死に戻り。
死に戻りの利点。
スバルは死に戻りを、埒外の権能だと評し続けるには理由がある。死に戻りを使った状況を想定してみると──、
死に戻りを利用した情報戦、死に戻りを利用した戦略、死に戻りを利用した未来予測。死に戻りを利用した戦力配置、死に戻りを利用した初見殺しの回避、死に戻りを利用した状況把握。
ああ、どれも素晴らしい答えだ。スバルが採点者なら…そう、90点は付けてあげる。
死ななきゃ戻れないっていうクソみたいな条件は、今だけは減点対象に含めないでおこう、本当なら「不正解、そもそも死に戻りはするべきじゃない」という自動車免許のテストのような採点をするつもりだった。
ああ、しかしまだ90点。100点中の90点、それで満点だと思うには、早計が過ぎるのが死に戻りという力。満点を取るには…そうだな、肩もみでも一つしてくれたら、1億点くらい贈呈しよう。
『待ってくれホシノ!俺は!まだ!!』
唾棄すべき、嫌悪すべき、逃避すべき『死』を逆転の大チャンスに変える死に戻り。
何百回、何千回何億回でも言うが、決して死に戻りはスバルにとっての希望じゃない、『死』という安らぎを得る事を試しても決して逃してくれないであろう呪いであり、絡みついて離れない、絶望だ。
それが、変わることなんてない。
──その上で、死に戻りを『利用』するというのなら、スバルはその『死』を最大限に活用しなければいけない。無駄にすることは許されない。
『ハイランダー学園、監理室所属の管理監督官、朝霧スオウだ』
『梔子ユメの手帳、だったか』
『──私と戦え、小鳥遊ホシノ、お前を倒し最強となり、私の虚無は完結する』
死に戻りを繰り返して、実感した。
──死に戻りは、『死に戻れる』故に理不尽な能力だ。
死ぬってのはそんな単純じゃねぇ、死ってのは本当は何処か遠くにある、想像も出来ないもので……。
人を殺そうってしてる奴ほど、必死になってる奴はいねぇ。
殺される奴よりも、殺そうとしてる奴の方が必死にやってる。
なのに、スバルはどんな選択をして、どんな死を迎えたとしても次がある。殺されない為に対策出来る、相手は更に必死になって殺そうとする。
対策、対策の対策、対策の対策の対策、対策の対策のそのまた対策──無限ループのその先で、
相手には、ゴールが無い。
スバルが相手にとって、居なくなって貰わなければ困る存在であればある程、架空のゴールテープは離れていく。
スバルは、選択をやり直せる。次は完璧に、次は間違えず、原因を探して要因を見つけてキッカケを作り出し、最終的には勝つ為に。
死に戻りの利点、その+10点。それは、名前から連想できる、至極当たり前な、
──死ねない事。
■
「……」
頭を深く下げるスバルを、朝霧スオウが上から眺める。
この男、ナツキ・スバルの存在は……ニュースに乗ってから知って、それからは特に興味は無かった。
彼女は、本当の本当にナツキ・スバルに興味は無かった、だがそれも、彼からのメールが来るまでの話。
どうやったかは知らないが、DMを送ってきた彼は……『小鳥遊ホシノと戦いたいのなら、俺が話をつけてやる』という文言を載せて──、
「…私に、お前の様な奴と手を組めと」
「そうだ、カイザーは俺に負ける、ネフティスの問題も俺とアビドスが勝つ、『雷帝の遺産』だって破壊してやるよ」
「『しぶぉふぁんど』……あー、えっと、私募ファンドか、ソイツらもな!色々バックに居たとしてもだ、朝霧スオウ!」
「──貴様」
瞬時にスオウが向かい合うスバルの額に拳銃を突き付ける、つまらない男、だなんて評価は一蹴され、ナツキ・スバルは最優先に排除すべき敵へとのし上がった。
「アンタが潜める陣営は無くなるぜ?一生願いを叶えられずに学園に戻るか、誰も不幸にならない形で願いを叶えるか!」
「二つに一つ、俺の為にも、アンタの願いの為にも…力を貸して欲しい」
「──…」
「…指定されたこの場所は、アビドス近郊の中でも、とうの昔に放棄された廃ビルだ、誰も寄り付かずアビドス高校からも離れている、小鳥遊ホシノが来るにしても数分は掛かるぞ」
「見た所通信手段も無い貴様が、雷帝の遺産の存在を知っておきながらここに来て……殺されるとは思っていなかったのか」
「──思ってる、今も怖くて手ぇ震えてるよ」
目の前の男の手は、確かに震えている。冷や汗だろうか、額に流れる汗からも緊張は見て取れる上に、武装も拳銃一丁だ。
どんな罠がこのビルに仕掛けられていても、スオウならば無傷で脱出出来る、寧ろ生身の唯の人間であるスバルは脆すぎる上に身体能力も低いせいで、どんなことをしてもスオウを上回る事は無い。
「なら、何故」
「それでも、命を張らなきゃ救えないモンがあるってだけだ」
「そうか」
額に銃を突きつけられても尚、そう吠える男の言葉にブレは無い、若干の慣れを感じるも、それは彼がどれ程の修羅場を歩んだかを示すもの。
「…」
──朝霧スオウは、引き金を引けない。
殺人者になるのが嫌?違う、そんなもの胸に抱えた虚空に比べれば些事。
雷帝の遺産をどうやって知ったか聞き出す為に撃たないのか?それも違う、連邦生徒会長の遺産とやらがあれば、情報が何処から漏れるかなんて分からない。
──期待。
そうだ、漠然とした期待。
この謎が多い男によって、『何かが変わる』という具体性の無い、中身の無い期待。
ヒーロー映画を見て、自分達の世界にも潜んでいるかと期待する様な。
鉄道整備の作業がいつもより手早く終わって、もしかすれば今日は何でも上手くいく気になる様な。
日常の些細な幸運から、何者でもない自分が何者かになる様な。
『アビドスの恐怖と狂気を否定するために、私はここにいる』
空虚で、虚無な、意味の無い、中身の無い。
淡い期待を。
──ネフティスの学校を捨てた時と同じ、虚しい期待を。
「望みは十六夜ノノミの身柄か」
「……」
「凡そ予想は付く、今のアビドスで唯一手の届かない場所に居るのは十六夜ノノミだけだ」
「──ナツキ・スバル、貴様が手を下す前にネフティスを裏切れと?」
「へっ!今更だろ、三重スパイ」
「…本当に、何処から何処まで知っている」
「どこまでも」
短文的な返事に目が乾く。
「……」
「…………それで、見返りはなんだ…と言っても、決まっているか」
「ふむ」
自信満々にニヤつく顔には少々気を悪くしそうだが、──悪くは無い。
リターンは小鳥遊ホシノとの戦闘、リスクは身分の消失。──悪くは無い。
いつもと何ら変わりない、当たり前になった結論。
目の前の摩訶不思議な男の手を取った後、適当な場面で利用して離れよう。いつも通りの、利益だけを貪って。
「分かった、手を組もう、ナツキ・スバル」
「明日、貴様を十六夜ノノミと議会員達が集まる場に誘導してやる」
「その代わり、本気の小鳥遊ホシノと私を戦わせろ、良いな?」
「ああ、でも俺と手を組んでる間はホシノに近づかないで欲しい、色々疑われたら困るしさ」
「……まぁ、良いだろう」
秘密の会談は、それであっさりと終わり。
銃を下ろし、握手はせず互いに帰路に就く。スバルはまた汗を流しながら走って帰っていったが、スオウはゆっくりと警護を頼まれた『例の場所』へと歩みを進めて。
数十分後、踏む道に砂の感覚が混ざり、その後足が沈むのに気がついた。
いつの間にかアビドス砂漠まで、急いでいたつもりは無かったが……無意識の間に歩くスピードを上げていた。
いつの間に電車に乗って、砂漠にまで辿り着いていたのやら、思い出せない。これが浮き足立つという感覚かと、自分にも意識が散る状態がある事を思い出した。
「……」
あれで終わりで良かったのか?と思う。
あれで良かった、ナツキ・スバルの事情にこれ以上踏み込んでもリスクが増えるだけだ。
手短に、簡潔に、大それた事無く終わる事が何より求められる。
評価を見誤っていた、今の奴はやぶ蛇、下手に突いて飛び出してくるのがか弱い小動物とは限らない。
それでも、それでも今は協力して、
──貴方の虚無を終わらせる為に、利用するべきです。
「……」
そうだ、私はナツキ・スバルさえ利用してやる。
「───」
ええ、貴方はアビドスを否定しなくてはならない。
彼の者の力を借りれば、更に容易になる。だが彼の者は脅威だ、最後には貴方の手で終わらせなければなりません。
「私は」
貴方は、小鳥遊ホシノを打ち倒し、貴方を生み出したアビドスの全てを否定する。
──それで漸く、貴方は再びこの世界に生れ落ちるのです。
「この虚無に、終止符を」
■
──やる事は全部やった。
知れる事は全部知った、してはいけない事は全部やってない、声を掛けるべき相手には全員に声を掛けた。
正解すべき事に全部正解して、間違えちゃいけない事は全部避けて、スバルが把握出来る事は全部正しく行動出来た。
ランダムエンカウントエネミーこと、朝霧スオウ。彼女をホシノに会わせない為の準備も終わったんだ。
「……」
憂う事はもう無い。強いて言うなら過去の死に戻りの中で、朝霧スオウと出会うと脅威の致死率100%を誇るというだけ。
まるでクロックタワーのシザー○ン、あいや…アイツは良くボコボコにされて普通に逃げれるから違うか。
ともかくとして、スバルの『積み重ね』の効果は出ていると信じたい。
スオウとの出会いは、アロナが探知できないエリアを最初に攻略しようと踏み出した時のこと。
朝霧スオウはその場所に一人、『雷帝の遺産』というものを警護していた。
ホシノには劣るも、凄まじい戦闘能力を持つ彼女は……──『何か』に突き動かされるように復讐を求め続ける幽鬼。
ホシノを『梔子ユメの手帳』を呼び水に煽り立て、彼女とホシノが会遇してホシノが暴走しなかった時は無い。
シロコと俺だけじゃ、ホシノの苦しみを解き放ってあげられなかった。
そしてスオウは、カイザーとの戦いを始めると独りでに動き出す、誰かに導かれるように……あらゆる誘導を無視して、ホシノへと一直線に。
まさにスバルにとっての死神、出会った時点で死が確定する即死イベ。ホシノと戦う為にスオウは手段を選ばない、簡単にスバルの額に風穴が空いたりした。
「……良かった、良かったぁぁ……」
殺されなくて、良かった。
ドキドキが止まらない、いやこれは単なるランニングでの心拍上昇か、吐き気と頭痛もするし舌も乾く、ダメだこれ熱中症に脱水じゃねぇか。
「てかここ、どこだよ!!アビドス高校どっち!?!?」
「アロナ〜……アロナ様〜…!置いていったのは俺だけど、今だけ帰ってきてくれないですかね〜…」
「……」
「あーーー!もーー!!冗談じゃねぇ!!!ここまでやって!干からびて死ぬとかアホバカマヌケ晒すかってんだ!!」
はは、まったく、本当に。
「死んでたまるか──!」
苦しんで嘆いて、ボロボロに泣く暇もない。
逃げる気なんて毛頭無いけど、逃げたくなる困難がどんどん襲いかかってくる。
でも、救いの手は沢山差し伸べられてきた。
風紀委員、スバルが仕組んだ事では無い、純粋な援軍はヒナから差し向けられた救援。
未だに名前を聞けてない生徒は、モモフレンズ同好会所属で…モモフレンズが何かは知らないが、メンバーを引き連れてきてくれた。
スバルが現状を配信すれば、両方共助けに来てくれたのだ。
小さな繋がりは、何れ大きな団結になる。彼女らの救援を『初めて』見た時は、感涙を流さずにはいられなかった。
──その回数分、彼女らの命が散る様を見せられて。
雷帝の遺産を使われた。身体が一瞬の内に蒸発して、ナツキ・スバル諸共多くの命がこの世から姿を消して。
ホシノが暴走した。一度目のようにはいかず、彼女に多くの命を殺めさせてしまって。
俺だけじゃない、俺以外の命がこの世界から消えていった。
その全てを、次に繋げる為に手と足を動かし続ける。
「カンナ……に…、帰ったら、お礼言わねぇと…」
ラブレターinGPS、カンナに入れた一報は、彼女がスバルが作り上げたチャンスを見逃さないことを期待してのモノ。
きっと、変わろうとしている彼女なら……この一歩を踏み出してくれると信じてた。
「……ヒナにも…」
「……」
「明日、明日が、まだある」
──どこまで行っても、この都合の良い展開は一日で終わり。
ああ、スバルに道端で萎れる花を、興味無く通り過ぎれる感性があれば、もっともっと楽に生きれたのかも。
「初日の俺が、今の俺を見たらビックリするぜ…きっと」
銃弾が掠っただけでメソメソ痛い痛い泣いてた男が、いつの間にか全身の形を失うのが当たり前の死に方をしておいて、正常でいる。
──いや、きっと、異常なんだろう。
異常になった、なって壊れた。何処かが壊れてるのに、動きは正常。
精神が変わった、この世界に来た時とは全く別物になった。
思考回路が狂った、スバルはそんな、他人の動向を把握しながら作戦なんて立てられない。
何度も死に戻った、死に方は様々、死因第一位はホシノだったりもする。何度か絶叫して死に戻った事も記憶に新しい。
頭の中は、断末魔でいっぱい。レパートリーもそろそろ無くなってきた。
カイザーに捕まりかけて『が!ごぉ!ぅげぁッ!』それで逃げて、嬲られながら死んだり。
ホシノが暴走して『ぎ、ぃぁ゛ぁああ゛!゛』熱線に身体を半分にされたり、縛られて屋上から『ふへ』突き落とされてダイナミックな経験をしたり、スオウに人質に『──ぎっ、ぅ、あああああああああああッッッ』取られたりして、散々な扱いを受けたり『ぁ…が…』──『おぐッ…ぁ…?』──『ぅ』──『』
壮絶な灼熱が存在を塗りつぶしてきた。
頭蓋を、手足を、胴体を、内臓を、血肉を、肉体を構成する全てが血反吐に変わって。
弾け、壊れ、潰され、神経を爪弾き、魂を撃ち抜かれ、心を爆ぜさせられて。
脳を焼く痛苦が、途方もない喪失感と熱と共に訪れて。
痛み。苦しみ。記憶が人を作るというのなら、スバルは苦悩と苦痛で形作られた、価値の無いモノだ。
「明日には、全員で飯食えてっかな」
価値がない。
価値は、無かった。
ナツキ・スバルの思考に、行動に、思案に、尽力に、希望に、記憶に、等しく価値は無い。
無価値な筈だ。
──ナツキ・スバルの苦痛と苦悩に、価値を与える者が居る。
「今日は、今日は…これで、大丈夫……」
何の起伏もない、何の特別もない、ただ『皆が協力してくれただけ』の一日が終わりを告げる。
アロナが、シロコが、ホシノが、ヒナが、カンナが、リンが、アコが、名を知らない生徒が、風紀委員が、モモフレンズ同好会が、スオウが、沢山の学園の生徒達が、協力してくれただけ。
「……………ひじょーに不本意だが、黒服も」
スバルが無価値というのなら、そこに価値を見出して手を取ったアイツでさえ、協力してくれたと言っていい、カイザーは論外。
「……」
「のど、乾いたな」
スイスイと物事を進めても、やはりスバルの身体自体は何も変わらない。
水分補給無しで、何度も衰弱死した迷路の様な場所を行ったり来たりなんて、少々無理がある。
お生憎様、昼飯の水分は行きで蒸発済み、夕焼け小焼けが空の向こうから手を振っていて、門限になってしまう前に帰らないと。
こんな所で、予測不足で死ぬのだろうか。なんて情けない、今までにない無様な死に方だ。干からびて死ぬのは初めてでは無いが、
「…………」
今回は、遥か遠くにあると思っていた『死』が、足音を立てて近づいてくる。
もう何度も抱き合った身だ、向こうもスバルが愛おしいのだろう、小走りで近づいてきていた。
「お、まえと……」
──ラブラブな熱愛報道なんて、もう勘弁してくれ。
お前と抱き合っても、貰うのは冷たさで、熱なんかじゃない。
「……」
視界が歪む、腕が動かない。
脱いで担いでいたジャージに砂がつく。
呼吸が浅い、瞼が開かない。
再び地面と熱いキスを交わしてしまう。
のどが乾く、唇が乾燥する。
悔し涙すら出ない程にスッカラカンで。
「…」
ああ、記憶が人を形作るというのなら。
ああ、痛みの前では全てが無価値になるというのなら。
「──ル」
「……ぅ?」
「──バル!」
今もまた、この苦痛に価値を与えるのは──。
「スバル!!」
「スバル様!」
「…ほんっと、最高の相棒達だな」
「──アロナ、シロコ」