Re:ゼロから始める青春物語   作:カピバラバラ

56 / 134
『命の扱い方』

 

 

──スバル達が搭乗する列車が襲撃を受けていた頃。

 

 

スオウを気絶させ、後輩二人と共に無事にアビドス高校へと帰還したホシノは、校門前で自身の愛銃である『Eye of Horus』を構えていた。

ショットガンの本来の性能を発揮するための、有効射程を大きく損なう遠距離間で狙いを定める。

 

普段ならこの距離で銃を構える事は有り得ない、幾万回の反復練習と身体に覚え込ませた経験は、今すぐ遮蔽に隠れながら距離を詰めろと告げている。

 

銃の組み立て、分解を反復練習し続ける。射撃訓練で目標回数達成までに的を当てるのを失敗したら最初から。投擲訓練、隠密訓練、何から何までを正確に、緻密に練り上げた存在が小鳥遊ホシノであり、『戦闘』という項目であれば……──彼女は、キヴォトスの中で最も優れた兵器でもあるのだ。

 

 

「……」

 

 

そんな彼女が何故、校門前に佇む不審者四人組を見て、しかもその内の一人がスナイパーライフルを持っているうえに、遮蔽の無い平坦な場所という地の利を奪われながらも身動きをしないかというと…──。

 

 

「…ホシノ先輩、あの人たち…──知り合い?」

 

 

「知らない人だけど、知ってはいる…かな」

 

 

「便利屋68…ですよね…?」

 

 

噂だけは聞いたことがあるゲヘナの問題児、便利屋68が妙な紙袋を被ってアビドス高校の校門に居座っていたから。

その妙な紙袋というのもこれまた戦意を削ぐ、いや、失わせる見た目をしていた。

 

 

「なんでスバルの顔張り付けてんのよ」

 

 

「なんででしょうか」

 

 

「さぁ?」

 

 

プリントされたスバルの顔写真が紙袋に貼られていて、手には白旗が握られていた。流石のホシノもやる気を失う、まだスバルの味方を装う敵の可能性があるが便利屋の立場上、スバルに雇われたとしか考えられないけれど…──。

 

 

 

(だとしたら準備が良すぎるか、時系列的に前哨基地襲撃前に呼び出してないと間に合わないだろうし)

 

 

(…──いや、ナツキ・スバルなら用意してる…かな…?)

 

 

 

「うーん、ちょっと先に話してくるから二人はここで待ってて」

 

 

 

二人を置いて、武装解除をしてから近づく。といっても拳銃はボディアーマーに潜ましているし、近接に持ち込んだ時点であの写真を張り付けてるスナイパーは拘束できる。

 

いざとなったら人質にしながら話し合うか、噂通りの相手なら人質が効くかは分からないが…──。

 

 

──それくらいで負けないし。

 

 

ホシノが校舎の前に姿を現す、四人が見ている目の前でショットガンを置くことで戦闘の意思はない事を示し、相手側の反応を待つ。

 

 

「えっと、君たちは何しに来たのか…──」

 

 

「待ってたわ!!私達の事匿ってくれるって…──」

 

 

「「……ん?」」

 

 

「匿う?それにその謎の紙袋は何?」

 

 

「スバルにこれ付けて学校に行けば助けてくれるって聞いて…じゃ、じゃなくて、これは…こ、これは、護衛術!護衛術よ!!あの凶悪なナツキ・スバルの顔写真を使えば、そこら辺の小悪党は縮み込むんだから!」

 

 

「社長……それじゃ社長も虎の皮を借りた小悪党になっちゃうよ?」

 

 

「うっ」

 

 

「…………正直に応えてくれない?今、君たちを見過ごせるほど寛容じゃないんだ、便利屋68」

 

 

「──」

 

 

ホシノの殺気と言葉に反応し、ハルカが牙をむきかける。白銀の銃口が見えそうになる前に止められたのだが、止めた張本人はホシノ。

 

 

「言ったよね、今はそこまで寛容じゃないって」

 

 

ナイフを目に、拳銃を喉元に押し付けるホシノの動きをその場に居る誰もが目で追えず、かろうじてハルカがショットガンのトリガーに指を掛けれた程度。

敵意は無いと初手の会話で分かったが、敵意も悪意も無くともこの世には害を及ぼすものが居る。

 

スバルが彼女らを招いたというのなら、そこに意図がある筈だ。だが一人が銃を抜こうとした以上、こちらも認識を変えるしかない。

 

 

「っ、ハルカ、止めなさい…今のは便利屋の看板に泥を塗る行為よ」

 

 

「……!!ももも、申し訳ありません!!?」

 

 

「わーお、聞いてた通りの怪物じゃん」

 

 

「早く決めて、お仲間を一人失ってから私と戦うか、全員気絶するか」

 

 

ホシノの双眼が光る中、一歩踏み出してアルが持っている白旗を借り、ホシノに差し出したのはカヨコ、いつも通りに浅い呼吸と深い溜息を吐いて、雪のような声で話し出す。

 

 

「──はぁ、ごめん、ハルカを抑えなかったこっちが悪かった…敵対する意思は無いよ、信じて」

 

 

「意思が無くても被害が出たら、私は君たちを追い出さなきゃいけないよ」

 

 

「…スバルからの伝言を聞いてからにして貰えるかな、ウチも困ってるけど…そっちもそれなりに困ってるらしいし」

 

 

相変わらず意図を把握しきれない男だ、未だに本性の片鱗すら見えないのが恐ろしい。

後輩が信用している以上、あれが素なのかもしれない可能性はあるが、最早その可能性を信じるには用意周到が過ぎる。

 

ナツキ・スバルという男と関わって一日も経っていないというのに、濃密な彼が作り上げる時間は、味わう側からすれば数日を詰め込まれている気分になる。

 

 

「分かった、でもまずは先に君たちの事情から話して、嘘をついたら……この子がどうなるかは保証しない」

 

 

「…元々私たちは、スバルと協力関係にあったんだ、ニュースになってるから知ってるかもだけど、D.U区の騒動の裏にカイザーが絡んでたからね、情報を辿るままアビドスに来た…のは、良かったんだけど…」

 

 

こんな状況にありながら、隣でお腹を鳴らすアル。顔を真っ赤にして、逆に平然としていれば格好がつくのでは?と浅い思考で堂々としているが、全員の視線が集まると流石に恥ずかしそうにしていて──、

 

 

「こんな、まぁ、感じでさ、殆ど遭難してたんだけど…」

 

 

救世主現ると言わんばかりに掛かってきた電話は、スバルからのモノだった。

カイザーが足取りを追いつづけ、道先の分からない砂漠で携帯食も底をつきかけた時、希望の一筋のようにスバルが電話を掛けに来てくれた。

 

方法は分からないが、スバルは私達に…食事処と、避難先を伝達してくれて、食事を終えた後案内のまま高校へとたどり着くことに。

 

 

「スバルからアビドス校の話をされて、貴方の強さは先に聞いてた、だから元より降参するつもりだったんだよ」

 

 

「……──伝言は」

 

 

「あんまり詳しくは知らないんだけど……スバルは貴方の事、信頼してるんだね」

 

 

「──『助けてほしい人がいる』だってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疲れ、倒れ込むスバルの目の前に列車の瓦礫が降り注いでいく。飛び退いて先頭車両にへたり込むスバルの視界、そこに見える光景は、全てが列車の残骸に押し潰されていく終末世界。

 

どれほどのスピードで走行していたのか、えびぞりで空を舞う残骸は砂漠へと散っていく。

 

 

「勝った…勝ったって、コレ言えんのか…?」

 

 

「私達の列車が──!!?」

 

 

「ん、壮観…じゃない、スバル、その手、なに」

 

 

破壊されていく列車に絶望しながら、涙を流すノゾミは気絶しているヒカリを抱き寄せる。返事は無く、予想の百倍破壊されて跡形もなくなっていく列車を眺める事しかできない。

残骸の飛沫でアリウスもカイザーも一掃されたものの、尋常でない被害に泣き叫んでも……──列車は帰ってこないのであった。

 

 

一方スバルも、言い訳を全く考えてなかったせいでガン詰めされる状況を打開できていない、シロコの顔は怪我を把握していくたびに険しくなっていき、抉れた左腕と腹部への銃痕を探る頃には、スバルの肝も冷え切る表情になっていく。

 

額の傷はともかく、左腕の傷に関しては包帯を巻くだけじゃ治らなかったので……──雑に塞いだのもバレたら一巻の終わり。

 

 

 

「あ、ああ後で!後で全部話しますから!!」

 

 

「後も何もない、どうせ列車はもう動かないんだし、話して」

 

 

「動かないって……──ノ、ノゾミ!まだ動くよな!?」

 

 

「動く、動くけどさぁ……動くんだけど、さ」

 

 

「うぉぉい!灰になるなよ!ネバーギブアップ、立て!立つんだノゾミ!なんで諦めんだそこで!列車君はまだ生きてるよ!?」

 

 

「そうじゃないよ、だってお姉さんが線路爆破しちゃったんでしょ?どうやって走れって?」

 

 

「「…………」」

 

 

「あ」

 

 

──しまった。その場を凌ぐことしか考えてなかった。

 

 

失敗した、バカだ大間抜けだ、何のために最低限列車を走れる程度は残そうとしていたんだ、いやそもそも対向線路が無いのがおかしいだろ、不便にもほどがあるって。

 

 

「なんで、あー、もうっ!失敗した失敗した失敗したぁ!!」

 

 

「別にそれは大丈夫、自転車持ってきてるし…私が全員背負って走るよ」

 

 

「正気??」

 

 

「ん、だってそうすればスバルは話から逃げられない」

 

 

「──」

 

 

終わった、ナツキ・スバルここに眠る…じゃない、帰る手段がほんとにそれだけしかないのか?考えろ、まだ何か別の手段でアビドスに戻る手段はある筈、安全に確実に手早く帰って、さっさと風紀委員とアル達に会わないと……──どんな仲違いが起きるかわからない。

 

 

問題はもっと別な所にもある、記憶に浮かび上がるのは、評議会の現場に会ったあの白い箱の中身。

──理事の頭部とカンナの腕章、あれをそっくりそのまま受け取るとなれば、カンナは逮捕後襲撃されたのだろう。

 

 

 

「包帯はある?それと消毒液」

 

 

「ほ、包帯は持ってます」

 

 

病院で目が覚め、スバルがアビドスに辿り着いて4日目。逮捕されるのも4日目で、砂嵐のせいで5日目に延期される。

そのせいで襲撃を受けるのかどうかは分からない…──だが身体の負傷を考えても、これ以上スバルが動ける可能性は低い。

 

だから手を借りる必要があった、スバルが最も『強さ』という面において信頼のおける彼女の手を。

 

 

「縫うのはあとになっちゃうけど……──待って、腕の傷ナニで治してるの、これ」

 

 

「わー!!わぁーー!イヤー!?なにも!何も隠してないですホントです!後で…!後で!」

 

 

「──スバル」

 

 

けれど、彼女は取り戻した後輩の元から離れないだろう。

当たり前だ、心血注ぐ後輩を、地獄の道の先でようやく手に入れた希望の光を簡単に手放すつもりは無い。

 

高校を離れて、カンナを助けに行って欲しくとも…──。

 

 

「仲がいいのはそこまでにして、さっさと出発しようよー…──ヒカリもずっと寝ちゃってるし、列車は車庫に戻せないし、監察官にどう報告したらいいと思う?お兄さん」

 

 

「へ、弊社の御不幸を心の底からお悔やみ下さいとか」

 

 

「目上の人に対しての言葉使いとして間違いすぎ、マイナス100億点」

 

 

「クソっ」

 

 

ノゾミの慈悲もない採点に悪態をつきながら、シロコに顔をぎゅっと握られ目線を逸らされなくされてしまった。

もう逃げられない、まな板の上に並べられた魚の様な気持ち、シロコはそのまま先頭車両内に置いてある自転車を取り出して、線路の傍に置く。

 

──流れで誤魔化せる、そうやってスバルの肝が温もりを得た時。

 

 

「後で、って事は、アビドス高校で皆んなの前で話して貰うね」

 

 

「──タンマ」

 

 

「待たない」

 

 

スバルを背負い込んで、ノゾミとヒカリを……──ロープで荷物の様に車体の横側へと固定する。

 

 

「え」

 

 

「ん、ちょっと頑張ってて」

 

 

無理、その言葉が発されるより前に発進した。

 

──強風に煽られながら、スバルはアビドス高校に戻った時に、ホシノが居ない事を期待して。

 

 

 

 

「ついでにトラブルもありませんように…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

アビドス高校を疾走する車は、ゲヘナの校章が刻まれたモノ。

もしも道行く人が居れば、大規模な侵攻かと思う光景だ。

 

車の窓に腕を掛けて、生暖かい溜息を吐くアコはどうにも納得がいかなかった事がある、納得のいかない男はいるがそれはそれ、納得がいかないのは己が委員会の委員長の動向。

 

普段は全肯定&判断基準を彼女に任せているアコだが、それ故にいつもとは違う動きを見せた時、機敏に反応する。

 

──メリットがない。

 

いや、最早この遠征はデメリットが多すぎる、ゲヘナの治安維持を手放しての援軍支援は、一夜にしてゲヘナがスラム街になりかねないのだ。

そしてアコが考慮できることを、ヒナが考慮できないわけがなく、政治的にも自治的にもデメリットばかり。

 

 

「委員長は何を考えて……──」

 

 

そもそもあの越権行為自体に問題性は無かった、連邦生徒会の防衛室長とかいうやつが勝手に突っかかっただけで、ヒナ委員長以外の証人があの場に居れば謹慎になんてならなかった。

ゲヘナが一週間もヒナ委員長を失うという意味を、奴らは分かっているのか?

 

 

「…………」

 

 

この辺鄙すぎる地方高校には…──例の特記戦力が居る、アビドス高校が侵略先に指名されてから下調べをしてみたが…過去の栄光を除けば、特筆すべき点は無いと思っていたが、小鳥遊ホシノは委員長が目を付けた存在。

 

ナツキ・スバルに追加要求として、兵力を貸した後は小鳥遊ホシノの身柄を借りよう、委員長の代わりに謹慎が終わるまで頑張ってもらう。

 

 

「最も、小鳥遊ホシノがそれに見合う相手であれば、ですけど」

 

 

空を見上げる、夕焼け。今日はストレスばかりの一日だ。

 

ナツキ・スバルを犬にしなければこのストレス晴れてくれない、とはいえそれは二の次、委員長がご自身が動けない状態で私たちまで遠征に向かわせる時点で、委員長は私達に解決して欲しい何かがある。

 

 

「──私たちに、事態の解決を委員長が託してくれている…」

 

 

「嬉しい事ではありますが、やはりナツキ・スバルに関しては捨て置けませんね、あの現場で何があったか知っているのは奴の筈、シャーレに恩を売りながら…──」

 

 

 

──凍結されたエデン条約が再開するより前に、ナツキ・スバルを使ってトリニティ学園の革命を助長させる。

 

 

独断専行、別にいい、それでナツキ・スバルを扱えるのなら捕縛も軟禁も辞さない。

 

 

 

「ふふ…──ふふふ、任せてください委員長、カイザー共をボコボコにしてから、私が委員長の仇を取ってあげますから!ええ、分かっています、あの男に嵌められた仕返しは私が、私がしっかりと!」

 

 

爪をかみ砕きそうな、腹の底から湧くヘドロのような怒りも、委員長の為に動けるとなれば全てが蜂蜜のような喜びに変わる。

 

空を見上げる、夕焼け。今日はストレスばかりの一日ではあるが、それを変えられるのも自分だけなので、明日は平等にやってくる。

 

過去に残した業務も、今もきっと積み重なっているゲヘナでの不祥事処理の仕事も、今日の自分と明日の自分、未来の自分に追いすがってくるけれど…。

 

 

 

「──ですが、ストレス解消は大切ですね」

 

 

 

──それでもストレス解消は大切。

 

消えないものは消えない、明日をさらに効率的で素晴らしい一日に変えれてもストレスは消えない、もう適当に戦闘中ミスを犯した誰かに反省文でも書かせて発散しよう。

 

 

「独り言大きすぎますよ…アコ行政官」

 

 

「……アビドス高校まであとどれくらいなの、アコちゃん」

 

 

「もう少しです」

 

 

「もう少しもう少しって、さっきからそればっかりじゃん!適当に答えてない?」

 

 

「そうは言っても進路が砂に覆われてるか否かでルートがコロコロ変わってしまうんですから、仕方ないんですよ」

 

 

「イオリ、暇ならチェスかオセロでもしませんか?」

 

 

「えー…チナツとやっても強すぎるし…」

 

 

暇つぶしが何もない中で、会話に花を咲かせるには難しい。普段なら携帯でもいじっているものだが、生憎廃墟化が進んだアビドス自治区では時々携帯が圏外にまで突入する。

 

手持無沙汰な為、結局はチナツとイオリの対戦が始まった。

 

味もしない風景をつまみに、二人の対局を眺めるアコは、手元をせわしなく動かして業務を処理している。

 

 

 

「…………」

 

 

(経過報告書……──『ヘルメット団第十七アジトの殲滅について』……)

 

 

 

──コンコン。

 

 

 

「オセロって結局端置いても勝てない事多いし、何が正解なんだろ」

 

 

「定石は…それこそ端から穴をあけずに制圧していけば、後から相手のコマを挟みやすくなる感じ…ですかね」

 

 

(カイザーとヘルメット団の雇用関係、拉致された部員を救助…?っ、委員会の部員が近頃欠勤傾向にあったのは、カイザーの仕業でしたか)

 

 

「うわ、ミスった…」

 

 

「丁度そこ、欲しかった場所です」

 

 

 

──コンコンコン。

 

 

 

「ちぇっ、これもう勝ち目ないじゃん」

 

 

「丁寧にすればするほど、後半の面白みが無くなるのも考え物ですね…──まぁ勝つだけならずっと端をキープしていれば…」

 

 

(──つまりは、委員長がアビドス高校を救援させる理由は…アビドス高校そのものではなく、カイザーの殲滅が本題?これなら筋が通ります、流石ヒナ委員長!)

 

 

 

──ドンドンッ!!

 

 

 

「あーもうさっきから何ですか!貧乏ゆすりにしても、もう少し静かに…」

 

 

「今のは流石に私たちじゃないって!というかずっとアコちゃんが出してた音じゃ…」

 

 

 

硬い金属がぶつかる音が、急激に打撃音へと変わる。それまでは誰かの所持品が車の金属部にぶつかっているのかと思っていたが、人間の肉を感じる生々しい音は、その場の全員の気分を悪くさせた。

 

 

顔を見合わせる二人は、音の在り処が互いではないと分かると即座に武器を取って辺りを見渡す。窓の外に敵影は無く、運転手もその場の緊張感に飲み込まれてハンドルを握る手が震えだす。

 

その中で、チナツが音を感じ取った方向は真上だった。アコとイオリを差し置き一人、車の内部から天井を叩き返すと──、

 

 

 

「「「────」」」

 

 

 

銀髪が窓から垂れ下がり顔だけを露出させた生首が、三人の目の前に現れる。

 

 

声にならない悲鳴が上がる。

声になった悲鳴が上がる。

運転手が危うくハンドルを暴走させかけたせいで車体が大きく揺れると、ぶら下がった顔も揺さぶられそのまま落下し、身体を露出させたことで心の悲鳴は収まった。

ブレーキをかけて、チナツは周囲の部隊へとサインを送る。

 

 

 

「び、びび、びっくりしたぁ!?」

 

 

「誰ですか今の!というか周辺警戒はちゃんとしておけと…!何故誰も報告をせずに──」

 

 

 

アコの表情が固まったのは怒りと混乱によるものではなく、視線の先にある窓にべったりとついた血の跡だ、医務室にてセナの元で散々負傷者は見てきたが、傷なんてすぐに塞がる、出血は見たことがあっても『流血』と評されるものは早々見れない。

 

今の生徒がどんな相手かは分からないが、深い傷を負ってる可能性が高い、顔を確認せずの威嚇射撃はまだやめておくかと思考を整理、そして窓から外を覗き見る。

 

 

 

「……──」

 

 

 

窓に垂れる血と地の隙間、そこから覗く地面へと倒れ込んだ顔には見覚えがあった。

 

 

 

「ナツキ・スバル」

 

 

ああ、驚いた。あの腹立つ顔をこんなところで見るなんて。資料とニュースで散々見た、生で見れてどうだとかは一切ない。

何があって車の上に?何故銀髪が振り落されたらナツキ・スバルが現れる?

 

様々な思考が入り交じっても、沸き上がるのは怒りと腹立たしさだが、今はそれよりも驚きが勝つ。

 

 

 

「アコちゃん!中に隠れててよ!」

 

 

「それには及びません、相手はナツキ・スバルです。下敷きになっているのも彼の仲間かと」

 

 

「は、ナツキ・スバル?」

 

 

 

──窓に伸びた手は血まみれで、つるつるのガラスに苦戦しながら身体を支える支点にして起き上がる。

 

アコはその姿から目を離せない、魔法でもかかったように彼の一挙手一投足に釘付けになる、その時、奇しくも自身が尊敬するヒナと同じ視線を向けてしまっていた。

 

か細くか弱い存在が、持ち得るはずの無いものに目を引かれて。

 

 

 

「おぶっ…遅れてすまん…──早速だけど、ちょっくら俺らとお邪魔虫掃除してくんね?」

 

 

 

熱く煮えたぎる熱狂と狂気。

 

ああ、驚いた、けれどそれは唐突な事態の急変に対してでは無く、身が悶えるような狂気を、心の底からの恐怖を、目の前の男から受け取ってしまったことについてだ。

 

 

──気さくな声で、まるでお茶にでも誘うように。

 

 

何の変哲もない少年であるナツキ・スバルは、今日この日、その狂気を見せびらかしながら敵を蹂躙し尽くす。

 

 

 

「──まっ、それよりも、本当に助けに来てくれてありがとな、アコ」

 

 

 

遠方で引き起こる爆発は、開戦を余儀なくされる喇叭の音。

だがしかし世界は、ナツキ・スバルに微笑み続けたままだ。

 

──それは、『ナツキ・スバル』の敵であるカイザーには知りようのない事だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもない。

 

 

ああ、全くもってどうしようもない、うつ手立てがない。

反則されている、チートを使われている、何があっても逆転できないし、逆転される。

頭の中をのぞかれているのだろうか、心を読める?とにかく超常的な何かがある、それこそ世界が彼を祝福している。

 

二分の一の一を引き、百分の一の一を引き、一万分の一の一を引き、一億分の一を引く。

 

二人の対局を思い出した、勝つ事を目標にしたオセロは実につまらないもので、最善手であるかどうかの知識を持っている側が淡々と詰めて勝つ、それだけ。

心のどこかで予感があったのだと思う、この男はそういう存在だと。

 

 

──どうしようもない。

 

 

それが、天雨アコがナツキ・スバルに抱いた感想だった。

 

 

 

「セナぁ…冗談抜きで愛してるぅ!!お前に救われて何回目だっけ!?」

 

 

「──記憶が正しければ、二回目ですね、以前より更に死体に近づいてましたね」

 

 

「それってセナ的には良い事なの?」

 

 

「──そう思いますか?」

 

 

ゴメンナサイ

 

 

 

無様な姿を見たかった、痛い痛いと泣き叫ぶ姿を、助けてくれと願う姿を見るはずだった。

彼が今、お茶らけてられている様子が信じられない。

 

策略とは本来、大局を左右するものではない筈で、それは戦法や行動指示も同じ、大軍を動かす難しさは身に染みて理解している。

大局を操作するのは『戦略』でなくてはならない、そこに含まれる副次的な要素の数々がどれほど有効的に働くかで勝敗は決まる。

 

兵の質、量、練られた作戦に配置、戦術、身近に委員長という例外があっても、一個人が全てを覆してはならない世界がそこにはある。

 

 

 

「アコ…──行政官…」

 

 

 

「目標壊滅、全部隊作戦終了しました…!!」

 

 

 

無線に響く声は、驚きと恐怖が混ざったもの。その報告内容は唐突に始まった戦闘の終わりを告げるサインでもある。

 

それは、ナツキ・スバルが引き連れてきたカイザーの大軍と戦闘を開始して、二時間での決着だった。

小鳥遊ホシノがそうであるように──。

 

 

 

 

「ヒナ委員長…」

 

 

 

 

怪物は、凡人の全てを超越する。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。