Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『絶望の利用価値』

 

ホシノの手を取って数十分後、一旦各々の時間を取って解散した後に、教室の窓から空を眺めながら黄昏ていると、アロナから議会終了の連絡が入った。

 

結果は可決、リンからも電話が来たので「おーけーおーけ」と適当に返し、あの宣戦布告を始めたのであった。(※リンはキレてる)

 

「……ハッキング終了、逆探知防止の為にも通信網から遮断致します」

 

「サンキュー!アロナ!は〜…緊張した〜!マジでアロナが居ねぇとなんも出来ねぇわ、改めてアロナが居てくれて助かる、愛してるぜアロナ」

 

無意味だが、自身の携帯にリップキスをしまくる。一昔前の「んーまっ」てな感じの、母親が子供にする優しいチュッチュだ。

 

「──………ありがとうございます」

 

「…おんやぁ?照れてるのぉ?いつもはもうちょい返信早い気がするけど〜?」

 

「……」

 

「へへ、黙っちゃって…まぁ情けない事ばっかしてて、アロナに迷惑かけまくってる身分でイジワル出来ねぇけど」

 

「──否定、迷惑ではありません、私はスバル様専用サポートAIですので」

 

「…やっぱりアロナは俺なんかには過ぎた最高の相棒だよ、産まれてきてからこんなに感謝を述べた事、母さんにも親父にも無い」

 

「あいや…親父とは口喧嘩の方が多いか、てかシロコの卍固め親父にそっくりだったな…」

 

「…」

 

 

ほんと、スバルという存在に対して余りにも過ぎた、『良い子』だ。

AIとはいえ、もうロボットだの感情が無いだの、そんなフェーズは過ぎてる。最初こそ無愛想だったけど、今では恥じらいを持つ程になっていた。

 

──本当に、過ぎた相棒だ。俺なんかじゃなきゃ、死に戻りをしなくても全員を幸せに出来る道をささっと導けるだろう。

それこそ、特別でもなんでもない、普通の大人だとしても……きっと、アロナがいれば、ナツキ・スバルの歩む泥だらけで傷だらけの道なんかとは縁無く進める。

 

 

「ごめんな、アロナ」

 

 

「──謝らないで下さい」

 

 

「……ありがとな、アロナ」

 

 

「はい」

 

 

文字だけじゃ感情を伝え合えない、そう思ってた時期もあるけれど。

「謝らないで」と。その言葉にはハッキリとした怒りが篭っているのを読み取れる様にはなってきた。

 

乙女の機微は分からないことが多い、今もまた、スバルは何故アロナが少し怒り気味なのかは理解出来ていない。

 

 

「人生、ままならね〜…」

 

 

「──そうだね、スバル、ほんと…上手くいかない」

 

 

「おっ」

 

 

隣の窓枠に、ホシノが肘を立ててもたれかかる。

 

 

「あー…その、今更だけどさ、嘘だとしても……──作戦の為に、ホシノの先輩の名前を使って悪かった」

 

「中々のクリティカルヒットだったよ〜?でもまさか、本当に拾い合わせた言葉だけで、何も知らないとは思ってなかったけど」

 

「──許さなくていいぜ、俺なら顔面数十発殴ってケジメつけさせてる」

 

「それで暴力振るっても…何も、変わらないからね」

 

 

伏し目で、ゆったりとした口調で呟くホシノの横顔を、スバルも肘を立てて眺めていた。

窓枠を境目に、ホシノと目が合う。ほんの少しむず痒くなって、やっぱり自分がコミュ障である事を今更ながら思い出した。

 

軽く溜めた息を吐いて、隣のホシノの頭に手を伸ばす。

 

 

「…──ホシノ」

 

 

「どうしたの、スバル」

 

 

「──無茶すんな」

 

 

ポンッ、と頭に手を置いた。

ホシノの小さな頭、スバルの手を広げればそれで包み込めてしまう。

 

──どいつもこいつも、小さな背中に背負いすぎてるこの世界で。

 

手を差し伸べた相手すら、まだ疑って身体をガチコチに固めてしまう少女を生み出したこの世界で、せめて肩の力を抜いて欲しかった。

 

 

「……」

 

「スバルは優しいね」

 

「いんや、俺は酷い男だぞ?」

 

「なんでさ」

 

「無茶すんな、って言葉を、今までの頑張ってきた姿を見たことも無い奴が言ってどうすんだ、『なに達観してんだよ』って言われる気でいたぜ?」

 

「──確かに酷いね、おじさんを虐めるなんてさ、そんな事言えないよ〜」

 

「おじさんって歳か…???」

 

 

人として見れば、スバルよりホシノの方がよっぽど立派だ。重い重い、後輩全員とアビドスの『責任』をずっと背負う立場なのに、その苦しみを噯にも出さない。

でも、苦しみを表に出さないのが立派だとも思わない。

 

 

「…ユメって人は、ホシノの先輩なんだよな」

 

「……そうだね」

 

「……」

 

「良い、先輩だったんだな」

 

「──…」

 

「後輩は先輩の背中を見て育つ、今のホシノを見て、俺は今ユメの背中も見てる」

 

「──良い先輩だな、ユメは」

 

 

一瞬、何処か、何かが決壊したような。

ありとあらゆる感情が織り交じったグチャグチャな表情が、垣間見えた。

遺体の発見者は、小鳥遊ホシノ。梔子ユメが何故衰弱死して、どの様な運命を辿っていたのかは、スバルにとって知りようがない、それはホシノの中にのみ存在するもの。

 

──それでも、スバルは『梔子ユメ』をホシノの中に見る。

 

 

「そ、う……ユメ、先輩は…」

 

「……」

 

「うん、尊敬出来て、私に色んな事を教えてくれて、ちょっぴりマヌケでドジで…騙されやすくて」

 

「私の、先輩なんだ」

 

 

また窓の外を見て、言葉をゆっくりゆっくり噛み締める。

そこに含まれるのは啓発であって許しじゃない、独白であって罰では無い。

 

純然に、梔子ユメという存在が居たのだと、そう告げただけ。

 

 

「……」

 

 

それだけ聞いて、スバルも窓枠にまた肘を立てて、空を眺める。

スバルとホシノの青空観察会、日向ぼっこはそのままに。

 

──日が沈み始めるまで、2人は傍に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふぃ〜…ふわぁ〜ぁ、もう日が沈みかけちゃったね〜…』

 

 

『明日の為にも早めに寝ておくよ、それじゃおやすみ、スバル』

 

 

ホシノが去り、冷たい風が吹く窓際にはスバル1人だけになってしまった。

シロコは何をしているのかと思ったが、2人で窓の外を眺めている時に…、

 

 

『ん、ホシノ先輩…アップしよ』

 

 

『また組手〜?おじさん疲れちゃって…ーー』

 

 

『そんな言い訳通用しない、それともそれだけの理由で私に負けるのが嫌なの?』

 

 

『──いいよやろっか。スバル、ちょっと待っててね』

 

 

血は争えないんだな〜って、血は繋がってないけど拾い主であるホシノの血の気の多さをちゃんと受け継いでいたシロコ。

ホシノもホシノで、シロコもシロコだ、後輩が先輩の背中を真似ると言っても限度がある、普通に怖かった。

 

その後は…シロコは銃のメンテナンスをしていて、明日の為の準備をしている。

食料も弾薬も無い、リンに一応救援を求めているので、明日になれば救援物資が空輸で届くかもしれないが、それでも事前準備は入念な方がいいものだ。

 

 

「……」

 

 

今、スバルが思い悩んでいるのは……ーー自分の実力の無さについて。

 

アロナの力を借りて、アビドス砂漠に妙な空白地点を見つけた。『見つけた』といえば語弊があり、周囲から隔離されたその場所以外の全てをマッピングしている影響で、その地点のみがポッカリと空白として浮き上がっている。

 

考察すれば、ここにアヤネとセリカが居ると思っていい。ここが監禁場所だ、明日はまず全員でここを探索しようと考えていた。

 

そこで、足を引っ張る要因はーースバル自身。

 

 

「俺が付いていかない方が、2人はやりやすい」

 

 

もし大量のカイザー兵が居たとして、ホシノ達は負けない。

だがそれもスバルが居れば困難なものになる、何せ弾丸1発KOの雑魚壁を守りながら戦わなきゃならないし、何より付いていっても出来ることはアロナで構造をスキャンするだけ。

 

 

「明日の朝には襲撃かけて、次の日になるまでに…」

 

「提案、十六夜ノノミ個人に対してシャーレの捜査権限を使用し、退学に対する不審を示すべきかと」

 

「オーケー、それで行こう、後は…」

 

 

ブツブツブツブツと、日が沈んで星空になるまで作戦をねり続ける。

スバルには何もかも足りない、俺には何もかも救える力は無い。

 

だから積み立てる、小さな小さな石でも、積み立てて夢に届くなら千でも万でも億でも石を積み立ててる。

どうすればいいのか、何をすればいいのか、どう戦えばいいのか、それをその場で決めて動ける程器用でも無いのだから。

 

凡人なら無茶を押し通せ。凡人なら死ぬ気で方法を考えろ。

 

それを根底にして、スバルは考え続けていた。

 

 

「どうすっかな…ヒナの力は借りられない、アコ?いや、アイツ話通じっかな?とりま…三大学園には声掛けねぇと、それから…連邦生徒会からも何か出してもらうか、ーーなんか寄せ鍋っぽくなってきたな」

 

「でもなぁ、コネも何も無いし、協力して下さいって頭下げた所で手を貸してくれんのか?どっちかというと厄介事に無理矢理巻き込まれろって言ってんだから普通は拒絶される」

 

「シャーレの権限の濫用で他校への協力を申し込み、アビドスの問題を解決する場合、シャーレの権力への不信感による活動収縮、アビドスはシャーレと連邦生徒会の庇護下にあると判断され政治闘争に利用される可能性もあります」

 

「マジか、やっぱりシャーレの力借りるのやめて、頭でも下げっかぁ」

 

 

この世界に来てから、アロナと話し合う時間は殆どが作戦会議、スバルが手持ちの解決策をアロナに話して、アロナは問題点と足りない部分を提示する。

 

悶々としながら話し合いを初めて小一時間、自傷する何かも無いので、無意識に手首をガリガリと掻き毟りながら『全てを解決する』方法を思考していく。

 

 

ーーそうやって、話し合っていた時。

 

 

「ーー!」

 

「スバル様、近辺に車両が接近しています、カイザーの車両ではありませんが…危険かと」

 

「はーー」

 

「ホシノを起こしに行くか…?クソ、カイザーじゃないなら誰が来てんだよ」

 

「…モールス信号受信、接近体、自称『黒服』」

 

「ーー…」

 

 

まさかの人物が、スバルにアクセスしようとしていた。その名を聞いて頭を支配したのは困惑。ラスボスの動きがラフすぎるだの、もうちょい勿体ぶってスバルの『黒幕像』を守って来い、色々とスバルの夢と希望を打ち壊す登場してんじゃねぇよと。

 

次いで、受信したモールス信号の文章をスバルへと伝えるアロナ。

 

 

「翻訳開始します、『初めまして、ナツキ・スバル』」

 

 

「『お話をさせて頂きたく、()()()()で降りてきて貰えますか』」

 

 

「……分かったって返しといてくれるか」

 

 

「了解」

 

 

どう考えても罠だ、1人で来い、だなんてスバルを誘拐するのにはうってつけの状況。

しかもヤッコさんは誘拐の達人、前歴ありでホシノから生徒をかすめ取る逸材だ、ノコノコ歩いていって誘拐されました、じゃ死に戻りすら有効的に使えない。

 

ーー判断は2つに1つ、ホシノに声をかけるかそのまま行くか、だ。

 

ホシノの隠密能力なら、連れていったとしてもバレやしない、だが俺がアロナの力を借りてホシノを攻略した様に、ゲマトリアがどんな力を持っているのかも測りようがない。

 

この要求を無視して、挙句にホシノを見つけられたら…。

ーー誘拐された後輩が、無事に戻ってくる保証は無くなる。

 

 

「……」

 

 

「ーー行くか」

 

 

 

強く、カンナから渡された拳銃を握りしめて。

 

ーーナツキ・スバルは、1人の戦いに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠の夜風が、スバルの肌をチクチクと刺激する。

校舎を出る時に、まだ寝ていなかったシロコに出会いかけたが、ギリギリで躱して外に出てきた。

 

徒歩で数分、信号で送られてくる場所へと、冷たい風に耐えながらスバルを足を進め、辿り着く。

指定された場所、そこには真っ黒なリムジン以外に人の気配や、トラップといったものも無く、何時後ろから某名探偵の様に気絶させられないかとヒヤヒヤしていたが、そんなことも起きなかった。

 

ーースバルは、今1人で黒服の元に訪れている。

 

 

「おや」

 

 

「此方の要望を押し付けてしまい、申し訳ございません」

 

 

「改めてご挨拶を、ゲマトリアに所属する黒服というものです、宜しくお願いします、ナツキ・スバルさん」

 

 

黒服。

 

その名を聞いた時は、まさに言葉通りのスーツを着た男だと思っていた。

どんな顔をしているのか、どんな悪役の雰囲気を纏っているのか、どんな人相で、どんな人間なのか、色々イメージしてきたつもりだ。

 

ーー人間じゃない。

 

黒、真っ黒。姿を見るのはこれが初めてだが、声を聞いた時は若めの成人男性かと、だが……スバルの目の前に現れたのは、顔に亀裂が入り…そこから炎が溢れ出る怪人。

なるほど、彼を表現するのに適切な言葉が見つからないと、スバルは感じる。この怪人を表す記号は、怪人が身に纏う衣装しかない。

 

黒服という記号を除けば彼は何者でも無く、口や目と認識できる亀裂ですら『人』だとは理解出来ない、ならばこそ、彼は黒服であり黒服以外の何者でも無いのだ。

 

 

「初めまして、とは言わねぇぜ、黒服」

 

 

「ーーツラ見せろって言ってすぐに来たその勤勉さは認めてやるよ」

 

 

リアル志向の異世界転移で、とうとうファンタジー地味てきた。

ドキドキは自粛させ、目の前の敵に意識を集中させる。

 

 

「ククッ、本当にお一人で来て下さったんですね」

 

「交渉のテーブルに着く時は、常にお互いフェアに、だろ」

 

「有難い限りです、暁のホルス…彼女が居ると、話し合いが出来る余地がありませんので」

 

「何それ、ホシノの別名?厨二病過ぎない?」

 

「クックック、キヴォトス最大の神秘を称する為の、と言っても元ではありますが、唯の『記号』です、お気になさらず」

 

 

黒服がスバルをエスコートする。大人として、呼びつけたのは黒服であり、呼ばれたのはスバルだ。

黒服はスバルを持て成す主人であり、スバルは客人、その認識は互いに違えず、スバルは黒服が開けたリムジンの後部座席へと足を踏み入れる。

 

車内は広く、互いに対面出来るように設計されている車内は、スバルにとって初めての経験であり、ソワソワと落ち着かなさを誤魔化す為に首を回したり咳払いを挟む。

 

 

「すげぇフカフカ、横になりたい」

 

「お気に召した様なら、同じ材質の枕をご用意致しますが」

 

「残念だが賄賂は受け取らない主義、それも成人男性からのプレゼントなんてあんま喜べねぇよ」

 

「ククッ、そうですか…」

 

「私は、貴方にとても強い興味を抱いています、とても、とても強く…貴方という存在を知りたい」

 

 

一呼吸置き、黒服が対面に座り、目とも言えない炎に見つめられる。

あまりの緊張感に口が乾いて仕方が無い、武者震いと冷や汗を誤魔化そうとしても生理現象は止められないので、大袈裟にフカフカの横幅が広い座席に座り直す。

 

その様子を見て黒服が運転席からラムネを盛り合わせた器を取り出した、「こんな状況で食べろと?」と、視線を黒服に向けて、返ってくるのは軽い笑み。

睡眠薬が入ってるかもしれない、毒か?自白剤か?なんなら酒でも混ざってたら酔わせられて変な契約させられんのか?

そんな一抹の不安を抱えながら、ラムネを口にする。

 

ーー何ともない、カロッ、と子気味いい音を立てるラムネは、大人が好むような繊細なモノでは無く、あくまで駄菓子の様な雑多な甘味。

 

 

「随分とサービス旺盛な所悪いが」

 

「ーー俺、お前の事嫌いだし、一生許す気も無い」

 

「それで構いませんよ、これはあくまで私の要求に従ってくれた誠実さに、私もそれ相応の対応をしているまでです」

 

「警戒せずともカイザー兵は連れてきていません、この場で貴方に危害を加える事は無い、と誓いましょう」

 

「じゃあ何の用だ……ーーつっても、俺がツラ見せろって言ったからか?」

 

「ククッ…クックック、ええ、そうですね、お会いになるなら早めの方が宜しいかと思いまして、宜しければ雑談でもと」

 

 

不思議な男だ、大人の風格、大人の余裕。大人らしいものを持ち合わせていて、それでいて『敵』と押し退けるには誠実が過ぎる。

ホシノを騙そうとしといて、誘拐していて今更何を、と思うかもしれないが、スバルはまだ黒服に対して嫌悪感を抱くまでに至っていなかった。

 

 

「……2人は、無事なのか」

 

「奥空アヤネと黒見セリカの事でしょうか」

 

「お前が攫ったんだからそうだろ」

 

「ーーククッ、何か語弊があるようですね、私はその様な手段は使っていません」

 

「…あ?」

 

「寧ろ助けた、と言った方が正しいかと、砂漠で衰弱していたお2人を発見したのはカイザーであり、保護したのは私です」

 

「ーー2人が砂漠で衰弱してたのはお前のせいじゃない、そう言いきれるか?」

 

「抜け目がありませんね、ーーええ、私ではありません」

 

 

子供と大人の話し合い。本来ならば交渉や話し合いを出来るモノでは無い、この場は黒服が譲歩し続けているからこそ成り立っている問答に、少しづつ苛立ちが積み重なる。

 

 

「お前は大人で、俺は子供なんだからさ、俺はどうやってお前の言葉を信じればいい?」

 

「ふむ…()()()()()、それだけは真実だと、言っておきましょう」

 

「……」

 

「やっぱ、俺お前のこと嫌いだわ」

 

「クククッ、嫌われてしまいましたね」

 

「ーー契約だ、黒服」

 

 

ホシノは言った、黒服は大人として、その責任を『契約』という面では守る存在であると。言葉巧みに子供を騙すが、それでも契約に嘘はつかない、契約を通して結果的に騙されるだけで、そこは勝負出来る

ならば、まだスバルにも抗いようがあった。

 

 

「俺はカイザーとの勝負に勝つ、お前が把握してるかは分かんねぇがネフティスからノノミも取り戻す、お前らがずっとアビドスを苦しめてきた分、お前らから全部返してもらう、カイザーはぜってぇ俺が潰すからーー」

 

「その上で、アヤネとセリカを返せ」

 

「……ふむ、ククッ、…貴方という存在と敵対しておきながら、優位性も手放せと?」

 

「ああ」

 

「契約ではありませんね、それでは我々にメリットが無い、到底受け入れる事は出来ません」

 

「分かってるよ、幾ら俺が子供だからってそんな我儘押し通すつもりはねぇ」

 

「なら、何を」

 

 

黒服の表情、読み取れる少しの機微から察するに、とても強い関心がスバルの返答に向けられる。

怪しく揺れる顔の炎は、スバルの一声を今か今かと待ちきれないばかりに揺れを増していた。

 

ーーここに至るまで、全てアドリブでやり遂げてきたスバル。

黒服が思ったより話の通じる相手であったこと、スバルの死ぬほど我儘な提案に、断固拒否では無く提示するもの次第で受け入れようとしている姿勢。

 

その全てを受け止めながら、黒服が最も嫌がり…最も受け取って嬉しいものを今、考える。

 

 

ーー。

 

 

 

「……」

 

 

「ーー俺は、お前を敵と認めない。子供を騙して、意地汚い契約を結ばそうとさせる、頭のおかしいマッドサイエンティスト……」

 

 

「そこで、止めてやる」

 

 

「ーーー」

 

 

「悪い大人、相容れない大人、それで終わりだ」

 

 

「大人ってのは責任があるんだろ、校則とかさ、もっと上を見りゃ…規則やら平等やら常識やら、全部自由に出来る代わりに、その責任を1人で背負う…ーーそんな世界に生きてるお前を、子供の俺があーだこーだ言うつもりは無い」

 

 

「だから、黒服」

 

 

「お前は、俺の敵じゃないーー」

 

 

「…………」

 

 

カイザーとはまた違う『大人』。大人である琴線を踏み越えない目の前の男に提示するのは……。

 

ーーそんな、子供の大暴れにお前を巻き込まない。

 

という提案であった。

 

 

「……クッ…」

 

「ククッ、クククッ…ーークックック…」

 

「ナツキ・スバルさん、お聞きしたい事があります、貴方はシッテムの箱を手にした時…サンクトゥムタワーを手にしていました、それは実質的にキヴォトスを手中に収めているのと同じ」

 

「何故、制御権を手放したのですか?」

 

「……それは、急な事だったし、焦りすぎてたってのもあるかもしれねぇが……」

 

「……」

 

 

ヒナが、助けて欲しそうにしてたから。リンが、助けてほしそうにしてたから。カイザーがゲヘナを滅ぼそうとしていたから、色々理由はある。

全部が理由で、全部が根拠、それ以外でもそれ以上でも無い単純な理由ばっかだ。でも、こんな単純な理由でもーー、

 

ーー言っても分かんねぇよな、お前には。

 

何の利益も無い、何の得もない、でも、手を差し伸べたい…だなんて。

 

 

「お前が聞いても訳分かんねぇよ、きっと」

 

 

「ククッ…ではもう1つ、何故アビドスを救おうと?」

 

 

「それも理解出来ないと思うぜ、でも…言っておくとするなら」

 

 

「ーーそれが、俺の責任だ、お前らが生み出して手放してる苦しみとか悲しみを、俺は『はいそーですか』って、見てるだけの人間じゃない」

 

 

「それで手を差し伸べた、なら、最後まで『責任』を取る、大人でも当たり前の事だろ」

 

 

「ククッ、クククッ…なるほど、確かに理解出来ません、ですがーー興味深い」

 

 

仕切り直すように黒服がスバルに問いを与える。

 

 

「契約の事ですが、やはりそれでは足りません、貴方が私の『敵では無い』というメリットが、どれ程大きなものか……私には分かりかねます」

 

「その価値を、示して頂きたい」

 

 

ーーその言葉を待っていた。

 

スバルには、まだ切れる切り札がある。最強にして未知、最悪にして…あのホシノすら飛び退かせ、死をイメージさせた切り札(ジョーカー)

 

 

 

「いいぜ、黒服、良く聞けよ」

 

 

 

それは、スバルが行える最大級の賭け。

 

 

 

「実はな、俺は」

 

 

 

それは、スバルにとっての絶望。

 

 

 

「ーーーー…」

 

 

 

ーーナツキ・スバルの、『死に戻り宣言』が行われる。

 

ビビるのは今さらやめられない。小心小人はわかり切った話だ。ビビって芋引いていようが、実行に移して効果があるのなら文句は無いだろうが。

 

弱いのか強いのかわからない叱咤を己に打ち、スバルはそれを口にした。

スバルが正しければ、『ソレ』はやってくるはずだ。

 

『死に戻っている』他者への伝聞を許さない呪い、スバルを絶望の檻に閉じ込める悪夢の呪い。

 

告げることを禁じられたそれを告げようと、禁忌を破ろうとスバルは振舞う。スバルがなにを口にしようとしているのか、興味深そうにしていた黒服の表情を捉えられる炎が凍る。

 

否――時間が制止したのだ。

 

世界が色を失い、音が消滅し、時間の概念が根こそぎ吹っ飛ぶ。

そして、その全てに等しく停滞が科せられる世界で、唯一無二、その制約を逃れる存在がスバルの眼前に突如として出現した。

 

「ーー昨日ぶり」

 

呟きは実際には音になっていない。

だが、目前のそれに届けと願いとあらん限りの皮肉は込めてやった。少しはこの毒の様な気持ちが通じてくれれば、溜飲が下がって非常によろしい。

 

ーー時間が静止した世界で、ただひとつその影響を受けない影。

 

どこからともなく現れたそれは、虚勢を張るスバルの前で腕の輪郭を作り始める。手指が生まれ、手首が生じ、肘が生えて二の腕が派生、肩までに達したそれはさらなる変化を続け、以前と同じ様に人型を模す。

 

顔のようなものはあっても、顔であるのかは分からず、表情や動きの機微は見て取れない。

だが伸ばされた腕から指は躊躇いなく滑り込む。胸の薄い肉を越え、肋骨を撫でて、その胸骨の内側に守られる心の臓へとまっしぐらだ。

 

くるとわかっていても、痛みというものはある領域を越えれば耐えられるものではない。ましてや前回の様な内臓シャッフルなんてものは耐え難き苦しみだった。しかし今回はそうでは無いみたいで、

 

ーー心臓を直接鷲掴みにされる。結局それも、絶叫と狂ったようにのた打ち回ることをなくして語ることなどできない領域にあるもの。

 

長く苦しい、堪え難い苦痛の時間が続く。

心臓のリズムは死を目の前にして踊り狂い、血流が無茶苦茶に流れ、身体を蹂躙され尽くす。

痛みに血涙が噴き出し、噛みしめた口の中で舌を切ってしまいたかった。それで少しは痛みの気がそれるかもしれないから。

 

そうなってしまってもおかしくは無い痛みを味わい、無様な姿を、黒服を前にして容赦なくさらけ出す様な痛みを抵抗無く受け続ける。

 

やがて苦痛の時間は遠くなり、視界が真っ白に染まり――、

 

 

「……」

 

 

「クッ…クククッッッーー!!」

 

 

「ククッ……クックック…………ーー分かりました、契約を結びましょう、明日には貴方の元へ彼女らをお送り致します、状態は保証しかねますが」

 

 

「はッ、頼んだぜ、黒服」

 

 

「そして、忠言を…ーーそれはお使いにならないで下さい、貴方の人生は貴方のものです、それは万人が変わらない事実、それを無下になさらないで下さい」

 

 

「ーーもう一度。ナツキ・スバル、貴方の人生は貴方のものです、それをお忘れなきよう」

 

 

 

黒服が、スバルから何を感じ取ったのかは分からないが。

 

ーースバルの1人の戦いは、静かに『スバルの勝利』という結果をもって、終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそして。

 

 

 

「やっぱり」

 

 

 

ーー共に。

 

 

 

「最後の、最後まで…信じきる前に」

 

 

「踏みとどまれて、良かった」

 

 

 

ーー星空が砕け落ちる音を残して。

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