わらず震える手は収まってくれないし、別に死の恐怖を乗り越えてパワーアップした訳でもないけれど。
ナツキ・スバルは頑張れる、頑張ってこれた、だからこれからも頑張っていける。
「ガンバレ、ガンバレよ俺…!まだ行けるぜ、詰んじゃいない」
だがどうするか、手持ちにスモークグレネードだったり、武器があれば良いが…手持ちは初期装備一式、バッテリーの少ないガラケーにちょっと食べたコンポタ。それとカップヌードルに…。
「クソ、碌なもんがねぇ!!」
ペンは銃よりも剣よりも強し、ただしコンポタはペンにも銃にも剣にも負ける。配布装備にしたって…もうちょい良いものがあればとスバルは願うが、その間にも時間は待ってくれない。
足音が反響してくる、スバルの方向めがけて部屋の方向からジワジワと足並みをそろえて、すぐそこまで。
「どうするどうするどうするどうするーー!?」
真正面から行けば扉の二の舞だが、残念ながら1つしかない地獄の入り口以外の選択肢は無い。
タイムオーバーが先かゲームオーバーが先かの勝負。
ここまで来て、手詰まりになってしまう。
「っ、やったらぁぁッ!…ーーお、おおお?おおおおお!?!?」
「ぶべらっーー!!」
せめて前にと足を踏み出した時、その初めの一歩を踏み外したスバル。
ただ歩くだけもできなくなったと無念に思ったのもつかの間、浮遊感が身体を包み込んだ。
よそ見をしていた時に階段を一段踏み越えた時のようで、顔面を地面に打ち付けて鼻血を盛大に噴射し……何事かを理解するより前に痛みが顔を襲ってきた。
向こう側の部屋からも倒壊音と生徒たちのうめき声が聞こえる、同じようにすっころんだのだろう。
「いっってぇ…ーーけど!ここしかねぇッ!!」
火事場の馬鹿力が出たのか、痛みを無視して体が動く。
両手両足で地面を蹴って、部屋の中へと飛び込むと、ドミノ倒しのようにシールドを背負っていた生徒たちが総倒れになっていた。
「全員!体勢を立て直せ!!目標が突入してきたぞ!」
「ーーオマケだ喰らいやがれ、ガラケーフラッシュ!」
「ぐあっ!?」
真上を飛び越えながら、ガラケーの残り電力を全て絞り出す最大光量のフラッシュを浴びせる、回避は不能、奇襲攻撃による目つぶしが見事炸裂し、勝ち誇った顔をしながらスバルは、
ーーパンッ。
「ーーぎッ…」
右半身へのーー冷たい熱。
幾度幾百も味わった熱がスバルの右腹部を襲う。錯乱により振り回された弾丸の一発が、不運にも身体を貫いてしまう。
身体を異物が貫いたと分かってから、激痛とゲロと血が混ざった味が口にリロード。
壊れちゃダメな所は壊れていない、慣れたくもない慣れが今のスバルを支えている。
障害は全て乗り越えた、目の前には『
「ーー届く」
血を貨幣に、命を代価に、死を代償に。
ーーナツキスバルの手が、シッテムの箱に触れる。
「おかえりなさいませ、ナツキ・スバル」
おかえり、なんて意味不明な言葉が耳に入るが、それを聞いている暇は無い。
「………おかえり…じゃ、ねぇよ……ーー頼むぜアロナッ!!サンクトゥムタワー再起動!!!」
「了解致しました、2秒程度お待ち下さいーー接続完了、制御権掌握、サンクトゥムタワー再起動致します…」
「ッッシャぁッ!!いっ…ガボッ…」
ガッツポーズをとる、身体が勝手にドロドロの血塊を吐き出して、呼吸出来るようにしてくれた。
後は生き残るだけ、生き残れば勝ちだ。生き残ればーー。
「ナツキ・スバル様」
「ビルの損傷率が27%を超えています、これ以上の損傷は倒壊の危険性アリ、倒壊による死傷を現シッテムの箱残存電力では補えません」
「ーーは?」
「如何なさいますか」
ーー死ぬ?
ダメだ、まだ生きてる、生きてるなら生き残れる。まだ出来る、まだやれる、争いさえ止めればこれ以上ビルを壊される事も無い。
そうだ、生き残る、最後の最後まで足掻いて生き残る、生き残る生き残る生き残る生き残る生き残る生き残る生き残るるるるるーー。
「そ………とに、声を…届け、られるか?」
「了解いたしました、ビル近辺の全電子機器、スピーカーのハッキング開始……………完了」
「シッテムの箱と接続しています、ご自由に」
ーー肺に、口に溜まる血も無視して叫べ。
「ーー俺の名はナツキ・スバルッ!!!」
■
《俺の名はナツキ・スバルッ!!!》
人海と化したシャーレビル付近全てから、その名が叫ばれる。
スマホから、通信機から、インカムからスピーカーからビルからあちこちから。
その声によって銃声は鳴り止み、喧嘩の手が止まり、騒乱の場は一斉に静寂によって支配された。
「今のって…!!」
「うん、スバルだ」
階下で戦闘を繰り広げていたアルとカヨコの耳にも届いたその声は、作戦の成功を知らせる勝利宣言。
《天上天下唯我独尊、連邦生徒会長の探し人ッ!!サンクトゥムタワーを支配した男ッ!!》
《呆けて聞いてんじゃねぇ!!この場は俺が勝ったんだーー!!これ以上暴れてみやがれ!大陸……えっと、連邦生徒会長から預かったミサイルぶち込んでやってもいいんだぜ!?》
《カイザーのクソ野郎共もよーく耳かっぽじって聞けよ!お前らの企みは分かってんだよ!!分かったならヘリもミサイルも引っ込めて俺を見ろ!》
《お前らの敵は俺だ!!カイザーコーポレーション!カイザープレジデントッ!!!》
「「……」」
これが真実なら真っ先にスバルの額を撃ち抜くだろうが、あからさまなハッタリだ、よくもまぁと宣言の声を右から左へ流すが、便利屋以外の人間……ーー。
シャーレ近辺で争いを起こしていた者は、その唐突な発言に困惑を隠せない。嘘をつくなと叫ぶ者も居れば「やべぇ、逃げようぜ!?」なんて急いでその場から離れ出す不良も居た。
《お前らの携帯をハッキングしてんのも今俺がやってんだ!!嘘だと思うか?じゃあ何処の誰がやってんのか言ってみろ!俺だ!俺がやってる!》
《お前らが銃を向けてしか話し合えないのは分かってるから、だったらこっちもミサイル向けて話し合おうって事!!》
《お前らは知らねぇだろうが!自分より圧倒的に強い奴相手にする時は武器を置いて、どんだけ怖くても必死に生き残ろうと命乞いって奴をしなきゃなんねぇ!!でも、そんな事しなくたって、俺はお前らと話し合ってやる!!》
その上から目線の発言に怒りを表すものが殆どだ、いわばスバルと名乗った少年が格上だと認めて、銃を置けなどと出来るはずが無い。
暴言と非難の声が一斉に爆発する、先程までの静けさの分、その場の全てのヘイトがスバルへと集まってしまう。
ーーしかし。
その宣言と共に広がった上空の光景が、民衆の意識を塗り替える。
「良い宣言ね、スバル」
「ーーなら、私も舞台の幕を下ろさせてもらう」
シャーレを取り囲んでいたカイザー製戦闘ヘリ11機。
宣言の主を殺さんと照準を合わせていた彼らを、空崎ヒナが破壊し尽くした。
終幕:デストロイヤーから放たれる紫の極光は、放たれていたミサイルごとへリを破壊、その爆発で民衆の眼に映る空を彩る花火に早変わり。
恐怖映像とも言えるその光景は、暴言と非難を一様に鎮圧し…。
《もう一度言うぜ、耳の穴かっぽじれ》
《俺の名はナツキ・スバル》
《連邦生徒会長の『その人』だ》
《分かったら銃なんて置いちまって、昼飯にでもしようぜ?》
■
銃口の熱を冷まし、瓦礫に手をかけジャンプ。
カイザーの戦闘ヘリを全て叩き落としたヒナは、先程のスバルの大舞台の終わりを迎えいれようと上の階にすぐさま登る。
見事なハッタリ演説だった、彼でなければこの場を暴力無しで鎮圧しきる事は出来なかっただろう、やはり彼は不思議な魅力のある人間だ。
何故か目を回して団子になり気絶している、ヴァルキューレの生徒達を乗り越えて、向かい側で壁にもたれかかっていたスバルを見つけた。
「お疲れ様、スバル……素晴らしいせんげ…ん……」
お疲れ様、と一声掛けようと視線を合わせて……ーー気づく。
「や、やっほ〜…ヒナ…」
「ーーそ、の…ッ、どんな状態で…!!!」
「大丈夫大丈夫…全然平気、でもねぇな、死にそう」
親指を一本だけ立てて見せつけ、弱々しくも安心させようと強調させるが、右手で抑える腹部からは血が大量に流れ出して水溜まりを作っていて顔も血だらけ。
その状態で走っていたのか、血痕も部屋の途中からスバルに向けて伸びており、この状態で宣言をしていたと分かる。
喉を鳴らし、泣き崩れる顔で迫る少女に向けて無理矢理作り笑顔を浮かべた。
「待ってて…!すぐ応急処置をするから…!!」
呼吸が浅い、服を捲り傷を確認すると…。
本当だ、本当に弾丸一発でこの有様、本当に話していた通りであってしまったのだ。そうなって欲しくない物事程、無惨に現実に昇華されてしまう。
「こんな無茶…守ると言ったのにッ…ーー」
「……た、タンマタンマ…それ以上は言及無用!……こんだけ守ってくれて、ここまで連れてきてくれたのにそんな事言わせちゃ俺が報われん」
「もう喋っちゃダメ、ゆっくり深呼吸して、傷が開かないように」
「…1つだけ、いいかーー?」
突如、スバルがヒナの手を握る。そしてヒナが驚きで固まり、それから解放されて口を開く前より先に、握った手を口元に当てる方が早かった。
スバルとヒナの距離は拳一個分、状況が状況であれば、告白前のシーンと捉えられても仕方が無い距離だ。随分と遠く長い回り道をしたものだと、今までの『死』を思い返す。
通算して45回、銃を、生徒を見るだけで泣きそうになって、恐怖に心が壊されそうになって。
それでも前を向けた理由を思い出し、今度は作り笑いでは無い笑顔をヒナに向け、
「助けてくれて、ありがとう」
呆気に取られた顔をしている彼女を見ると、こんな状況じゃそりゃそうだ、と心の中で吐き捨てる。リアクションも酷いものを返されそうだ。
でも、それが全て。
ーー助けてくれてありがとう。
最初に出会ったあの時に助けてくれてありがとう。
1度だって自分に銃を向けないでくれてありがとう。
いつだって、どんな時だって守ってくれてありがとう。
ヒナと最初に出会えたから、今がある。
異世界に巻き込まれて、何も分からず死んで、沢山傷付いて沢山嘆いて、沢山苦しんで沢山命懸けで戦って。
その報酬は0、今少しプラスになったけど。
「はは、……ーーまったく、わりに合わねぇ」
ほんの小さな最初の歩み。
ナツキ・スバルの異世界での一日が終わりを告げる。
「……ーーバル!」
明日の事を考えながら、明日なんて来ない事を分かっていながら、浅く息を吸って感想を述べる。
やっと落ち着いて言いたいこと言えたのに、下手したらまたやり直しか。
――たとえそうであったとしても、俺はまたここに来て、また同じ事を君に言うだろう。
視界が殆ど黒に染まる、意識なんてとっくに無いのかもしれない。
隙間から見えるヒナの顔は焦燥に駆られていて、いつもは細い紫紺の瞳が大きく開かれていた。
顔にかかるもふもふでふわふわの白い髪の毛はお日様の匂い、容姿端麗、才色兼備、正直言うと身体の小ささもドストライク。
――ああ、こんなに可愛い子とお近付きになれた、なんて素晴らしきかな異世界転移。
そんな在り来りで、犬も食わないセリフと共に、ナツキ・スバルの意識は闇へと落ちていった。
やっとこさチュートリアル終わりました……チュートリアル(16話)…?
この後は各視点と幕間をちょちょっと書いて、その次は2章突入です!