絶望。
そう、絶望とは何か、それは可能性を失う事(辞書引用)。
スバルは今、絶望していた。
「……──」
列車の屋根から中へと入れてもらった後、列車内には沈黙が、そして張り詰めた緊張感が満たされていた。
その緊張感を肌で味わいながら、スバルは渇いた喉を唾を飲み込んで潤す、大して渇きは治ってないが、状況の第三段階目を整えられた行動の結実に拳を胸に当てる。
前提条件として、セリカとアヤネを無事に高校に帰すこと、ホシノがランダムエンカウントのスオウに出会わないか、出会っても後輩を優先してくれること、そして列車に乗ること。
力が足りないなら足す、知恵が足りない、能力が足りない、人脈も何もかも足りない、だから足す、満ち足りるまで足すために、死に戻ってきたのだから。
「とりあえずは、もう一度お礼を言わせてくれ、水も助かる…丁度喉も乾いてたし」
列車内のフカフカの椅子に腰かける──橘ノゾミと橘ヒカリは、スバルの礼に対し、スバルの頭の上で手をぴょこぴょこさせたり、水を飲んだ後の口に指をかけて「いー」なんてしたりして遊び始めた。
纏わりつく愛らしい生物たちを、今すぐにでも撫でまわしてやりたいがそれはできない。何故かというとスバルは…そう、絶望しているからだ。
「──ほへ、はめはさい…(こら、やめなさい)はぁ、礼は言った、だから次は文句の出番だ」
二人の首を掴み上げて、二人に連れてこられた先にあったものへ…おしつける。
「なんですか、これは」
「「お気に入り」」
「お気に入り、じゃありません」
目の前にそびえたつ巨大武装、二つの座席を対空砲レベルの巨砲にくっつけて乗れるようにした破壊兵器。
台座に乗せられていることから固定式であることは分かるが、少女二人がこれを乗り回して町中をドッカンドッカンするなんて信じられない。
スバルは絶望していた、こんな巨大兵器をぶっぱなして言い訳が立つだろうか?当たり前のように立たない、責任追及された時点で詰む。
言い逃れる可能性は0、まさに絶望するしかない。
「これを市街地にぶっぱなすと、どうなりますか」
「いっぱいビルが倒れる」
「いっぱい道がふさげる」
「「いっぱい楽しい」」
「──」
二人の何も考えていない言い草に、心が折れかけそうになるが、最早ノゾミとヒカリにスバルの心は届いていないようで、ぐったりするスバルに再びよじ登り始めたのであった。
願わくば、作戦予定地に到着しても何もありませんように。
■
「……──」
スバルは、絶望している。
「そこが…」
スバルは、めちゃくちゃに絶望している。
「そこがグルかぁ……」
砲弾をぶっ放さなくていい可能性が、この世から消失してしまったことに。
予想侵入ルートに現れたのはアリウス分校だけではない、ネフティスのロゴが刻まれた車が現在アリウスの生徒に護衛されながら走行していたのだ。
理由は分からなくもない、だって表向きにはアリウスは三大校の内一校がバックに付いている最高の傭兵、危険地帯の移動にはうってつけ。
だがまさか、彼らはその護衛に付けている頼れる味方が、自分たちを背後から刺す死神だと夢にも思っていないだろう、大変な目に合うのは自分自身たちなのに。
グルという表現が正しいのかはまだ分からないが、どっちにしろ…。
「はぁー…──ノゾミ、ヒカリ」
「パヒャヒャ!どーしたの、お兄さん」
「何か言いたいことでもある~?」
にやにやとして、シュポシュポ擬音の鳴ってそうなポーズをして、スバルをサンドイッチしながらすり寄っていく。
もうここまで来て何をスバルが言うのかなんてわかってる癖に、なんとも意地悪なものだ。
どう考えても、あの周囲を警護しているアリウス生だけではないあの場に、この重い重い爆薬を背負いながら道を閉鎖するのは不可能。
「助けて、下さい…」
■
最後にもう一度。
スバルは、絶望していた。
『いいよ!でも──』
そう、彼女らはスバルの敵対者という体裁を守らなければいけない、しかも砲台を向ける先は自校の親元、退学で済むかどうかも怪しい。
つまりは、そう、理由が必要なのだ。彼女らが「ぶっぱなす」ための理由が。
「はーー…」
ナツキ・スバル、裸一貫でネフティス車両を襲いに行きます。
わぁ!親元企業があっぶなーい!!砲撃砲撃~!
以上。
「ご心配であれば、砲塔の制御機構に干渉し…スバル様のハッキングにより暴走したとの形で、着弾地点を安全かつ効率的な箇所へ変更しても──」
「うーん、それは信頼も損ねるし、アイツらが協力してくれてるのを裏切りたくないから却下で、アロナもずっと働きっぱなしだしちょっと休憩しといてもいいぜ」
「いえ、私には疲労という概念は…」
「それでもだよ、アロナも感受性豊かになってきたし…なんとなくさ、『心』のどっかが疲れてきてると思う」
必要なのは、暇である事ではなく『余裕』があること、様々な事態の急変に対応できるだけの余白、余裕があればあるほど今のスバルにとって有難い。
アロナは対応できる箇所が余りにも多い、アヤネとセリカが無事に脱出できたのもそう、カイザー兵が『機械兵士』である限りスバルとアロナのコンビに勝ち目はない。
恐ろしい事に、アロナはこれでも本調子じゃない。本体をシャーレに置き去りにしてなお、スバルに局所における勝利をもたらしてくれる女神。
それでも彼女は一人の相棒で、負荷を背負わせ続けるのも情けないものだ。
「分かりました、ですが機能は常に十全に使用できる状態を維持しておきます、地下生活者の干渉があってもルート案内程度出来る分のリソースは常に…──連邦生徒会の電力から拝借していますので」
「え?」
とっさに頭の上に思い浮かんだのは、夏場のエアコン、冬場の暖房その両方の電気料金、庶民代表のスバルにはそこまでが想像の限界だったが、そんなものでない事は分かり切っている。
帰ってからの鬼の表情をしたリンちゃんの事を思い浮かべながら、ジャージを腕まくりして軽いランニング。
「ごめんリンちゃん、これも必要な犠牲なの」
「来月のシャーレの予算は残せるよう努力します」
「そんなレベルなの???」
意外な所で大喰らいなことが分かったアロナを、お腹いっぱい食べさせられない父親面のスバルの情けなさが加算されたのに肩を下げて、車道に飛び出た。
愉快にも軽快にも、どうともとれる足取りで唐突に現れたスバルに対し、即刻照準を合わせる。
しかし緊張感はそれほどでも、遠目に見える姿でも明らかに民間人で覇気の無いジャージ姿に、ひょうきん者のような動きには殺意が薄れる。
──もし、彼女らがもう少し走行し距離を詰め、顔をしっかりと認識できてさえいれば結末は違ったのかもしれない。
「……──!対象、銃器を取り出しました、発砲許可を…──」
スコープで確認する姿には、砂嵐に紛れ薄らと国鉄が見える。
サインを取りながら、ネフティスの要人に許可を取り発砲を行おうとしていた時──。
目の前が、影で覆われる。同時に発生する爆発音。
「なッ」
一瞬で違和感に気づく、訓練された反応速度が発生した影の原因を突き止めるが、その頃には全てが遅かった。
「退避!退避しろ!!家屋の中へ!」
バイク、車から数人が飛び出てネフティスの役人を守りながら迫りくる影から逃げていく。
影の正体は、倒壊したビルだ。何が原因かは分からない、あの男の仕業かどうかを判断するには、脳の処理能力が足りずパニックのまま逃げるしかなかった。
巨大な地響きと共に雪崩のように瓦礫が空から降り注ぐ、これではどっちにしろあの男も無事では済まない、ビルの倒壊から身を守り切ったらさっさと状況把握を…──。
「──」
真正面、滑り込もうとした廃ビルが、こちらに落ちてくるまでは思考はまだ冷静でいた。
「なんだ、な、なにが」
「なんなんだよッ!」
訓練が人生だったアリウスの兵にとって、感情の露出は実に十年ぶりの事。
涙目になりながら、唐突に現れた破滅に抗うすべはないのであった。
「……──ほんとに死者出てないんだよね?」
「はい」
「ま、まぁアロナが言うなら大丈夫か」
という感じで、予定地点を全部破壊して回っていたのだが…──。
『楽しくなってきたね』
『うん、もっといっぱい倒しちゃえば?』
『うん?』
スバルの頭のすぐ上を、爆発と瓦礫が支配している。
すぐそばにはぐったりとした機械人間と犬、スバルの身体は煤にまみれ、アロナの焦り声が携帯から聞こえてくる。
「──やばいやばいやばい!!!巻き込んじゃってすまん!!おい!!!死ぬって!ばか!ヒカリ!ノゾミ!!おーーーーい!!!!!」
誰の声も聞こえない、正に暴走列車と化したノゾミとヒカリ。
──幸いな事に、スバルの予定爆破地点は全て更地にした後、死屍累々灰塵焦土、ぺんぺん草も涙目な不毛の大地に見まがうほどに悲惨なことになっているが、最早気にしている余裕はない。
通信に必死に呼びかけても、あんの双子、無視決め込んでるのか激音で聞こえてないのか返事すら返さないのだ。
故にスバルは今、猛烈に絶望に打ちひしがれている。
「──力借りなきゃ良かった!!」
人生最大の失敗には遠く及ばないが、明確に失敗したと思う。
「お、お前は、お前は何なんだ!ナツキ・スバル!これもお前の仕業か!?」
「半分正解半分不正解!俺がやってることならこんな焦ってねぇよ!早く逃げろって!」
「逃げろって言ってもこの…──本当に、クソッ!」
四面楚歌、いや、四面ビル。以前の高度経済成長期を想起させるビル群はもぬけの殻で、それらは時に出番を待っていた。
建てられてしまったのは仕方がない、ならどうにか利用してくれと。
まさかそれが、人を押しつぶすためにドミノ倒しされることとは予想だにもしていなかったのだが。
鼻水に半泣き、いろいろ経験したがビルに押しつぶされて死ぬのは初めての経験だなーって、どこか暢気な思考が現れるくらいに脳みそが思考停止する。
割と緻密に組んできた今までと違って、彼女らとの連携はアドリブに過ぎない。対応できるにも限度がある、特にはっちゃけてるアイツらを止めるのはスオウとか、それこそ直で拳骨をたたき込むしか…──、
「何してるの、スバル」
「──なんもしてない」
「そこの2人は助ける?」
「助けて、ホントに助けて」
予想外の乱入者は唐突に、そしていつも完璧なタイミングに。
全く持って予測もしてなかったし、あり得ないタイミングだと称するしかないが、まぁ。
「助けてシロコぉぉぉ!!」
「ん」
シロコ、いつも奇跡をありがとう。それはそれとしてどうやってここに来たの??