Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

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『暁』

 

 

 

 

 

「誰か」

 

 

「誰か、誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か──」

 

 

誰も、スバルの声には答えない。

 

誰も生きていない。

 

セリカも、アヤネも、アルも、カヨコも、ムツキも、ハルカも。

 

シロコの次に見つけた遺体はムツキ。シロコと違って襲撃者に抗った痕跡が体中に残っていた。死臭が満ちる中、爆弾魔である彼女の身体は右半身が吹き飛んでいて、外傷が一切なかったシロコとは対照的にボロボロだった。

ムツキの背後はまたもや熱されてガラス化した砂が、霧散している右半身沿いに地平線の向こうまで生成されている。

 

熱線が切りはらったのか、辺り一帯には襲撃者のバラバラになった体が散らばっていて、ガスマスクの下のただの女子高生の顔が露出していた。

何の意味も無いのに散らばった遺体を集めて、腕が軋むほど重い武器たちを砂漠の下に埋めて、そして溶けた砂のせいで裂傷と火傷を同時に経験する。

 

今のスバルには何らその痛みを感じられなかった。

縋るように自分以外の生きている人間を探し求める、この死が次につながる様に、この場に満ちた『死』が誰かに消費されるものではないと、

 

──アロナから、ホシノから、シロコから、アルから受けた善意が無駄なんて、否定したくなかったから。

 

 

 

「…………だれ、か」

 

 

次に見つけたのは、複数のガスマスクをつけた生徒にのしかかられたまま死んでいたアヤネとセリカの二人。

今度はシロコと同じように、遺骸になったガスマスクの生徒にも、二人にも外傷は無い。

ただ、上に被さった遺骸だけは身体を熱戦に焼かれたのか、生臭い肉の焼けたにおいと、積み重なった死骸による腐臭が蔓延していた。

 

血と火薬、死臭でおかしくなったスバルの鼻にもその匂いは届き、生ぬるく熱い息を呑み、何の感情が混ざってるか分からない唾を飲み干し、込み上げる大きな嘔吐感を呑み下す。

 

二人の遺体に積み重なった複数の遺骸を退けるために、手で押そうとして、何の体液か分からないものが染み出てぐじゅぐじゅになった、状態の酷い生徒に砂をかけて退ける。

 

その手が小刻みに震えているのは恐怖ではないが、──何かは分からない。疲れか、罪悪感か、警戒心か、それとも溢れ出る絶望か。

まだ息があるのではないか、そんなことを心配する必要はないし、そもそもそんなことに思慮を割くほどの心の猶予がスバルにはない。

 

途中、鼻腔を犯しつくす暴力的な匂いの群れに何度も胃液をせりあがらせ、熱い胃液を砂漠へとぶちまけた。

前のめりに砂へ倒れこみ、遺体のすぐそこにはスバル専用の吐き戻し場所が作られるほどに、吐き出す。もう胃の中身は空っぽで、出てくるのは黄色がかった胃液だけなのに。

 

それでも吐く。吐き出し続ける。五臓六腑に痛みが染み渡り、喉は胃酸でボロボロに、口の中を血と酸味が混ざったものが蹂躙し尽くしてもなお、スバルは吐き続けて、漸く遺体を取り出した。

 

 

そしてまた、何の意味もなく砂の下に埋める。この砂漠の風なら、時間がたてば自然に二人を砂の下に埋めていくというのに。

本当に意味のない行動を、ここまで傷ついて。

それでも、もう誰にだって、あれ以上にあの子たちを傷つけていい権利などないのだから。

 

 

 

「…………」

 

 

目を見れなかった、埋める最後の最後まで、彼女たちの顔を見れずにいた。ノノミの事が思い浮かんで、スオウの事が思い浮かんで、何か言われてしまう気がして。

そしてまた、赤い光が発光する方向へ向けて歩き出す。

先ほどよりその明滅はひどくなっていて、凄まじい雷の音がそこら中に響き渡ってもいるせいで耳がおかしくなってしまいそうだ。

 

砂丘の山の部分を何とか乗り越えて、砂の坂を顔面から転げ落ちる。

コロコロぐるぐる、空に砂を巻き上げながら方向が分からなくなるくらい転げまわって、平衡感覚を失って。

 

力なく地面に伸びた後、這いずり回って何かと手が触れた。

それに最後の希望を抱いて顔を上げて、最後の希望を失う。

 

 

「アル」

 

 

過去に何度もスバルを引っ張ってくれた、アルの柔らかい手と触れ合った。

何度も思い出す、地獄の一日を乗り越えることのできた彼女との思い出を想起させようとして。

 

 

手しか、残っていない彼女の目の前で涙を流す。

 

 

それが誰の手か、そのくらいスバルには分かる。焼き切れた跡を残し、その手のすぐそばにはハルカとカヨコが横たわっていたのだから。

いつもハルカに振り回されていたり、頭脳でカヨコに頼り切りな面があるアル、それでも彼女は社長で、二人は部下だ。

二人の為に命を張って助けたのがありありと分かるように、死体になっている二人の目元には涙の跡が残っていた。

 

それもまた、周囲に転がる白無垢のガスマスクをした生徒に汚されている。

 

 

「……──」

 

 

「アロナ」

 

 

「アロナ、アロナ、アロナ…!アロナ!!あろなぁ!!!」

 

 

助けてくれ、助けてほしい、この地獄から誰かスバルを救い上げてくれ。

どうしてスバルは一人にさせられるのか、どうしていつも一人で地獄を歩まねばならないのか、アロナすら声を返してくれないのなら、もう、ナツキ・スバルは。

 

 

「なんで……」

 

 

この地獄の理由を教えてくれ、熱中症になりかけた事か、シロコに気絶させられたからか、前日にまだできることがあったんじゃないか、それとも悠長にラーメンを食べていたから?

 

 

「なんでだよ…」

 

 

全部スバルのせいだ、スバルが歩む足を止めたから、一欠けらでも心に安心を抱いたからか。

 

 

「なんで!!」

 

 

何も悪い事はしていない、何も、神に誓ってスバルは怠惰を晒したつもりは無い、その時その時を死なずに生き残るために全身全霊を尽くし、全員が幸せになれる道を探すために足掻いてるだけで、それが怠惰だとでも言うのなら、神を呪わずにはいられない。

 

何も、悪い事はしてないじゃないか。

 

因果応報と呼ばれることも、天罰だと言われることも、彼女たちが死ぬ理由も何もかも。

 

 

 

「なんにも」

 

 

 

「悪い事は──」

 

 

 

「……」

 

 

 

「──」

 

 

 

「ぁ」

 

 

 

 

ココア。

 

 

 

そうだ、ココア。

 

 

「行く前にコップを洗ってから行きなさい」って言われると思った。俺は、コンビニに行く前にココアを飲んで、それを流し台に置きっぱなしにしてたんだった。

 

 

母さんにそれを言われるのが嫌だから、ココアの茶色いカスが残ったコップを、放置したらアレがこびりついて洗うのが大変なコップを、放置したままコンビニに行って。

 

 

それで、この世界に連れてこられた。

 

 

そっか、だからか。■■■回の死が、ナツキ・スバルの死が朝霧スオウのように何の意味も持たない『虚無』だったのは、これが罰だったから。

 

 

罰に理由も意味も無い、そこにあるのはスバルの罪に対する罰という結果。

 

 

 

「は」

 

 

 

「はは、は」

 

 

 

その場で耳を塞ぎ、頭を振り、嗄れた喉で自分をあざ笑う音を奏でながら、スバルは耳元で囁かれるようなスオウの声から遠ざかろうとする。

そんなことをしても、声も、絶望も、スバルからは離れていかない。

もう底をついた涙と、底が無い絶望を抱えてスバルは走り出す。

赤い光に誘われて、スバルの罰の執行者に会いに行くために。

 

 

『約束』

 

 

『次は、守って』

 

 

「──は」

 

 

 

ああ。

 

 

ああ、怨嗟の声が遠のいていく。

 

 

『私とだけの約束だよ、スバル』

 

「─はは」

 

 

それがなければ。

 

 

君との、約束が無ければ。

 

 

もう座り込んで、頭を抱えて、なにも見ずにいれて、なにも聞かなくてよくて。

 

 

 

「…………」

 

 

 

なにも知らずに、なにも学ばずに、なにも与えられず、なにも奪われず、なにも考えず、なにも次につなげようとせずによくて。

 

 

 

「…ホシ……ノ…!」

 

 

 

なにも愛さず、なにも愛されず、なにも始まらず、なにも終わらず、なにも変わらず、停滞していられたのに。

 

まだそこに居るのかと走り出す、まだ何もかも終わった訳じゃないと走り出す、今度は赤い光を追いかけるために走り出す、次は罰じゃなくてスバルの望む未来の為に走り出す。

 

スバルに何の意味も、理由もない罰として、朝霧スオウと同じように虚無を、虚しさが根底にありながら足掻くとするのならば、そこに違いがあるのならば。

 

ナツキ・スバルは、自分の為だけに死を迎えない。

 

それが違いだ、脱水で死にかけた時にも、何度も迎えた死にも、元々スバルだけでは意味なんてない。

記憶が人を作り、苦痛は全ての意味を失わせ、失われた虚無にシロコ達が意味を見つける。

同じ虚無を抱えているというのなら、スオウとスバルの違いは──。

 

 

 

「待ってろ」

 

 

 

スバルに意味を与える者達が、スバルを形作ってくれていること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳が張り裂けそうだ、鳴り響く轟雷がスバルの鼓膜を通じて脳を直接揺らして、立って歩くだけでも困難な状況で、その音の主を探し求める。

走る先は永遠に赤い光に向けて一直線に、体のどこにも力が入らないけれど、足が前に動くなら擦り切れても動いて見せる。

 

 

「──なんだ、アレ」

 

 

そして、漸くその轟雷の主を目にする。

朱い光線に撃ちぬかれ続けて、全身をボロボロに破壊されながらも、光線を放つ者に向けて雷を放ち続ける異形の怪物。

 

五つの対の雷で形作られた翼を纏い、体と呼べる場所は構成されておらず、腕輪から手のような形をした雷が放たれているだけで、かろうじて頭と認識できる部分も生命的な要素は感じ取れない。

 

身体の中心にはコアのような球体を浮かべ、莫大な熱量を放ちながら周囲一帯に雷を落とし続けている怪物。

機械と生命の間に立っている様な、おぞましさと神秘性を兼ね備えた外見からは、あれがこの世界にとっての異物だと理解させるのに十分な要素だ。

 

 

「……ホシノと、戦ってるのか…?」

 

 

あの神のような怪物ならば、確かにホシノとも渡り合える。

いや、あの存在はホシノを殺し得る相手かもしれない、凄まじい熱量で放たれる雷が砂漠に着弾すると、砂が溶けてガラスに変容し──。

 

 

「…………」

 

 

「ま、さか」

 

 

「アイツが──?」

 

 

ホシノが暴走した原因は分からないが、スバルはあのガラスの作られ方を見たことがある。ガスマスクをつけた生徒を殺したのは間違いなく暴走しているホシノの仕業だが……便利屋一同のボロボロの死体のそばには、あのガラスがあった。

 

 

「…………」

 

 

今考えられるのは、スバルが乗り越えるべき敵はあのホシノを攻撃している怪物と、スオウが呼びよせたであろうガスマスクの生徒。

何の外傷もなく生徒を殺す『何か』をスバルは知っている、それは何度も、何度も何度も繰り返した死の中の一部、セリカとアヤネに巻き付けられた爆弾の事だ。

 

普通の爆弾ならば、彼女たちは擦り傷で終わる、それなのに黒服から二人を取り戻した時のアレは、逆に何の傷もつけず二人から命の灯を奪っている。

 

アロナが声を返してくれないのが、今ほどに口惜しいと思ったことは無い。絶望と悲しみで蕩けきったスバルの脳でも、今だけは約束の為に必死に動かし続ける。

考えることをやめた瞬間に、スバルは意味のないものになってしまうのだから。

 

 

「────ル」

 

 

「っ…?」

 

 

「──バル様」

 

 

轟音でおかしくなった耳に、僅かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、急いで胸ポケットにしまっておいたガラケーを取り出した。

 

 

「アロナ…!?」

 

 

「─第──三者──の───干渉──」

 

 

途切れ途切れの壊れたラジオのような音を鳴らし、アロナは機械音を紡いでいく、スバルに何かを伝える為、スバルの為に力を振り絞って。

 

 

「──接続確認──ゲマトリア」

 

 

「──!!」

 

 

「──個体────名」

 

 

「地下生活者」

 

 

その名を告げるとともに、アロナは沈黙する。

ゲマトリア、黒服が所属しているという神秘の探求者たる者達の集団。

スバルがその名を耳にして、呆けている間に──。

 

 

「ヒヒッ」

 

 

携帯から、誰かの笑い声が聞こえた気がする。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「──」

 

 

 

「笑った──?」

 

 

 

分からない、アロナがその名前を告げた理由を考えるには、スバルの脳では時間が足らなすぎる。

だが、今、笑い声が聞こえた。

 

笑ったのか、この地獄を、命が大量に失われ、尊厳を奪い去り、彼女たちが成就すべき未来を奪い去った後で、笑えるのものが居るのか。

 

ふざけるな。何故笑う、何故ここまでの不幸を目の当たりにして笑える存在が居る。

 

踏みにじるな、彼女たちの幸せを。

 

 

「……」

 

 

一歩一歩、赤い光へと近づいていく。

 

この憤怒を表すように、この憎しみを踏み越えるように。

 

ホシノに溺れる為ではなく、ホシノに助けてもらうために。

歩いている途中、身体を雷が掠りかけて、その熱が肌を焼け焦がした。雷鳴は止まることを知らず、スバルが行く道をふさいでいる。

 

もう聞こえなくなった耳は焼け落ちて、ホシノが視認できる頃には右目の水分は消し飛んで蒸発し、顔半分は火傷に覆われて死にかける。

残った視界を活かして、溶けた大地を踏みしめることでぐずぐずになった足を前へ前へ押し進める。

 

痛みは命のストッパーだが、今はそれが無くて良かった。体が焼けてなくなりそうになっても歩ける身体に産んでくれた両親に、立ち上がらせてくれた祝福の言葉に感謝を告げて、さらに前に。

 

落雷と熱戦は、容赦なくただの人間であるスバルの命を奪いにかかる。この世界の住人でも耐えられない熱量は、傍を通るだけで致命傷の傷になっていって、頭の傷に苦しんでいた時よりも、大量の箇所から死ぬ寸前まで出血して、火傷跡に沁みていく。

 

 

「ホシノ」

 

 

左腕と右目、ガラケーに体中の傷、足に心、全てを犠牲に赤い光の主へとあと一歩のところまでに近づけた。

暁のホルス、キヴォトス最大の神秘、その名に恥じない神々しさを身にまとう朱い影は──。

 

 

「ユメ──先輩──」

 

 

「ユ──メ──」

 

 

「……」

 

 

泣いていた。

これのどこが神だ、この子のどこに、こんな目に遭う理由がある。

 

罰だというのならそれを否定すればいい、償いだというのなら一緒に歩んでいきたい、ホシノにどんな過去があっても、それは今の彼女を否定して地獄に引きずり下ろす理由にはなりはしない。

 

 

──笑われる理由など、無限に一つもありはしない。

 

笑ったな、ゲマトリア。

笑ったな、地下生活者。

 

 

「ホシノ」

 

 

死が、すぐそこまでやってきている。

今は空気を読んで駆け寄ってきていない、脱水の時とは違いずいぶんと気遣いのできる彼女に感謝を述べることは無いが、ほんの少しの愛を向けて。

 

 

「──メ──せんぱ」

 

 

「俺は、お前らの事が──大好きだよ」

 

 

 

疑心暗鬼で碌に人の事を信じない癖に、隠し事ばっかのホシノ。

 

つっけどんで厚かましいのに、欲しい言葉をくれるシロコ。

 

彼女達との時間、一度は無駄だと述べてしまった昼飯も、誘われたときは全部が報われた気がして、スバルはその時間を愛おしいと思ったのだ。

 

彼女の手で殺された記憶が残っていたとしても、アビドスの問題で何百回死んでしまったことも、幸せな時間は失われることなく、どちらも忘れ難い記憶なのだ。

 

もう一度、あの幸せをを分かち合えるのなら、『そう』することを選んでも構わないと思ってしまえるほどに。

 

 

──スバルが、『そう』することを、初めて望んでもいい程に。

 

 

 

「愛してる」

 

 

そう残して、身体を自由落下のままにホシノへと落ちていく。

思考がめちゃくちゃだ。覚悟は決めたつもりだった。

 

覚悟を決めても、心臓の拍動は心を裏切るように痛みを全身に送り出し、初めて世界はスローモーションになった、一秒でも先延ばしにすることでスバルの心変わりを促そうとしているようにさえ感じられた。

 

あれだけもがいて、生に執着したけれど。

 

死にたいだなんて思っても、けっきょく一度も生存本能に抗うことはできなかったとしても。

 

 

 

今、暁を迎える。

 

 

 

スバルはあの笑い声を忘れない、笑った事実を許さない。

幸せな時間を忘れない、この地獄と絶望を忘れない。

 

何もかも、何一つ忘れることなく、ホシノに溺れ落ちる。

 

死んで終わるなら、そこまでだ。

 

死んだように生きるのと、それならなにも変わらない。

 

だが、もしも、もしもまだ『死』がスバルを次に送り出してくれるというのなら。

 

 

 

 

「全員、笑顔でラーメンでも食おうぜ」

 

 

 

約束を口にした直後、身体を貫く激痛。

命が穴から零れ落ちる音を脳に響き伝え、もう、その後は、なにも。

 

 

笑い声も、虚無の声も、追いつけない。もう、誰も──。

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