Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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今日は短め〜。


『ユメの拠り所』

 

 

視界が赤い、その赤が見えた瞬間に脳内を揺さぶったのはホシノの暴走。汚濁に塗れながら遺体を支え、流れる血を拭うと視界は正常に戻る。

 

遺体の身体は冷めきっていて長い時間が経っている事が分かる、絶望が手足から力を奪い、意識のない人間の体がその重さのままのしかかるせいで、今すぐにでも膝を折ってしまいそうだ。

 

いや、本来ならば今のスバルに支え切れる筈のない重量が、背負いきれてしまっているのは、その異様な軽さだ。彼女は極端に小柄な訳でもない、血が全部抜けきったと考慮しても軽すぎる。

抜け落ちた眼球、虚構を示すその暗闇は、ノノミの体の中から何もかもを零し落としているみたいで。

 

 

──早く死ね。

 

 

綺麗なブロンドの髪は、先別れが起きる程に放置され『令嬢』の名前に相応しくない。本来は健康的な肌色だったであろうに、黄土色と青が混ざる血の気が一切無い死人の肌は、違和感を抱く程に綺麗。

 

持ち帰っても、どうにもならないのに。

流血と吐き気を押し流す、喉は嗄れ果て、涙は滂沱と流れるまま。

せめてもの償いに、彼女を持ち帰る。彼女の眠りを知らせる為に。

 

そうして、この部屋に入ってきてからずっと目の付く場所にあったとある物を、見るのを恐れながら視線を持ち上げ――凄惨な状況に不釣り合いな綺麗さを保つ、何の装飾も施されていない白無垢の箱を射止める。

 

 

──早く死ね。

 

 

デスクの上に置かれたそれは、ここに来る誰かを迎え入れるように、荒らされている部屋とは対照的に整っていて、それが『誰か』からスバルへのプレゼントなのだろう。

 

それが誰かは分からない、この惨状を引き起こした人物である事は確かでも、それがスオウなのかカイザーなのか、それ以外の誰かであるのかは箱を開かねば理解を進められない。

 

血で湿った手を箱に伸ばす。べったりと箱を赤で濡らして、震えながら蓋を開ける。

中に入っていたのは、見覚えのある二つの物品。一方は映像で、一方は今もスバルの胸を支えている黒鉄の送り主の物。

 

カイザー元理事の頭部と思われる鉄の破片と、焼け跡と血痕が残るヴァルキューレ警察の腕章が、とてつもない、なにかが起こったことを想起させる。

 

 

この場を容赦ない暴虐と破壊で犯し尽くし、ノノミという一つの命を陵辱した何者かは、悉くスバルの希望を打ち壊そうと、悪意の塊としてコレを置いていった。

 

 

スオウの言葉をどう解釈しても、この地獄はスバルに手向けられたものでしかないが、行ったのはスオウでは無い、スオウでは足りない。■■■回の死に戻りは、彼女の戦闘能力を推し量るに十分な時間があった。

 

脳が動きを止める。顔の穴という穴から、とめどなく液体が流れ出していて、頭から流れ出す血は感情と共にのぼせていく頭蓋から、その熱を奪い、感情を垂れ流し続ける。

 

 

心が、感情が、血が、堪えるという気力を切り崩して顔面を汚し続けてしまう。

 

 

起きた事実は理解した。だが、理解はできない。

なにが起きたのか、なにひとつわからない。なにひとつわからないが、わかっていることがひとつだけあった。

 

 

 

「はやく、しなないと」

 

 

 

それは、この悲劇が、この惨状が、この地獄が。

 

決して、この場所で終わっているはずがないという事実。

 

 

遅すぎる理解、限界を迎えた脳の理解は、セーブポイントが更新される事に怯え始め、全身を憎しみが覆う頃には、この世界に振り落ちてきて以来、何百回迎えてきた死と、数回描いた軌跡の中でも、最大級の絶望をスバルは噛み締めていた。

 

心の臓が痛みを発し続ける。

歯ぎしりをし過ぎて痛みすら感じる口の中が切れて血の味に染まり、重みでおぼつかない足のまま、会議室を出て。

再び夕焼けを迎えた日差しが、スバルの歩く廊下を照らし続けている。

 

あれほど辿り着くのに苦労した場所から、今は離れたくて仕方がなかった。

 

 

なにがあったのかわからない。

なにかが起きたことは間違いない。

そのなにかはきっと、スバルを、スバルの希望を見逃すほど甘くも優しくもない。

 

 

 

「あろな」

 

 

 

返事は帰ってこない、筈がない。

スバルの希望、どんな状況でも、どんな悪夢に誘われてもアロナはスバルの聖域でいてくれる。

 

返事が無い、そんな訳がない。

AIであるアロナはこの世界で最も死から掛け離れた存在だ、本体はシャーレにあるし、スバルが死を迎えても彼女だけは覚えていてくれている。

 

 

返事を返してくれない。

 

 

それは、スバルにとって何よりの絶望だ。

 

怖い、恐ろしい。

ありとあらゆる可能性が、想像もつかない絶望が、ましてやこれから更に積み重ねられる死、自分だけでは無い、シロコの、ホシノの、セリカの、アヤネの、アルの、カヨコの、ムツキの、ハルカの、カンナの死が、口にしてしまえば今すぐにでも現実になってしまいそうで。

 

だからスバルは亡骸を背負って歩き続ける。否定も肯定も劇毒過ぎる、脳裏をよぎる切望は、叶いもしないと背中の冷たさが目を覚まさせる。

 

そのユメを語るには、余りにもユメみがちで、ユメものがたりだから。

 

 

「ホシノ……シロコ、アル……セリカ…ムツキ…」

 

 

ブツブツとチームの皆の名を呼んでいく。作戦通りに行動しているのなら、付近に全員が居るはずで、今は何故かアロナが通信を行えないだけと考えるしかない。

 

 

「ホシノ…──ホシノが居るなら、これ以上は……みんな、大丈夫…」

 

 

これ以上は、なんだ。

もう、ナツキ・スバルは拾えるものを零した後だ。今の言葉は結局、自分を騙す言い訳の上に、気遣いという嘘を塗りたくっただけ。

 

 

「そうだ、ホシノ…ホシノ………──」

 

 

自分すら騙せない言い訳に。

 

 

 

「───」

 

 

 

なんの意味がある。

 

 

 

「ぁ」

 

 

「そら、が…」

 

 

 

夕焼けとは違う、朱色の赤が空を、世界を染め尽くす。

それはスバルにとって終焉を告げる天使の喇叭であり、エンディングに流れるエピローグ。

 

膝が崩れた、廊下に亡骸と共に倒れ込む。

 

最低だ、最悪だ、心が終わりを迎える準備をしてしまっていた。諦めないでと、何度も何度も立ち上がった少女を見てきたのに、次は守るって約束したのに、もう無理だと諦めかけている。

 

 

「………シロコ、ホシノ…」

 

 

「俺は……なにを、まちがえて………」

 

 

ふらふらと、立ち上がったスバルは力のない足取りで進み始めた。

ノノミの亡骸を置き去りに、引きずるような歩き方で、もう何もかも手遅れのまま──出口の方向へ向かって、病人の様なか弱さで進み続ける。

 

 

「……」

 

 

赤い光のその先に、なにが待っているのか、わからないまま。わかりたくないと思ったまま、わからなくてはならないと思っていながら、ぜんぶがぜんぶ、ユメであってほしいと願ったまま。

 

 

「シロコ」

 

 

見えない何かに掴まって、必死に必死に縋りつくように、拠り所となる少女の名を呼びながら、スバルはゆっくりゆっくりと、赤い光の点滅する方へと、亀より鈍重に歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──シロコは砂漠で死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぉそ……」

 

 

「かった……な…」

 

 

「…………」

 

 

 

幾度も地獄を見てきた砂漠は、一度も見た事の無い程の血みどろの光景が広がっていた。

 

砂漠の砂は血と硝煙が支配し、一部はとてつもない高熱に晒されたのか、ガラスへと変貌し、ドロドロに熔けて砂を取り込んでいる。

ところどころ抉れた地形は、爆発物によって変形させられたのか、黒い火薬のカスの様なものが散乱している。

 

夜の砂漠は砂を真白に写し、その上からどす黒い血が染める。

伏して明星に沈む白装束のガスマスクを付けた遺骸。

身体の半分を焼き切られたもの、頭を撃ち抜かれ焼け落ちたもの、身体の中心に大きな空洞をあけたもの、その悲惨さはこれまでのスバルの死に戻りの中でも異様な雰囲気を纏っていた。

 

 

「ぁぁ……」

 

 

「それ……だ…」

 

 

「その、かおが」

 

 

スオウも、袈裟斬りに体から血を吹き出して砂漠に倒れている。

その命も長くは無い、永い闇の中へと落ちるのもすぐそこに迫っていて、憐れな犠牲者達の正体を知るには時間が足らない。

生徒を焼き切る熱量を有するのは、この世界で暁のホルスだけだ。そんな化け物に挑んだ、見たことも無い衣装を身につけるもの達。

 

 

 

「みたかった」

 

 

「──スオウ」

 

 

 

その言葉を最後に、女は事切れる。

 

 

 

「……」

 

 

「シロコ」

 

 

そのすぐ傍に、『外傷無く』横たわる、ヘイローが消灯したシロコ。

砂以外、シロコを傷つけるものは無い筈なのに、シロコからは命の灯火が消えている。

 

銃撃の跡も、爆炎の跡も、擦り傷一つ、彼女の命を穢すものなど無い。

では何故シロコはそこに横たわっている、何故瞳に光がなくて、返事を返してくれなくて、無抵抗に砂漠の砂を肌に受け続けているのか。

 

 

死んでいるからだ、死んでいるから、シロコはもう動かない。

 

 

何の記憶も持たず、誰からも見放され、ホシノが手を差し伸べられるまで彼女は生きていなかったという。

何も持たず、記憶も持たず、生きる意味を持たず、そんな少女が生きる意義を与えられる、それはつまり砂狼シロコは死んでいて、生き返った。

 

青春を謳歌するべきだった、これから先、失った過去だけ未来を築いていく少女が。

そうなる前に、全てを奪われる罪が、彼女のどこにあったというのか。

 

なにを考えて、彼女を殺した奴らは彼女を殺したのか。

 

何も知らない、何も理解していないのに互いを傷つけあう歪みと醜さが、今になって吐き気を催す。

 

 

 

「なにを」

 

 

 

なにをしたかったのだろう。

朝霧スオウは、もうこの世に居ない。そこにあるのは冷たくなった蝋人形で、返事は帰ってこない。

 

何の意味も無い、その顔を見たかっただなんて、這い上がる姿を見たかったのではないのか。

自分の中にある虚無を埋める為に、誰かが埋めていく姿を見て、同じ事をして終わらせたかったんじゃないのか。

空っぽな復讐心に振り回されるのはもうやめて、空っぽな動機と理由で、成功しない試みに挑み続ける虚しさに決着をつけるんじゃなかったのか。

 

 

「……」

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

『貴様は何故アビドスの為にそこまで『行動』する?人間の多くは、理由が無ければ行動できず、根拠がなければ成功も継続もできない』

 

 

 

虚無が理由の朝霧スオウの行動に、意味が無いのは仕方が無い事だったのか。

 

 

「──違う」

 

 

「俺は、俺は違う、違う違う違う違う……」

 

 

朝霧スオウが、ナツキ・スバルを見て同じ虚無を抱いていると、今スバルが持っている儚い希望達を破壊することで見出そうとしたのなら。

 

ナツキ・スバルが足掻いた意味も、無いのは仕方が無いのだと。

 

言われている気がした。朱色の光すら反射しない瞳が。

嘲笑われてる気がした。血の滴る胸から覗く心の臓が。

憎悪されている気がした。ナツキ・スバルという存在そのものに。

 

──意味があるというのなら、十六夜ノノミは何処に置いてきた。

 

 

 

「………………──」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「ホシノ」

 

 

 

「ホシノ……──ホシ、ノ……」

 

 

 

歩き出す。

 

 

幽霊のように、風に揺れるススキのように、一歩、歩き出す。

 

 

血と心を垂れ流し続けた頭は、まるでユメの中にいるようで、これがユメであって欲しくて。

 

 

最後、ナツキ・スバルを殺してくれる存在に溺れる為に。

 

 

砂漠の砂を、踏みしめる。

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