Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『砂を踏み越える為に、砂に埋もれる』

 

──それはそれとして、だ。

 

 

「……約束、守らなきゃな」

 

 

二人が準備の為、教室を離れスバル一人になった部屋でボヤく。

 

『次』

 

スバルに死に戻りがある限り、スバルには次が、未来が、明日がある。

 

 

 

──スバルは己の無力に常日頃打ちのめされる。

無力で無知で馬鹿だから、スバルが握れなかった手のなんと多い事。

 

運動会のリレーで体力が持たずにバトンを渡しそびれるだとか、水泳500メートルを泳ぎ切る直前で最後のタッチが1歩届かなかっただとか。

そう、スバルにはいつも足りないものが多い。常日頃、足りなかった事を悔やみ、無力に打ちひしがれる。

 

──そして、今日という日は、そんな『あと少し足りない』訳では無い。

 

 

 

「ホシノを暴走させないこと、カイザーに殺されないこと、黒服から二人を取り戻すこと、未解決のノノミの問題をどうにかすること」

 

 

それらが、死に戻り抜きでスバルに達成できるか否か。

 

答えは否。分かりきった答えだ。

 

 

「…『次』」

 

 

次は、守る?

守れやしないだろう、『最終的に』そう見えても、どれだけ積み重ね続けるのか。

 

上手くいってるように『見えるだけ』。所詮ミスディレクション、スバルだけにしか見えない手品のタネ。

 

 

「まずは、一日の一歩目からか…」

 

 

許してくれとは言わない。許されるとも思ってない、定型文を述べてスバルにしか出来ない方法だから、仕方がないと。

──誰も死なずに幸せになる道を探すために、全員死んで不幸になる道を見なければならない矛盾した能力に、反吐が出る。

 

 

「出来ることは、出来る限り」

 

 

「──スバル様」

 

 

「ごめんな、アロナ」

 

 

「…………」

 

 

「なるべく、頑張るから」

 

 

「俺を見ててくれ、神がかった勝利、見せてやるぜ」

 

 

 

ステージ2『アビドス高校』三日目、177度目、攻略法未定の挑戦が始まり、

 

 

──そして、何度目か分からない地獄に足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「──それで、おじさんにどんな酷い事したいのかなぁ~」

 

 

『騙される所だったよ、先に、気づけて良かった』

 

『──死んで、ナツキ・スバル』

 

 

スバルは、将棋の駒を1歩進める為に、将棋のルールブックのページを捲らなければいけない。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「……これはこれは」

 

 

神秘の坩堝、学園都市キヴォトス。

 

学園都市というテクスチャ、彼女らが身に秘める神秘を、神性を人の形に収めるサンクトゥムという楔。

その制御権を握れるのは、

音にならない聖なる十の言葉(デカグラマトン)を優に超える遺物、『シッテムの箱』のみ。

 

 

「有難いお誘いが来ましたね」

 

 

──小鳥遊ホシノは、ホルスの神性をその身に宿すキヴォトス最大の神秘だった。

彼女に求めるのは神秘の反転現象。

名も無き神の信奉者(無名の司祭)が神々を実際に目にしていた時代に、確かに顕現を果たしていた神性の数々は、その姿を虚数へと堕とし、実在と虚像へと分かたれてしまう。

 

不可解で不証明で不実在であり、理解出来ない事象そのものであった『名も無き神々』。

それを覆うように、それは実在するもの、証明出来るもの、理解出来るものとして神秘が彼ら彼女らを虚像へと押し込めた。

 

 

「ナツキ・スバル」

 

 

──この世界において、ただ一人シッテムの箱を操作できる存在。

 

そして、この世で最も存在が不確定である(名も無き神々に近い)人間。

 

 

「クックック……──」

 

 

『二人を返してもらう為に、話し合いをしよう、暁のホルスが世界を滅ぼすことについてもだ、出来るなら話し合う前に二人を返せ、後理事にこのラブレターを宜しく』

 

 

「…さて、どのようにして、その事実を知っているのか」

 

「──理解しかねます、ならば、この対談にどれ程の対価を私は許容できるのでしょうね」

 

「ククッ…そうですね、丁度この話を理事に持ち込む事辺りでしょうか」

 

「是非、有益な対話に致しましょう、ナツキ・スバル」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「──それで、おじさんにどんな酷い事したいのかなぁ~」

 

 

『奥空アヤネと黒見セリカ?ええ、勿論連れてきていますよ、ですが……──彼女らを救えるかどうかは、貴方にかかっています』

 

 

スバルは、歩くことすら出来ないのに、歩くより先に走る事を覚えなければならない。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「ホシノ!シロコ!話がある!」

 

 

現在進行形で時間が無いスバルは、シロコとホシノの居る対策委員会の教室へと押し入った。

先程別れたばかり、何の用があるのかとスバルの額に光る汗を見て、その早急さを受け取り話を聞く体勢をとる。

 

 

「どうしたの?」

 

「…俺らってさ、やっぱり思ったよりも詰んでる状況じゃん?」

 

「ん、今更」

 

「まぁそれで、黒服から二人を取り戻すついでに、一発逆転オールインの作戦思いついたんだけど…──俺にフルベットする気はあるか?」

 

「──私は元からそのつもりだよ」

 

「シロコは結構、アロナと同じ最高の相棒だって分かってるからその返事は予測済み、…ホシノは、どう?」

 

「えー?まずは内容を聞かせてくれないと、おじさんうんともすんとも言えないなぁ」

 

「いいぜ、聞いて驚くなよ…このクルミよりも小さい頭から捻り出した策を…!」

 

 

いつもより自信のある顔で、いつもよりは自負を持ってスバルが人差し指をピンと立てた。

自信満々に実力不足を語るスバルに、僅かながらイラつきを眉にだしたホシノへ理解を示しながら、

 

 

「校舎、ぶっ壊れるかもしんねぇが」

 

 

「ちょっとばかし、戦争起こしてみない?」

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「──それで、おじさんにどんな酷い事したいのかなぁ~」

 

 

『この程度の男だったか、警戒していた時間を返してもらいたい』

 

『終わりだ、ナツキ・スバル』

 

 

スバルは、飛ぶ為に自らの貧相な羽を毟り、蝋では無く鉄の羽を作らなければいけない。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「俺の相棒の分析によると、予測はこんな感じ」

 

スバルが対策委員会のホワイトボードに、アロナの指示に従って真っ白な板を黒に染めていく。

何を書こうとしているのか、自由に動き回る子猫を見ているような気持ちで見ていると、それが過ちであったと気づき顔を強ばめた。

 

 

「…これ、本当に全部『予測』なの?仮定じゃなくて」

 

 

スバルがホワイトボードに書いているはモノ、それは彼の提案したカイザーとの戦闘における、敵兵の配置と人数。そして包囲網。

大隊規模によるアビドス侵攻予想図には、どれ程の人数が何処にどれだけ分配され、陸から空まで、航空機の数すら簡易な〇を複数書き「航空機:2」と、それぞれの箇所に記載されていく。

 

元々、スバルが提示した戦争は、シャーレ部長に就任したスバルの立場を使ってキヴォトス自体を巻き込む生贄作戦。

奇しくもホシノがスバルを利用しようとしていたように、スバルもスバル自身を利用した作戦を考えていた。

 

問題は、三人で500名以上のカイザー兵を相手にすること、援軍が来るかどうかは分からないこと。流石のホシノでもその人数を相手にスバルを守り切れるとは思っていなかったが……。

 

 

「──シッテムの箱、これが、君の相棒か」

 

 

「スゲェだろ」

 

 

「……うん、流石にこれは、驚いたね」

 

 

スバルが書き切った攻略図には、ホシノが必要としていた情報が全て載せられていた。

余りの詳細さに、ホシノの懐疑心の食指が動きかけたが、逆に裏切り者だとしても有り得ない情報群にその気が失せる。

 

 

「今から俺はハッキングして黒服にメールを送る、それで俺の身柄と交換で二人をアビドスに戻す」

 

 

「……スバル、それは──!」

 

 

「捕まりに行く訳じゃねぇぜ、黒服とちょい井戸端会議してくるだけだ」

 

 

「…でもそれって、スバルが私とホシノ先輩で守れる場所から居なくなるって事だよ、危険なんて話じゃない」

 

 

「──死にに行くつもり?」

 

 

シロコから強い感情の籠ったお叱りが飛んでくる、ご尤もとしか言えない、でもスバルはまるで当たり前だと言わんばかりにシロコへ顔を向けた。

 

 

「俺を、信じてくれ」

 

「…………」

 

「──頼む、シロコ」

 

「…………」

 

 

狡い男だ、卑怯、卑劣。

──否定しても、シロコが首を縦に振るまで諦めないだろうに。

 

 

あの約束(自己犠牲)は?」

 

「……あー、それは…」

 

「──守れないの?」

 

 

両手を胸の前に挙げるスバルに、シロコが猛追する。

スバルの決意の後ろ足を引っ張り、そんなことは許さないと、スバルを見つめ続け、スバルの脇に手を差し込んで持ち上げた。

 

 

「ちょちょちょい!?ぉわわわわわ!?」

 

 

「スバルは弱い、こうされたら逃げられない」

 

 

「私でもスバルを捕まえるのなんて、簡単に出来るよ」

 

 

「わ、分かってるって」

 

 

「ん、分かってない、この有様で一人で行って『信じて』って?」

 

 

「もう一度聞くよスバル、──死にに行くつもり?」

 

 

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「──それで、おじさんにどんな酷い事したいのかなぁ~」

 

『スバル!次はどうしたらいい!?』

 

『二人に爆弾が──』

 

『スバル!』

 

スバルは、石橋を叩いて壊し、作り直してから叩いて渡らなければならない。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「……シロコ…」

 

 

 

どうやって、壮言大語な夢を語るのか。

どうやって、夢を現実にするのか。

 

賽の河原で小石を積む、3歩進んで2.9歩下がり、百死一生にして七転び丁度七起きな男、ナツキ・スバル。

 

 

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「──それで、おじさんにどんな酷い事したいのかなぁ~」

 

『お前なんか、信じなければ良かった』

 

『お前なんて、信じてなくて良かった』

 

スバルは、薄氷の上を踊るように歩き、割る為ではなく溶かす為に踊り明かさなければならない。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……」

 

 

分かっている、スバルはこの作戦が成功する事が分かっていた。

()()()()()()()()、この場面でどれだけ命を粗末に扱おうと、スバルの手にかかれば無駄にすること無く完璧に使える。

スバルが命を懸けているように見えて、完璧な出来レースを突っ走っている事を知っているのは、アロナとスバルだけ。

 

──幾度も見たその瞳に込められた想いを、覚えている。

 

スバルの虚勢を剥がすのはいつだってその目だ、でも、スバルが身に纏う嘘を作り上げたのも、その目。

 

 

「──心配すんなって!俺が無策で無謀に死ぬやつか?違ぇだろ?」

 

 

「…」

 

 

「ホシノを相手にとった俺の実力まだ疑ってんのかよ」

 

 

「疑ってない」

 

 

「……そ、そんなに断言してくれるのね」

 

 

「だからって、命を『使う』のは嫌」

 

 

「───」

 

 

ほら、今すぐにでもスバルの嘘の鎧は砕けてしまいそうだ。

常日頃、この世界に来ても止めなかった自己分析と自己暗示の積み重ね。ナツキ・スバルがナツキ・スバルである為の鎧が、簡単に壊れそうになってしまう。

 

いつからこんな愚かな男に、見栄と意地と嘘を纏う男になったのか。

──それはきっとこの世界に来てからのこと。

誰かに負い目を感じて欲しくなくて、誰よりも己の痛みに鈍感になるなんて、まるで自分らしくない。

 

 

「無理し過ぎだよ、スバルの体の怪我、何一つ治ってない」

 

 

「傷跡は残る、体だけじゃなくて心にも、傷だらけになったからって新しい傷を感じない訳無い、いつか何処かが動かなくなる」

 

 

「──動けなくなってから、初めて『痛かった』だなんて、言わないで」

 

 

「……」

 

 

「『手を取ったから叶えたいんじゃなくて、叶えたかったから手を取った』……シロコの夢にはさ、俺は入って無いなんて、寂しい事は言わないよな」

 

 

「ん…──スバルって、心も読めるんだ」

 

 

「読めない読めない、ただなんとなく、そう思っただけ」

 

 

「まぁ、だからさ、シロコ」

 

 

「お前が俺を夢に加えてくれてる間は、俺も夢には残ってやれるから」

 

 

耳障りのいい言葉を吐くのに慣れたのは、何度目だっただろう。

スバルはずっと、彼女の髪を優しく撫で続けていた。

右手でしっかりと、シロコの手を握り続けられたまま。

 

いつまでも優しく、優しく、撫で続けていた。

 

 

「……………………」

 

 

「ん」

 

 

そうして首を縦に振ってくれた彼女に、■が壊れるまで締め付けられる。

 

それでもと、彼女と結んだ約束を薪として焚べて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方のアビドス高校。

夕日にビーナスベルトが重なる刻限、アビドス高校の屋上にて、三名は黒服の到来を待ち望んでいた。

対談者は一名。それは勿論ナツキ・スバルであり、スバルの詐欺まがいなふっかけの要求に、黒服が応じるとするのなら話し合いより前に二人は帰ってくる。

 

シロコとホシノは二人の回収と治療、まだかまだかと待ち侘びながら、対談の時間は決めている筈なのに皆そわそわとしていた。

 

完全武装をしているホシノは、屋上の給水塔に登って夕焼けの街の周囲を見渡している。

シロコもスバルの予想通りに相手が動く前提で居る訳では無く、カイザー兵の奇襲に対応する為、常に身体を温めていて、二人がそうしている理由は……。

 

 

『お迎えにあがります、ですが私からは理事を説得するには至りませんでした、お二人を返却するにはやはり、契約次第です』

 

 

そんな黒服からのラブレター(挑戦状)と共に動き出した、カイザーPMCの軍隊からスバルを守る為。

 

 

「それで、結局どんな売り文句でアイツを誘ったのかは教えてくれないんだ?」

 

「俺からはぼったくるつもり満々の言葉しか送ってねぇよ、アイツ俺の事買い被りすぎ、裏をかきすぎて損してるってだけだ」

 

「へえ、アイツが損得勘定を間違えるとは…おじさん思わないんだけど」

 

 

盾の上で手を組み、唇をほころばせるホシノの問いに、スバルは首を捻りながら思案する。──確かに、黒服って今のところ俺に甘いな、と。

だがその様な何の益体も無い言葉と態度をホシノに返せば、黒服の珍しい点でも見たかとキョトン顔をするか、ビンタのどっちか。

 

 

「ホシノだって俺の事見誤ってただろ?」

 

「…それもそっか、君は本当に口が上手いね」

 

「それほどでも」

 

 

──黒服。

アレは、未知に対価を支払うタイプだ。理解出来ない事、知らない事を知れるのならばチップを弾んでくれる。

外面だけを見ればミステリアス系男子もビックリポンなスバル、買った福袋がどれだけしょうもない中身だったとしても、結局開けるまではその価値を判断できないのと同じ。

 

だが、それでも買う前に、ある程度の値踏みはできる。その方法は様々あるが……──最も手軽なのは、保証をすることだ。

福袋ならば、入ってる品物の値段合計の最低額が保証として表記されている様に、スバルは黒服に提示した条件を飲ませる、『契約をしても良い』と言う保証を彼に与えなければならない。

 

すなわち、この程度の障害位乗り越えて会いに行けるという実力の提示。

 

 

「必要なのはいつもちょっとばかしの勇気と、ひと握りの木造チップか……そろそろ稀代の詐欺師呼ばわりされそう」

 

「ん、スバルって悪巧みは上手い」

 

「いざとなったらテーブルひっくり返すからな俺」

 

「…腹黒さは足りてないよね〜」

 

 

夕焼けをバックに、女子高生と駄べる、なんて。

失われた青春が戻ってきたかのように感じる、まぁ失うもなにも元々無かったものだけど。

 

 

「──来たよ」

 

 

ホシノが盾を背負う、一足先に目視できたカイザー軍隊の壁。それがアビドス高校の周りを取り囲み、押し潰すように迫っているのを見て、屋上から飛び降りる。

 

 

「当たり前の様に飛び降りるよな…怖ぇーよ」

 

 

「ん、アレが出来るのはホシノ先輩だけだから気にしないで」

 

 

「……この前もっとやべぇ事してる奴見たばっかだから、そこまで驚いて無いけど」

 

 

「誰それ」

 

 

「空崎ヒナ」

 

 

「──納得」

 

 

それには誰も異論も反論も無いと言わんばかりに、シロコも校舎の壁を伝って下へ下へと降りていった。

その前に、スバルに一言。

 

 

「行ってらっしゃい、戻ってきてね、スバル」

 

 

「行ってきます、戻ってくるさ、ここに全員でな」

 

 

それだけ受け取って、シロコはスバルの目の前から姿を消した。

 

 

「……全員で、か」

 

 

一人になった彼の手は、握りしめる相手が居ない。だから強く自分の手を握り込む事しか出来ないのは当たり前で、

 

だからこそ、スバルは己の無力に常日頃打ちのめされる。

三人?置いていったのはそれどころの人数じゃない、無力で無知で馬鹿だから、スバルが握れなかった手のなんと多い事。

 

──将棋の駒を1歩進める為に、将棋のルールブックのページを捲らなければいけない男が、

 

──歩くより先に走る事を覚えようとしている男が、

 

──飛ぶ為に自らの貧相な羽を毟り、鉄の羽を作っている男が、

 

──石橋を叩いて壊し、作り直してから叩いて渡る男が、

 

──薄氷の上を踊るように歩き、溶けるまで道化になる男が、

 

 

 

「……詐欺師、だわな、そりゃ」

 

 

どうして、壮言大語な夢を語れるのか。

そんなトリックのタネは、常に手の平の中に。

 

 

「アロナ」

 

 

淡く電光が浮かぶ。

それを見てスバルは、まるで子どものように、悪い夢でも見て怯えて、すぐさま約束を思い出す。

 

自分一人の死が、自分一人だけであるのならば、どれ程美しく残酷で、楽な事であっただろう。

同じ轍は二度踏まない、だが、同じでは無い轍が多すぎるのも、困ってしまって、

 

 

「■■■」

 

 

数字が良く見えない。

 

約束をした時から、電光の数字が黒く塗りつぶされたように、スバルには見えなくなってしまった。

これは呪いか、それとも祝福か。

 

 

──振り返るなと背中を押されているのか、哀れだと背中を刺されているのか。

 

 

アロナに異常は無い、異常だとするのならスバルの方で、アロナがスバルに掛ける言葉を失っているのも、仕方がない。

 

 

「……──スバル様」

 

 

「ん?どうしたのアロナちゅわん」

 

 

「私は、貴方がこの世界に来て下さって良かったと、私は思っています」

 

 

「───」

 

 

「累積された情報から、それだけはお伝えしておこうかと」

 

 

「急にどうしちゃったのよ」

 

 

「連邦生徒会長がこの場に居らっしゃれば、愛の言葉や、この場に適した言葉でスバル様の背中を押せました、私では、それは出来ない」

 

 

「──ですが、今貴方の傍に居るのは、私です」

 

 

「ですからA.R.O.N.Aは、今の言葉を伝えるべきだったかと」

 

 

──返したい言葉が、スバルの喉から出ることは無く。

 

片目を瞑って、暗闇に映り込む全ての過去を思い返し、小さく嘲るように笑おうとして…──泣けもしないのに、瞼が熱くなった。

 

 

「アロナが居てくれて良かったよ。ありがとう」

 

 

感謝の言葉を述べる事しか、出来なかった自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー……─配置はどうなってる」

 

 

「歩兵一個中隊はアビドス高校周囲を面を張りながら進軍中です、包囲網には述べ127名、対小鳥遊ホシノの為にも残員はアビドス高校に直接向かっています」

 

 

「航空一個小隊は包囲網に編制、後を考慮するとこれが動員出来る限界です」

 

 

「……」

 

 

──絶賛、カイザー元PMC理事は無い胃を痛めていた。痛むとするならば、節々を接続する。球体関節であろうが。

 

一週間を待たずしてのアビドス侵攻、テロ組織と化した時、元PMCが提示した期限には言葉以上の重みがあった。

ナツキ・スバルの登場によって唐突な分離を果たされたPMC、アビドスに時間がなかったように…彼らにとってもこの一週間とは、準備期間でもあったのだ。

 

『アビドスを狙うから、今は他の場所に手を出さない』

 

暗黙の把握として、学園の上層部はPMCに対する決断の猶予がその期間分ある。

本社の秘密裏の支援を待たずに侵攻を強行すれば、待っているのは…孤立無援の全学園からの袋叩き。

 

 

「ナツキ・スバルに……黒服めッ……──奴らさえ、奴らさえ事を起こさねば…!」

 

 

黒服から絶好のチャンスだと持ちかけられたこの舞台は、その実黒服が私腹を肥やしたいが為の一人勝ちの譜面。

ナツキ・スバルから小鳥遊ホシノを引き剥がせる確実な場面、そして対策委員会二名を人質に取りながら勝負を行える最高にして最善手とも思える状況。

 

普通にやれば、普通にすれば、普通に戦えば、幾ら小鳥遊ホシノが相手でも生身の人間であるナツキ・スバルを守り切れることは無い。

 

 

「……」

 

 

薄暗いビルの最上階、それが今の理事にとって…より薄暗く見える。

それは不安感か?性懲りもなく勝負を挑みに来る者たちの執念への呆れか?

窮鼠猫を噛むという言葉があるように、弱者の最後の足掻き、その損失への懸念か?

 

 

──いや、違う。

 

 

それは勝者が、強者が持っている余裕だ。だから私にはそれらを抱く余裕があるというのに。

──私が今抱いているのは、畏れだ。

 

恐怖、怖い、恐ろしく、畏ろしい。OSを揺れ動かすのは、弱者にしか抱く事の許されない怯え。

 

 

「ナツキ・スバル」

 

 

その言葉を口にする度に、怯えがメインOSを支配する。

 

 

「このような…このような、感情──」

 

 

「──来ました、ナツキ・スバルです」

 

 

「……もうそんな時間か」

 

 

机を叩き割りかけて、慌てて怒りを抑え込む。このような幼稚な姿を見られては敵わない。

ドローンを介し、ナツキ・スバルとは直接会わずに話し合いをする形式にしたのは、リスクを取らない為だったが……今思えば、あの判断にどれだけの怯えが含まれていたかは分からずじまい。

 

それも、ここで終わる。終わらせなければならない。

 

 

「…………」

 

 

夕日を背に、ジャージ姿の頼りなさそうな雰囲気を纏う男が、砂を踏み越えてこちらに迫ってくる。

 

黒服からは、PMCがこれからゲマトリアの支援を受けること、ナツキ・スバルを小鳥遊ホシノから引き剥がす事を条件に、共同で監禁していた二人を解放するというのが契約の一環であった。

解放すると言っても、素直に渡すつもりは無い。奥空アヤネと黒見セリカをナツキ・スバルに引き渡す時に、C4爆弾でも括り付けて人間爆弾にでもしてしまえばいい。

 

どっちにしろ、『対談中は互いに不干渉』という条文が終わればナツキ・スバルを取り囲んで射殺する。

 

元はと言えば黒服から渡された、ナツキ・スバルからの手紙、宣戦布告が述べられた舐め腐ったメールが無ければ事を起こす気は無かったものの、戦力も整わぬ一人間が出来ることなどたかが知れているのだ。

 

向こうから隙を晒して死ににくるならば、受け入れない選択肢は無かった。黒服と何を話し合って、黒服がどう動くかなど些細な事、寧ろナツキ・スバルの味方をするというのなら共に排除出来る絶好の機会。

 

 

──これが最善だ、これが最適解だ、これが『正解』の筈だ。

 

 

 

《貴様が、ナツキ・スバルか》

 

 

「おうよ」

 

 

アビドス砂漠の中心にて、男二人とドローン一機が対面する。

 

 

《何ともまぁ、映えない男だ》

 

 

「よく言われるけどさ、お前そんな事気にしてる暇あんのか?」

 

 

《何だと?》

 

 

「無様に尻捲って、泣いて帰る準備しなきゃだろ」

 

 

《貴様──》

 

 

「おいおい、子供の戯言に大人が耳貸すなって、映像越しでも顔真っ赤なの丸わかりだぜ?」

 

 

《──!!》

 

 

「ナツキ・スバル、お戯れはそれまでに、お二人の身柄にも関わっていることですので」

 

 

「はいはい、お前もお前で俺に甘いよな、ほんっっと、嫌気がさす位に」

 

 

「そうでしょうか?今現在、貴方の要求通りには果たせず、アビドスのお二人を契約以前に返却する事を叶えられていません、私としても申し訳無く思っていますが……」

 

 

「聞く耳持ってんのがおかしいんだよ、別にどんな手使えるのかは知らねぇけどさ、大人なんだから……『欲しいものが手に入るように、世界を規定する』んだろ?知ってるぜ、俺」

 

 

「──クククッ、ククッ…そうする事よりも、貴方の価値が上回っただけですよ、ナツキ・スバル」

 

 

「あっそ、それで…二人は?」

 

 

「後部座席に、引き渡すかどうかは貴方との契約次第です」

 

 

「──契約ね……言っとくが、黒服、俺はお前に『要求』する、契約未満のアホらしいって跳ね除けるような奴を」

 

 

「それをお前は飲まざるを得ないし、断りも出来ない!この先一生、俺が勝ち続けてお前は大損!ドゥーユーアンダースタンド?」

 

 

「クックック、クックックック……では、より良い『話し合い』を期待させて頂きましょう、ナツキ・スバル」

 

 

──砂が吹き荒れ、モノが、人が、時間が風化していく砂漠の上で。

 

決して相容れない者同士による、一世一代の勝負が始まる。

 

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