「ーーてな訳で、気づいたらコンビニの屋上に」
「強制的な転移…雷帝の遺産を優に超える古代文明に近しい技術の影響で『キヴォトスの外』から連れてこられてしまったのね?」
「概ねその通りかな」
「……」
救護室とやらに連れていかれるままに、空崎ヒナへ自分の身の上を明かすスバル。
右足の負傷を庇い、そして支えてもらいながらヒョコヒョコと千鳥足で頑張っていた。こちらの身を案じているヒナのお陰で、身体に負担を掛けることなく歩めている現状には流石に涙を禁じ得ない。
これ程までに善意に満ちた少女と巡り会えた運命に乾杯を交わしたいところだが、異世界で求めるヒロイン像としてはややズレる。
何せ苦労人であることを隠しきれない目の周りの隈と、女児とも言える体型は不釣り合い過ぎて……彼女への褒め言葉より先に思い浮かぶのは、社畜に対しての労いの言葉なのだから。
「…フワフワだ、なんてフワフワなのだ。あぁ神よありがとう」
「それ以上頭髪に触れるのなら、ここに置いていく」
「ごめんなさい」
普通に考えれば、命の恩人にこんなことをする時点で、一瞬で見捨てられてもおかしくないが…歴戦のギャルゲプレイヤー(数作品)の俺には越えてはいけないラインが見えてくるのだ。
このキヴォトスという世界で、ミジンコ以下の戦闘能力しか持たない俺が暴力に対して用いる最後の手段は、対話だ。
ーー死なないように会話でコミュニケーションの点数を稼ぎ、生き残る。
コミュ力1の俺に与えられた最後のチャンスがソレ。
「しっかし物の見事に静かな街並みになったな」
「ゲヘナでも落ち着いている時は基本こんな感じ、働きに出る人達も風紀委員の朝の巡回を待って職場に行くの」
「学園モノ……って思ってたが、自治区を自警して警察みたいな事してるの見ると、一つの県みてぇだ」
「ケン…?…ーー少し失礼」
…ーーヴヴヴ…。
ふとバイブレーションの振動が支えてくれている彼女の身体から伝わってきて、通話…というより業務連絡っぼい気配を味わいながら、教えて貰った新型通話機、『スマホ』を目にする。
「…ーー《委員長》」
盗み聞きをするつもりは無いが、距離が近いと耳を澄まさずとも聞こえてしまう。
スバルに聞かれても大丈夫なのか、空崎ヒナも気にはしていない。
「…ごめん、すぐにそっちに渡したい人が居るの」
「《何が……ーー怪我……外……》」
「そう、危険性は無い」
「《だとし………それに》」
「大丈夫、セナに渡したらすぐ解決に向かうから、菜月昴は応接室に」
「《了解です》」
仰々しいやり取りを乗り越えて、少しだけ歩く速度が早くなる。
今のやり取りから見て取れるのは、同じ高校生、同じ年齢の高校生なのに凄まじいスペック差があるという事。
風紀委員は文字通りでなく、このキヴォトスにおいてはスバルが考えるより遥かに重要な立ち位置を持っているのだろう。
「急かしてごめんなさい、元々の用事が火急の事態になってしまって…」
「いや大丈夫だ、マジで忙しいんだな…ヒナの他に風紀委員は居ないのか?」
「優秀な仲間は居るけれど、それでもゲヘナでは手が足りないの」
「俺でよければ力を貸すぜレディ、ってカッコつけたい所だが、こんなんじゃカッコつけるのにも一苦労…」
「気持ちは受け取っておく、そろそろ救急医学部のセナという子が迎えに来るから、貴方はそれに乗って案内に従って欲しい」
「了解だ、何から何まで本当に感謝するぜ、友愛を記念にアイラブユーと叫びてぇ位だ!業務頑張ってな!!」
「…ありがとう、ナツキ・スバル」
どうやら合流地点を最初から連絡していたのか、交差点近くでスバルを壁に預け、片目を流し別れを告げる目線を送りながら走り出す。
ーージェット機を想起させるスピードで走り去る空崎ヒナ、それは今まで彼女がどれだけ己を慮っていたのかを示していた。
「……」
「…ちゃんと、何かで返さねぇとな」
「てかやっぱりちゃんと異世界なのね、角も生えてたし…最後のスピード、何アレ?」
マジで最初に味方してくれたのがヒナで良かった。
情けは人の為にならず、さりとて手を差し伸べて共に歩む事こそ人生ナリ……ってな、善意にあやかるのもここら辺にしといて、救急医学部のセナだったか。
「車で来てるらしいけど…」
「運転免許、どうしてんだよ」
周囲を見渡してもそれらしきものは無い、それと高校の学部で救急医学ってどういう事だよ、と真っ当な高校生からの意見はこの世界では一切通用しないので口を噤む。
待っている間にも好奇の視線は、先程よりは少ないがまだ見つめてきていた、生身の男性そのものが珍しいのか、空崎ヒナが抱えていた負傷者というのが珍しいのか、銃を持っていないのが珍しいのか、それか普通にジャージで外出てる人間は物珍しいという前提が皆の視線を射止めているのか。
そういった思考をぶつくさ口から出してしまうのは、スバル自身悪い癖だと思う。
そして、その悪い癖を耳にした女子高生がスバルの肩を叩いた。
「ーー独り言が多い黒髪三白眼、右足に粗悪な手当、機械でも生徒でも無い男の高校生…」
「色々酷くね…!?」
これまた白薔薇が似合う様な美少女、見ようを変えれば超絶美青年にも見えるが、色白さと極まった衣装の可憐さは、ここが日本であれば道行く人の視線を射止めた事であろう。
「旧式のナース服、戦地に佇む……まさに戦場の天使、ナイチンゲールみたいで最高〜!」
「ヒナ委員長の連絡にあった死体とは貴方の事ですね」
「あ、はい…え?死体?」
「その様な手当では患部はすぐに悪化します、車内で応急処置をするので此方へ」
「OK、クール系って事か、異世界はヒロインの種別に困らな…ーーどわぁぁぁ!?」
思っていたよりもブルーな反応を返された、急にこんな事言われればワンクッション挟みたくなるのに、視線は足首の怪我一直線に離れない。
スバルが手を伸ばすと、手ではなくスバルの首根っこを親猫の様に鷲掴み、ほうり投げる。
投げられた先には救急車と呼ぶにはゴツ過ぎな装甲車が待ち構えており、開いた後部座席へとスバルは宙を舞いながら突入する。
「おわァァ!!ちょ!?クール系も度が過ぎるって!怪我人投げるなよ……ーーって、あれ」
「では早速」
乱雑に投げ捨てられたのに、何故か狙いは完璧完全で、車内のクッションに衝撃は吸収されると嘘のように上手く着地させられる。
怪我にも負担なく、投擲の謎技術というには不自然さがあった。
それからは手際良くビニール袋で作った縛り紐を裁ち鋏で切り、無惨醜悪、ボロボロだったスバルの足は丁寧な動作で生まれ変わっていく。
消毒、止血、補強、全てが終わった頃には清潔な包帯に保護された右足が、再び情けない自身の人生を支え歩いてくれる相棒へと生まれ変わった。
「あ、ありがとう」
「新鮮な死体があるとの連絡でしたので」
「死体……ーーともかく、ヒナさんにはアンタが案内をしてくれるって言われてる、頼まれてくれるか?」
「勿論」
今度は真面目な男子高校生を…と息巻くのも遅いか、取り敢えずは…。
「先に一つ聞きたい事があるんだが」
「何でしょうか」
「…高校生、だよな?」
「ええ」
「免許、持ってんの…?」
「ーー持ってはいますが、『外』ではどうなのですか?」
「あぁいや、その…こっちは自動車は18歳からなんだ、ちょいビックリしただけ」
運転座席に乗り込む姿がヤケに様になっていて、どうも高校生には見えづらい、暴力的とも言える身体のプロポーションも相まって大学生に見えなくもない。
それとこの子にも角が生えている、光輪もまた別の形だ。
「出発します、戸棚の経口補水液でも飲んでいて下さい、貧血に良いので」
「助かる……ーープハァッ」
味も変わんねぇんだな…本当は日本が丸っきり新しい国になって、未来に来たとか無いか…?
「ヒナ委員長からは、貴方がとある特別な事情に巻き込まれていると聞かされています、キヴォトスの常識が無い事も」
「特に銃を持っていないのは、裸で街を歩いている生徒よりも少ないので、学校に着いたら一丁程購入をオススメします」
「ーーマッパよりも少ないってきょうび聞かねぇな、どんだけ珍生物なんだよ俺」
「既にネットではある程度噂になってますよ」
セナが携帯の画面をスバルに見せると、ヒナとスバルが密着して歩いている様子が激写され、拡散されていた。
「しょ、肖像権〜…ほんと倫理が緩いなここ」
「同感です、多忙の彼女に悪い噂を立てさせたくないものですが…ーーまずは貴方の事ですね、何か質問はありますか?」
「あ〜…」
いろっいろある、色々ある、銃は何処でも買えるのか?だとか、何で銃弾を喰らっても無事なのか?とか、文化文明はどうなっているのか?だとか。
スバルの中で、異世界要素として飲み込みやすいモノは質問しなくていい、そういうものだと受け止めれば別に聞く必要性は無い。
ーー聞きたいのは、ただ一つ。
「『外』からやってきた人間がさ、また『キヴォトスの外』に戻った、なんて話はあるのか?」
「いえ、そもそも『外』の事情を私達は知りませんので、明確に答えることは出来ません、ですが『外』から来たというのに大人ではなく、高校生であるのにヘイローは無い貴方へ強いて言うのならば」
「ーー『来た方法』で『帰る事』が賢明だと思います」
「………」
「…なるほど、ありがとな、あ、『ヘイロー』ってのは頭の上の?ヒナにもあったあの要塞みたいな奴で、セナの頭にも…」
「貴方からはそう見えるかもしれませんが、私達からはぼんやりとした光の輪にしか見えていませんよ」
へ〜、と息の抜けた返事を返すスバル。
ーー来た方法で、帰る?
頭の中は親父と母親の二人を置き去りに消えた、ニートで親不孝者の馬鹿の姿でいっぱい。
「……」
後部窓から、道を戦車が走っていくのを見る。空には戦闘ヘリコプターまで飛んでいて、先程ヒナが向かった先に走っているのが分かった。
「……」
「…………」
「善行積めば帰れるとか、無ぇかな」
「セナさん、その…学園に着いたら俺に…」
「余ってる仕事とかあったら、分けてくれ、頑張ってみせる」