「…これが」
「ゲヘナ、学園」
道中は省略だ、ナツキ・スバルに車内の麗しき女性と長く会話を続けるスキルは無い、そんな所を見せてしまえば、このギャルゲサイバーパンク染みた世界の適性が無いのだと見せつけてしまう。
チート能力が無いのなら、少しは苦労しなきゃなんねぇとは思う。苦労は買ってでもしろっていうし。
「バカでけぇ!!」
「自治区の一部にも満ちませんが、そもそもゲヘナ学園の自治区の規模は三大学園でもトップ、小規模な学園の自治区程はあります」
「向かい側の建物が風紀委員会の本部です、本当は貴方を病室に連れ込みたいところですが…」
ヒナからは身柄含めた話し合いを風紀委員の本部ですると言われている、俺が思うよりも外の人間の立ち位置は複雑らしい。
街とも思える中央広場の噴水に腰掛け、包帯を撫でる。
ここでもスバルを覗き込む視線は変わらず、だが、より好奇の目線が増えたのを肌で感じ取れた。
一躍有名人と鼻を高くして自慢するにも、自分の立場が客人である以上悪目立ちはしたくない………ない、と言えば嘘になるが、しない。
セナも隣に座り、会話を交わす。和気あいあいとはいかずとも同学年同世代、規模は違えど同じ学生。
ならば小学校中学校の悪夢を乗り越えたスバルにとって、学生である共通点さえあれば何とか話すことは出来るのだ。
聞いてみれば多忙も多忙、本人からその気配は感じ取れないが、救急医学部の仕事量は殆ど街の病院と変わらない。
バイトもした事ない男が、『大変ですね〜』等と宣うのは笑止千万、比較にすらならない『大人』として歩んでいる同年代に度肝を抜かれるばかり。
「……ヒナの話を聞いた時から思ってたんだが、大人は居ないって事だよな」
「生徒は卒業すればキヴォトスの外へ、『大人』は学園の自治区活動に手を出すことも無いですよ」
「なんかキッズシティのデカイバージョンみたい」
言ってしまってから、ハッ、と気がつく。失言だと。
日本の学生の生徒会すら遠目に見て忙しそうにしているのに、大人と遜色ない仕事をしている人間にそんなセリフを吐いていい訳が無い。
出てしまったものは戻らないので、目を逸らすしかないのだが……。
「キッズシティ……ーー」
「ーーセナさん」
「おや」
彼女が何かを言う前に、噴水前の二人に話しかけてくる者がいた。
スバルが声に反応して目を向けてみると、衝撃の光景が広がっていた。
悪趣味な手枷、謎のカウベル、魅惑的と言えば魅惑的な服装……そして、何より。
「ち…ち、ちち…」
「ち?…貴方ですよね、ヒナ委員長の仰ってた…ーー」
「痴女…?」
「…ーー誰が痴女ですかァッ!!!」
まろびでた横乳。
ナツキ・スバルといえど男子である、性欲は勿論あるがそれとこれとは別、バカが考えた、バカしか着ない服を着てしまっていたらそれはエロでは無くギャグになってしまうのだ。
あの体躯のヒナにさえ感じていた魅惑さが目の前のコイツからは全く感じ取れない、知性が欠落しているとしか思えない。
エロさの権化たる手枷やコスプレ染みたカウベルも、今では本人の変態的趣味としか捉えられず、この格好をした奴がもしかしなくても風紀委員だったりするなんて…ーー有り得ない妄想だ。
「この私の何処が痴女だと!?」
「いや、でもそれは……ん…痴女でしかないよな」
「ぶっ飛ばしますよッ!!!?」
「落ち着いて下さいアコ行政官、そしてスバルもそれ以上は言わない事です」
「わ、分かった」
初登場の風靡さは何処へやら、狂犬が牙を剥き出しにスバルの命を狙っているかの様。
ただ……どうしてもギャグにしか見えないはみ出た横乳を見ていると笑いかけてしまうので、ギャグ要素の少ない顔を見つめながら話す。(至難の業)
「ハァッ、ハァッ…貴方がヒナ委員長の客人で無ければ撃っていた所でした…それで、はぁ、貴方がナツキ・スバルで違いありませんよね?」
「あぁ、天衣無縫の無一文、ナツキ・スバル様とは俺の事〜…ってのは二回目だから止めとく、アンタは?」
「…天雨アコです、風紀委員でヒナ委員長のサポートをしています」
「ーー風紀委員、ね」
よりにもよってか、よりにもよってこの格好でか。
「…?何ですかその意味深な目線は」
「何でもね〜よ、それで…何の用って聞くのは野暮か?」
「そうでした、セナさん…その方はこれから風紀委員が預かります、ここまでの案内ご苦労さまでした、業務にお戻りになって構いません」
「了解です、丁度新しい死体の報告が来ていたので失礼します」
「休憩無しにもう行くのな…今日は助かったぜ、セナ!」
「また負傷した時は是非救急医学部へ、治しがいのある方でした」
スタスタと去っていくセナに頭を下げながら、服装を視界に映さないようにアコと顔を合わせる。
ーーやはりただの美少女、顔だけを見ればだが。
「それでは行きますよ、ナツキ・スバル」
「ヒナ委員長の評判を落とさない為にも、貴方にはここで品行方正に振舞って貰わなければなりません、貴方が思っているよりもヒナ委員長は多忙なんです、これ以上お手を煩わせないように」
「へいへい分かってますってば、ウルトラキューティーでミラクルビューティフルな美少女の目の下の隈が俺のせいで増えるなんて、もし俺が分身出来たなら自分で自分を殴り飛ばしてるよ」
「……分かっているのなら良いんです、それとヒナ委員長は『超』ウルトラミラクルハイパーキュートでビューティフル、なのでお間違いの無いように」
「…………」
時に人間は、自分より様子のおかしい人間を目にすると……逆に冷静になるのだという。
■
ーー連れられた先は城かと思う程巨大で白く、西洋風の建物。
ここが風紀委員本部だと天雨アコは言う、この建物一つでタワマンが立ちそうな程手が掛かっていて、学園と呼ぶには仰々しい。
彼女曰くゲヘナにおける風紀委員は実質的な自治区の統制、管轄を行っていたり、生徒会からの行政に対する無茶苦茶な内容にも対応しなくてはならないオールマイティとも言える委員会らしい。
「そのトップがヒナって訳か……俺、スゲェ人に助けられたんだな」
「ヒ・ナ・委員長、です、ヒナ呼び等失礼な呼び方で呼ばないで下さい」
「…熱烈なシンパ過ぎんだろ、鉄分足りてなくないウォウウォ?」
「貴方その態度でヒナ委員長にも触れていたら殺しますよ」
「ひぇっ」
建物内を歩き回りながら、そこら辺を歩いている同じ服装をした一般生徒っぽい子達が持っている資料がチラリと目に入る。
その一瞬見ただけでも難し過ぎる内容が書かれてあり、あれがこの世界の平均だとは信じたくは無い。
そうこうしていると、スバルは応接室へと通される。
応接室の上質なソファー、そして上質な机の上には大量の資料、仕事が立ち並んでいて到底客人を迎え入れる態勢では無いが…。
「申し訳無いですけど、ここでも仕事をしながら話をさせて貰いますよ、時間が足りないので」
「気にしないでくれ、って迷惑かけてる俺が言えたもんじゃないけど、気にしないでくれ」
「それでは早速…聞きたいことがあるのなら、勝手に質問して下さい」
「勝手にって…」
席に着き、無言で仕事人モードへと入るアコを見ていると、先程まで巫山戯ていた感じは姿形も無くなり、その雰囲気に若干肩の力が入る。
スバルが自覚しているかしていないか、ここまでの道のりは与えられたチャンスに報いてはいられていた。
だが自由な選択権を急に放り投げられた時に柔軟に対応出来るほど、ナツキ・スバルに頭の柔らかさは無い。
「あー……」
「えっと、その」
「……」
「「…………」」
話せ、と言われれば黙り、話すなと言われれば話す。その落差と身勝手さも含めてナツキ・スバルは『コミュ障』なのである。
ーー冷たい沈黙が場を満たす。
「……そうだ!学園っつーからには何勉強してんの?ヒナとかが先生の前で発表してる姿思い浮かべるとニヤケちまうが、そんな様子も人間も居ないし」
「ーー貴方、本当に『外』から来たんですね、そもゲヘナ学園に限らずキヴォトスに存在する学園には教師は存在しませんよ」
「マジで?じゃ、どうやって勉強してんの?」
「学習用BDを使用した映像、音声型学習です、授業はそれを受け取った後は自由で定期試験での単位修得を落とさなければ良い、基本出席も取りません」
「私やヒナ委員長は配布されている電子書籍で十分ですので、殆どの時間を風紀委員での活動に当てています」
「超エリート中の超エリートって事か…」
凄まじい話だ、大学でさえも出席を取ってくれる事である程度成績を保証してくれるというのに、完全な定期試験での単位修得なんて恐ろしいにも程がある。
サボればサボるだけ辛くなる、のレベルが段違いだ。
こんな場所で、スバルが手伝える事など有りはするのだろうか?
「弱気になんなよ俺、客人なんだからもっとどっしりと構えて…ーー」
「……」
「アコ、何か俺が手伝える事って「ありません」即答だなオイッ!!」
「当たり前じゃないですか、貴方のようなヘイローも知性も無い人間が業務に関わるだけ邪魔です、即刻客人としてでは無くここから貴方を蹴り飛ばして追い出したい位には邪魔です」
「それはそうだけどさ!?何か、こう、もっと言い方あるだろ!?てか知性の無い格好してる奴から知性が無いなんて言われたくないわ!!」
「なーにーがー!知性の無い格好ですか!?出会った時からそうですけど失礼が過ぎます!!」
「分かるだろ!誰も指摘しないのかその、その……よ、よよよ…こ…」
「はい?何の指摘です?」
「ッ〜…!自覚出来るって!自覚出来る所だろそこは!!」
「だから何処が、何がなんですかっ!あ〜!もう!相手するだけ仕事の邪魔で……ーー」
互いにワンキャンと猫犬喧嘩を繰り広げていると、応接室の扉が開け放たれる。
バンッと扉が開いたものだから、驚いて二人共の目線が入ってきた人物に吸い込まれた。
「アコ」
「騒がしい様だけれど、何かあったの」
「ヒ、ヒナ委員長…!もうお戻りになったんですか…!?」
「ええ、あの程度なら…それで、何があったの?」
「あ、えっと、その…」
「あ〜、大丈夫だよヒナ、ちょっとした痴話喧嘩、もとい友好を深める為の仲良し会話をしてただけだ」
「そう」
返事は返しつつも、天雨アコとスバルが酷い言い合いをしていたのは分かっていて、何方が原因なのかも察しがつくヒナは何も言わずにアコの隣、スバルの対面に座る。
目線と目線が合う、あれ程のスピードで走って、そして恐らく同じスピードで戻ってきたのに疲れは見えない。
「ヒナは業務の筈じゃ?もしかして俺の為に戻ってきてくれたり…ーーなんちゃって」
「貴方!そんな訳…」
「大まかに言えばそうね」
「委員長!?!?!?」
今のセリフに思わずメロつきそうになるスバル、本当にこの世界がギャルゲならヒナに熱烈アタックをぶちかましている所だろう。
……しかし今更だが疑問がスバルの頭の中に浮かんだ、幾ら自分が物珍しい存在だといえど、ヒナ程の大物が自分をここまで接待する理由等無い。
メロメロの頭を冷やし、ヒナに問い掛ける。
「何かあるんじゃないかってのは思ってたが、もしかして俺に秘めた能力があったり…」
「いえ、そういったものでは無いのだけれど」
「じゃあ、何なんだ?」
「……」
「それは…」
「『連邦生徒会長の置き手紙』に、貴方の記述があったから」
■
ーー夕方の街中を歩く二人、日が落ち始め、既に学校から帰った生徒は多く、人影も少なくなる時間帯。
ナツキ・スバルと空崎ヒナは、さも放課後デートかのように寄り添って歩いている。
そこに理由が無い訳では無い、ただ単純に……そう、足の怪我だ。車である程度送って貰ったとはいえ、学園間の移動は国と国との移動に近い、車での侵入スペースにも規則はある。
訪れたのはまた別の自治区、連邦生徒会が管理するD.U.区画。
ーー何故そんな場所に、ゲヘナから訪れているのか。
『連邦生徒会長の置き手紙…って…?』
風紀委員の応接室、スバルが発した疑問は当たり前のモノだった。
何だ?それは、と。
ーー連邦生徒会。
キヴォトスという超巨大学園都市の全行政を担い、学園都市の運営に従事する中央組織。
11の部署に分かれていて『行政委員会』と、それらを取りまとめる『統括室』とで構成されている。
……つまりは、内閣だ。殆ど日本における内閣、連邦生徒会長は総理大臣だとスバルは理解する。
唯の生徒では無く、成人にも満たぬ学生が国より大きなモノを担う、連邦生徒会長とはそういう存在だ。
『連邦生徒会長は半年前から失踪しているの』
冗談じゃなかった、日本で言えば総理大臣が辞表も出さず急に失踪する様なもの、それがこの銃による抗争と犯罪蔓延る世界で起きてしまえば……流石のナツキ・スバルでも引き起こされる惨状が目に浮かぶ。
だが、その連邦生徒会長が残した置き手紙に……。
「…やっぱり何かの間違いじゃない?俺なんか唯のニート、高校すら途中で辞めた意気地無しだぜ?自分で言ってて悲しくなるけど」
「なら『ヘイローを持たないお調子者の黒髪黒目生身の子』が貴方以外にキヴォトスに居れば解決するわね」
菜月昴の見た目に該当する文言があったというのだ。
それが空崎ヒナがスバルを客人として迎え入れた理由、連邦生徒会長が残した最後の手紙は各学園の一部しか公開されておらず黙秘が命じられていた。
「聞けば聞くほど俺だな、いや俺であって欲しくないけどさ」
「…あ、もしも違ってて、俺じゃない人間が連邦生徒会長の目的だとしてもさ、どうやって目的の人間かそうじゃないか見分けんだ、勘違いで変な役目持たされるのも勘弁だっての」
「その方法もちゃんと手紙に書いてあった」
「用意周到ですねぇ!連邦生徒会長さん!?」
「だからここに来たのだけれど、気づいてなかったの?」
共に歩いてきた先はそびえ立つ巨塔、タワマン等比にならない高層タワー、『サンクトゥムタワー』と呼ばれるモノが近くに位置し、都市の中心部とも思える場所。
「え?…そうなの!?超薄い希望的観測でヒナが急に俺へ惚れたルートかと勘違いしてた…」
「…『お調子者』、また条件に当てはまったわね」
「ありゃしまった…テヘッ〜、じゃねぇよ俺!!」
「はぁ……向かう先は連邦捜査部S.C.H.A.L.E、連邦生徒会長が設立した超特務機関の部室」
「そこに貴方が『その人』であるかどうかを判別出来るものがあるの……ーー向こうもどうやら、お出ましの様ね」
「お出ましって……ぁ?ーーヘリ?」
夕日の向こう側から、強い駆動音と共にヘリコプターが飛んでくるのが見える。
高い場所を巡回するものではなく、明らかに軌道がこちらへ向かってきていた。
ヘリから梯子が降ろされ、降りてくる人物が居る。
「お疲れ様です、空崎ヒナ」
長身黒髪、童話のエルフの様に尖った耳、蒼い目に眼鏡を掛けた清廉な女性は到底学生には見えない。
更には纏う衣装も白染めの軍服、それも司令官の様な威厳を放ち、こちらを見定める視線にも人物としての『格』を感じる。
「連邦生徒会、首席行政官の七神リンです」
「菜月昴、ここから先は貴方が『その人』であるかどうかに全て掛かっています……ので」
「宜しく、お願いいたしますね」