「改めてご挨拶だ、こんにちは幼女先輩、天下無一文のナツキ・スバルだ、宜しくな」
壁に埋め込まれたシッテムの箱に話しかけるスバル、通路を進んだ先、それはシャーレの部室内で、謎の浮遊しているモノリスの様なモノが秘密の部屋みたいな場所にあったり、シッテムの箱が留置している場所だった。
恐らく、スバルがこの世界を生き残る為に用意されたサポートアイテムが存在するとなら、『シッテムの箱』がソレだ。
連邦生徒会長が残した、スバルの為のサポートアイテム。
「……?宜しくお願いいたします、そして幼女、と私の容姿を指している事は理解できますが、先輩という相反する単語を付け加えたのは何故ですか?」
「くぅー!そうそう、この感じこの感じ!!やっぱりAIってからには、この情緒の無さと無骨さがなきゃ始まんないんだよ!!」
「……スバル様、返答をお伺いしても?」
「んんっと、悪ぃ悪ぃ、まぁここまで引っ張っといてなんだけど、気にしないでくれ、言ってみたかっただけ」
「最近ハチャメチャにイケジョのロリ…体型に助けられたばっかだから、こう、純粋なロリを摂取してハイになった?というか」
「……ーー理解しかねます、が、この見た目を好んで下さるのなら、喜ばしい限りです」
その返事で更に後方腕組み満足気お兄さんになり、何度も深く頷くスバル、やはりロリAIはこうでなくては、この味わい深さをまさかゲームの中では無くて現実でかみ締めることができる時代が来たか。
「いやまて、それでも結局2次元だからあのパソコンとニコニコにらめっこしてた時と変わっては無いのか…?いやいやいや、待て、む、むむ…!アロナ!」
「何でしょうか」
「ぬるぽ」
「……」
「……」
「「……」」
「……………………??」
「あぁクソっ!キヴォトスにもネットスラングがあればなぁーー!!?」
これで恥ずかしがりながら…「ガッ…で宜しいでしょうか、これは所謂ネットスラング、NullPointerExceptionを元とする〜〜」なんて冷徹に機械的に解説を始めたらスバルは完璧なAI娘としてラブを伝えていた頃だろうに。
白い髪にキューティクルな黒いお目目、ダボついた黒いコートの様な制服、白髪ロリ体型のイケ女を最近体験した身からすると素晴らしく眼福である。
小さく備えた傘が映像内に立て掛けられていて、雨の日はこれを差すのかな、なんて考えるとより愛くるしさが増す。
見た目の年齢はスバルがキヴォトスに来た中でも最も小さく、身長も同様で、一言で言えば小学生。
それなのに可憐、といった雰囲気を纏う幼女とスバルが画面越しに目と目を合わせていた。
「ダメダメ、こんな下らねぇ事聞いてる場合じゃなかった……アロナ、手始めに聞かせてくれ」
愚かな妄想を止めて、スバルはシッテムの箱に触れながら質問する。
まずはスバルはいくつか疑問をぶつけてみることに、ここで得られる情報は貴重だ。
「『連邦生徒会長』って、一体どんな奴なんだ?シッテムの箱…アロナを俺に残したってなら、何か聞いてるだろ?」
「否定、連邦生徒会長はこのシッテムの箱の情報の一部をブラックボックス化しており、A.R.O.N.Aに託された情報は生体認証が合致した存在のサポートを行うという事だけです」
「……せめて助けてって言うなら助けられる準備位はしてくれないかなぁ!?連邦生徒会!?」
「ご尤もです」
なら、次だ。
「アロナってマジでスゲーコンピュータつーか、人工知能なんだよな?『連邦生徒会長の置き手紙』って奴、ハッキングとかやって中身教えてくれない?」
「スバル様、それは既に連邦生徒会長から預かっている情報ですので、その様な犯罪まがいの行為はお止め下さい」
「…町中のスピーカーハイジャックしてた方はどちら様かな〜…?」
「緊急事態でしたので、例外です」
「やべ、この淡白さ癖になってきた、よ、よっしゃ!早速手紙の内容教えてくれ、アロナ」
「了解です、スバル様」
「さてさて〜どんなお宝情報が……んぁーー?」
ーー瞬間。
スバルの視界が光に包まれる。
しかし、それは目を塗りつぶすような悪質な光ではなく、風景そのものが『白』に変わっていく事で光だと錯覚した、スバルの脳による誤解の光。
だが眩しいと感じるものは眩しい、思わず目をつぶり、光が晴れた感覚を瞼の裏から感じ取ってから……瞳を開けた。
「すーー」
「す、すげぇぇぇぇえ!!?!?何コレ!?」
一面の星空、昼から夜へと移り変った空には満天という言葉では足りない程に輝く星が浮かんでいる。
地面は水浸しだが、濡れはしない。触れていないのか、ジャンプしても水が跳ねたりもせず、地平線の向こうまで水の床は広がっており、スバルの記憶ではウユニ塩湖が最も近しい光景だろう。
美しい、それに限る。日本では何があっても見る事は出来ないであろう絶景に魅了され、一応は病人である身体を無視して走り出した。
「うっわぁ……!綺麗…!」
「スバル様」
「ん?おわぁッ!?」
キヴォトスに来てから明らかに人の声に驚く回数が増えた事で、いつかビックリし過ぎて心臓が止まるんじゃないかと懸念しつつ、いつものように辺りを見渡してみると、
「……ロリだ」
「ロリ、ではなくA.R.O.N.Aです、スバル様」
「実寸大サイズ…って事は、もしかしてここってーー」
「はい、ここはシッテムの箱内部です、ようこそ」
マジマジと目の前の幼女先輩を観察する、シッテムの箱内部と言ったか、どういう仕組みであの箱の中にこれ程巨大な空間が作られているのか分からないが、漸く異世界っぽい超技術要素が出てきてワクワクしてきた。
まずは質量があるのかどうかを調べる為、幼女先輩の脇下に手を突っ込むスバル。
「よいしょーー!」
「わー」
「しっっかりと子供体重、体温もある…2次元の中に入ってきたって訳でも無さそうだ」
「はい、シッテムの箱内部は圧縮された情報による別空間です、5〜10分以上の滞在は肉体が分子レベルに粉々になって崩壊するのでお気をつけて」
「……こなごな?ほうかい…??」
「はい」
「…」
「『はい』じゃねぇーーよ!?どんな場所に連れ込んできてんのアロナさん!?」
「御安心下さい、崩壊1分前になればタイマーが作動して強制送還されますので」
「いやそれで安心出来るかぁ!怖過ぎだろ……!?」
そうして、一通り騒ぎきった後、咳払いを挟み『手紙』の内容を聞き出すスバル。
アロナはそれに応えるため、この崩壊した教室のような場所の黒板の前に立って、ホログラムを映し出した。
ナツキ・スバルを散々悩ませた手紙。
ーーその正体が明かされる。
【 あいしてる 】
「ーーーー」
「……」
「あーー?」
「え?これだけ?」
「はい、このラブレターが連邦生徒会長の残された手紙です」
「…そんな筈無ぇ、カヨコの見立てだと予言っぽい何かってのがあるはず、それにヒナが伝えられてる特徴の何一つ書いてないし」
「リン達も、『判別方法』を知ってんのは置き手紙の内容を分かってるからだ、これで終わりってのは流石に無い」
「ですがーー………」
「これは、『
「む、むむむ…」
手紙の内容さえ知れれば、今後の行動方針…もしくは帰還方法を知れるのではないかと期待していたのに、暴いてみればラブレターまがいの単語1つ。
せっかくオーパーツじみた、このシッテムの箱を使ってするのがコレかと溜息混じりに「やれやれ」とわざとらしく呆れる。
「熱烈なラブコールに応えるのは確かに主人公の役目だけど、姿形も教えてくれない奴からの『あいしてる』は怖ぇーよ…」
「ここまで来たら『教えられない』って線もあるな、何の理由があるかは分からんが…何かこう、ヤバい事態に巻き込まれた末って事もある…かも?」
悩んでいても仕方がない、この後の話を終えたらリンに『置き手紙』の内容を聞いて、シッテムの箱に残されていた言葉と同じなのかどうかを聞けばいい。
そう、大切なのはこの後の話。意図して避け続け、遠回りに色々な事を聞いて逃げてきたことでもある。
それは…。
「………」
「ふぅ…」
ーーアロナは、死に戻りを認識している。
■
「ーーアロナ、お前は…その、『アレ』が分かってんのか?」
死に戻り、そう、死に戻りだ。
アロナは『おかえりなさい』と言った、何度も繰り返した周回を認識出来るのは、死に戻りの主体であるスバルだけだと思っていた。
つまる所『おかえりなさい』と言えるのは、死に戻りを認識しなければ言えない事であり、スバル以外にもこの能力を理解している存在がアロナだという事。
「はい、ですが、いいえとも答えます」
「む」
煮え切らない返事…という訳でもなさそうで、言葉通りに肯定と否定、両方を提示しなければいけない状態なのだろう。
「私A.R.O.N.Aはナツキ・スバルとの接触回数を記録しているに過ぎません、連邦生徒会長はシッテムの箱のリソースの大部分を『観測機能』に使用する様に設定されました」
「スバル様がどの様な道を歩んできたかを把握出来ておらず、私はあくまでも『観測装置』としての役目を持ったものです」
「……」
4回目と答えられた時から薄々そんな気はしていたが、45回の死に戻りはカウントされていない、残念がるべきか、知られなくて良かったというべきか。
そして観測装置ときたか、こんな悪辣で辛辣な能力を渡しておきながら、ご本人はニヤニヤワイングラス片手に覗いてんじゃねぇだろな。
考えれば考える程連邦生徒会長が不気味に見えてくる、ナツキ・スバルの死に戻りを、このアルティメットオーパーツの大半の力を観察する為に使ってる彼女の狙いが分からない。
愉悦か、善意か。少なくともスバルには善意と受け取れる要素はまだ無い、むしろ抱くのは恐怖であり、『死ぬことが分かってる』のを前提として死に戻りを観測しようなんて狂気の沙汰だ。
結局、ナツキ・スバルの命が消費される事を事前に分かっていた、という事。それを設定したのが連邦生徒会長だというのなら、熱烈なラブレターの意味も変わってくる。
「こっっっわ…何か気分までネチョネチョしてきた、ネットで買った『ヤンデレ彼女とドタバタな恋♥!?恋愛シミュレーション』を思い出すぜ…」
「スバル様が想像を絶する経験をしてきたのは想像に容易いです、ここまでの道程、本当にお疲れ様です」
「…あぁ、でもまだまだ頑張んなきゃなんねぇ事もある、さっき産まれたばっかだけどな」
ここでのアロナからの言葉を素直に受け取るべきか、否か。狂気の存在が残したシッテムの箱をナツキ・スバルは信頼すべきなのだろうか。
あぁでもロリを泣かせる訳にもいかないと、くだらない思考を纏めつつ、確信を得る為の最後の質問を行う。
「じゃあ、……死に戻り、は、アロナも分かってるって事でいいんだよな?」
「『死に戻り』という呼称はデータとして把握していませんが、その様な現象を引き起こしている事は把握しています」
「ほ、よかっ…ーー」
そうやって、安堵のため息を吐き出そうとしたその時。
「連邦生徒会長が残された言葉としては『次元転移』とも」
ーー次元転移?
転移?戻るのではなく?
「転移…ってどゆこと?何か別の能力って訳?」
「量子のゆらぎ、もつれ、スバル様の生命活動が停止した瞬間、原理不明の多次元解釈による世界線の分岐が発生している、と仮定」
スバルの心に、暗い影が走る。A・M・S、いつもは回転しない頭が急速に理解を果たそうと回り始め、目眩がしてきた。
何か、何かとてつもなく嫌な予感がする。
何か、最悪の悪夢が待っている気がする。
「スバル様は………」
「ーー死亡後『ナツキ・スバルが生きている次元』に移動しています」
「それが連邦生徒会長の結論です」
「ーーーーー」
「……ぁ?」
「………ん、…えーー?」
解析、分析が漸く終わり脳裏によぎる、最悪の可能性。
支えにしていた点滴を押し倒し、転んでしまう。
足に力が入らない手が震える視界がぼやける、何かとてつもなく悪い気分になって、何かとてつもない事実が待ち受けていて、ナツキ・スバルが『何をしていたのか』が示されてしまう、そんな予感がしてならない。
悪夢。夢であって欲しくても、悪夢なんて見たくは無い、元より悪夢なんかとは無縁だ、無縁だった。
「……ま、て、まてまて……」
ゆっくりゆっくりと受け取った言葉を噛み砕いても、飲み込めない。
「それじゃ、何、お、俺が、俺が死ねば……?」
そうだ、死ねば戻る。死んで戻って全員救うと誓った、あの善意に報いる為。
「おれが、死んだら……ーー戻ってるんじゃ、なくて?」
「はい」
「も、戻っ……戻ってない?戻ってるんじゃない?てん……い?」
「はい」
今は彼女の無機質な返答が、ナツキ・スバルの心の息の根をゆっくり止めていく、丁寧に、逃げ場なく。
「………」
「……じ、ゃあ、その……」
「……ーーの、残された世界は…?」
ーー質問してしまった。
さっきのを、最後にしておけば良かったと、言葉に出してから気づいても遅い。
そうして、最悪の事実が、
「予想ではありますが」
「っ」
「ナツキ・スバルが主体である以上、転移前と転移後の世界は……仮定、可能性の世界として泡沫の夢の様に存在しなかった事になるか……ーー」
「最も高い可能性としては、その後も継続される、等が予想されます」
「ーーーー」
胃の中がひっくり返る。
戻ってない、無かった事になってない。
つまりーー?
つまり?つまり、つまり??つまるところ、何だ?どういう事だ?
分からない、ナツキ・スバルの脳が理解を拒み停止する。飲み込んだ異物を吐き出すように、それでも喉から出ていかなくて、異物が息をゆっくりと止めていく様に。
それを考えてはいけないから、考えてはダメだから、考えてはいけないのだ、考えてしまえば□が□れるから、ナツキ・スバルの□を守るために、考えるな、考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考えるな考え……ーー。
「ーーぉぇ゛ッッ゛ッ」
考える。
それは、つまるところ、死んでしまった44回の世界で、救ったと思っていた全員が『あの結末』を迎えるという事。
カイザーの恐ろしさは身に染みて感じている、ゲヘナを破壊し、キヴォトスを支配した後なんて容易に想像がつく。
ーー同じ事を全学園にするだろう、誘拐も、殺人も誰も止められないのならあの企業はやり尽くす。
心の中に浮かんでいた英雄幻想、ナツキ・スバルの華々しい活躍は己の死のみが代償だと思い込んで、思い込んでしまって、こんな事に。
ほら、惨めだろ?
「ぁ…゛……ぅっ゛…ーー」
「…ーール様!」
頭が破裂しそうだ、しているのかもしれない。何の意味も無く死んだ時、あの後は?不貞腐れて諦めた時、あの後は?泣きながら苦しんで死んだ時、あの後は?
あの後に待っていたのは、『終わり』。
自己満足、何度も足掻いて、その場の自己満足で動いて……今はそうじゃないって思ってた、彼女の、キヴォトスの為に人助けをって、
「…ーー」
「おぁ、ぅぐッ…オェェェ゛エッ゛…」
元々全て吐き戻した後だ、胃液すら出てこない、嚥下の反応だけが呼応する。
「ーーふ、ふざ、ふざけんなよ!?誰が、なん、何の目的でーー!!」
「…………分かりません」
「連邦生徒会はッ!!?あ、アイツがこんな事仕組んでんだろッ!!何でそんな事が出来る!?ぜ…全員死なせてるって、事じゃ……ねぇか………」
「…スバル様ーー」
「……は、はは、全員死なせて……」
「俺、俺も……そうか、俺もーー」
ーー人殺し?
違う、別に俺が殺した訳じゃない。消えてる可能性よりは続いてる可能性の方が高いんだ、それに何1つ俺は彼女達に危害を加えてないだろ?俺が知らない所で勝手に死んでしまう人間を見捨てられないからって、手を出しただけ。
手を出して、より多くの人間を見殺しにしたって事。
それが手を差し伸べた責任なんだろ、ナツキ・スバル。
「…未だシッテムの箱には私では開封出来ないブラックボックスが多数あります、それはスバル様の体質も同じ」
「『何』によるものなのか、誰の手によるものなのか、連邦生徒会長はその究明を求めていました」
「その果てに何を見たのか……私には、分かりません」
「…ナツキ・スバル様、滞在可能時間1分前になりました、強制送還を行わさせて頂きます」
「……」
「スバル様ーー」
「A.R.O.N.Aは、ナツキ・スバルのサポートAIであり、味方です。いつ、如何なる時でも」
■
「…おや、ナツキさん、用事は済みましたか?」
「……」
「ナツキさんーー?」
フラフラと、訪れてきた時よりも顔色を悪くしてナツキ・スバルが帰ってくる。
腕に取り付けてあった点滴も引き剥がし、俯いた顔でブツブツと何かを言い続けながら。
「大丈夫ですか、何処か気分を悪く…」
「……ーーめん」
「はい?」
「…ご、めん、……すぐ、やるから」
「ナツキ…さん、やはりまだ体調が…」
「大丈、夫、ちょい、ショッキングな……、ぅ゛…ぐ、グロッキーな、さ、気分になってるだけだから」
「それは大丈夫と呼べませんよ…!すぐ病室に戻りましょう、点滴は何処に置いてきたのですか」
リンがスバルの背中に触れる、それは善意で、彼女の優しさだった筈なのに。
ーースバルはその手が触れるより前に、払ってしまう。
「っ、ナツキさん…!?」
「教えてくれ」
「教えてくれ、頼む、リン」
「カイザーが滅ぼすって言った学校の事、ソイツらと話し合って……」
「カイザーATMだかなんだか知らねぇけど、解決してくるから、だから…」
つい先程まで、キヴォトスを救った英雄の姿は無く、七神リンの視界に映るスバルの背中は……酷く、丸まって、
「『ごめんなさい』」
惨めに惨めに、そう呟いた。
■
人は、悪い事をすれば謝る。
それは何故か、許して欲しいからだ。自分の行いの過ちを認めても、過去は消えず、結果も消えない。
だから許して貰う為に謝る、謝って、赦しが欲しくて。
『アビドス高等学校、それがカイザーPMCが狙いを定めている場所です』
砂漠地帯なんて、初めて来た。
硬いコンクリの上を歩いているのに、吹く風には砂が混ざっている。
家屋が砂に埋もれ、人っ子1人として居ない。
見捨てられて枯れた大地は、踏みしめる度にスバルの身体から水分を奪っていく。
『手前までは送れますが、砂塵が混ざる場所はヘリが墜落する恐れがあり、凡そ数百kmはナツキさん自身で行かなければなりません』
肌に当たる砂の痛みは慣れたもので、防いでも隙間から入ってくるから放置してしまった。
雲ひとつない空から注がれる太陽の光は着実に体力を奪っていき、恐ろしい速度で水分が枯れていく。
直射日光は熱中症の危険性がある、スバルの頭にも何か噛ませれば良かったが、そんなものはない。
ここで倒れて気絶してしまえば、簡単に死んでしまうだろう。
殺人級の暑さとはよく言ったもので、日本でも熱中症でよく死人が出る、死んで骨になる。
「……」
「……ぁ」
視界が霞んできた、体内の水分と塩分が不足している証拠だ。
流れる汗はとめどなく、スバルの中から全てを絞り出さんと流れ続けている。
「……」
歩き過ぎて足の感覚が無い、そもそもこの熱さの中、数百km先の高校に辿り着くなんて正気では無い。
次第に視界が暗くなり、手足の感覚も、舌や肌の感覚まで失われていく。
脱水症状がナツキ・スバルの命を蝕む。
「ーーーー」
ーーそれも、慣れていく。
死に、慣れる。
「ーー」
最も忌避していた事に、自ら飛び込んでいく。
慣れてはいけないモノに慣れてしまう。
「…」
『…ナツキさん』
『どうして、ずっと謝っているのですか?』
謝れば、赦してくれるかもしれない。カイザーの問題を解決して、誰も彼をも救って、罪に報いる功績を立てれば、赦してくれる。
人が謝る時は悪い事をした時で、人が謝る時は赦して欲しい時で。
ナツキ・スバルが抱える苦しみに、許しを求めているからで。
そうして、ナツキ・スバルは
この終わらない砂漠と地獄に囚われながら、何も出来ずに果てた事を思い出しながら。
何度も何度も、謝るしか、
「」
――唖然に満ちた声を出した。
――それが、心から離れないのです。
――過去から、憎悪に染まった悪夢が追いかけてきた。
――それが、怖くて怖くてたまらないのです。
――絶望を剥き出しにした己の言葉に圧し掛かられていた
――それが、魂を鷲掴みにして離してくれないのです。
――そうやって死に縋れば縋るほどに、誰かを見捨てる自分がいた。
――それが何より一番、申し訳なくて申し訳なくて、今も死に続けているのです。