「だぁーー!!死ぬかと思ったぁ!!」
《落っこちたら死んじゃうからまだ油断しないでくださいね》
「おお、車内アナウンスが車外アナウンスに」
《パヒャヒャ!すっごーい、ホントに乗っちゃってる!どうするヒカリ、どうせならアレ、お兄さんに見せちゃう?》
《うーん…うーん、お兄さんの目的地に着いたら、ぶっぱなしてあげようよ》
「…ぶっぱなす??」
とんでもない単語が聞こえたところで、スバルの脳細胞がストップする。だってその単語が登場するのって、どう考えても物騒な時にしか現れないモノだ。
酷く胸を騒がせるその響きに内心穏やかにするなんてのは不可能で、ゆるくとは言いつつ走行中の列車に飛び乗った後、しかも結構な高度から。
タイミングを何度も調べて調節したとはいえ、その衝撃で肺から空気が押し出されて物凄く吐き気がする。内臓をじかに揺らされる気分はいつまで経っても慣れない。
《郊外からアビドスにつながる車道、潰しに行くんだよね?あそこのビルってもう殆ど廃ビルばっかりだし、お兄さんの仕業ってことにして倒しちゃっていい?》
「──まっ、いいか、正義執行の為の手数料ってことで」
《せいぎ…?》
「はいそこ、疑問に思わない」
雑談はそこまでにして、列車の上で風に煽られながら突き進む、強く当たる風が呼吸の邪魔をして前を向きづらいが、目的地までは身を案じてそこそこの速度で走ってくれているようだ。
今スバルが目標にしているのは、アリウス分校がアビドスに侵入してくるのを防ぐことだ、あのヘイローを破壊する爆弾が一つでない以上、侵入自体を許してはいけない。
アビドスにそもそも滞在していたアリウス兵は少数、カイザーの基地を根城に潜んでいるのを暴ききったのは記憶に新しい。
必要なのはネフティスを襲撃する奴らを特定することだった、侵入経路、部隊数、手段から武装まで必要なモノを知り尽くして、先手を打つ。
移動方法は車両、ルートはアロナが算出済み、カバンに抱えた黒服産爆薬は今回は出番が無くなりそうである。
《自動操縦に入りまーす、お兄さんの事迎えに行くからじっとしててね~》
「助かる、ここまでやってくれてなんだが…──善く協力しようって思ったな」
《私たちは仕事が出来ればいいからね、カイザーが邪魔でそれを退けてくれるって言うのなら、お兄さんに手を貸してもいいしー?》
《シャーレに恩を売れたら……それでもいい》
「息ぴったりに打算をうつなよ……」
この双子は…──また後ででいっか……問題はまだまだある、あるにはあるが、
「……」
「ホシノ」
あの魔法の言葉が、まだ効いていることを願うばかりだ。
■
──周囲の爆炎を振り切って、冷たい手を握ってもらったまま走り抜ける。
『3,2,1、GO!』
握る手は馴染みのある、とても心強くて安心できて、生きてるって感じがする、先輩の手。
「「ホシノ先輩…──!!」」
「ごめんね、二人共…取り戻すのが遅れて」
ナツキ・スバルの言う通り車から飛び出てスモークの中を突っ切れば、誰にも邪魔されることなく先輩が迎えに来てくれていて、そのまま校舎へと戻る道に乗り込めた。
あの人が誰なのか、なんでここに来たのか、聞くのは後ででいい。
「うう…──死ぬかと、思ってました、もう…だめだって」
「もう大丈夫だから、帰ろう」
「はい!…っ、シロコ先輩は?」
「シロコちゃんならスバルを追いかけに行っちゃった」
「スバル…助けてもらったけど、結局スバルって奴はなんで私たちの事を──」
兵士の波の中をかき分けて進み続ける、ある兵士は銃を向ける前に、ある兵士は声を発す前に、ある兵士は存在に気付く前に小鳥遊ホシノの進撃を止めれる者はいない。
後輩二人を背にしながら何一つ変わらない蹂躙を見せるホシノは、その蹂躙具合とは打って変わって顔をほころばせて、
「私も分かんない」
「…………」
「…セリカちゃん、ホシノ先輩」
「きっと、ナツキさんは悪い人じゃありませんよ」
騙されて、騙され続けてまだそんなことを。
アヤネの心のどこかには、そんな禍根を残していても、そんなありきたりな言葉を吐ける位に甘く溶かされている。
彼に掛けられた魔法が呪いなのか奇跡なのか、真っすぐに受け取るには彼との対話は染み込みすぎた。
「そっか」
「アヤネちゃんが言うなら間違いないね、まだ安心するには早いかもしれないけど、二人が帰ってきたらみんなで話し合ってみようね」
「私もずっと暴力ばっかで解決してきたから、今日はそれ以外の解決方法も見つけないと」
その言葉と表情を信じるには、余りにも死屍累々の光景だけど、ホシノがそうやってアビドス以外の人間に対して胸の内を明かすのも久しぶりで、
外敵の問題は知らぬうちに解決されたことも多いアヤネとセリカからすれば、少し新鮮に感じた。
気が付けば兵も周囲からは消えていて、ホシノも増援が少なすぎることに気づいた時には、「そうか、スバルの方に…」とスバル目掛けて走っていったシロコの身を案じる。
だがあの男がいるなら大丈夫だと自身の判断を信じる、生粋の策略家、恵まれぬフィジカルの代わりに戦の才能を与えられた超人。
スバルなら、きっとシロコが追いかけることも理解しているはず、人心を掌握できるあの男がその程度の事分からないはずが無い。
「…………」
カイザーは負けるだろう、あの男はずっとそうだ、誰がどう見ても覇気のない姿に、身に余る権力を以て、限度を超える戦果を持ち帰る。
狂気でもなければ正気でもない、蛮勇でもなければ英雄らしさも無い。
人の価値を測りかねるのは久しぶりで、普段なら湧き出てくる『怪しくないから怪しい』気持ちさえ湧いてこないのが、信頼から成るものなのか、ナツキ・スバルによって操られているのかすら測れずにいた。
「でも、私はアイツの事信じるわ、互いに信じるって約束したし」
その鶴の一声を聞いて、混迷とした思考は切り開かれた。後輩が信じる相手を疑って、後輩まで疑う事になるなんて本末転倒。
迷いの霧は晴れた、そう信じて前に歩んだ。
「──待て」
「っ!?」
その一歩を踏み出す前に、砂に着弾した弾丸が行く手を阻む。
聞き覚えのある声は、つい最近聞いたことのある声で、尚且つ因縁のある相手でもあって──、
「監察官ちゃん、久しぶりだね…──何か用かな」
「アンタ!何しに来たの…!」
ノノミが向こう側に行ってしまった時に見た顔と再会する。
周囲に彼女以外の敵はいない、だがカイザーとの戦闘の後にやってきたのだから警戒するに値する。帰り道とはいえ、帰るまでが遠足だ。
彼女一人なら、自分が抑えきれる。何があっても負ける気はしない。
「いやなに、お疲れ様と言いに来ただけだと言えば信じるか?」
「信じた上で君の顔面に撃ち込ませてもらうだけだね」
「ハハッ、ああ、貴様らしい回答だな小鳥遊ホシノ、自身の能力に疑いを持たず、常に『こちら側』の手段だと勝てる気でいる」
「そうだね、君たちは弱いから」
判断に夢と希望は詰め合わせない、勝てる勝負だけを勝ちに行く、ただそれだけ。
「──」
「そうだ、貴様はそれでいい」
ただ、小鳥遊ホシノにとって勝てる勝負とは、自身に挑んでくる外敵全てとの勝負であるだけの話。
小鳥遊ホシノは守れなかった、何一つ、自分自身でさえ。
守れないと信じ込んでいるから、誰一人として貴様にはついていかない、いけない。私でさえも。
最強、小鳥遊ホシノは最強であるからその虚無が暴かれないだけ、余分なものを抱えて、人間性と言えるものまで抱えて、自分以外の存在にさえ手を伸ばして尚、お前は最強だ。
強すぎる、強すぎた、例え常人が全てを削り落として貴様の後を目指そうが、その焼け落ちた足跡さえ踏み荒らせない。
貴様が誰かに傷つけられることも無い、貴様を蝕むのはいつだって、貴様自身に住み着いた病魔。
「梔子ユメの手帳は私が持っている、信じるも信じないも貴様の勝手だが、あの権利書の存在さえ知らなかった貴様には、信じるしかないと思うがな」
「梔子ユメの真実を知りたいのなら、そして、列車砲を破壊したいのなら…」
貴様は、貴様自身の業で溺死しろ。
「──」
「ごめんね、監察官ちゃん、君の要望には応えられないかな」
「なっ」
「今は後輩達を守る方を優先したいからさ、真実は知りたいけど…──そんなのもう、分かり切ってる」
至近距離、瞬いた瞬間にスオウとホシノの距離が0に等しくなる。意識は散乱し、この距離でのホシノの攻撃から身を守ることは不可能だと察したころに漸く、
──不味い、やられる。
ホシノの反応が想定していた事と違っていた事、自身もここで戦う気はなかったことも相まって、動揺の瞬間に距離を詰められたせいで、次の攻撃を出来る限り急所から外すことに全神経を集中させて、
ホシノのショットガンが眼前に迫った時、ホシノは背に控える後輩二人に聞こえないように冷め切った声でスオウへと『ホシノなりの真実』を告げた。
「■■■■■、■■■■■」
「──」
「──そうか、そこまで」
そこまで、そこまで堕ちていたのか。
だが何故だ、何故そうなっていて、貴様は何も変わらない?絶望は、苦しみは強さではどうにもならない筈。
「ちょっと眠ってて」
集中は全てホシノの言葉で霧散し、呆けた顔に衝撃が叩き込まれ、脳が揺さぶられ意識がシャットダウンされていく。瞼という暗幕が下りていきそうになり、それに抗おうとした瞬間に衝撃が頭に重ねられた。
重い鉄塊の打撃は、普通の人間であれば首が折れる。
キヴォトスの人間であっても重症になる打撃をそれでも耐えても、三発目の衝撃、顎を通り抜ける拳が最後の意識を刈り取っていく。
「今はまだ、彼との約束の途中だからさ」
「もう少しだけ、対策委員会の一員でいるよ」
──そうか、あの男か。
貴様に猶予を与えているのは、あの理不尽を体現したような存在か。
降って湧いてきたデウスエクスマキナ、超人の後釜を体現する怪物、動機さえ不明でありながら自分の世界にないものまで救おうとして、成し遂げる男。
何かを犠牲に成り立っているのが世界なのに、醜悪であるのが生であるのに、それすら否定しようとする愚者。
良くもまぁ貴様の傷を舐めてくれる存在を見つけたものだ、だがそれではまるで…。
昏く溺れた遭難者に、偽りの光を見せているだけではないか。
「……────」
「や、やっつけたの?」
「一瞬過ぎて良く分かりませんでしたけど…ホシノ先輩、スオウさんはこの後…」
「ここに放置していこっかな、時間がたてば起きるし、それよりも二人は早く帰って休まなきゃ」
「シロコちゃんは──スバルが居るから大丈夫、あの子ならきっと無事にシロコちゃんを返してくれる」
「……なんでそんなに確証めいたこと…」
セリカが疑問に思い問いかけたのを、ホシノはあの勝負に負けた要因の言葉を、違う理由でその言葉を発した。
「私も、スバルの事信じてるからかな~」
■
舞台の外の嘆きと悲鳴は、主役を盛り上げる引き立て役に過ぎない。
どんなドラマがあっても、どんな奇跡や悲劇があっても、スポットライトが当たらなければ所詮舞台装置。
それが、例え断頭台の上であっても。
『お嬢様』
『大人に、なるのです』
世界の美しさを騙るには、余りにも舞台の上は苦難に満ちていて、それでいて舞台の下には醜悪さが埋まっているから。
必要なのは、甘美な幸せを、誰かを犠牲に成り立っている幸せを、享受する側も奪われる側も、醜悪であったとしても受け入れる事。
──矛盾を受け入れる事が、まっとうな大人。
『大人になって下さい』
助けたいと願う無垢な願いは、一皮むけば他人の為に他人を使う言い訳に変わってしまう。自分には関わりのない事を、自分には関わりのないところで起きた悲劇を、舞台の外で繰り広げられた惨状を、意味のない感傷として消化する前に。
私は大人にならなくてはいけない。
救いたかった事がある、救えない過去の悲劇に憐憫を抱いてしまったことがある。
負は正でしか打ち消せないのに、心に浮かんだ悲しみに終わりが欲しくて。
それはとある先輩のお話、大切な大切な、アビドスでのお話。
いつまで経っても深く沈んでいくだけの背中を救えずにいた、自分の事をおじさんというようになって、過去の自分を消し去る様に新しい自分を作り上げた彼女の姿に、苦しみを見出してしまった私。
『
幸せな時間を、苦しみで穢してしまった。
その矛盾があっても、私はアビドスで幸せだったのに。
矛盾を矛盾のままにしたくなかった、子供の私が、大人になれなかった私は、彼女の瞳にいつまでも映る過去の幻影に答えが欲しかった。
解放されていいのだと、先輩が囚われる必要は無いのだと。
いつまでも続く苦境の中で、彼女の被った新しい自分という殻が壊れかけた時に、見えてしまった苦しみを無視できなかった。
『ごめん、ノノミちゃん』
結局、傷を増やして終わってしまう。
どうすればいいのか分からない、どうしたらいいのか分からない。
──大人になれば、分かるのだろうか。
『ノノミちゃんが居てくれなかったら、もっと早く私は──』
愚かな私は、先輩を不幸だと思ってしまって。
不幸を、否定してしまった。
だから、私は先輩の隣に立てない、隣に居ていいはずが無い。
「……──」
「明日は評議会への出席をお願いします、お疲れでしょうがこの先、退学が承認されればこの生活が日常となりますので、早めに慣れてくださいね」
「はい」
「お嬢様も、必ず立派な大人になれますよ、今までの事は若気の至りだと笑える日が来ます」
「……そう、ですね」
深い深海の中のように、体と心にかかる重圧が、苦痛や絶望が産まれていく。
人間の弱さゆえに、その重圧からは逃れることはできず、そしてまた歩みを止めさせる。
自己救済。──光の無い暗闇を歩くには、先の無い深海で足掻くには、その言葉を吐き出す為には、大人である必要があって、子供である自分は歩けなかった。
自己救済という言葉が効力を果たすのは、その後を導く誰かが居る時だけだから。
だからもし、もう一度、もう一度だけ機会があるのなら、私は。
──私は。
「……」
「そう暗い顔をせずとも、休憩時間はしっかりと取りますのでご心配なさら…──」
私は、笑いながら先輩と明日について考えたい。
苦しみに答えは無いけれど、幸せと明日は自ずとやってくる。
過去には戻れないけれど、朝は必ず迎えていく。
だから、だからもう一度。
──そんな機会、もう二度と得られないのに。
「──」
「…なんだ」
いつもニコニコとしている執事が、間の悪い電話の着信に声を低くする。
彼は私の前でその姿を隠さなくなった、隠さなくてよくなったというべきかもしれない。
彼に攫われて、ネフティスに戻れと言われたとき、彼は私の事を『大人に従う子供』だと認識したのだろう。
立場上、悪くは扱えないが、きっと腹心ではどす黒い感情が渦巻いているに違いない。
《────》
「ああ、明日には役員を集めろ、朝霧スオウには早めに小鳥遊ホシノを扇動しておけと言っておけ」
《──────》
「なに?な!?ぁ……ナツキ・スバル、だと?」
「──ナツキ・スバル…?」
驚愕に満ちる執事の口から零れ落ちた、名前らしき響きを咀嚼する。
何度も何度もかみ砕いても、聞いたことの無い音が口の中でから回って飲み込めない、それは初めて聞くからだとかではなく、目の前の執事の慌てようと言葉の印象が嚙み合わないから。
ずっと暗く沈んでいた、車の窓しか眺めることの無かった視線が動き始めて、いつしか視線も耳も、彼の口から出てくる全てに傾いていた。
「誰だそいつは!!何故契約期間切れを迎える近日にそのような奴が現れる!?──シャーレ?」
《──》
「……──連邦捜査部シャーレ…」
《────────》
「…分かった、ノノミお嬢様の事は知られないようにする、不審な動きは見せるなよ?奴が介入を試みた時点で抵抗できんからな、アビドスに未だ在学している状態なのが足を引っ張ったか…」
「チッ、あの時に退学を承認させていれば…──は?」
何かはよく分からない、でも何かが起きている。
執事の焦りが最高潮に達したのは、携帯越しでも聞こえる相手側の叫び声が聞こえた時。
携帯の画面が切り替わり、スピーカーモードになって、誰かの声が聞こえてきた。
《──やばいやばいやばい!!!巻き込んじゃってすまん!!おい!!!死ぬって!ばか!ヒカリ!ノゾミ!!おーーーーい!!!!!》
──ほんの少しだけ、明日の事を考えたくなった気がした。